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□ 今夜紹介する楽曲 □




730日目の朝/ザ・タイガース

恋をしようよ踊ろうよ/ザ・プレイボーイ

夜明けまで踊ろう/ザ・サニー・ファイブ

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

恋の足あと/ザ・ハーフ・ブリード

白い風を見る日/ザ・ハーフ・ブリード

イマジネイション/ザ・リリーズ





730日目の朝/ザ・タイガース


タイガースの

大スペクタクル

シンフォニックナンバー


大噴火で一瞬にして廃墟と化した

イタリアの古代都市

ポンペイの悲劇から

題材を得た

コンセプト・アルバム

1968年11月15日リリースだった

『ヒューマン・ルネッサンス』収録曲


加橋かつみ作詞作曲で


加橋かつみと岸部おさみ

による掛け合いは

まるでGS・オペラ

と呼ぶに相応しい



□恋をしようよ踊ろうよ/ザ・プレイボーイ


プレイボーイは

平野こうじや、足立ヨシオといった

ロカビリー歌手の前座をやっていた

皆木英利が1966年ごろ

小田原相洋高校時代の

同級生を集めて結成したバンドで


主に平塚市内のディスコで

ビートルズ、

ビーチ・ボーイズ、

さらに皆木のオリジナルを

レパートリーとしていた

グループで


1967年に出た

最初の二枚のシングルは

50年代ロカビリー・スピリットを

無意識に受け継いだような

ピュアなガレージ・ロックだったが




68年には


皆木一人残り大きくメンバーチェンジ


洗練された

ポピュラー・ソングを歌う

グループにガラリと

方向転換してしまう


そんな1968年5月1日にリリースされた

「愛しのアンジェリータ」

のB面がこの

「恋をしようよ踊ろうよ」だった


アングラ時代を反映し

間奏に皆木の声を入れて

テープの逆回転を挿入

(ばかヤローと怒鳴っている)


この後も8月1日

「思い出のカリフォルニア」

11月1日

「湖に眠るマリーの恋」

とシングルを出したものの

いずれも不調に終わってしまった







□夜明けまで踊ろう/ザ・サニー・ファイブ


元リンド&リンダースの高木和来が

1967年8月に同志社大学の

学生を中心に結成したバンドで


GSブームに遅れを取ったビクターが

1967年11月

”ビクター3大ポップス・サウンド”を

謳い文句に


モップス

ダイナマイツ


とともにデヴューさせた

京都のグループ




”太陽の貴公子!ヤング・ポップス・サウンド”

という

当時としては大真面目な

キャッチフレーズで登場



しかし、モップスやダイナマイツの

ようにアルバムを出すことなく

どれも不発に終わった

三枚のシングルを残しただけで

すぐに解散している


お聞きいただいた



「夜明けまで踊ろう」は

1968年8月5日リリースされた

三枚目のシングルのB面



ルックス的にも年齢的にも

辛いものがある

アイドル・ポップスで

キャッチフレーズの

”ヤング・ポップス”そのまんまの

仕上がり






ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード



日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


今夜一番に紹介する

ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


その後しばらくなりを潜めていたが

70年2月には第2弾として

「恋の足あと」を密かにリリース





恋の足あと/ザ・ハーフ・ブリード

白い風を見る日/ザ・ハーフ・ブリード




70年2月リリースだった

二枚目のシングル「恋の足あと」の

A面「恋の足あと」



69年春にクラシックス・フォーが

ヒットさせた爽やかな

ボッサ・ロックの

日本語カヴァー


そして

A面と寸分も違わぬ雰囲気の

和製夢見る哀愁路線ボッサ、B面の

「白い風を見る日」


しかし

まるで1975年の

浜田省吾の在籍した愛奴の

デヴューアルバム

(「もうすぐ五月、外は雨」とか)


はたまた

80年代初頭の

寺尾聡の「回転扉」を


彷彿させる出来映えで

どきりとさせられる


旧GS勢がほとんど

存在しなくなった頃の

1971年8月封切り

日活映画『八月の濡れた砂』

にこのバンドの出演シーンがあることから

かなり後期まで活動していたことが

うかがえる。


この後、ポールは

近田春夫らとともに

元ハプニングス・フォーの

ペペ・吉弘のバンド

「羅生門」に参加いたします




イマジネイション/ザ・リリーズ


シャープ・ファイヴを

1967年夏に脱退した

秋山功が。地元札幌の

アマチュアバンドから

メンバーを集め


1967年11月に結成


数ヶ月後には

名古屋にわたり

当地のジャズ喫茶や

ディスコテークで

演奏活動を開始


瞬く間に人気者となった



1969年1月25日リリースだった

デヴューシングル

『ドアをあけて』のB面


ほとばしるようなメロディが

じつに心地いい

良質のポップ・ナンバー


メンバー・全員が

リード・ヴォーカル志望で

あったことから


ハーモニーの美しさを

強調するソフト・ロックの

グループとして

売り出されたという

こともあって

ハーモニーを

全面に押し出した

作品に仕上がっている


当時彼らは米国の「ピープル」

というグループの

2nd LP『ボス・サイズ・オブ・ピープル』を

愛聴していたようです




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□ 今夜紹介する楽曲 □



割れた地球/Tiger

恋の朝焼け/ゲイリー・ウォーカー & ザ・カーナビーツ

I'm In Love/Fingers

Tell Me More/ザ・テンプターズ

Cry Cry Cry/Edwards

Good-Bye, Baby/Phoenix



割れた地球/Tiger


タイガースが68年に

リリースしたトータル・アルバム

『ヒューマン・ルネッサンス』より

このアルバムは、

「ポンペイ最後の日」

からモチーフを得た

コンセプト・アルバムで

GSと管弦楽の融合という

すぎやまこういちらの

意図が一応の成功を

見たアルバム

GS=不良=低い音楽性

という世評に反発するかのように

大げさなほどの

格調の高さと芸術性を

打ち出している

全体的にオーケストラを

導入したクラシック・ロックの

おもむきが強く

まるでオペラのような

アルバム


しかし

そんななかで


この曲に関しては

ジミ・ヘンドリックスの

影響を強く感じさせる

ニュー・ロック調の

ギターをフューチャーしており

ジュリーの甘めの

ボーカルとのコントラストが

非常に面白い。




恋の朝焼け/ゲイリー・ウォーカー & ザ・カーナビーツ



元ウォーカー・ブラザーズの

ゲイリー・ウォーカーの

来日記念盤として

カーナビーツをバックに

録音された作品

(いまじゃ忘れられているけど

人気あったんだよ、

ウォーカー・ブラザーズ

ビートルズくらい人気あった

ファンは100%女性)


作曲者の乗輪寺モトオは

カーナビーツをはじめ

フィリップス・レーベルの

GSプロデューサーだった

本城和治まさはる氏の変名

本城和治と言ったら

1960年代半ば、

スパイダーズ

テンプターズあたりの

ディレクターとして

事実上、GSという

ジャンルを世に送り出した

最重要人物。


そもそも、この人が

イギリスから

解散が決まったばかりの

ウォーカーブラザーズを

なんとか来日させた人物であり

根っこから関わっている

わけだが

そのとき、ゲイリーの

レコーディングを

カーナビーツが

やるという話になって

だけど、曲つったって

なにを歌わせようかと

思っているうちに

当日になっちゃった

というドタバタで

レコーディング前夜に

勝手にメロディを作って

そこにきていた

スコット・ウォーカーが

詞をあてて

(斯古都、名義)

スコットは

夜明けまでかかった

レコーディングに立ち会っている

その帰りに見た

朝の月がとても綺麗だったので

この歌の英語タイトルは

Cutie Morning Moon

なんとも

イギリスっぽい音に

仕上がっている作品です


ちなみにこのシングルの

B面はA面のカラオケに

ゲイリーが

収録中に

「ハロー」とか

「ミナサンコンチハ」

とか言っているのを

適当につなぎあわせた

もの


そんな本城和治の

プロデュースした

バンドと言えば

フィンガーズ




I'm In Love/Fingers


荒井由美が

このバンドの

取り巻きだったことは

有名な話


65年には

慶大風林火山杯

日米対抗バンド合戦

グヤトーン全国アマチュア・バンド・コンテスト

はじめ数々の

エレキバンドコンクールに出場し

賞を総なめ

さらに66年の

「勝ち抜きエレキ合戦」では

グランド・チャンピオン

となり全国にそのなを

轟かせた実力派バンド



レコードでは初期は

主にエレキ・インストで

GSブーム真っ盛りのころには

時代遅れ感が否めなかった


ここにフィリップスから

歌入りの曲を作れと

本城和治は

命じられるわけであります


よって

後期はバンド自身が望んだわけではない

ソフトロック志向が多くなってくる


そんな

フィンガーズの

貴重なミッシングリンク

といえる曲で


2000年になって発掘されるまで

未発表だったのが

『GSウルトラ・レア・トラックス』収録


エレキ・インスト・バンドとして

出発した彼らが

成毛(なるも)滋を

ギターキッズなら知らない人はいない

ドクターシーゲル

中心に新しいロックのトレンドに

傾倒していく様子が分かる。


なんとこの曲は

ステージでは40分を越えるナンバーで

ここに残された録音は

習作的な物らしいが

音はまぎれもなく

ガレージ・サイケだ。

レコードだけでは伺えない68年の

日本ロック・シーンを切り取る

貴重な記録である。

GSがもう少し商業主義から

離れたところで展開することが

できたらどんなに面白かっただろう。



Tell Me More/ザ・テンプターズ


彼らの指標となった二枚目のアルバム

「5-1=0 ザ・テンプターズの世界」1969・2

全曲オリジナルという意欲作



リーダーも松崎由治(よしはる)の特出した

作詞作曲能力


ひんやりとした空気感がたまらない

ガレージサイケデリックナンバー


もう、どうにもならないよね。

音がかっこ良すぎる。





クライ・クライ・クライ/ジ・エドワーズ




筒美京平のキャッチーなメロディと

ファズの効いた演奏と

狂おしい歌のバランスが

うまくとれたGSサウンド

レコーディング当日に

ヴォーカルの興石秀之(こしいし)が

風邪のため声が出ず、

代わりにオルガンの麻紀タケシが

歌っている。



Good-Bye, Baby/Phoenix



はじめてワウワウペダルを導入するなど

そのサウンドエフェクトの多様ぶり

には右に出るものがいなかった

バンド、ザ・フェニックス


寺内タケシの事務所からにバニーズの弟分として

テリーズに続き1967年に結成され

結成直後、油壺で一ヶ月に及ぶ

長期合宿でお得意の寺内タケシ式スパルタ教育で

鍛えられ、寺内企画、

「1968年の秘密兵器」

というキャッチフレーズで売り出されたものの


大衆にはまだサウンドエフェクト過多の

音楽は突飛すぎたのか

いまいち

ヒット要素にかけていた。


そんなフェニックスの


セカンドシングル「グッド・バイ・ベイビー」



この曲でももちろんワウワウを使ってますが、

なんとヴォーカルまでトレモロを

使用した実験作。ワウ、ファズはもちろん

その他わけのわからないサウンドエフェクトも

随所に挿入した

メンバー自身のオリジナル


ザ・フェニックスは

レコードはシングル二枚で

その後、出ずじまいなものの

横浜、東京のジャズ喫茶を中心に

地道に活動を続け


月に40本という

ライブスケジュールで

ほぼ毎日仕事があり、


実質的には

寺内企画で一番の黒字バンドだった。





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□ 今夜紹介する楽曲 □





ジ・アングリー・マン/加山雄三とザ・ランチャーズ

Cool Cool Night/加山雄三とザ・ランチャーズ

Why Don't You/加山雄三とザ・ランチャーズ

Mr. Tax/ザ・スパイダース

オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン/ザ・ビーバーズ

ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー

ブーン・ブーン/ザ・テンプターズ





まず、念頭にいれて

おいていただきますのは


1964年は

サーフィン・インストの完成


寺内タケシの「これぞサーフィン」(1964.6

日本初のサーフ・インスト・アルバム

をリリースした年。



サーフィン男、藤本好一

『太陽の彼方に』(1964.5

アメリカではまるで流行らなかった

アストロノウツの「Movin」

が「のってけ、のってけ、のってけサーフィン」

の歌詞と寺内タケシの編曲

寺内タケシとブルージーンズの

演奏でこの夏

日本の洋楽チャートの

大ヒットになる。


そして、1964.11に

東宝の人気俳優

加山雄三のバンド、ランチャーズ

も高校生を中心にメンバーを組み替えて

本格的なベンチャーズスタイル

のバンドに再編された年。


そして、1965年

エレキの夏、日本の夏、65年の夏を

むかえるわけでございます。




ジ・アングリー・マン/加山雄三とザ・ランチャーズ



当時、名実共に

ブルージーンズとならぶバンド

といえば何と言っても

加山雄三とランチャーズだった。


アマチュアとはいえ

人気俳優のバンドという

ことで特権的地位にあり、


1965.12

ガレージ・インストの傑作

「ブラック・サンド・ビーチ」

を最初に数多くのレコードを

発表して行きます。




現在の世間一般のイメージと

違って、60年代の加山雄三

は日本を代表する優れた

コンポーザーであり、演奏家

であった(もちろん俳優でもある)


映画俳優で

ヨットもすればスキーもこなすスポーツマンで

作詞も作曲もしてピアノもギターもできてウクレレも弾いて

親父さんは往年の美男子映画スター、上原謙で…


ずるい。これで幸せじゃなかったら頭にきますけれども





「ジ・アングリー・マン」

加山雄三とザ・ランチャーズ

洋楽レーベルのCBSコロンビア

から1966年にリリースした

(ちょうど、

東宝映画『エレキの若大将』が

ヒットしていた頃ですね)

アルバム


「恋は紅いバラ--加山雄三アルバム--」に

収録されたオリジナル

のインスト・ナンバー

作曲の弾厚作(だんこうさく)

加山雄三のペンネームですね


この

66年CBSコロンビアから出した

「恋は紅いバラ--加山雄三アルバム--」

そして東芝から出した

「加山雄三のすべて(ランチャーズとともに)」

という二枚は

どちらもインスト物のみならず

英語の歌詞つきの歌入りの曲もふくまれており


全曲、弾厚作(加山雄三)の

オリジナル曲だった。

これは当時、非常に画期的な事で


当時、日本のエレキバンドで

オリジナルインストナンバーを

レコード化したのは

ブルー・ジーンズの

「ブルー・ジーンNo.1」

「雨の想い出」など

数曲をのぞいては

ほとんどなかった


もう、皆無といっても過言ではない。


すなわち、

日本の

シンガーソングライターの先駆け

という位置に

加山雄三という人はいるんですね





Cool Cool Night/加山雄三とザ・ランチャーズ(1967/12

Why Don't You/加山雄三とザ・ランチャーズ



ハプニングス・フォー、

スーナーズも参加した

アルバム『加山雄三のすべて第三集・ゴーゴー加山雄三』

から二曲。



非行の温床となるとして

1965年秋あたりから

教育関係者を中心に

始まった

エレキ・バッシング

にもかかわらず

エレキ人気が衰えなかった

背景として


196512月公開

空前の配収を記録した

2億1千万『エレキの若大将』


アマチュア・エレキ番組で

加山のいるヤング・ビーツ

とジェリー藤尾のいる

シャークスが

バンド合戦を繰り広げる

この映画は若大将シリーズ

最高傑作

といわれ興行的にも

2億1千万の興行収入で成功し

エレキというものを社会的に

認知させた功績がある



(ちなみに同時上映は「怪獣大戦争」ゴジラ対キングギドラ、ラドン



公開した1965年は

ベンチャーズの

来日公演もあって

まさに1965年は

エレキブーム絶頂であったといえます。


しかし、寺内タケシが

ブルー・ジーンズを脱退した

1966年あたりからエレキ人気

に翳りが見えてくる。


そして66年6月30日から

7月2日ビートルズ来日によって

エレキインストバンド

がとたんにかっこわるく

見えてきてしまう。


ベンチャーズみたいに

歌の無いエレキバンド、

ダサい。みたいな。


そこいくと、

エレキだけでなく

歌も歌えた加山雄三は

66年七月の日劇のワンマンショー

で三日間で二万七千人動員という人気。


このときのステージは

そのまま映画化されて

(東宝『歌う若大将』)



そういった流行の流れがGSブームにつながっていく


ビートルズ来日時にホテル(たしかヒルトン

訪ねて行って交流した唯一の日本人

ミュージシャンが加山雄三だ。





Mr. Tax/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」


A面には

スパイダースそれぞれのメンバーが

作詞作曲しソロをとったオリジナル曲を

披露したのアルバムです。


A面7曲めに収録されているのが

ただいま聴いていただいた

「Mr. Tax」

ムッシュかまやつひろしの

担当したこの曲


演奏もスパイダース全員ではなく

かまやつひろしが

電気シタールも含めて

一人で全ての

パートを多重録音している。

当時の限られた録音技術を考えると

驚くべき意欲作

ムッシュの新しいものを貪欲に

取り入れるアンテナの感度の良さ

を物語る一曲。






オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン/ザ・ビーバーズ


和製ヤードバーズ、ビーバーズ。

専門家筋からは非常に

評価の高かった実力派グループ。

日本で最初の

ツイン・リード・ギターを

完成させたのもこのGSです。


1968年の6月にリリースされた

アルバム『ビバ!ビーバーズ』から。

これもヤードバーズのコピーです。

このバンドの実力と

そして、この時代の世相、

ガレージ感、サイケ感を知るには

この曲で十分ご理解いただけるだろう

ということで聴いていただきましたが、


「オーヴァー・アンダー・サイドウェイズ・ダウン」

ラガー・ロック的な

ポップな仕上がりで、

エンディングのラスト1分で

いろいろな楽器を

つかっているのが印象的です。


GSでよくヤードバーズを

コピーしていたバンドと言えば

初期のゴールデンカップス。

まあ、これはエディ藩が

19のときに渡米して

ディズニーランドで

ヤードバーズが演奏しているのを

目の当たりにしているので

当然の流れといえるでしょう。


いずれにせよ

とくにヤードバーズの

コピーに熱心だったのは

ビーバーズだった。


しかし、

これほどヤードバーズに

傾倒していた彼らですが

当時ほとんど評価されなかった。

やっぱり、GS最盛期ですからね

こういうのは陰に隠れちゃう。

ただ、

和製ヤードバーズとして

専門家筋の評価は高かった

そのあたりは

アルバム『ビバ!ビーバーズ』に

実力派の片鱗を見ることができます


-----------------------------------------

成田賢(なりたけん)(『サイボーグ009』『電子戦隊デンジマン』『獣拳戦隊ゲキレンジャー』の主題歌)

石間秀樹(のちにフラワーズ、フラワートラベリンバンド

---------------------------------





ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー


「白い珊瑚礁」のヒット曲を持つ

和製サム&デイヴと呼ばれたグループ


渋谷のレストラン・クラブ"カバーナ"の

専属として腕を磨いていた

もっぱら通好みのR&Bを

レパートリーにしていた事で評判を呼び

コロンビアから

当時としては異例の

アルバムによるデヴューを飾ったグループ。


1968年アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』の

一曲目に収録されている曲で

サム&デイヴの大ヒットナンバーのカヴァー。

ホーンセッションの

パートをファズを駆使した

ギターで代行している

まさにGSによるR&Bの魅力


ブーン・ブーン/ザ・テンプターズ


テンプターズ。

1968にリリースされた

「ザ・テンプターズ・ファースト・アルバム」

に収録されている

アニマルズのナンバー

「ブーン・ブーン」のカヴァー。

海外のガレージファンにも

高く評価されているということで

かけました。


「ブーン・ブーン」は

アニマルズの

「朝日のあたる家」のB面

原曲のジョン・リー・フッカーなんてのは

歌の所以外はひたすら

ワンコードで押し切りますからね

もう、あとは「ブンブンブンブーン」

を歌ってしまえば

後は強引に歌いきれてしまう

ブルース加減。



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すてきなサンディ/ザ・カーナビーツ

ミセス・ロビンソン/ザ・レインジャーズ

おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ

モニー・モニー/ザ・カーナビーツ

熱くなれない/ザ・モップス

陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス

ジャンピン・ジャック・フラッシュ/ザ・テンプターズ



すてきなサンディ ザ・カーナビーツ 1968



『ザ・カーナビーツ・ファースト・アルバム』収録曲

メンバーが作ったオリジナルで、

ファズ・ポップの傑作。

小気味良いファズギターを駆使

、鐘の音、女の子たちの話し声、

最後の小学唱歌など

アイデアいっぱいの

サイケデリックポップ。


ワイルドなステージで

有名なカーナビーツは、

最もファズの使用頻度が高いグループ

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」「恋の夜明け」など

多くの曲でファズトーンを駆使しています


アメリカのバンド

ウェルウォーター。コンスピラシーが

この、カーナビーツの

「すてきなサンディ」を


熱烈にカヴァーしていて


日本のGSマニア達を

驚かせた


ーーーーーーーーーーーーーーー


ウェルウォーター・コンスピラシーは

カート・コバーンも絶賛した

グランジ系の代表的グループである

サウンド・ガーデンの

マット・キャメロンと

ベン・シェパード


モンスター・マグネットの

ジョン・マクベインが

加わって結成された覆面バンドで、


93年に自分たちのレーベルを設立

2枚目のシングルとして

リリースしたのが「SANDY」


メンバーのジョンは

「GSは英米のガレージ・サイケよりも

ずっと荒々しさがある。いつも最高の

ファズ・トーンをだして。

当時からすれば

僕が耳にしたどんなものよりも

遥かに時代を大きく

先んじていたと言えるね」

ーーーーーーーーーーーーーーー


海外で

日本のGSへの再評価が

伺える


ミセス・ロビンソン/ザ・レインジャーズ


ちょっとまて

そんな歌詞だったかあ


と首を傾げずにはいられない

ほとんど替え歌的

意訳カヴァー



4枚目のシングルのA面で

68年7月にリリースされた

映画『卒業』でおなじみの

サイモン&ガーファンクル

の大ヒット曲の日本語カヴァー


なお、バンド名の表記が

二枚目のシングルから

レンジャーズと

変更している。


この頃のレンジャーズの

シングルは録音は

すべてオーケストラによる

もので本人たち抜きの

演奏という味気ないもので


いわゆるガレージ系の音では

ないが

生き生きとした

パーカッションが心地よい。



イントロ部分に聞こえる

フクロウの声のような

こもった音は

一体なにで出しているのか

不明で気になっているが

いまだに謎。



おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ


モニー・モニー/ザ・カーナビーツ



67年9月にリリースされた

2枚目のシングル

「恋をしようよジェニー」のB面


後にジャックスもカヴァーした傑作ですが


原曲はなぜか

カナダのマイナーバンド

ザ・グレイト・スコッツが

65年にリリースした

『Give Me Lovin'』のカヴァーで


カーナビーツの名付け親であり、

ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによって


和訳を担当した臼井がエネルギッシュに歌っている



グレイト・スコッツは

ニュー・スコットランドを意味する

ノバスコシア出身である事が

バンド名の由来で

それに合わせてスカートのような

スコティッシュ・キルトを

ユニフォームにしている

(そういうパフォーマンスがカナダでもあったことに驚くが)

ザ・クーガーズみたいな

連中だったが

奇抜なファッションも虚しく

売れる事はなかった。

そんなカナダでも無名のバンドの

この曲をカヴァーしていることは

海外のガレージマニアを

驚かせているようです。


どうもそのあたりは


ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによるもので

彼女がカーナビーツにとって

音楽的アドバイザーとして

大きな存在であったことが

半世紀たった現在になって

やっと気がつかされている

気がします




モニー・モニー/ザ・カーナビーツ



68年夏に全米3位

全英1位となっった

トミー・ジェイムスとジョンデルス

のダンス・ビート・ナンバーの

カヴァーで


7枚目のシングルのB面


ノリよく日本語歌詞をのせている


ハッキリ言って

本歌のジョンデルスより

いかしたナンバーに仕上がっている


熱くなれない/ザ・モップス


1968/8





ほかのバンドとの

区別化を図るために

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場した日本最初のバンド、

モップスの三枚目のシングル

『おまえのすべてを』のB面


村井邦彦の作曲、星勝を中心とした

バンド自身のアレンジで

GS・アッシド・ロックの

傑作といえる仕上がり


この三枚目のシングルまでは

ファズギターを駆使した

サイケデリック路線が

続いた


しかし


69年に入る頃には

それまでのイメージを払拭




よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に転じることになる。


69年末には東芝に移籍

してますが

意欲的に挑んだ

ロックンロール・リバイバル

的な音楽は全く理解されなかった


海外のガレージ・マニアが

評価しているモップスは

このビクター時代だけ





陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス


濱のGSゴールデン・カップス



ザ・ゴールデン・カップスの

デヴュー・シングル1967年

6月東芝からリリースされた

「愛しのジザベル」のB面 


「陽はまた昇る」


今夜は

ガッツリファズギターの

効いた楽曲を

中心にチョイスしていこうと

思っておりますが



67年、68年は

GS戦国時代で

猫も杓子もファズでございます


68年には

アマチュア・バンドにも

すっかりファズが浸透し


演歌にも民謡にも、

ファズサウンドが

取り入れられまして

アノひずんだ音の花盛りと

なったのであります。


カップスとファズという

二つのキーワードを

結びつけた

その先には

ギタリストの濱のブルーズキング エディ藩

という名前が浮かび上がってくる。


GSと言えばファズ

あのひずんだ

ギターサウンドをだしてくれる

ファズトーン・ボックス

っていう魔法の箱

なんですけど

あれがなきゃ

もう、ガレージサウンドって

いうのは成り立たない

といっても過言では

無いだろう。



すでに

尾藤イサオの66年11月リリース

9枚目のシングルA面

「ワーク・ソング」

演奏は

ジャッキー吉川とブルーコメッツ


この間奏に

ファズトーン・ボックス

が使われています。

これが日本最初のレコード

なんじゃないかということなんですね。


さらに同年同月

66年11月に発売された

ブルーコメッツの

「ベストヒット66」

というアルバムに収録されている

「涙のギター」の後半部分で

ファズの音が確認できる


すなわち

日本で最初に

ファズを使った曲を

レコード化したプロバンドは

ブルーコメッツ

であるということになる。


しかし、エディ藩は

ゴールデン・カップスに

行く前のアマチュア時代に

すでに

ファズを使っていた

という事で知られております。


これは

エディ藩が19のときに

渡米してディズニーランドで

ヤードバーズの演奏を

目の当たりにしてるので

ファズを現地で体験して

そのときに20ドルで

購入したものが

日本上陸第一号である

というもので


『ヤング・ミュージック』誌

68年7月号でも

インタビューで

その事に触れています。



ジャンピン・ジャック・フラッシュ/ザ・テンプターズ



1969年4月20日、

東京・新宿厚生年金会館大ホールにて

開催された

テンプターズ・ファン・クラブ例会でのライヴ


このイベントではテンプターズの

ライヴをはさんで

メンバー愛用品のプレゼント・コーナー

ファンからの質問に直接メンバーたちが

答えるQ&Aコーナーなどを

盛り込んだ

テンプターズの親睦会的要素の強いものだった


会場を埋め尽くした

ティーンエイジの

女の子たちの

つんざく、黄色い悲鳴と

「テンプ」コール


サイレンの効果音がなり響き

ギター・アンプの上など

数カ所におかれた

赤いパトランプが点滅する中


演奏がスタートするという

演出が効果的だった

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」で

このライヴはスタートした


この様子は

後にリリースされた

テンプターズ唯一の

ライヴアルバム

『ザ・テンプターズ・オン・ステージ』で

その一部を聴くことができる


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# by marquis_de_d | 2018-02-04 21:00 | RADIO R'lyeh
D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰七十七夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




好きさ好きさ好きさ/津々美洋とオールスターズ・ワゴン

ラブ・ポーション No.9/田辺昭知とザ・スパイダース

ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ

泣かせるあの娘/尾藤イサオ

バットマン/ジャニーズ

バラ・バラ〈ヴォーカル・バージョン〉/ザ・ヴァン・ドッグズ

レッツ・ゴー・ピーコック/ザ・ピーコックス

青春ア・ゴーゴーのテーマ/オリジナル・サウンドトラック






好きさ好きさ好きさ/津々美洋とオールスターズ・ワゴン



名門

オールスターズ・ワゴンも

寺内タケシや加山雄三が出てきたこの頃には

サーフインストバンドになってる。

しかし、そこは

バックバンドとしての

実績なのか

バランスのいい演奏

を聴かせてくれる

カーナビーツが日本語で大ヒットさせた

ゾンビーズの

「アイ・ラヴ・ユー」の

日本語カヴァー




中尾ミエちゃんや

木の実ナナちゃんの

「MINI MINI ROCK」

もちろん津々美洋作曲である

平尾昌章の

「星は何でも知っている」など


様々な歌謡曲のバッキングをつとめた

津々美洋とオールスターズ・ワゴン



この曲は

ゾンビーズの原曲は

イギリスでは

まるで流行らなかったんですが

日本では

漣健児先生のお得意の

意訳歌詞がドはまりして

大ヒットした。



アルバム『レッツゴー・ヤング・ビート』

に収録されたインストナンバー


□ラブ・ポーション No.9/田辺昭知とザ・スパイダース



元々は1959年の

R&Bグループ

クローバーズが原曲の

『恋の特効薬』ラブ・ポーション No.9


スパイダースがクラウンから

1965年10月に出した


17㎝LP(EP)『ダイナマイト』という

全曲インストカヴァー曲で構成された


コンパクト盤(EP盤という7インチ=17センチレコード

LPと同じ回転数33回転のシングルレコード)に収録


されている

サーチャーズでおなじみの

ナンバー


1964年に

リヴァプール出身のバンド

サーチャーズがリリースして

これは全米第3位を記録した


サーチャーズといえば

第一次ブリティッシュ・インヴェイジョンが

巻き起こった60年台前半から

中盤にかけて活躍したビートバンドで

スキッフルを好んで演奏する

典型的マージビートバンド


ビートルズ同様

R&Bカヴァー曲も

発表しており、

これは

そんな中で

最も有名な楽曲


なお、65年当時の

スパイダーズのメンバーは

ドラムス田辺昭知

リズムギターかまやつひろし

リードギター井上孝之

スチールギター大野克夫

ベース加藤充

ヴォーカル堺正章

ヴォーカル井上順


の既にあのおなじみの

メンバーでありまして


このころは

エレキ・ブーム全盛期で

すでに歌って演奏する

リヴァプール・サウンズの

スタイルを強く

志向していた

彼らは


いまいち乗り気じゃ

なかったというんですが


とんでもない話で

エレキ・インストを

やらせても

傑出した演奏を

聞かせてくれます





ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ



R&Bバンドを標榜していた

日本のGSの大半が

実は、ストーンズ、ゼム

といった白人R&Bをカヴァー

していたに過ぎない中で

黒人のソウル音楽しか

レパートリーにしなかった

数少ない本格派が

このバンド


67年3月に結成され

同年夏には黒人兵の

多い沖縄の基地のクラブに

レギュラー出演し

修行を積んだ


デヴュー前に

脱退してしまう

串田アキラ在籍も

このころ



68年8月にリリースされた

アルバム『R&Bビック・ヒット』

に収録されているのがこの曲


65年のエディ・フロイドの

ヒット曲のカヴァー


このアルバムの

レコーディングの

際には

亡くなった

桜井ユタカ氏

(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)


が付きっきりで

アドバイスをしたという

からその気合いの

入り方に

尋常ならざるものを

感じます。




泣かせるあの娘/尾藤イサオ


尾藤イサオとブルーコメッツによる「泣かせるあの娘」

1964年の4月シングル「淋しいだけじゃない」のB面

実はこれが日本で最初のアメリカン・ガレージのカヴァーレコード


GSという一つの形態が浮上する

1966年以前(すなわち、ビートルズ来日以前

はソロ・シンガー+エレキバンドという過渡期形態

ブリティッシュ・ビートのカヴァー盤がよくリリースされていました。

ここで、重要な役割を果たしたのは

尾藤イサオとブルーコメッツ

なわけだが

ミネアポリスのサーフ・ガレージ・バンド

トラッシュメンの”King of the Surf”を日本語カヴァーしたシングルが

既に1964年の4月にリリースされていた事には驚き


最近では尾藤イサオ=あしたのジョー

という印象ですが

60年代中盤におけるロカビリーとGSをつなぐ時期の

再評価されるべき最も重要なロックシンガーの一人であります。





バットマン/ ジャニーズ+ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



ジャニーズ事務所から

最初にデヴューを飾った

アイドルグループ


あおい輝彦(水戸黄門の三代目助さん)ら

を排出した

元祖ジャニーズのシングル。


演奏はジャッキー吉川とブルー・コメッツ


1966-67年 米国20フォックスの

テレビ映画『怪鳥人間バットマン』

(通称「アダム・ウエスト版バットマン」)

の主題歌の日本語版


日本でも人気のあった

テレビドラマで、

フジテレビで放映されていた

その時の日本語版主題歌となったのが

ジャニーズのヴァージョンだった。


(僕の大好きな

広川太一郎が

バットマンの声をやっていた)


(キャットウーマンが

メチャクチャ可愛い

「アダム・ウエスト版バットマン」

個人的にはロビンが

変な薬で洗脳されて

バットマンを裏切る

話が好きなんですが)



この曲は数多くの

カヴァーバージョンが

作られた名曲ですね

ベンチャーズの

ヴァージョンとかが有名ですが

ブルー・コメッツの演奏は

得意のフルートから

ラテンっぽさをだしておいての

ジャズっぽい仕上がりで

よりかっこいいと思います。


1966年頃のブルコメの

ジャジー感は


ズート・マネーや

ジョージ・フェイム

といった

モダンジャズに傾倒していた

モッズ第一世代に

通じるにおいがあった




バラ・バラ〈ヴォーカル・バージョン〉/ザ・ヴァン・ドッグズ


流石

ヴァンドックスの安定感


ギターソロのあたりで

こっそり

タンバリンが

粘ってきて

ギターを引き立ててます


なぜか、日本で大当たりした

ドイツのレインボウズの

大ヒット曲のカヴァー


この曲「バラバラ」は

67年12月にリリースされた

オール・インストの

セカンドアルバム

『花のサンフランシスコ<ポピュラー・ヒッツ’67>』

にも収録されていますが、


今夜、のテイクは

ヴォーカル・ヴァージョン


これは勁分社で

67年にリリースした

「ニュー・ポップス・ベスト14」

「グループサウンズPLAY10」

などの

ソノシート用に

録音された

貴重な音源




レッツ・ゴー・ピーコックザ・ピーコックス



海外でも類を見ない

クジャクの鳴き声を

コーラスに取り入れた

怪作


果たして孔雀は

とぅるるるうっと

鳴くのか知りませんが


1967頃から起こった

男性ファッションのムーブメント


ピーコック革命


という紳士服の革命的な変化を示す

ファッション用語ですが



アメリカの

デフィーター教授が提唱した

クジャクは美しいのは

オスだけだということで

紳士服も派手でなきゃいかん

みたいな感じのムーブメントが

あり

そのピーコック革命を

コンセプトに

できたグループ


元々は

第一回ライトミュージックコンテスト

に出場したバンドの中から

もっとも優秀なプレイヤーを

選出して67年10月に結成した

ラヴというバンドが母体で

実力派ぞろいだったが

二年くらいで消えた


天井桟敷の

「書を捨てよ街に出よう」

の音楽を担当した事もあるくらいで

演奏はめちゃくちゃカッコいい



青春ア・ゴーゴーのテーマ/スパイダース


19673月公開の『青春・ア・ゴーゴー』


東宝の『エレキの若大将』と

並ぶエレキ映画の傑作


この録音の演奏も

おそらくは

スパイダースによる

即興のインストナンバーでありまして


素晴らしい

スピード感のあふれる

演奏が楽しめたかと思います。



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# by marquis_de_d | 2018-01-28 21:00 | RADIO R'lyeh



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