■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰四拾禄夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


ムスタング・ベイビー/ムスタング
Why, Baby, Why/The Beavers
朝日のない街〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース
デイ・トリッパー/ザ・ハプニングス・フォー
君なき世界/ザ・ビーバーズ
お前のすべてを/ザ・モップス
人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩/マキシマム




ムスタング・ベイビー/ムスタング

B級GSの最高峰、
キングオブカルトGSとも言える
ムスタングのねっとりとしたナンバー

最も実態がわからない
グループの一つでありまして、
結成年月、
出身地ともに不明。

1968年、キングレコードの
ロンドンレーベルに
和製ポップス部門が
スタートいたしまして、
それのタレント第一号グループが
ムスタングだった。
当時、
まともなプロフィールなどが
作られるわけもなく
いつどこで結成されたかすら
わからない。
記念すべきロンドン第一弾が
何の前触れもなしに出てきた
こんな得体の知れない、
こんなうろんな連中で良かったのか。

もちろん、
その後、レコードは出ずじまいで
主に新小岩あったゴーゴー喫茶「エピアン」に
よく出ていたという話が残ってます。

なお、余談ではありますが
当時「少年サンデー」で
連載されていた川崎のぼるの
「歌え!ムスタング」は
このバンドをモデルにしたものみたいです。


Why, Baby, Why/The Beavers

和製ヤードバーズ、ビーバーズ。
専門家筋からは非常に
評価の高かった実力派グループ。
日本で最初の
ツイン・リード・ギターを
完成させたのもこのGSです。


ガレージ・パンクの研究科として
知られている
マイク・マラケッシが
GSの曲の中で一番高く
評価しているのが
この「Why, Baby, Why」
1967年11月のシングル『君なき世界』のB面
海外でも評価の高いガレージ・サイケで
アメリカやイタリアの
和物ガレージコンピレーションアルバムにも
収録されている。


イントロの石間秀樹
のギターが印象的
早瀬雅男(はやせまさお)と成田賢(なりたけん)
のツインボーカルによる
効果的なコーラスの付け方も斬新

この二人は一部のファン層から
圧倒的な支持があって月刊誌
『平凡』の人気投票では13位という人気

成田賢(なりたけん)
(『サイボーグ009』『電子戦隊デンジマン』『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の主題歌)

この曲を作曲した
醐樹弦(ごきげん?)というのは、実は
事務所の先輩にあたる
かまやつひろしの変名

事務所は
田辺しょうち社長のスパイダクションですから

ばりばりスパイダースの息がかかってる

69年4月に音楽的意見の食い違いから解散してますね。


朝日のない街〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース


スパイダースは
65年5月に「フリフリ」で
レコードデヴューしてから
65年末にフィリップス・レコード
と契約するまでの間に、

勁分社、コダマ・プレス、ビクター
などで、ソノシート用に
およそ26曲あまりを
レコーディングしている。

このアニマルズの
おなじみのナンバー
「朝日のない街」の
カヴァーは勁分社から
リリースされていた
週種類のソノシートに
残されていた
録音音源。

この
「朝日のない街」は
1966年5月20日リリースされた
全曲カヴァー曲で構成された
スパイダースの2ndアルバム
『スパイダースNO.2』にも
収録されていますが

この
ソノシート用の
録音の方が
タイトで
迫力がある演奏が
楽しめたかと思います



デイ・トリッパー/ザ・ハプニングス・フォー(1698.7

ハプニングス・フォーは
ステージでビートルズナンバー
をよく取り上げており、
ビートルズファンクラブ主宰の
イベントで演奏した事もあった

また、前身のサンライズ時代には
66年ビートルズ来日時の
ヒルトンホテルのラウンジに
ハコバンとして入っていた
こともあり、
演奏中にビートルズの
メンバーが来た事もあったという



ハプニングス・フォーといえば
ギターレスバンドを売りにしていた
オルガン、ピアノ中心の
異色のバンドで

よって、どこにファズが
かかっているかというと

ベースにファズがかかっている。


一万円札をパロった
人を喰った見開きジャケットが
話題を呼んだ彼らの
ファーストアルバム
『マジカル・ハプニングス・ツアー』
収録曲

ファースト・アルバムということもあって
ハプ・フォの意気込みには
相当なものがあり、
クニ河内などは自信のあまり
このテープを
ビートルズに送り付けたほどである。



君なき世界/ザ・ビーバーズ



日本で最初の
ツイン・リード・ギターを
完成させたGS。
専門家筋からは非常に
評価の高かった実力派グループ。

1967年11月のシングル『君なき世界』
のA面
(先ほど聴いていただいた
「Why, Baby, Why」のA面です)

この曲も作詞作曲者は
ムッシュかまやつひろし で
やはり
醐樹弦(ごきげん?)名義です



インドの音階を駆使した
ラーガ・サウンドを取り入れた
アメリカのローカル・サイケを聴いているような
メランコリックサイケデリックナンバー

ギタリスト石間秀樹
といえば
ラーガ奏法の日本における
第一人者。
69年ビーバーズ解散後は
内田裕也に誘われて
フラワーズで
リード・ギタートして参加して
その後もフラワー・トラベリン・バンドで
アルバムをほぼ全曲の作曲を担当するなど
絶大な影響力をもった人です。




お前のすべてを/モップス(1968.8


日本最初のサイケデリック・グループ」モップス

ほかのバンドとの
区別化を図るために
サイケデリック・ミュージックを
標榜して登場した日本最初のバンド、
モップスですが

三枚目のシングルのA面、
「お前のすべてを」
いくらサイケデリックとはいえ
これをA面で売ろうという
レコード会社は
正気とは思えませんね
本気だったのか
投げやりだったのだろうか?


この三枚目のシングルまでは
ファズギターを駆使した
サイケデリック路線が
続いたんですが

69年に入る頃には
それまでのイメージを払拭

よりシンプルな
ロック、ブルーズ、R&Bと
言った方向に転じることになる。

69年末には東芝に移籍
してますが
海外のガレージ・マニアが
評価しているモップスは
このビクター時代だけ
ビクター時代の
モップスは
歌詞の問題で
オフィシャルCD化できない
「ブラインドバード」
をはじめ、ガレージ・サイケの
オンパレードですから

人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩/マキシマム



マキシマムの前身は

1965から69年頃までに
活動した
ザ・キューピッツ
という姉妹デュオで

65年
ビクターから
日本のビートルズカヴァー史に
おいて最も印象深い
楽曲
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」
「シー・ラブス・ユー」
をリリースし
まさに
ビートルズ娘と
呼ぶに相応しい
存在であり

また、

1968年には
キューティ・ポップの名盤
「バザズ天国」
というワイルドなナンバー
をリリースして

オルガン・ビートと
スキャットの
融合した超ダンサブルなナンバーは
現代でも色褪せない
その存在感を
発揮している

そんなザ・キューピッツ

『パザズ天国』以降
長く表舞台から
姿を消していたのですが

75年に”マキシマム”という
ディスコ・デュオ
として復活します。

1975.10.1に
ショーボート・レーベルから

プロデューサーのミッキー・カーチスが
「海外レーベルではひとつのヒット曲を
いろいろなアーティストがカヴァーするのが
当然だし、カヴァー専門の歌手もいる。
ところが日本ではなぜ
カヴァーが盛んではないのだろう」
という疑問から生まれた企画で
日本のロック/ポップスの
名曲カヴァーだけで構成された
アルバム「マキシマム・ホット」

1972年元ビーバーズの
成田賢が発表した
セカンド・ソロ・アルバム
『汚れた街にいても』に収録されている
楽曲のカヴァー
「人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩」


バッキングがすごい。
ギター・大村憲司
ベース・小原礼
ドラムス・村上・ポンタ・秀一
パーカッション・浜口茂外也はまぐちもとや
キーボード・深町純
という
70年代のクロスオーバー・ブームの
走りとなったバンブーセッション
のメンバーであり
このアルバムは
バッキングでありながらも
バンブーの
幻の演奏を現代に伝える
貴重な音源でもあるわけです




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□ 今夜紹介する楽曲 □



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ
オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン/ザ・ビーバーズ
恋はふりむかない/リンガース
恋はハートで/泉アキとザ・レインジャーズ
J&A/ザ・クーガーズ
太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ
真夏の夜の動物園/ザ・ダイナマイツ



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ


「バーンズ」という名前のGSは
当時全国にいくつもあったが

(大阪のターゲット・プロの
バーンズ、

はっぴいえんどの
元ドラマー、松本隆が在籍していた
ヤマハ・ライト・ミュージック
コンテスト関東甲信越地区大会
出場ロック部門第三位のバーンズなど
が有名)

これは東京の中川三郎ディスコテーク
に専属出演していたバンド。

中川三郎ディスコテーク出身で
もっとも出世したのは
テンプターズだが

このザ・バーンズも
68年中川三郎ディスコテーク専属となり
わずか半年足らずで
数多い中川三郎ディスコテーク
専属バンドの中でも
ナンバーワンの存在に
なったという

19歳を頭に
平均年齢18歳という
若者たちだった

本作は69年2月に
発売された
ディスコ用の
企画ものLPで
彼らの唯一のLP
「R&B・イン・東京」
に収録されている曲
このLPの存在は
サイケデリックから
ニューロックに移行する
微妙な時期で
バーンズの演奏も
それを反映した
ミッシングリンク的
資料価値を持っている
と思います。
ジミ・ヘンドリックスの
ナンバーが多い中で
お聞きいただいた
「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は
初期のビートルズナンバーを
ファズを駆使して
カッコイイ
サイケデリックに仕立て上げている

この「R&B・イン・東京」
というLPは本邦初の
ノンストップ・ダンシング・レコード
というのが売り物で
当時のソウル・ナンバーや
ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス
のナンバーを
ディスコ風にアレンジして
演奏したものだが
全く話題にならず
このバーンズも
ほとんど無名のまま
終わってしまった。



オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン/ザ・ビーバーズ


-----------------------------------------
成田賢(なりたけん)(『サイボーグ009』『電子戦隊デンジマン』『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の主題歌)
石間秀樹(のちにフラワーズ、フラワートラベリンバンド
---------------------------------

このバンドの実力と
そして、この時代の世相、
ガレージ感、サイケ感を知るには
この曲で十分ご理解いただけるだろう
ということで聴いていただきましたが、

和製ヤードバーズ、ビーバーズ。
専門家筋からは非常に
評価の高かった実力派グループ。
日本で最初の
ツイン・リード・ギターを
完成させたのもこのGSです。

1968年の6月にリリースされた
アルバム『ビバ!ビーバーズ』から。
ヤードバーズのカヴァーです。

GSでよくヤードバーズを
コピーしていたバンドと言えば
初期のゴールデンカップス
があげられますが
とくにヤードバーズの
コピーに熱心だったのは
ビーバーズだった。

「オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン」
ラガー・ロック的な
ポップな仕上がりで、
エンディングのラスト1分で
いろいろな楽器を
つかっているのが印象的です。

しかし、
これほどヤードバーズに
傾倒していた彼らですが
当時ほとんど評価されなかった。



恋はふりむかない/リンガース(1969/5

唯一のシングルで
和製R&Bの逸品
はりのある歌声に
いい感じのファズギター
が絡み合って気持ちいい曲です

元々は新潟のクラブで活躍していた
ムードコーラスのグループで
「新潟ブルース」
「信濃川慕情」といった
オリジナルが地元では
ヒットしていた。

それが何故か
GSブームに便乗しようと
69年5月にクラウンから
「恋はふりむかない」でデヴュー

ムードコーラス出身とは思えない
ファズを駆使したR&Bだった。

が、ブームはすでに下火であったことに
気がつき、デヴューの4ヶ月後には
元の名前である「山岸秀樹とサムナイツ」
と改名。元のムードコーラスに戻って

「こころがわり」

で再デヴューしたという
冗談みたいなグループですが







恋はハートで/泉アキとザ・レインジャーズ

彼女の代表曲でデヴュー曲
「恋はハートで」
バックの演奏とコーラスは
レインジャーズ

チャートの39位にランクイン

GS全盛時代、
(恋のハレルヤ)黛ジュン、
(進め!ジャガーズ敵前上陸「虹色の湖」)中村晃子、
(日米ハーフモデル「初恋のレター」)小畑ミキ
と言ったGS的コンセプトを持った
ガール・シンガーが
次々と登場してきたわけだが
泉アキもその一人だった

インド系アメリカ人との
ハーフである泉アキは
日本テレビ系
人気オーディション番組
「あなたの出番です」(略称:あな番)
で合格してショービジネスの世界に
入り、

はち切れんばかりの太ももと
しゃくり上げるような
歌い方で

60年代に6枚のシングルを
リリースしている。
(クラウンから4枚、フィリップスから2枚)

それらの楽曲のほとんどは
GSサウンドをバックに
しゃっくりのような
スタッカート唱法で歌い上げている
のが特徴です

まあ、結局、
泉アキのバッキングをつとめた
レインジャーズにしてみれば
この曲の方が自分たちのレコード
「星空の恋人」より
売れてしまった為に
レインジャーズは
単なるバックバンドとして
とらえられることが
多かったという
憂き目を見ることになる。


これがその後の
二枚目のシングルから
バンド名の表記が

レンジャーズと
変更していることに
関係しているかどうかは
定かではありませんが



J&A/ザ・クーガーズ(1968/2

三枚目のシングル「好きなんだ」のB面

これはかっこいい。

カッコイイ
スカスカのガレージ

こういう曲をやれる
ってのが素晴らしい

この60年代ガレージ・バンド特有の
スカスカの音は
いまやろうとしても
再現することはきわめて難しい。

テクテク天国の印象が
強烈すぎるので
逆にこういう名曲は
埋もれてしまっている


実際に1年で4枚のシングルを
だしているもののヒットには繋がらず
この年、1968の夏には解散に追い込まれてます






太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ 1969.6



再編されたブルージーンズの
第一弾シングル「太陽に叫ぼう」
寺内タケシの
ジミヘン風ギターをバックに
ルイ高橋がソウルフルに歌い上げる、
ニューリズム
「ファンキー&ウォーク」を
取り入れたというR&B


ルイ高橋時代の音源は人気が高いようです。



「真夏の夜の動物園」/ザ・ダイナマイツ(1968.6

リリース三枚目のシングルのA面
「ぎゃおー」という
動物の擬声で始まる
(一連の動物の擬声は
ベースの吉田の仕業)
これぞジャングル・ビートといった名曲

このすばらしい曲も
売れなかった曲ですね。

当時全く話題にならなかった

このシングルの頃は
もうダイナマイツも
活動の場を
都内のジャズ喫茶中心
になってましたからね


ザ・ダイナマイツ
デヴュー当時はプロモーションとして
日劇の荒木一郎ショーにも
連日出演などしておりまして
非常にパワーがあって
まあレコードも
シングル5枚とアルバム一枚出してますが

商業的な成功はなかったんですね、
やっぱりGS衰退の波に勝てなかった。
69年にこれから本格的に
アルバム制作していこう
というところで、
メンバーの音楽性の不一致みたいな
お決まりのパターンでももって解散した。





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ウィー・アー・フラワーズ - 「恋のつむじ風」/内田裕也とザ・フラワーズ
ソウル・シスター/ズー・ニー・ヴー
レッツ・ゴー・ピーコック/ザ・ピーコックス
ラヴァーズ・シェイク/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ
あの日の恋/ザ・イーグルス





ウィー・アー・フラワーズ - 「恋のつむじ風」/内田裕也とザ・フラワーズ

1969年3月封切り、
日活の映画
松原千恵子主演

『恋のつむじ風』より

『ウィー・アー・フラワーズ』

浮遊感あふれるサイケデリック
インスト・ナンバー

轟音とストロボの中で踊る
若者たちのむせ返るような
熱気に圧倒される

ゴーゴークラブのシーンで
使用された楽曲


かけ声はリーダーの
内田裕也

フラワーズ・サウンドの
特徴である小林勝彦
のスチール・ギターが
全面的に展開される。

裕也氏がなぜ
当時時代遅れと思われていた
楽器であるスチール・ギターを

中心に据えようとしたのか
疑問ですが

裕也氏がジミヘンを初めて聞いた
とき、ワウワウ・ペダルの
存在を知らず

この音はスチール・ギターで
出しているに違いないと

思ったのであろうと
いうのがGS研究の第一人者、
黒沢進先生の見解



ソウル・シスター/ズー・ニー・ヴー



ズーニーヴの完成度が
ピークに達した
1969年11月1日リリースの
アルバム『ゴールデン・ズーニーヴー』収録曲

ホーンセッションと
オーケストラを大幅に導入した上

上地の歌唱力が
飛躍的に向上しているのが目立ち
声もまるで別人のような
黒っぽさ。


この楽曲が
ガレージ・ファンと
グルーヴ・ファンで
好みの分かれるところ

GS特有のチープさを
求めていると、面食らう
変な話だが
本格志向すぎて
かえって物足りなくなってしまう。

ボルテイジのアルバムなんかと
比べてみるとあまりに黒マッシャくれて
可愛げがないかもし
れません



レッツ・ゴー・ピーコックザ・ピーコックス


海外でも類を見ない
クジャクの鳴き声を
コーラスに取り入れた
怪作

果たして孔雀は
とぅるるるうっと
鳴くのか知りませんが

クジャクは美しいのは
オスだけだ

ということで
紳士服も派手でなきゃいかん
みたいな感じのムーブメントが
あり
そのピーコック革命を
コンセプトに
できたグループ

元々は
第一回ライトミュージックコンテスト
に出場したバンドの中から
もっとも優秀なプレイヤーを
選出して67年10月に結成した
ラヴというバンドが母体で
実力派ぞろいだったが
二年くらいで消えた

天井桟敷の
「書を捨てよ街に出よう」
の音楽を担当した事もあるくらいで
演奏はめちゃくちゃカッコいい



ラヴァーズ・シェイク/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

シングルではあえて
日本的な歌謡曲作品
を発表していた
ブルコメですが

アルバムではこのようなグルーヴィーな作品や
実験的な作品を聴くことができる

(1967/10
『ブルー・コメッツ・オリジナル・ヒット第2集』収録曲

ブルーコメッツは
そのきちんとした印象の
パブリックイメージだけでは納まりきれない
様々な傾向の作品に挑戦しています




ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12

二枚目のシングル
「追憶」のB面


1964年5月に解散した
大御所のロカビリーバンド
”ウエスタン・キャラバン”
にいた
井上宗孝、秋山功、古谷紀(おさむ)
の三人に他メンバー二人を加え
シャープホークスに合体したのが
始まりで当初は
”シャープホークスとそのメンバー”
と名のっていた。
その後、
メンバーに二人加わって前田旭

65年3月にはブルー・ファイヤー
にいた天才ギタリスト
三根(みね)信宏
も加わって、
65年6月にフジテレビで
始まる「勝ち抜きエレキ合戦」に
レギュラー出演することが
決定したのをきっかけに
シャープ・ホークス
からバンドを切り離し
ここに
”井上宗孝とシャープ・ファイブ”
が誕生する。

「勝ち抜きエレキ合戦」は
エレキブームを加熱させ
超人気となり、この番組で
毎週模範演奏を披露する
シャープ・ファイブは
当時、ギターキッズの
憧れの的。
エレキ時代の象徴的存在だった。

日本を代表する
エレキ・インスト・バンドとして
65年から66年にかけて
キングからアルバムも
続々リリースしたが

GS時代にさしかかると
のシングルでは
歌ものもやっていた。

そんなわけで
ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12

ロックンロールに別名をつけるとするならば
チャックベリーだとジョンレノンがいってますが
当時としては異例の
チャック・ベリー・スタイルの
ロックンロール

メンバー全員で
次々に泥臭いボーカルを
まわしているが

クールな演奏との
ギャップが
後を引く


あの日の恋/ザ・イーグルス
(未発表曲)

"UNDER-GROUND-CARNIVAL"
というタイトルでありながら
豊島園と思われる
遊園地でイーグルスのメンバーが
青空に向かって
ジャンプしている写真を
ジャケットに使ったという
オムニバスLPに
収録されるはずだった曲
「あの日の恋」

メンバーの
菊地信一のオリジナルで
シンプルな
ガレージ・フォーク・ロック
マイナービートガレージの
傑作だが

「アングラ・カーニバル」
アングラソング
コミックソングを
集めた企画もののLP
だったためか

当時大ヒットしていた
「ケメ子の歌」に
便乗して
歌詞の「おまえ」を
「ペチャ子」にかえさせられて
テープ早回しを導入し
タイトルも
『好きだったペチャ子』
というタイトルに変えられて

レコード化された



しかしデヴューした
時点で
すでにアングラ・ブームは
終わっており

これらのレコードでは
成功を収めることはできずに

実際にステージに立ったのは
10回ほどで
じきに解散することになる。



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アガナの乙女/ポニーズ
雨降る街角/ポニーズ
イマジネイション/ザ・リリーズ
サイケデリック・マン/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
ヒッキー・ヒッキー/ザ・ナポレオン
悪魔がくれた青いバラ/ザ・リード
トライ・アゲイン/ザ・ワイルド・ワンズ





アガナの乙女/ポニーズ(1968/12



もっぱら歌のお兄さん的な
親しみやすさで売っていたグループで
存在感はほとんどなかった
ポニーズ

ロックというよりも
カレッジ・フォーク的な活動を
していた爽やか系GS

新宿のフォーク喫茶
”フォーク・ヴィレッジ”の
社長が

マグマックス・ファイヴ
バインズなど
アチコチのバンドから

メンバーを集めて
1967年10月に作ったグループ

半年以上の
練習をへて
68年8月25日
コロムビアから
「ブルー・エンジェル」でデヴュー

ーーーーーーーーーーーーーーーー
当時、ヤマハホールで開いた
発売記念コンサートには
1500人のファンを動員
優しい、
童謡調のこの曲はオリコンの
65位までいった
ーーーーーーーーーーーーーーーー

68年10月のモンキーズ
日本公演では
フローラル、
ブルー・インパルス
と共に前座に
抜選されるという
栄誉にも浴した

アガナの乙女

1968/12
二枚目『雨ふる街角』のB面

シタールを入れた完成度の高い
ラガーポップに仕上がっており
和製ソフトロックの名作を
数多く手がけている編曲家
東海林(しょうじ)修によるもの

だったが
当時ほとんど評価されなかった。


雨降る街角/ポニーズ


甘々のメルヘン・ポップ

この曲は68年12月に
発売された二枚目のシングルのA面で
ザ・カスケーズの「悲しき雨音」を
思わせる効果音で始まる
のが印象的だ



イマジネイション/ザ・リリーズ

シャープ・ファイヴを
1967年夏に脱退した
秋山功が。地元札幌の
アマチュアバンドから
メンバーを集め

1967年11月に結成

数ヶ月後には
名古屋にわたり
当地のジャズ喫茶や
ディスコテークで
演奏活動を開始

瞬く間に人気者となった


1969年1月25日リリースだった
デヴューシングル
『ドアをあけて』のB面

ほとばしるようなメロディが
じつに心地いい
良質のポップ・ナンバー

メンバー・全員が
リード・ヴォーカル志望で
あったことから

ハーモニーの美しさを
強調するソフト・ロックの
グループとして
売り出されたという
こともあって
ハーモニーを
全面に押し出した
作品に仕上がっている

当時彼らは米国の「ピープル」
というグループの
2nd LP『ボス・サイズ・オブ・ピープル』を
愛聴していたようです




サイケデリック・マン/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(1968/2


66~67年にかけて
「青い瞳」「ブルー・シャトウ」
などの大ヒットを
連発して
GSの生みの親といっても
過言ではないブルー・コメッツも
そのパブリック・イメージを
覆すようなサイケ・ナンバーを
残している。

この曲は68年2月発表

日本人が
海外旅行をするということは
夢のような出来事であり
大変な贅沢であった時代で
ゆえに成立した
コンセプト

ヨーロッパの各国を
ブルコメと一緒に
旅するというコンセプトアルバム
『ヨーロッパのブルーコメッツ』収録曲で

サイケデリック時代の
スゥインギン・ロンドン
から届いた音の絵はがき

「サイケデリック・マン」

イントロのピアノのフレーズや
サビの部分でのコーラスには
ローリング・ストーンズの
「この世界に愛を」(原題「We Love You」)
の影響が感じられる




ヒッキー・ヒッキー/ザ・ナポレオン


68年10月にリリースした
2枚目の
「涙をひとつ」のB面で
デヴューシングルを
リリースした後の
同年8月に初上京し
大阪・東京を往復して
活動するようになった
ザ・ナポレオン



ザ・ナポレオン名義でリリースした
楽曲はリンド&リンダーズの
加藤ヒロシが作詞作曲

恋愛衝動をしゃっくりの
不如意になぞらえた怪作で

間奏の唐突なコール&レスポンスが
印象的だが

加藤によれば
ナポレオンには
「リンドでも使えそうもない
どうしょうもない曲を提供していた」というが

それもあってか
目立たぬ結果に終わってしまった。



□悪魔がくれた青いバラ/ザ・リード

GSとしてデビューすることになった
在日アメリカ人バンド
1968年10月に
発足したばかりのRCAビクターから
第一回新譜として
和田アキ子
ブルー・インパルスら
とともに売り出された
その時のデヴュー・シングルが

1968年10月25日リリースだった
「悪魔がくれた青いバラ」
だった

「誓いのフーガ」や
「サウンド・オブ・サイレス」路線を
狙ったソフト・ロックであったが

地味すぎたのか
不発に終わった。

もっぱら、メンバーの
日系人アーダクル・タミヤ

の美少年ぶりが売り物
というだけで

結局、彼らは
たんに外国人の
グループというだけであって

スーナーズのような
衝撃を日本に与えることは
なかったのである。

このバンドが
残して行った唯一の財産は
リード・ギターの
マーク・エルダーが
チョーキング奏法を
日本のGSに教えたことと言って良い

ザ・リードは
赤坂のクラブ「チータ」の
ハウス・バンドとして
活動しており

そこには
マークのブルース・ギターを
盗み見するために
日本のGS連中が
毎晩のようにやってきていた
というのである。

それまで、
日本のバンドは
チョーキングを知らなかったのである







トライ・アゲイン/ザ・ワイルド・ワンズ

ビートルズの『サージェント・ペパーズ~』と
おなじ67年6月にリリースした

ワイルド・ワンズ、ファーストアルバム
『ザ・ワイルドワンズ・アルバム』
B面の4曲目

英語歌詞によるオリジナルで
まるで、90年代日本の
ネオ・アコバンドのようだ

作詞した植田は英語が得意なことで有名で
外タレの通訳もよく買って出たりしていた




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# by marquis_de_d | 2017-06-04 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰四拾弐夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □



ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ
不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード
ダイナマイト/田辺昭知とザ・スパイダース
シェビデビで行こう/ザ・プレイボーイ
レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト
青いジャングル/荒木一郎
秘密の合言葉/ザ・テンプターズ





ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ


1966年8月のリリースだった
アルバム『ザ・サイドワインダー』から
「ザ・キャット」

ジャズ・オルガニスト、
ジミー・スミスでおなじみのナンバー



ブルー・ファイヤーにいた
天才ギタリスト
三根のエレキと並んで
このバンドの音楽的支柱である
古屋の粘っこいオルガンが
活躍する

ジャズ・ロック的な
モッドな感覚がでてます


不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ありたあきら編曲の
麗しいストリングスをバックに
最初英語で次ぎに日本語で
歌われるソフト・ロックの傑作

69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に
東芝/エキスプレスからリリースした
デヴューシングル
「不思議な夢」のA面


美麗なストリングスをバックにした
傑作バラード

ヴォーカルの
ポール・リーと
マーク・八幡が

素晴らしい歌声を披露

日系人を中心に
68年7月に結成された
グループでメンバーは

日系二世のヘンリー
日系ハワイ人のポール
仏中混血のアレン
アメリカ人のジャック
法政二高在中の日本人、マーク

立川、横田などの
米軍基地で活動した後、
都内のジャズ喫茶、
ディスコテークなどに進出

また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」
や「ファン・ダイヤル」にも出演した

在日外国人のバンドとしては
珍しく、R&Bではなく
(猫も杓子も
R&Bだった当時に)
ソフト・ロックを
売り物として
雑誌などでは
「日本のウォーカー・ブラザーズ」
といった扱われ方だった



DynamiteThe Spiders 

ダイナマイト/田辺昭知とザ・スパイダース



あまりの格好良さにひっくり返りますね

この迫力満点の
荒々しい演奏は

凡百のテケテケ・エレキバンドには
無い魅力があり

スパイダースが
エレキ・インスト・バンドとしても
相当の実力を備えていた事が
わかります。


65年10月に
クラウンから
リリースされた
コンパクト盤に収録されている
インスト・ナンバー

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1965年の10月に
『ダイナマイト』という全曲インストの楽曲で構成された
コンパクト盤(EP盤という7インチ=17センチレコード
LPと同じ回転数33回転のシングルレコード)に収録されていますね。
----------------------------------------

1965年と言えばまさに
エレキインストの時代という
感じですが

スパイダースは当時
すでに歌って演奏する
リヴァプール・サウンズの
スタイルを志向しておりまして

逆に、大流行している
ヴェンチャーズのような
インスト物は
気乗りがしなかったそうですが



シェビデビで行こう/ザ・プレイボーイ1967


小田原にゆかりのあるGS

ザ・プレイボーイ

小田原相洋高校の
同級生を集めて結成した
グループ。

カルトGS究極の名曲で、
今も燦然と魅力を放っている魔法のような曲

これは二枚目のシングル。

無意味な歌詞と
ロカビリー臭の漂う
シンプルなロックンロール


最初の二枚のシングルは
50年代ロカビリースピリットを受け継いだような
ガレージロックだった

この路線で
夢のようなアルバムを
作ってもらいたかったほどだが

この後に
メンバーチェンジしてから
コーラス中心の
ポピュラー・ソングを歌う
グループにがらりと様変わりして

歌謡曲っぽいシングルを
三枚出しただけで終わってしまった




レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト


1969年6月のリリース
テイチクから9枚目のシングルのA面
スウェーデンのビート・グループ
オーラ&ジャングラーズの
ヒット曲の日本語カヴァー

70年代には
ラモーンズもファーストLPで
カヴァーしていたロック・クラシカル

だがこちらは
ポップよりの演奏


1960年代の
ロカビリー時代から続いている
伝統のあるバンド

というか正確には
1957年三月に結成された
ウエスタン・バンドが
何度も衣替えしている
うちにGS時代まで
生き残ってしまった
というバンド

伝統あるこのバンドも
66年頃には
はやりの
エレキ・ギター・バンドに
なっていたが

バンド編成は
歌手三人に
バンド五人という
前近代のままで
前時代の名残を感じられる




青いジャングル/荒木一郎



66年のデヴュー曲「空に星があるように」(日本レコード大賞新人賞)
「今夜は踊ろう」「愛しのマックス」などのミリオンセラーヒット曲を連発した

俳優であり
シンガーソングライター
、歌手であり
音楽プロデューサー、
小説家、
カードマジック研究家、
マジック評論家
といういくつもの顔を持つ

荒木一郎の
1971/5リリースの
異色傑作アルバム
『荒木一郎の世界』から

青いジャングル/

ビートルズへのオマージュ
であることを包括した、
クールなアートロック。

世界広しといえども
荒木一郎をこれだけ
かけてる
番組は
FMおだわらの
ラジオルルイエだけだと思いますけれど


秘密の合言葉/ザ・テンプターズ

秘密の合言葉/ザ・テンプターズ(1968/9

シタール的なギターで始まる
カッコイイ、ビート・ナンバー

大ヒット曲「おかあさん」のB面

テンプターズ独特の哀愁を帯びた
松崎由治によるギターのイントロが
印象的 





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# by marquis_de_d | 2017-05-28 21:00 | RADIO R'lyeh



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