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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第五百九拾禄夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




悲しき雨音/ザ・リード

過ぎ去りし恋/ザ・ゴールデン・カップス

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

白い恋人/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

青春は甘く悲しく/萩野達也とバニーズ

ラッキー・レイン/ザ・スパイダース



悲しき雨音/ザ・リード


1968年10月25日リリースだった

リードのファースト・アルバム

『ザ・リード・ゴーズR&B』

に収録された2曲


続けて聴いていただきましたが


”ロックン・ロール・リバイバル”

という当時の風潮に便乗し、

オールディーズのR&B的解釈を

試みたアルバムであったが


実際にはR&Bというより

ブルース・ロック

といったほうが近い

仕上がりで


ザ・カスケーズの「悲しき雨音」に

スマートにブルース・ギターを

乗せた

美しいソフト・ロックに

仕上がってる


音の圧というか

綺麗さというか


とにかく当時の日本のバンドには

真似できないものがある。


□過ぎ去りし恋/ザ・ゴールデン・カップス


実力派

濱のGSゴールデンカップスでありますが

いろいろメンバーが入れ替わって

ブリティッシュ・ハードロック志向になったり

アメリカンロック的な傾向が強くなったりと

GSの隆盛と衰退を乗り切ろうと

試行錯誤をくりかえした感があります。


1968年12月5日リリースの

五枚目のシングル「過ぎ去りし恋」

B面は

「午前3時のハプニング」


メンバーによる

英語歌詞オリジナルだが

意外にもオーケストラを配した

クラシックス・フォー的な

上質のソフトロックで

チャート84位に入ってます




ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


このA面「不思議な夢」



ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


そして


B面の「ムーン・アンド・スターズ」では


英語詞による

さりげないボッサ・ロックを

聞かせてくれる



白い恋人/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ


1967年6月発売

「マリアの泉」のB面

「白い恋人」


作曲は

小田啓義(ヒロヨシ)


これ

非常にいい曲


ダンディ小田にふさわしい

ロマンティックで

お洒落なメロディ



素人よりも玄人筋から

非常に高い評価を得た




青春は甘く悲しく/萩野達也とバニーズ


1968年秋に

バニーズも一人前になったと

いうことで

寺内タケシから独立

「萩野達也とバニーズ」と

名のることになり

寺内タケシはゲスト参加という

形態に移行する


69年に寺内タケシが

新バンド

ブルー・ジーンズを

再構築すると


バニーズは事務所の

寺内企画からも完全に独立する。


小野肇が抜けて

元フェニックスの

栗山正が参加


ベースには鈴木義之がまわり

寺内色を脱却


レターメン風の

ヴォーカル・グループに

生まれ変わります。


1970年3月に東芝リヴァティーに移籍。



東芝に移籍して

1970年3月5日リリースの最初のシングル

「金色のほほ」のB面

「青春は甘く悲しく」


この時代ならではの

イージーリスニング的

ラブ・サウンド


ソフトロックの名曲といえる


寺内タケシから

完全独立して一年、



泥臭いエレキ・ガレージから

よもやこうも洗練されるとは


すっかりソフスティケイトされた

ヴォーカルグループに仕上がっている


この頃はよくTBSの

「ヤング720」に出ていた



ラッキー・レイン/ザ・スパイダース



”トーキョー・サウンド”を標榜して

英語ヴァージョンの「フリフリ」をはじめ

全曲オリジナルで固めた意欲作

1966年4月15日リリースだった

スパイダースのファースト・アルバム



マージー・ビート、

ブリティッシュ・ビートを

吸収してきた日本のバンドが到達した

当時における最大級の成果が

このアルバムであると言っていい


”ロビー”や”モンキー”と言った

ニューリズム、

または、いかにもスパイダースな

絶叫入りガレージパンク的演奏が

聴けるなか


そうかと思えば

お聴きいただいたような

しっとりとしたナンバーも入っていて

(B面の4曲目)


まるで

65年66年に

ロンドンで買った

空気の缶詰を

東京で開けたような

感覚にとらわれる。


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# by marquis_de_d | 2024-05-19 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □






ラスト・チャンス(Inst.) - 「恋のつむじ風」/内田裕也とザ・フラワーズ

マシュケナダ/ザ・ワンダース

ブーガルーNo.1/ザ・マミーズ

レッツゴー・ブガルー/寺内タケシとバニーズ

東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー

アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス

バックオブブガルー/ザ・ピーナッツ





ラスト・チャンス(Inst.) - 「恋のつむじ風」/内田裕也とザ・フラワーズ



1969年3月封切り、

日活の映画

松原千恵子主演


『恋のつむじ風』より


ゴーゴー・クラブのシーンで使用されたテイク


フルートをフューチャーした

インスト版『ラスト・チャンス』で


極度に歌謡曲化されてしまった

エレキ歌謡の範疇を

超えることがなかった

『ラスト・チャンス』が


見事に洗練された

ラテン・ブラジリアンジャズに

仕上がっている


一応、映像では

メンバーがフルートを

持たされており

麻生レミも

エレキを持ったりなんか

しちゃっているが

これは演出的なもので

もちろん

メンバーの

演奏ではないだろう

と思う


しかし

ラスト・チャンスの作曲は

ブルコメの

井上忠夫であり

この映画の音楽担当

も井上忠夫

すなわち

ここでフルートが

入ってきて

なんの不思議もないのである

そして

この完成度


すなわち

ラスト・チャンスは

『恋のつむじ風』によって

完成するのである。


□マシュケナダ/ザ・ワンダース



実際には幅広いレパートリー

をもつスタンダード指向の

ヴォーカル・グループだったが

GS全盛時代にデヴューしたため

分類上GSのくくりに入れられてしまった

グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの


ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である


彼らの所属する音楽出版会社『日音』

の関連会社でもある

TBSサービスから

68年にリリースした

8トラック・カートリッジ・テープ

(60年代~70年代にかけて流行った

音楽テープの一種で現在では

ほとんど見かけることはない)


『ロック天国』に収録された作品で

これは

テイチクからリリースしたアルバム

『ニュー・カマー・ワンダース』(67年8月)

17センチLP『太陽の若者たち』(68年4月)

にも収録されていない貴重音源






ブーガルーNo.1/ザ・マミーズ


ハワイで高校生生活を

送った田端義継(歌手、田端義夫(バタヤン)の長男)

が帰国後の68年3月

歌手になることを父親に反対されたために

内緒で自作曲を遠藤実氏のところへ

持ち込んだところ

グループ・サウンズの

ヴォーカルが良いだろう

と勧められて

結成したグループ


唯一のシングルのA面

68年のニューリズム

ブーガルーの流行を

当て込んだもの


しかし、ブーガルのもつ

クラブ感覚とはほど遠い

野外で焚き火を囲んで

踊っているような

すっとぼけた土着性が

かえって

妙なあじわいを

だしている

和製ブーガル


68年秋からは

ソロ・シンガー

車英二の

バックバンドを

ジャズ喫茶でつとめたり

していましたが

そのうち音沙汰が

なくなってしまった


もう一つ

注目すべきは

ヴォーカルの藤原喜久雄


もともと

楽譜が読めなかった

というが、天性の才能で克服したという。


マミーズ解散後は

原信夫率いるシャープアンドフラッツでR&B

をこなし


その後、

1978年には

ピート・マック・ジュニアという

名前でヴォーカル版『ルパン三世のテーマ』で

その名を後の世まで轟かせることになる


70年10月大映映画『高校生番長 深夜放送』

では主題歌「午前0時のロック」を歌っていた



レッツゴー・ブガルー/寺内タケシとバニーズ 1968




GS全盛期の68年に

ニューリズムといえば

ブーガルーである



中村とうよう

『ポップス』の68年5月号

『地球が回る音』には


アメリカに行ってきたバニーズの

寺内タケシが帰国した途端に

今流行している最新のリズムは

ブーガルーだ

自分もすぐにコレを吹き込もうと思っている

と声明


羽田から直ちにキングレコードのスタジオに駆け込んで

ブーガルーを吹き込んだ


コレが新聞記者の間に

話題をまき俄然ブーガルーに注目が集まった


と中村とうよう

『ポップス』の68年5月号

『地球が回る音』から引用



1968年5月20リリースの


『レッツゴー・ブガルー』


もちろん68年ニューリズム

ブーガルーをフィーチャーして

イベント大会も開催し

「ニューリズムのブーガルーで踊ろう!ギーボー!」

と68年の新リズムはブーガルーで決まり!みたいな売り出しだった。




リフなんか聴くと

ジミ・ヘンドリックスの

「Spanish castle Magic」を

下敷きにしていることが

わかる





東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー



1968年7月1日リリースの

一万円札をパロッた

人を喰った見開きジャケットで

話題を呼んだアルバムで

『マジカル・ハプニングス・トゥアー』

の会心の5曲目


このアルバムは

ビートルズ

フランシス・レイ

ビージーズ

ボビー・ヘブ

モンキーズなどの

ナンバーを独自の

アレンジで取り上げているが


なんといっても

もっとも出来映えがいいのは

クニ河内書き下ろしの

オリジナル・インスト

「東京ブーガルー」である


はじめてのアルバムと言うことで

彼らの意気込みには相当な物があり

クニ河内などは自信のあまり

このテープをビートルズに

送り付けたほどである


返事があったかどうかは謎



アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス(1968/5)


1968年4月から東京12ちゃんネンルで

放送が始まった

「ヒット・イン・パンチ」

という番組の為に

ジャズ・ピアニストで

レーサーで俳優で

映画監督という

プレイボーイ三保敬太郎

 が 結成したグループ。


ザ・サベージを

「学業を優先する」

という理由で脱退した

寺尾聡と林廉吉も

何故か参加している。


学業優先はどこいった



アリゲーター・ブーガルー


ルー・ドナルドソンの

インストナンバーに

日本語をのせたカヴァー曲


とにかく

68年はブガールーの年だった。

この年、

「68年のニューリズム"ブーガルー"」

ということで

ブーガルーをフューチャーした

バンドは多かった


この曲は

ハプニングス・フォー

との競作となった曲で

1968年4月にこの曲の

キャンペーンの為に

新宿のディスコで

ハプニングス・フォーとの

ブーガルー共同発表会を

行っております。


ちゃんと

ブーガルーのリズムを導入した

ハプニングス・フォー

ヴァージョンに比べて、


こちらはずっと

サイケでクールで

グルーヴィーな仕上がり。


三保敬太郎のブーガルーに対する解釈


ブーガルーとはサイケとラテンの結合だ


ファズを駆使しているあたり

こだわりをかんじることができます。



□バックオブブガルー/ザ・ピーナッツ


ライヴアルバム「ザ ピーナッツ オンステージ」

昭和47年1972年の

今はなき文京公会堂(ぶんきょうこうかいどう)

1960年度には年間稼働率96%

日本一忙しいホールと

言われた文京公会堂での

ライヴ音源。


この年、1972年に

リンゴ・スターが発表したシングル

「Back Off Boogaloo」

72年・全英2位・全米9位・オリコン58位 

のヒットとなった楽曲のカヴァー



同じ事務所の

元タイガース岸部シローが

この曲のコーラスと

男性パート

をやってると

思われる



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□ 今夜紹介する楽曲 □



おやすみ大阪/ファンキー・プリンス

太陽の翼/ザ・スパイダース

BLUE EYES/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

ポップスタイムトンネル/ザ・ピーナッツ

ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ

サニー/ザ・スパイダース





□おやすみ大阪/ファンキー・プリンス


上方芸人の匂いが立ち込めてくる

大阪のGS


水谷ひろしをリーダに1968年3月結成

同年5月には

GS登竜門「ナンバ一番」

に出演するようになった


(この頃「恋人同士」という

オリジナル曲がラジオでオンエアされたが

レコード化されていない)


その後、メンバーが3人ほど入れ替わったが

コミカルなステージが

人気を呼び69年にはナンバ一番の

”人気ナンバー・ワン・バンド”にまで

のし上がった

奈良あやめ池での公演では

5000人のファンを

集めたこともあったという


しかし

GSとしては遅すぎた

デヴュー盤が

ビクターから発売されたのは

1969年5月のこと


あまりにもドメスティックな

『おやすみ大阪』だった


69年11月には

第二弾として

全く懲りてない歌謡曲

『涙のイヤリング』をリリースしたが

それまでだった


太陽の翼/ザ・スパイダース





御聴き頂いたものは


1967年日活映画

ゲスト出演した

映画『夕陽が泣いている』

ビルの一室で練習シーンのもの


導入したばかりのファズ・ボックスを

存分に使っている




スパイダースのヒット曲を映画化したものだったが

スパイダースはあくまでゲスト出演


練習スタジオのシーンで

「太陽の翼」

テレビ局のシーンで

「なんとなくなんとなく」

公会堂で

「夕日が泣いている」


を演奏するシーンが観れるが

どれもレコードとは別テイクなのが

嬉しい


『青春・ア・ゴーゴー』

『涙くんさようなら』同様


この映画でも

ヤング&フレッシュとスパイダースの

合同演奏が

ハイライトシーンとなっている




BLUE EYES/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ


先週大変好評を

いただきました


今週もかけさせていただきました


66年3月には

洋楽レーベルのCBSコロムビアから

シングル発表されて

10万枚突破の大ヒットを記録

エミー・ジャクソンの『涙の太陽』に続く

和製ポップス(英語詞、洋楽レーベル)の

ヒット作



フジ『ザ・ヒット・パレード』で

やらせ1位を続けているうちに

本当にリクエストが来るようになったという


これを仕掛けたのが

当時ディレクターだった

すぎやまこういち 氏で


これよりヒットの仕掛け人、無冠の帝王

の名を配するようになる



さらに同年6月

ビートルズの来日公演の

前座を果たした頃に発表された

『青い瞳』日本語版は

50万枚を超える

ビッグ・ヒットを記録した


これにより

我が国のポップス・シーンも

日本語のオリジナルにより

ヴォーカル&インストゥメンタルの

時代に本格的に突入することになるのである





ライヴアルバム「ザ ピーナッツ オンステージ」

昭和47年1972年の

今はなき文京公会堂(ぶんきょうこうかいどう)

1960年度には年間稼働率96%

日本一忙しいホールと

言われた文京公会堂での

ライヴ音源。

MCが

同じ事務所の

元タイガース岸部シローで


独特な空気感が

醸し出されていた



ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ



GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることのできる

1968年8月に出した

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』に

収録されている


ドッグ・オブ・ザ・ベイ



1968年に世界中で大ヒットした

当時誰もが

この曲に心打たれた

オーティス・レディングの

ナンバーのカヴァー


この曲嫌いな奴はいねえだろということで


サニー/ザ・スパイダース


1968年3月15日にリリースされた

『スパイダースNo.5』収録曲



当時、日本のGSが

盛んに取り上げていた

ボビー・ヘブのヒットナンバー


何かにつけて

マチャアキが歌ってた

十八番中の十八番ナンバー



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S.P.I./ザ・スパイダース

BLUE EYES/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

ワイルド・クライ/尾藤イサオ

ヘイ・ミスター・ブルーバード/ブラック・ストーンズ

陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス

ビター・フォー・マイ・テイスト/ザ・スパイダース

Till The End Of Time/デイブ平尾とクニ河内セッション



S.P.I./ザ・スパイダース

スパイダーズの爽快なインストナンバー

S.P.I.


1967年3/1にフィリップス

から日本航空の世界一周路線

の開設を記念して臨時発売された

当時人気絶頂の二大グループ夢の競演

サベージとのミーツアルバム

「ゴー!スパイダーズ フライ!サベージ」


のA面5曲目に

収録されているナンバー


作曲は大野克夫


ファズを駆使した

軽快な小気味いい

インストナンバーに仕上がってる



BLUE EYES/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ


エミー・ジャクソンの『涙の太陽』に続く

和製ポップス(英語詞、洋楽レーベル)の

ヒット作


____________

フジ『ザ・ヒット・パレード』で

やらせ1位を続けているうちに

本当にリクエストが来るようになった



ーーーーーーー


大橋道二(のちに大橋プロ社長)

ロジェ滋野(フランス陸軍航空隊エースパイロット滋野清武男爵の三男)


と米軍キャンプ回りの

バンドマンによって

1957年9月に結成

我が国初のロックン・ロール・コンボ


和製リッキー・ネルソン竹田公彦

和製エヴァリー・ブラザーズ山尾トゥインズ

メイン・ボーカルに

渋谷のジャズ喫茶

”キィボード”などで活動していた



1957年来日した

ジーン・ヴィンセントの地方巡演では

ヴァッキングを勤める栄誉も

になったが


この年の

9月には解散同然の状態になる


しかし、このバンドの

熱烈な支持者であった

高校生 鹿内タカシが

再建を図り


60年4月に新生ブルー・コメッツが誕生


バンドボーイ ジャッキー吉川がドラムに昇格

和製ワンダ・ジャクソン 麻生京子

西ドイツ出身 フランツ・フリーデル

などが歌手として参加すると


活動が軌道に乗り有力ロック・コンボとしての

地位を確立

”鹿内タカシとブルー・コメッツ ”

の名はジャズ喫茶の

看板となった

(ミュージック・ライフ誌の人気投票バンド部門3位)


1963年リーダでギターの田村亘(わたる)が脱退すると

ジャッキー吉川がリーダに収まり

代わりに元ファイヤー・ボールの

三原綱木が入ってきた。


井上忠夫、小田啓義(ヒロヨシ)

高橋健二らは

60年ごろから

出入退を繰り返していたが


ベースの江藤勲が脱退して

高橋が戻ってきて


いわゆる、GSブルコメのメンバーが

勢揃いするのは65年のこと。


この頃の専属シンガー

尾藤イサオが

歌った「悲しき願い」が大ヒット


尾藤のバックバンドとして

その存在が知られるようになり

尾藤のレコーディングでも

多くのバッキングを務めている


しかし

当時来日した

スペインの

ラ・スパニオレス


というバンドのステージを見て

歌いながら演奏する

カッコよさに目覚めた彼らは

コーラスの練習にも

取り組み始める


(65年2枚のLPにはハミングも挿入を試みている)」



また多くの英国勢が自作自演で

あることに刺激を受け


井上忠夫が「青い瞳」というオリジナル

を書き上げる


これを気に入ったのが

彼らが伴奏バンドとして

レギュラー出演していた

「ザ・ヒット・パレード」

のディレクター

椙山浩一(すぎやまこういち)

が気に入って

橋本淳に英語歌詞をつけさせ

番組で毎週歌わせたところ


(やらせで一位を続けていたところ

本当にリクエストが来るようになった)


評判となり

ついには一位を獲得


66年3月には

洋楽レーベルのCBSコロムビアから

シングル発表されて

10万枚突破の大ヒットを記録


さらに同年6月

ビートルズの来日公演の

前座を果たした頃に発表された

『青い瞳』日本語版は

50万枚を超える

ビッグ・ヒットを記録した


これにより

我が国のポップス・シーンも

日本語のオリジナルにより

ヴォーカル&インストゥメンタルの

時代に本格的に突入することになるのである



ワイルド・クライ/尾藤イサオ


1969日活の渡哲也主演『野獣を消せ』の音源より

チンピラ役に藤竜也と尾藤イサオの

ギラギラとした魅力が楽しめる

日活ニューアクション

バイオレンスムービー


妹を殺された男が

狂った野獣のような不良たちを

相手に繰り広げる復讐劇


この映画の冒頭に流れる

ストーリを反映した

尾藤イサオのシャウトが

時代の若者たちの

狂おしいパッション

を象徴するかのような

衝撃のナンバー

主題歌「ワイルド・クライ」

でありまして

かき鳴らされる

唸るギターに

尾藤イサオも唸りまくる

カオスなサイケデリック

そこに

ホーンセッションが

加わると途端に

R&Bとして着地する


この辺り、尾藤イサオの凄まじい

ヴォーカルテクニックを感じる


□ヘイ・ミスター・ブルーバード/ブラック・ストーンズ


コーラスに絡みつく

ギターが冴える

軽快なナンバー


横浜、伊勢崎町界隈で活動していた

ところを作曲家、中島安敏にスカウトされ

黛ジュンの『恋のハレルヤ』で

バッキングを務めた後

1967年4月に

東芝、キャピトルからデヴュー

『ヘイ・ミスター・ブルーバード』


デヴュー曲の評判はまずまずだったが

メンバーの不仲で


空前のGSブームが始まる

67年夏を目前に

あっけなく解散



陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス


横浜、本牧のクラブ

”ゴールデン・カップ”の

レギュラーとして活動をはじめた

バンドで


当初は”グループ・アンド・アイ”という

名前だった


メンバーは

元スフィンクスの

デイヴ・平尾とマモル・マヌー


元テイク・ファイヴの

ルイズ・ルイス・加部


元ファナティクスのエディ藩


の五人


日本のバンドにはない

インターナショナルな感覚と

テクニックで


もっぱらゼムやヤードバーズ

さらにはジェームズ・ブラウン

オースティン・レディング

フォー・トップス

などR&Bをレパートリーとし

好き勝手に演奏している

グループとして

評判はすぐに玄人筋に広まった


バンド名を

ザ・ゴールデン・カップス

と改め1967年6月

東芝/キャピトルから

「愛しのジザベル」でデヴュー


そんな

デヴュー・シングル

「愛しのジザベル」のB面 


「陽はまた昇る」


ファズをフル活用の

ガレージ・サイケで


デイヴ・平尾の

民謡的唱法が

面白い効果をだしている。


□ビター・フォー・マイ・テイスト/ザ・スパイダース




”トーキョー・サウンド”を標榜して

英語ヴァージョンの「フリフリ」をはじめ

全曲オリジナルで固めた意欲作

1966年4月15日リリースだった

スパイダースのファースト・アルバム

『スパイダース アルバムNo.1』


マージー・ビート、

ブリティッシュ・ビートを

吸収してきた日本のバンドが到達した

当時における最大級の成果が

このアルバムであると言っていい



収録曲のほとんどは

ムッシュ・かまやつひろしが

手がけており、


お聞きいただいた

「ビター・フォー・マイ・テイスト」も、

ムッシュのスノッブな人脈による

英語歌詞で


精神的には

今の日本のネオ・アコ系バンドに

通じるものがあるかもしれない




□Till The End Of Time/デイブ平尾とクニ河内セッション



GSブームも

終焉を迎えようという

1970年1月26日

東京ヤングメイツにおいて

モップス

ハプニングス・フォー

ゴールデン・カップス

フラワーズ

の4GS、4大ニューロックによって

最後の悪あがきとも言える

一大ジャムセッションを

執り行ったのであります


この様子は

1970年4月5日リリースだった

『ロックン・ロール・ジャム’70』

においてその記録の一部始終を

聴くことができる。


C面にカップスのパートが収録され


一曲目がデイブ平尾のソロ


ピアノでハプフォーの

クニ河内も参加している




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# by marquis_de_d | 2024-04-28 21:00 | RADIO R'lyeh
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




ビー・バップ・ア・ルーラ/鹿内タカシ

マッチボックス/ほりまさゆき

ワーク・ソング/尾藤イサオ

ランランラン/内田裕也

モンキー・ダンス/ザ・スパイダース

ブルー・シャトー - 「二人の銀座」/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

デイドリーム/ザ・スウィング・ウエスト




ビー・バップ・ア・ルーラ/鹿内タカシ


俳優としてのキャリアのほうが

現在では名が通っている


市川学園高三年のときに

ジーン・ビンセントの

レコードを聴いて虜となり


ヴィンセントが来日したとき、

バックをつとめた

ブルー・コメッツに

入り浸るようになる


卒業後の1960年

四月に専属シンガーとなり


鹿内タカシ&ブルー・コメッツを結成

このときすでに


ジャッキー・吉川、

井上忠雄

三原綱木と

後のGSブルコメの

支柱となる人物が加入している


61年日劇ウェスタン・カーニバルに

初出場


特異な個性で注目された



デヴュー盤は

62年2月の「俺は最低な奴さ」

というオリジナルだった


その後65年までに20枚以上の

シングルをだし、アルバムも5枚だしている


お聴きいただいた曲は

1962年に発売された

25センチLP

「タカシとロック」から


『シャボン玉ホリデー』の

レギュラーとしても

活躍したが


十代のアイドルとなるには

ルックスが大人びすぎていて


逆手にとったハードボイルド路線も

あまり理解されず

大ヒットには恵まれなかった


本格的なポピュラー・シンガーの

道を歩むしかなかった



マッチボックス/ほりまさゆき(1965/4


60年代前半に

エルビス・プレスリーを得意とする

ロカビリー歌手として活躍していた

ほりまさゆきの

カール・パーキンス

ビートルズ

のカヴァー。


1957年にカール・パーキンスによって

リリースされたブギウギ調の

ロックンロール・ナンバー

ですが、後にビートルズが

カヴァーしたことで

さらに有名になった曲

--------------------------------------------------------

5枚目のEP盤『ロング・トール・サリー』

に収録され

リード・ボーカルはリンゴスター

--------------------------------------------------------


リヴァプール・サウンドを中心に

日本語でカヴァーしたアルバム

『ビート’65』より


バックは寺内タケシとブルージーンズ

62年秋から

寺内タケシとブルージーンズの

専属となってます


ビートルズの後を追って

イギリスのビートグループが

次々にアメリカのヒットチャートを

賑わせるようになっても


日本では歌・コーラスと演奏を

同時にこなせるような

グループはなかなか出てこなかった


したがってGS

という形態が浮上してくる

1966年以前は

<ソロシンガー+エレキ・バンド>

という過渡的形態で

ブリティッシュ・ビートの

カヴァー盤がよくリリース

されていた


特に重要な役割を果たしたのは

”尾藤イサオとブルー・コメッツ ”

”ほりまさゆきとブルー・ジーンズ”


ロカビリー時代と

GS時代を繋ぐ時期に

最も重要なロック・シンガーで

あると言える


この

1965年4月発表の

通算三枚目のアルバム

『ビート’65』でも


「アイ・フィール・ファイン」

「マッチボックス」

を日本語カヴァーしている


「アイ・フィール・ファイン」は

冴えない出来だが

「マッチボックス」では

本来ロカビリー曲である

ということもあってか

実力を発揮している





ランランラン/内田裕也



1965年5月

シングル「スイムでいこう」のB面

米国ミネソタの

ガレージバンド、

ジェスチャーズの日本語カヴァー。

バックは寺内タケシとブルージーンズ。さすがのかっこよさでございます。


(60年代の東芝時代の作品は6枚

尾藤イサオとの合同アルバムが二枚出てます。)

内田裕也

現代ではシェキなベイベーなイメージが強い爺さんですけれども


尾藤イサオとともに再評価すべき

ロッカーです。フラワーズ時代、そして、フラワーズトラベリンバンド

などのプロデューサー時代、70年代後半からは俳優としての活躍と

含めてロックンローラーとして素晴らしい功績をもたらした人物。


ジョー山中の自伝的著書

『証:永遠のシャウト』にも

裕也さんは

「俺はヒット曲こそないがステージに立てば

一番客を沸かせられるのは俺さ」と

言っていて、実際にそうだった


と証言している




ワーク・ソング/尾藤イサオ


66年11月東芝より発表

『ワーク・ソング』


もちろん演奏は

ジャッキー吉川とブルーコメッツです


さて


ガレージ・サウンドの

象徴といえば

ファズ・ギターの

セミの鳴くような歪んだ音ですが


ファズトーン・ボックスという

エフェクターによってもたらされる

このサウンドで

1960年代中期の米国に蔓延したわけです


日本でやっと普及するようになるのは

1967年ごろからですが



この66年11月東芝より発表の

『ワーク・ソング』の

間奏がファズトーン・ボックス

というエフェクターを使った

日本最初のレコード

なんじゃないかということなんですね。


また、

同じ66年11月に発売された

ブルーコメッツの

「ベストヒット66」というアルバムに

収録されている

「涙のギター」の後半部分にも

ファズの音がしている



つまりブルーコメッツが

日本で最初にファズを使った曲を

レコード化したプロバンド

であるということになる。


このファズボックスの

持ち主はスパイダーズの

かまやつひろしが

アメリカに行った際に

買ってきたまま、

使い方がわからないんで

家に転がしておいたのを

ブルコメの三原綱木が

借りたものなんですよ


綱木はこれを参考に

エース・トーンに

コピー・モデルまで

作らせたという逸話も残っている




いずれにせよ

ファズを日本に持ち込んだのは

スパイダーズのかまやつひろしだ


もし、ムッシュが

ファズボックスの使い方が

わかっていたら…


66年9月の

「夕日が泣いている」での

音を歪ませる苦労話はなかったかもしれない


ファズを使った

日本最初のヒット曲は67年

「太陽の翼」です




モンキー・ダンス/ザ・スパイダース


1965年5月クラウンから

「フリフリ/モンキーダンス」

田辺昭知(たなべしょうち)とザ・スパイダーズ名義でリリース


ビートルズがソングライティングもやるということに

触発されて、かまやつひろしが作詞作曲した

A面の「フリフリ」。

これで

日本で始めて日本語によるオリジナル楽曲をレコード化した

ビートグループ、スパイダーズが誕生するわけです。

まさにGSの起源がここに在るわけですな。



そしてお聴き頂いた


キンクス的なリフで始まるB面

ダンス・ナンバー

「モンキー・ダンス(ミスター・モンキー)」

これは作詞家、阿久悠の処女作ですね。


この記念すべきシングルのジャケットに

かまやつひろしが入っていないのは

ジャケットの撮影日に寝坊して遅刻したという

エピソードが在りますが




ブルー・シャトー - 「二人の銀座」/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



ブルーシャトーは

言わずと知れた

ブルコメの「青い瞳」「青い渚」につづく

青いシリーズの第三弾、

1967年3/15に発売されて

150万枚を売り上げ

第九回レコード大賞も受賞した

名曲で在りますが、このテイクは



1966年の「二人の銀座」大ヒット曲が

ありまして、

ベンチャーズ作曲、作詞は永六輔という

山内賢&和泉雅子のデュエットで


当時、ヒット曲はそのまま

映画化されるという

映画と音楽は一蓮托生

だったわけですが


これのヒットを受けて映画化した

映画「二人の銀座」1967年二月封切りだった


この映画なかで銀座の

ジャズ喫茶でもって

ブルーコメッツが

演奏しているのが

ただいま聴いていただいた

ブルーシャトーなんですね



オーケストラの無い

ブルコメのメンバーだけの

演奏が収録されている

まあ、これもやっぱりレアだよね。


映画用のテイクというのは

ちょっと違った貴重な

演奏を聴くことができる

のでGS研究に

映画というのは

切っても切れない

われであります。



デイドリーム/ザ・スウィング・ウエスト



1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド

というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまって

伝統あるこのバンドも

66年頃には流行の

エレキギターバンドに

なっていたが

歌手三人に

バンド五人という編成は

前時代の名残を感じます


GS時代は「雨のバラード」

が思わぬヒットを飛ばし

少しは名前が知られるようになった


1968年5月リリースだった

アルバム『ステッピン・ア・ゴーゴー』より

主に67年ごろのヒット曲を

取り上げたエレキ・インスト集


ほとんどの曲でファズがうっすら

使われている他は

いかにも仕事でやってます

と言った無難な演奏







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