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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百梧十碌夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □





ヘイ・ジョー/ザ・ゴールデン・カップス

本牧ブルース/平田隆夫とセルスターズ

夜明けに消えた恋/ザ・ブルーインパルス

一日だけの恋/アウト・キャスト

渚のルビー/ルビーズ

南に行こう/レイ・田端

バン・バン・バン/ザ・スパイダース





ヘイ・ジョー/ザ・ゴールデン・カップス


1968年3月10日リリースだった

ファーストLP『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム』

A面のラストに収録されている

ナンバー


妻を殺して

メキシコへ逃げて行くという

単純な歌詞だが


間奏で奔放な

サイケデリック・プレイが展開され


ジミヘン・ヴァージョンに

依らない演奏は

凡百のGSには無い

ゴールデン・カップスならでは

の魅力で


そこが

海外のガレージ・マニア

にも非常に評価が高く

海外のコンピレーションものにも

ちょいちょい

収録されている。


これに関して


Twitterに反応があり

しげっち さん曰く


カップスの「Hey Joe」は The Leavesのバージョンを参考にしたと思えるyoutube.com/watch?v=KWv03W… #るるいえ



The Leavesというのは

このヘイ・ジョーをヒットさせた

一番最初のほうのひとで


成る程と思いました



ジミヘンドリックスは

ティムローズの演奏をみて

それをカヴァーしているといわれており

(これは諸説ありますが)


ヘイ・ジョーはビリーロバーツが

62年に著作権登録しています


スタンデルス

サーフロックのサファーリーズ

ラブ

ミュージックマシン

バーズ

が同じ時代にレコードにしています



本牧ブルース /平田隆夫とセルスターズ 1974.8


素晴らしい

歌声を聴かせる

ハーフのシンガー、

セシリアが加入した

後期のセルスターズの貴重音源。


アルバム

『リズム・ブルース・ニッポン』に

収録された

ゴールデン・カップスの1969年の

これぞ横浜サウンド!を高らかに歌ったナンバーの


カヴァー。




夜明けに消えた恋/ザ・ブルーインパルス



当時、銀座ACBを本拠地にして

(常に出演していた)


第三期GS黄金時代の

中核をなしていたグループ



1968年10月3,4日

モンキーズ日本公演では

フローラル

ポニーズとともに

モンキーズの前座として舞台に上がる

という幸運に恵まれ

センセーショナルなデビューを果たした


1968年10月25日

RCAビクターからリリースした

デヴュー・シングル「太陽の剣」の

B面が「夜明けに消えた恋」だった


ネオGSにも熱愛された

カルトGSの古典。


イントロの

ギター・リフがかっこいい



しかし、


1969年3月にリリースされた

セカンドシングル

『メランコリー東京』は


GSとしての

アイデンティティぶち壊しの

妙に耳に残るムード歌謡で


92位にとどまった


「目標はスパイダース!」

「絶対に海外の物真似はしたくない」


といい

GS第三期黄金時代を

担うグループとして

期待されたが


人気は鳴かず飛ばずの低迷ぎみで


1970年4月に

自虐的な

「苦しみロック」を

最期に解散した


(70年というのは

既にニューロックの時代であって

帰ってきたアングラソングに

誰も見向きもしなかった)





渚のルビー/ルビーズ



かなり地味なバンドで


珍しかった左利きの

リード・ギター兼

リード・ヴォーカル

菊谷英二(きくたにえいじ)

がセールス・ポイント


この人は

ルビーズをやめたあと

「ハチのムサシは死んだのさ」

のセルスターズへいった。



1967年9月にリリースされた

2枚目のシングルのA面

「渚のルビー」


典型的なガレージGS歌謡で

このシングルも当たらなかった


しかし

歌謡曲的なメロディーでありながら

なぜか妙に感動してしまう作品


オルガンの音色が

貧乏くさくて良い


オーケストラを使わず

自分たちだけの演奏というのも

好感がモテる


当時、

「ルビーズのはめているルビーがあたる」

レコードに抽選券をつけて

指輪につけていたルビーを

抽選で5名の方に

プレゼントする涙ぐましい

キャンペーンとか


話題性は

あったんですけれども、


ポリドールとしては

タイガースを

抱えていたこともあって


ルビーズは地味だった。


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1968年武道館で

「タイガース新曲発表会」

というコンサートがあって

その前座をつとめたしてるんですけれどもね、ぱっとしなかった。


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南に行こう/レイ・田端(1970.2



マミーズのヴォーカル

田端義夫の長男

田端義継が名前を変えて

解散後に出した


ソロ・シングル。


田端本人による作詞作曲である

「南に行こう」



成城学園4年のときに

ハワイへわたり

ハワイ州立カラニ・ハイスクール卒業

ということもあって、

ハワイアンなムードもの


だがこれ一枚をリリースした後

その後は不明



北国を歌ったGSは

数あれど、意外かもしれないが

南の国を歌ったGSは少ない。


マミーズ解散の

バックにひょっとすると

そういった葛藤が

あったのかもしれない。」」


バン・バン・バン/ザ・スパイダース



準主演やゲスト出演

となると

GSの出ている映画は

かなりある。

その中でも

やたらゲスト出演映画が

多いのは

やはり

出演映画本数も最多を誇る

スパイダースだ


『高原のお嬢さん』(65)

『青春ア・ゴーゴー』(66)

『涙くんさよなら』(66)

『夕陽が泣いている』(67)

『喜劇 駅前百年』(67)

『君は恋人』(67)

『思い出の指輪』(ヴィレッジ・シンガーズ主演)(68)


本作は

浜田光男の復帰を祝って

日活スターが総出演した

1967年11月3日公開

『君は恋人』から


夜中に作家役の

渡哲也宅の

前で演奏するシーンのために

収録したもの


この『君は恋人』では

中村八大作曲の

「アヒルの行進」なる

レコード未発表曲の

オリジナル・ソング

演奏場面もみどころ



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□ 今夜紹介する楽曲 □




安里屋ユンタ/寺内タケシとブルージーンズ

ヘイ・ボーイ(jam)/ザ・スパイダース

グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー

スプーキー/ザ・ゴールデン・カップス

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

ミッチー音頭/青山ミチ



安里屋(あさとや)ユンタ/寺内タケシとブルージーンズ


バニーズの教育を終えた

寺内タケシはソロで活動し

「エレキギターのすべて」など

発表しておりましたが


やはり、

ブルージーンズ再興の思いがあって

69年「石橋志郎とストーンズ」の

二人とジョー水木、ルイ高橋を加えて

再結成に踏み切ったのでありました。


そんな

新ブルー・ジーンズになってから

の三枚目のシングル

「津軽エレキ節」のB面

沖縄の八重山の

竹富島につたわる

民謡を取り上げた


重厚なファズトーンと

胡弓をおもわせる

相田幹夫のヴォイスが

不思議な効果を醸し出す

エスノ・サイケの傑作


マタ ハーリヌ チンダラ カヌシャマヨ


は また逢いましょう 美しい人よ の意


ヘイ・ボーイ(jam)/ザ・スパイダース


山内賢、浜田光夫、和田浩二らが

アマチュア・バンド

”ヤング&フレッシュ”を

結成してエレキ大会で

優勝するまでを描いた


日活1966年3月27日公開だった

『青春・ア・ゴーゴー』の音源より


東宝の『エレキの若大将』と

並ぶエレキ映画の傑作


『エレキの若大将』が

フィクション要素が強いのに比べ

この映画ではドキュメンタリー的

映像がふんだんに使われており

当時の世相を知る

貴重な資料となっている

例えば

冒頭のシーンで

予備校の受付に

長い長い列が並び

嗚呼、団塊の世代という

感慨に耽る事になる


当時の映画が

後世に残した功績のひとつに


当時の人々の

またはスターの

そして音楽の姿を知る

手段のひとつとして

流行を切り取って

保存している

メディアが

映画であるといえます


この映画でも

細身のスーツを着た

初期のスパイダースが観られる。



グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー



1966年10月10日リリースだった

アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界・R&Bベスト・ヒット』

から。


サム&デイヴ、オーティス・レディング

ジェームス・ブラウンなどの

ソウルの名曲を中心にカヴァーした

アルバムだが


歌ものの中に一曲だけ

オルガン・インストを入れるセンスは

なかなかモッド。


ブッカー・T&MG.'sが62年に

発表したビルボード。R&Bチャート一位になった

ナンバーのカヴァー





スプーキー/ザ・ゴールデン・カップス


クラシックス・フォーが

67年に全米3位になったナンバーのカヴァー


1968年9月10日リリースだった

『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム第2集』

のA面の5曲目に収録された

ナンバー


デイヴ平尾がソロをとっています


カップスには

「過ぎ去りし恋」という

オリジナルのソフト・ロックも

ありますが、

こちらも

素晴らしい完成度で

ゴールデン・カップスを

評するに「本格」という

単語をよく使うわけでありますが


まさに本場の匂いを

感じさせる演奏だったんじゃないでしょうか



不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


このA面「不思議な夢」



ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


そして


B面の「ムーン・アンド・スターズ」では


英語詞による

さりげないボッサ・ロックを

聞かせてくれる




ミッチー音頭/青山ミチ


当時、弘田三枝子、エミー・ジャクソン

などとならぶ

女性R&B歌謡の先駆的存在だった

青山ミチの


1963年のポリドール時代の

大ヒット曲

ミッチー音頭


遠藤賢司や大西ゆかり

がカヴァーする

青山ミチの代表作であります


ポリドールとクラウンに

多くの作品を残している。

特にポリドール時代の音源は

カヴァーポップス/和製R&B的な

作品が若い世代にも

非常に人気が高い


とにかく、

元気を出したい時の定番曲

歌って踊って

スタミナつけたい




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□ 今夜紹介する楽曲 □




白いサンゴ礁/ズー・ニー・ヴー

ブーガルーNo.1/ザ・マミーズ

汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ

朝日のない街〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース

マイ・ガール/ザ・ボルテイジ

シーサイドバウンド/ザ・ジャガーズ

満足できるかな/遠藤賢司




こんやもラジオルルイエ

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□白いサンゴ礁/ズー・ニー・ヴー



1969年4月1日リリースだった

二枚目のシングル『涙のオルガン』の

B面「白いサンゴ礁」


和製サム&デイヴと呼ばれたグループ


渋谷のレストラン・クラブ"カバーナ"の

専属として腕を磨いていた

もっぱら通好みのR&Bを

レパートリーにしていた事で評判を呼び

コロンビアから

1968年11月に

当時としては異例の

アルバムによるデヴューを飾ったグループ。


シングルの方は

1968年11月に

『水夫の嘆き』をリリースしたが

これは全く振るわなかった


ところが

翌年1969年に出した

二枚目のシングル

『白いサンゴ礁』

は当初B面だったものも

じわじわと

評判になり


ついにはオリコン18位

まで行く思いがけないヒットと

なった


69年という

GS衰退期に


彼らは一躍

人気グループと

なってしまったのである






ブーガルーNo.1/ザ・マミーズ


ハワイで高校生生活を

送った田端義継(歌手、田端義夫(バタヤン)の長男)

が帰国後の68年3月

歌手になることを父親に反対されたために

内緒で自作曲を遠藤実氏のところへ

持ち込んだところ

グループ・サウンズの

ヴォーカルが良いだろう

と勧められて

結成したグループ


唯一のシングルのA面

68年のニューリズム

ブーガルーの流行を

当て込んだもの


しかし、ブーガルのもつ

クラブ感覚とはほど遠い

野外で焚き火を囲んで

踊っているような

すっとぼけた土着性が

かえって

妙なあじわいを

だしている

和製ブーガル


68年秋からは

ソロ・シンガー

車英二の

バックバンドを

ジャズ喫茶でつとめたり

していましたが

そのうち音沙汰が

なくなってしまった


もう一つ

注目すべきは

ヴォーカルの藤原喜久雄


もともと

楽譜が読めなかった

というが、天性の才能で克服したという。


マミーズ解散後は

原信夫率いるシャープアンドフラッツでR&B

をこなし


その後、

1978年には

ピート・マック・ジュニアという

名前でヴォーカル版『ルパン三世のテーマ』で

その名を後の世まで轟かせることになる


70年10月大映映画『高校生番長 深夜放送』

では主題歌「午前0時のロック」を歌っていた





汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ



1969年4月リリースだった

三枚目のシングルのA面

「汐鳴りの幻想」


本格的R&Bバンド

ボルテイジという

洋楽的努力も

水泡に帰すような

民謡風R&Bともいえる

異色作で


R&Bもサイケも

へったくれも無い


という姿勢が

ラジカル



コブシの効いた

ヴォーカルは

思いがけず

迫力がある




朝日のない街〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース



スパイダースは

65年5月に「フリフリ」で

レコードデヴューしてから

65年末にフィリップス・レコード

と契約するまでの間に、


勁分社、コダマ・プレス、ビクター

などで、ソノシート用に

およそ26曲あまりを

レコーディングしている。


このアニマルズの

おなじみのナンバー

「朝日のない街」の

カヴァーは勁分社から

リリースされていた

週種類のソノシートに

残されていた

録音音源。


この

「朝日のない街」は

1966年5月20日リリースされた

全曲カヴァー曲で構成された

スパイダースの2ndアルバム

『スパイダースNO.2』にも

収録されていますが


この

ソノシート用の

録音の方が

タイトで

迫力がある演奏が

楽しめたかと思います


□マイ・ガール/ザ・ボルテイジ


R&Bバンドを標榜していた

日本のGSの大半が

実は

ストーンズやゼムといった

白人R&Bをカヴァーしていたに

すぎない中で


黒人ソウル音楽しか

レパートリーにしなかった

数少ない本格派バンドが

ボルテイジだった




68年8月にリリースされた

唯一のアルバム『R&Bビック・ヒット』

のB面3

曲目に収録されているのがこの曲


テンプテーションのヒット曲

マイガールのカヴァーだが

GSのアイデンティーティーを

失わない、そのチープな

演奏ぶりは感涙モノ



このアルバムの

レコーディングの

際には

ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者

桜井ユタカ氏


が付きっきりで

アドバイスをしたという

からその気合いの

入り方に

尋常ならざるものを

感じます。





シーサイドバウンド/ザ・ジャガーズ



タイガースの大ヒット曲のカヴァーで

1967年11月のオムニバスLP

『レッツ・ゴー!グループ・サウンド』

に収録されているナンバー


イントロで不協和音の

賑やかしを導入し

これまたサイケデリックな

効果をみせている


それにしても


当時

カーナビーツ、テンプターズ

といい、このジャガーズといい、


特にサイケデリックを

自覚的に追求していたという

話はきかない。


にもかかわらず

このサイケ振りは


何処からくるのか。


おそらく

1967~68年という

時代の強力な電磁波の

ようなものが

彼らを

無意識のうちに

サイケデリックに

させてしまったと思える



この辺は

いくら90年代の

ネオ・サイケが頑張って

みてもかなわぬところ



満足できるかな/遠藤賢司


我が国の至宝的存在

元祖パンクロック、遠藤賢司(エンケン)

「不滅の男」「史上最長寿のロックンローラー」



ヒット曲、『カレーライス』が収められたセカンドアルバムより

「満足できるかな」1971

間奏で「シーサイド・バウンド」を唐突に歌い始める

何となくやってみたらバックバンドだった「はっぴいえんど」

の連中が喜んだ為にそのまま収録したという。





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レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト

シー・シー・シー/ザ・タイガース

ヴァケイション/青山ミチ

涙の太陽/青山ミチ

アフロデティ/ザ・クーガーズ

サマータイム・ブルース~スプーンフル/ザ・リード




レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト(1967.7


後にスタジオミュージシャンや

音楽プロデューサー、

作家となる

メンバーも多く、


実力はあったが

人気に恵まれなかった

GSの代表格といわれておりmasu

渡辺プロの実力派GS

アウト・キャスト


三枚目のシングルA面で


ヘヴィなファズが

先導するビート・ナンバー


藤田まこと主演の

67年9月、封切りだった

日活映画

『喜劇・大風呂敷』


では、アウト・キャストが

ゴーゴー・クラブで

この曲を演奏する

シーンが見られます。


ファズといえば

アウトキャストの前身バンド

ブルー・エースは

まだ、ファズボックスが

無い頃「サティスファクション」

をやるときに

リード・ギター二本で

高音部と低音部を

同時に弾く事で

ファズのような効果を出していたそうです




シー・シー・シー/ザ・タイガース


ビートルズの

「レディ・マドンナ」を

きっかけに起きた

ロックンロール・リバイバルの

機運に乗じてリリースした

1968年7月15日

六枚目のシングルのA面


シンプルなビートものだが

さすがタイガース

オリコン一位を獲得している



東宝68年12月封切りの

主演映画『華やかなる招待』

の冒頭でこの曲の演奏シーンが見られる



ヴァケイション/青山ミチ

涙の太陽/青山ミチ



1960年代のポップス系歌謡曲は

60~62年の「日劇ウエスタンカーニバル」

すなわちロカビリーブームに

端を発するカヴァーポップスの時代であって



だいたい1960年秋の

「ビキニスタイルのお嬢さん」の

大ヒットからはじまって


コニーフランシスの

「可愛いベイビー」「ヴァケーション」

あたりでカヴァーポップスは

ピークを迎えたのであります。



「ヴァケーション」は

1962年当時五社競作で発売されて

そのなかでも一番の成功を収めたのは

弘田三枝子だったわけですが


今夜聴いていただいたのは

青山ミチのヴァケイション


この声に

ファズギターの音が

加わっていたら

どんなに心地良かった

だろうかと想像する

がこの時まだ

日本人は

ファズボックスの存在を知らない


当時、弘田三枝子、エミー・ジャクソン

などとならぶ

女性R&B歌謡の先駆的存在だった


ここでもやはり

スゴいのは

漣健児の訳詩


原曲はすべての

BパートがV-A-C-A-T-I-O-Nと

くるわけなんだけれども


漣健二は冒頭とエンディングにだけ

もってきて歌なかパートでは


「待ち遠しいのは00やすみ」

って大胆に日本語に置き換えちゃってる


このあたり、超訳とも言われる

サザナミ流ポップスのナセル技

かも知れませんね




---------------------------------------------

当時のレコード業界の

専属制度を崩壊させる

ことになる

伝説的ポップス

「涙の太陽」


当時のレコード業界は専属制で

専属の作詞家、作曲家でなければ

フリーの作家はなかなか

レコードをリリースできなかった


そのころコロンビアは

米コロンビアと提携していたが

洋楽部門は売れ行きが悪く


当時、一ドルが360円の時代

当時の邦楽が330円にたいして

全体的に輸入版は割高だった

ことも原因だろう

---------------------------------------------


65年4月に

エミージャクソンが歌う

同曲の英語版が

コロンビアの洋楽部門から

リリースされ

エレキ・ブームを周到に

計算し、テケテケサウンド

も巧みに取り入れ

ラジオでの

プロモーションも

良かったのか

英語で歌われた歌われた

にもかかわらず

同年夏を飾る記録的なヒット

となった

これで、

エミージャクソンは

和製ポップス第一号と

呼ばれ

ガールズポップシンガーの

先駆者となったが


こちら

青山ミチの

「涙の太陽」

ほとんど売れずに

73年に安西マリアが

カヴァーをヒットさせるまで

幻の日本語版となっていた。


まあ、結局のところ

エミーをのぞく

日本のガールシンガー

1965、1966年の

作品はガレージというよりも

エレキ歌謡の範疇にあって

音も歌詞もまだまだ

泥臭かった。

ガールシンガーの

一人GSの完成は

67年黛ジュンの

「恋のハレルヤ」を

待つことになります



青山ミチは


遠藤賢司や

大西ユカリと新世界などが

カヴァーして有名になった

「ミッチー音頭」(1963.5

などで知られるハーフの歌手で

ポリドールとクラウンに

多くの作品を残している。

特にポリドール時代の音源は

カヴァーポップス/和製R&B的な

作品が若い世代にも

人気が高く、まとまった形での

CD化を望む声も高い





アフロデティ/ザ・クーガーズ(1967.10



67年というのは

GSブームを支えた

タイガース、

テンプターズの

超絶的な

人気を誇るA級GSが

デヴューした年ですが


GS戦国時代だった

67年をどうやって

目立つかということで

なんとか

個性を出そうとして


スコットランド風の

スカートをはくという

奇抜なスタイルを

トレードマークとして

デヴューしたクーガーズ。


事務所から

「頭を丸坊主にするかスカート履け」

と言われたそうですね

そこで、

「坊主は家に帰っても坊主だけれど、スカートは脱ぎゃ良いからな」

ってことでスカートをはいたそう。



クラウンに

和製ポップス部門が

誕生したのも67年


泉アキ、

レインジャーズ

サムライズなどと一緒に


ガレージ行進曲

「テクテク天国」をひっさげて

デヴューしたのが

クーガーズだった。


その『テクテク天国』のB面


ギリシャ神話をモチーフにした

エロス+ファズトーンのナンバー



GSというのは

どうしても

「太陽」「星」「渚」「夕陽」

と言ったGS的語彙

のオンパレードでもって

また、エレキサウンドと

いえば季節は夏と

いう認識が

心のどこかに

あったためかと

思われますが




□サマータイム・ブルース~スプーンフル/ザ・リード


日本のバンドの連中に

ブルースのチョーキング奏法を

教えるという

貴重な遺産を残していった

在日米国人グループ



1969年3月リリースだったLP

『サウンド・オブ・サイレンス/ザ・リード・ゴーズ・トップ・ヒット』


全編、ハーモニー重視で

ソフト・ロック路線の

全曲カヴァーで構成されている

アルバムで


ビートルズ

ビー・ジーズ

モンキーズ

ドアーズ

ローリングストーンズ

ジミーヘンドリックス

などなど


当時のありふれたヒット・ナンバーが

取り上げられ


オーケストラを配して歌う

可もなく不可もない曲

で構成されたアルバムで


お聴きいただいた

B面のラストに収録された

「サマータイム・ブルース~スプーンフル/ザ・リード」

エディ・コクランの

ご存知のナンバーから

クリームの

スプーンフルに繋いである

リードお得意の?構成


だがしかし

妙に透き通った

ギターが冗長な

ロングプレイで


期待はずれ。


(まあ、スプーンフル好きだけど

君の大切な愛の小さなスプーンがオレの魂を満たしてくれる

ってかっこいいやん)


GSとしてデビューすることになった

在日アメリカ人バンド

1968年10月に

発足したばかりのRCAビクターから

第一回新譜として

和田アキ子

ブルー・インパルスら

とともに売り出された

その時のデヴュー・シングルが


1968年10月25日リリースだった

「悪魔がくれた青いバラ」

だった


「誓いのフーガ」や

「サウンド・オブ・サイレス」路線を

狙ったソフト・ロックであったが


地味すぎたのか

不発に終わった。


もっぱら、メンバーの

日系人アーダクル・タミヤ


の美少年ぶりが売り物

というだけで


結局、彼らは

たんに外国人の

グループというだけであって


スーナーズのような

衝撃を日本に与えることは

なかったのである。


しかし、


リードといえば

当時のミュージシャンならば

知る人ぞ知る存在で


リード・ギターの

マーク・エルダーが

チョーキング奏法を

日本に持ち込んだ

まさにその人なのである。


それまで、

日本のバンドは

チョーキングを知らなかったのである


ザ・リードは

赤坂のクラブ「チータ」の

ハウス・バンドとして

活動しており

マークの演奏を見て

度肝を抜かれたという

GSマンは多い


そこには

マークのブルース・ギターを

盗み見するために

日本のGS連中が

毎晩のようにやってきていた

というのである。


ダイナマイツの山口富士夫も

その一人で

「とにかくアンプはボリュームいっぱい

トレブルもベースもいっぱいにして

こうやってチョーキングすれば

クリームみたいな音が出るんだっていうのが

俺は見てすぐわかったわけ


で、真似してみたら

同じ音が簡単に出た」


と『日本ロック大系上巻』に証言がある


山口富士夫が

ギブソンのES-355ステレオ・ヴァージョン

を使うようになったのも

その時にマークが使っているのを見た影響だと言っている


このほかにも

柳ジョージ

浅野孝巳

陳信輝など

多くのミュージシャンが

マークの演奏を見て

ブルース・ギターを学んだことを証言している


マーク・エルダーは

チョーキング奏法の伝道師

と呼ぶべき存在だ




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# by marquis_de_d | 2019-07-28 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百梧十弐夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □



MONKEY DANCE (Inst.)/ザ・スパイダース

渚の天使/弘田三枝子

恋と海と太陽と/はつみかんな

太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ

熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ

サマータイム/内田裕也とフラワーズ

ハイビスカス・レディー/マキシマム




MONKEY DANCE (Inst.)/ザ・スパイダース



ザ・スパイダース

(もう皆さんご存知の)

クラウンからの

デヴュー・シングル

『フリフリ』

のB面

キンクス的なリフで始まる

ダンス・ナンバー

「モンキー・ダンス(ミスター・モンキー)」

のインスト・ヴァージョン


日活1965年12月封切りだった

舟木一夫主演映画

『高原のお嬢さん』より


お金持ちの大邸宅のパーティで

スパイダースが演奏するシーンで

使われているヴァージョン


映画本編では

ほとんど役者の台詞が

かぶさっていますが


これはスパイダースの

演奏だけを聴く事が

できます。



渚の天使/弘田三枝子(1968.2.11


60年半ばになると


カヴァーポップスばかり

歌わされることに


嫌気のさした弘田三枝子は


ジャズナンバーを歌う事を

希望するようになり


東芝からコロムビアへ

移籍します。


そこで


日本でもっとも偉大な

ポップ・ミュージックの

作曲家兼プロデューサーと

目される、筒美京平と

ともに仕事をする事になります。



筒美京平はポリドール・レコードで

音楽ディレクターを

5年務めており

そこでは洋楽部でしか働かない

という希望を貫き通し

ガス・バッカス

ジョニー・ティロットソン

の日本版リリースを担当


筒美京平が受けた

音楽的な影響は

弘田三枝子の『渚の天使』でも


伴奏には「クール・ジャーク」の

影響が顕著に見られるなど


明らかに聞き取る事ができます




恋と海と太陽と/はつみかんな(1968)


77年「マイ・ラグジュアリー・ナイト」

の大ヒットを飛ばした

’シンガーレディ’しばたはつみ


しばたはつみとして

ブレイクする以前に

はつみかんなという名義で

デヴューしたときの

デヴューシングル「乙女の季節」のB面

ガールズガレージの名作


「恋」と「海」と「太陽」と

とまさにGS的語彙の集合体


2010年3月に心筋梗塞で亡くなってます。57歳。

コンサートやディナーショーを中心に

海外公演も含め年間100回以上の

ステージをこなすインターナショナルな

ショービジネス界で通用する

数少ない日本シンガーだった。


歌手活動50周年に向けて体調を整え

仕事再開の準備真っ最中突然の永眠だった。

ということでとても残念です。





太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ 1969.6




再編されたブルージーンズの

第一弾シングル「太陽に叫ぼう」

寺内タケシの

ジミヘン風ギターをバックに

ルイ高橋がソウルフルに歌い上げる、

ニューリズム

「ファンキー&ウォーク」を

取り入れたというR&B



ルイ高橋時代の音源は人気が高いようです。





熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ


1959年に結成された

ロカビリーバンド

”ザ・キャラバン”が前身


67年にGS時代に対応

すべくこの名前に変わって


ステージに犬を連れてきて

演奏するという妙な

パフォーマンスで

知られたバンド。

バンドのマスコット

である愛犬の名前が

「VAN」であり

バンドの名前の由来であります。


ステージにはいちいち

この犬を連れてきて

脇につないで演奏していた


思いつけば誰でもできるが

なかなか思いつかないことを

やるのがGSパフォーマンスの

神髄であります


67年4月の

デヴューシングルのA面

「熱い砂」


作曲はスペイスメンの

ギタリスト田代久勝

東アジアGS特有の

泥臭さがある

ビートものに仕上がっている。



□サマータイム/内田裕也とフラワーズ



1969年7月にジャニス・ジョップリン

などのカヴァーを中心とするアルバム

「チャレンジ!」をリリース



全員オールヌードでとった

ジャケットがセンセーショナルな

話題を呼んだが


(麻生レミは

男性メンバーと一緒に

裸になるのは嫌だ

ということで

あとで単独で撮影して

いるので

実はジャケットは

精巧な合成写真であります)




これは

コマーシャルなシングル

「ラスト・チャンス」を

だしたらアルバムは好きに作らせてやる

というレコード会社との約束で

でてきた結果がこれ。

しかし

内容のほうはほとんど

彼らの

ステージ・レパートリーである

洋楽カヴァーだけ


小林勝彦のスチール・ギターが

リード・ギターの役目を果たす

構成はユニークだがあまり効果は見られず

ほとんど、コピーの領域を

出ていない曲が多い


これは、

オリジナル中心の

アルバム構成に

なれきっている

若い世代には

異色に感じられる

かも知れないが


当時、

GSのステージにも

アルバム構成も

それが普通だったし

ファンも別に

オリジナルにこだわっていなかった

そう言う事も背景にあります。


しかし、現実には

ニューロックの

コピーだけで

構成された

で評価は皆無に近かった。


もはや、

69年7月という時期は

もはやGSではない



□ハイビスカス・レディー/マキシマム


1965年頃

ビートルズ娘として

活躍していた


ザ・キューピッツは

『パザズ天国』以降

長く表舞台から

姿を消していたのですが


75年に”マキシマム”という

ディスコ・デュオ

として復活します。



1975.10.1に

ショーボート・レーベルから


プロデューサーのミッキー・カーチスが

「海外レーベルではひとつのヒット曲を

いろいろなアーティストがカヴァーするのが

当然だし、カヴァー専門の歌手もいる。

ところが日本ではなぜ

カヴァーが盛んではないのだろう」

という疑問から生まれた企画で



日本のロック/ポップスの

名曲カヴァーだけで構成された

アルバム「マキシマム・ホット」

をリリースしております



アルバム「マキシマム・ホット」より


外道が1975年5月に

リリースしたシングル・チューン

「ハイビスカス・レディー」

のカヴァー


このアルバムがすごい。

ナニがすごいって


バッキングがすごい。

ギター・大村憲司

ベース・小原礼

ドラムス・村上・ポンタ・秀一

パーカッション・浜口茂外也はまぐちもとや

キーボード・深町純

という

70年代のクロスオーバー・ブームの

走りとなったバンブーセッション

のメンバーであり


当時、最強のリズム・セクションと

呼ばれた彼らの演奏が

単独ではレコードに残されていないだけに


このアルバムは

バッキングでありながらも

バンブーの

幻の演奏を現代に伝える

貴重な音源でもあるわけです

 



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