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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第四百四拾九夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □



太陽はもう輝かない/ザ・リード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

恋の足あと/ザ・ハーフ・ブリード

暗い砂浜/ヴィレッジ・シンガーズ

黒ゆりの詩/ザ・スパイダース

二人の夏/愛奴

ハイビスカス・レディー/マキシマム




太陽はもう輝かない/ザ・リード


1969年3月リリースだったLP

『サウンド・オブ・サイレンス/ザ・リード・ゴーズ・トップ・ヒット』


全編、ハーモニー重視で

ソフト・ロック路線の

全曲カヴァーで構成されている

アルバムで


ビートルズ

ビー・ジーズ

モンキーズ

ドアーズ

ローリングストーンズ

ジミーヘンドリックス

などなど


当時のありふれたヒット・ナンバーが

取り上げられ


オーケストラを配して歌う

可もなく不可もない曲

で構成されたアルバムから


太陽はもう輝かない


ウォーカー・ブラザーズの

ヒット曲のカヴァー


すっきりとした

クリアなコーラスが

心地よいソフトロックに

仕上がっている



リードといえば

当時のミュージシャンならば

知る人ぞ知る存在で


リード・ギターの

マーク・エルダーが

チョーキング奏法を

日本に持ち込んだ

まさにその人なのである。


それまで、

日本のバンドは

チョーキングを知らなかったのである


ザ・リードは

赤坂のクラブ「チータ」の

ハウス・バンドとして

活動しており

マークの演奏を見て

度肝を抜かれたという

GSマンは多い


そこには

マークのブルース・ギターを

盗み見するために

日本のGS連中が

毎晩のようにやってきていた

というのである。


ダイナマイツの山口富士夫も

その一人で

「とにかくアンプはボリュームいっぱい

トレブルもベースもいっぱいにして

こうやってチョーキングすれば

クリームみたいな音が出るんだっていうのが

俺は見てすぐわかったわけ


で、真似してみたら

同じ音が簡単に出た」


と『日本ロック大系上巻』に証言がある


山口富士夫が

ギブソンのES-355ステレオ・ヴァージョン

を使うようになったのも

その時にマークが使っているのを見た影響だと言っている


このほかにも

柳ジョージ

浅野孝巳

陳信輝など

多くのミュージシャンが

マークの演奏を見て

ブルース・ギターを学んだことを証言している


マーク・エルダーは

チョーキング奏法の伝道師

と呼ぶべき存在だ



ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード


1969年 1月10日リリースだった

彼らのファーストシングル

『不思議な夢』

のB面「ムーン・アンド・スターズ」

英語歌詞による

さりげない


ボッサ・ロック


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


その後しばらくなりを潜めていたが

70年2月には第2弾として

「恋の足あと」を密かにリリース


旧GS勢がほとんど存在しなく

なった頃の1971年8月封切りだった

日活映画『八月の濡れた砂』

にこのバンドの出演シーンが

あることから


かなり後期まで活動していた

ことがわかる


―――――――――――――――――――


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


―――――――――――――――――――



恋の足あと/ザ・ハーフ・ブリード




70年2月リリースだった

二枚目のシングル「恋の足あと」の

A面「恋の足あと」



69年春にクラシックス・フォーが

ヒットさせた爽やかな

ボッサ・ロックの

日本語カヴァー



しかし

まるで1975年の

浜田省吾の在籍した愛奴の

デヴューアルバム

(「もうすぐ五月、外は雨」とか)


はたまた

80年代初頭の

寺尾聡の「回転扉」を


彷彿させる出来映えで

どきりとさせられる


旧GS勢がほとんど

存在しなくなった頃の

1971年8月封切り

日活映画『八月の濡れた砂』

にこのバンドの出演シーンがあることから

かなり後期まで活動していたことが

うかがえる。


この後、ポールは

近田春夫らとともに

元ハプニングス・フォーの

ペペ・吉弘のバンド

「羅生門」に参加いたします



暗い砂浜/ヴィレッジ・シンガーズ


我が国最初のフォークロック・スタイルの

グループ”フォーク・トレッカーズ”という

バンドにいた小松久(コマツヒサシ)

森おさむ、南里孝夫(12弦ギター)

の3人に

林ゆたか、古関正裕(オルガン)

が加わり


フーテナニー・ブーム真っ最中の

1966年6月に結成された


レコード・デヴューは

CBS・コロムビアからの

「暗い浜辺」で

フォーク・ロック特有の

12弦ギターをフューチャーした曲で


ここで聴けるオルガンは

おそらく

この後すぐに脱退してしまう

古関正裕のものだろう


軽快な

フォーク・ロック・ナンバーだが

どこか物足りず

不発に終わっている


この後の67年2月に出した

フォーク・バラード

「君を求めて」も

綺麗にまとめすぎて

ヒットせず


南里と森が脱退

(第一期ヴィレッジ・シンガーズの終焉)


その後、清水道夫、小池哲夫、

笹井一臣が加わり

5人組GSとして再結成すると

67年8月「バラ色の雲」が

メガ・ヒットを放ち

一躍人気グループの

仲間入りを果たした


以後もバラード調の曲で

ヒットを連発するが


そのうちマンネリ化して

最後には歌謡曲同然となって

71年6月に解散してます


なお、

67年2月の日活映画

『二人の銀座』では

「君を求めて」を歌う

初期メンバーの四人組時代の

ヴィレッジの貴重な映像を

みることができる




黒ゆりの詩/ザ・スパイダース


1968年16枚目のシングル

『黒ゆりの詩』A面「黒ゆりの詩」


桃源郷に遊ぶ

ムッシュかまやつひろしの

シュールな詞と

そして

大野克夫編曲(おそらく演奏も)の

瑞々しい

エレキ・シタールの

アルペジオから始まる

印象的なナンバーだ


ザ・アソシエイションの

大ヒット曲「チェリッシュ」を

オマージュしつつ

大胆にエレキ・シタールを導入し

ソロパートのサイケ感がするあたり

スパイダニズムを

感じる

サイケデリック

ソフトロックナンバー


ーーーーーーーーーーーーー

B面はご機嫌な

マージロックナンバー

『ロックン・ロール・ボーイ』

ーーーーーーーーーーーーー




B面1曲目に

収録されたナンバー



二人の夏/愛奴


1975年5月1日リリースだった

愛奴のデヴュー・シングル


浜田省吾が神奈川大学の下宿に

住んでいた頃に

「とにかく暑かったから何か涼しい曲を作ろうかな」

と思って作ったという


曲中挿入される青山徹の

ギターソロは

ビーチ・ボーイズの

「Summer Means New Love」


であることも含めて

サーフリバイバルの血統を

引いていることがわかる


発売前には CBSソニー社内で

行われた会議での前評判が良く

「100万枚は売れる」

とまで言われたものの


実際には

ほとんど


ヒットしなかった



ハイビスカス・レディー/マキシマム


1965年頃

ビートルズ娘として

活躍していた


ザ・キューピッツは

『パザズ天国』以降

長く表舞台から

姿を消していたのですが


75年に”マキシマム”という

ディスコ・デュオ

として復活します。



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# by marquis_de_d | 2021-06-20 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □





PURPLE HAZE ?(Inst.)/エンジェルス

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ

STANDING IN THE STORM (Inst.)/シャープ・ホークス

Something/ザ・ハプニングス・フォー

悲しき雨音/ザ・リード

Dock Of The Bay/ザ・ゴールデン・カップス

サマー・ガール/ザ・スパイダース



□PURPLE HAZE ?(Inst.)/エンジェルス


1968年3月16日封切りだった

松竹

『ミニミニ突撃隊』

由美かおる ら 西野バレエ団五人娘が

女子大生に扮してボーイハントに奮闘する

というストーリーで


ゴーゴー喫茶でエンジェルスが演奏するシーン


エンジェルスというGSは

のちにガロに参加する

堀内護(マーク)などが在籍していたが

レコードは出していない。


この曲も曲名不詳だが

ジミ・ヘンドリクスの影響を受けた

かなりサイケな演奏を聴ける



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


中川三郎ディスコテーク出身で

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い中川三郎ディスコテーク

専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲

このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。

ジミ・ヘンドリックスの

ナンバーが多い中で

お聞きいただいた

「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は

初期のビートルズナンバーを

ファズを駆使して

カッコイイ

サイケデリックに仕立て上げている


この「R&B・イン・東京」

というLPは本邦初の

ノンストップ・ダンシング・レコード

というのが売り物で

当時のソウル・ナンバーや

ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス

のナンバーを

ディスコ風にアレンジして

演奏したものだが

全く話題にならず

このバーンズも

ほとんど無名のまま

終わってしまった。


STANDING IN THE STORM (Inst.)/シャープ・ホークス



中山仁 田村正和

そしてシャープ・ホークス共演の

1968年3月1日封切りだった

松竹の『嵐に立つ』使用楽曲


不良少年たちがバンドを結成して

更生するお話


このころのシャープ・ホークスは


野沢裕二

安岡力也

鈴木忠夫

ジミー・レノン

の四人に


美島哲也

秋月克衛(かつえ)

が加わり

6人組になっていた


しかし、この演奏が

果たしてシャープ・ホークス

本人たちだけによるものか

確信が持てない



□Something/ザ・ハプニングス・フォー




GSブームも

終焉を迎えようという

1970年1月26日

東京ヤングメイツにおいて

モップス

ハプニングス・フォー

ゴールデン・カップス

フラワーズ

の4GS、4大ニューロックによって

最後の悪あがきとも言える

一大ジャムセッションを

執り行ったのであります


その記録の

一部始終を

聴くことができる

1970年4月5日リリースだった

『ロックン・ロール・ジャム’70』

二枚組のアルバム

B面に

ハプニングス・フォーのパートが収録され


その2曲め

ビートルズのSomethingを

カヴァーしている


ハプフォーの

クニ河内などは

ファースト・アルバムの

テープを

ビートルズに送り付けたほどで


ビートルズナンバーには

相当な自信があったと

思われるが

そのあたり

さすが

この演奏も

気持ちよく

聞かせてくれる




悲しき雨音/ザ・リード


1968年10月25日リリースだった

リードのファースト・アルバム

『ザ・リード・ゴーズR&B』

に収録された曲


”ロックン・ロール・リバイバル”

という当時の風潮に便乗し、

オールディーズのR&B的解釈を

試みたアルバムであったが


実際にはR&Bというより

ブルース・ロック

といったほうが近い

仕上がりで


ザ・カスケーズの「悲しき雨音」に

スマートにブルース・ギターを

乗せた

美しいソフト・ロックに

仕上がってる


リードといえば

1968年10月に

GSとしてデビューすることになった

在日アメリカ人バンドで


「誓いのフーガ」や

「サウンド・オブ・サイレス」路線を

狙ったソフト・ロック

1968年10月25日

「悪魔がくれた青いバラ」

でデヴューした


まあこの曲は地味すぎたのか

不発に終わったのだが


この「悲しき雨音」

をお聴きいただいた通り



音の圧というか

綺麗さというか


とにかく当時の日本のバンドには

真似できないものがある。


□Dock Of The Bay/ザ・ゴールデン・カップス



1968年9月10日リリースだった

『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム第2集』

のB面の2曲目に収録された

ナンバー



1968年に世界中で大ヒットした

オーティス・レディングの

ナンバーのカヴァー


ドッグ・オブ・ザ・ベイ


この時代の

生きたR&Bに

接した人間は

皆、一等最初にこの曲で

どハマりしたはずだ


お馴染みの

口笛のメロディー

に一味アレンジが

してあるのが

おしゃれ



ゴールデン・カップスの

最初のアルバムは

68年3月にリリースした

カヴァー中心のアルバム

『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム』

なわけだが


これ以降、シングルは

「商品」ときっぱり割り切って


音楽的本領は

アルバムで

発揮していくことになる。


68年7月にケネスがビザの関係で

ハワイへ帰国すると

変わってフラワークリエイションの

キーボード奏者

ミッキー・吉野

が加入する


この頃から

彼らの音楽は

それまでのR&Bから

ホワイト・ブルース的なものへと


移り変わっていくのだが


そんな過渡期の

アルバムだった



サマー・ガール/ザ・スパイダース



4作目の出演映画

日活/1968年8月28日封切りだった

『ザ・スパイダーズバリ島の珍道中』から

ヒロインの小川ひろみとともに

バリ島の浜辺を走り回ったり

ボートに乗ったりする

プロモ・フィルム仕立てのシーンで

使用された楽曲


サーフ・リバイバルとも言える


ビーチボーイズ的な

ノリの澄んだ空気感をまとった

真夏にぴったりのナンバー






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# by marquis_de_d | 2021-06-13 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □


マンハッタン無宿/ザ・リード

雨降る街角/ポニーズ

星の王子さま/スケルトンズ

一日だけの恋/アウト・キャスト

ロック天国/ザ・ワンダース

太陽の花/バニーズ

ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし


マンハッタン無宿/ザ・リード


日本のバンドの連中に

ブルースのチョーキング奏法を

教えるという

貴重な遺産を残していった

在日米国人グループ


二枚目のシングル

1969年2月5日

『マンハッタン無宿』のA面


クリントイーストウッド主演の映画

「マンハッタン無宿」の主題歌を取り上げたもの


マークのブルース・ギター演奏の

一端を聴くことができる


この頃のリードといえば

リードギターにポール(アラン)・メリルが

途中加入した頃で


アラン・メリルといえば

アローズ時代

世界的にヒットした

楽曲『I Love Rock ’n’ Roll』の

製作者として知られているが


去年2020年3月29日

に新型コロナウィルス感染のために

69才で亡くなった





雨降る街角/ポニーズ


新宿のフォーク喫茶

”フォークビレッジ”出身の4人組で


ロックというよりも

カレッジ・フォーク的な活動を

していた爽やか系GS

小学生向きとも言える

歌のお兄さん的な

親しみやすさで

売っていたグループで

当時、存在感はほとんどなかった



この曲は68年12月に

発売された二枚目のシングルのA面で

ザ・カスケーズの「悲しき雨音」を

思わせる効果音で始まる


甘々のメルヘン・ポップ


□星の王子さま/スケルトンズ



スケルトンズは京都出身の

和製ラスカルズを

目指していた

グループ


唯一のシングル

『星の王子さま』


感動的な語りではじまる

メルヘン・ポップで


当時は

これを笑う人もなく

おかしいとも思わなかった


なんせ人々の意識が

まだ前近代だったのだ


ーーーーーーーーーーーーーー


1966年に結成されて

関西のアマチュア

軽音楽界最大の団体

”京都カレジアン・クラブ”で

もっとも人気を集めていた

グループ


ヴォーカルが

ミックジャガーに

似ていたことから

もっぱら

ストーンズ・ナンバーを

レパートリーにしていたが


ヤングラスカルズを

目指す路線に変更し


メンバチェンジを経て

コロムビアからデヴュー


ーーーーーーーーーーーーーー


”ボブ・カットの星の王子さま”

というキャッチフレーズで

登場し

当時のセブン・ティーン誌には

「全員同じ新ヘアー・スタイルで登場し

新鮮な魅力で人気を呼んでいる」

などと書かれていたが


目に見えた成果もなく

二枚目の

レコードは出ずじまい


翌年春には

レモン・ルーツと改名して

7月東芝から再デヴューしている





一日だけの恋/アウト・キャスト



後の大物業界人を

多数排出した

渡辺プロのGS

実力派集団アウト・キャスト



スタジオミュージシャンや

音楽プロデューサー、

作家となる

メンバーも多く、


実力はあったが

人気に恵まれなかった

はやすぎた

GSアウト・キャスト


1967年10月15日リリースだった

四枚目のシングルA面


67年10月封切りの

東宝映画『クレージーの怪盗ジバコ』

では、クラブでこの曲の

インスト・ヴァージョンを披露する

アウト・キャストの

すがたを拝む事ができる




ロック天国/ザ・ワンダース

(1968.4


今聴いていただいた

「ロック天国」は

反戦フォークの

ピーター・ポール&マリーが

67年にヒットさせた

おなじみのナンバー


1968.4

ユニオンからリリースされた

コンパクト盤『太陽の若者たち/ザ・ワンダーズ』

に収録された

英語ヴァージョン


実際には幅広いレパートリー

をもつスタンダード指向の

ヴォーカル・グループだったが

GS全盛時代にデヴューしたため

分類上GSのくくりに入れられてしまった

グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ユニオンに7枚のシングルと

LP、EPを各一枚残しているが

他に

「妖術武芸帖」や

「こどくの夕陽」といったTV主題歌

やTBSの8トラ・テープ用

などにたくさんの曲を

吹き込んでいますが

GSファンにとっては

どうでもいいような

ものばかりですが

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である

日本のロック・ヴォーカリスト

の起原は尾崎紀世彦にある

と筋肉少女帯の

大槻ゲンヂも申しておりました






太陽の花/バニーズ



1968年1月30日

杉並公会堂で開かれた

ワンマン・コンサートの

実況録音で


1968年4月20日リリースだったLP

『バニーズ・ゴールデン・コンサート』


スタジオ録音では

なかなか伝わらない

GSのグルーブを感じることができるアルバム



「太陽の花」

1968年3月10日リリースだった

バニーズ12枚目のシングルのA面


この曲はオリコン10位


ある意味日本で最も

ヒットしたガレージ・パンク曲といえる


単純なメロディーを

ただ転調を繰り返すだけで

最期まで聴かせてしまう

技量に感服する




スタジオ録音以上に

ワイルドな演奏が楽しめる



ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし


1945年2月5日リリースだった

シングル『我が良き友よ』のB面


「我が良き友よ」は

ムッシュの唯一

オリコン月間週間チャート1位

を獲得した曲であり、

シングル売上90万枚

1975年オリコンシングル

年間チャートでは1位を

獲得した楽曲だが


そのB面


「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」は

当時の評判は散々で

芳しくはなかった。


ムッシュ曰く

「思い切り好きなことをやらせてもらうことにした」

と証言しており、


ムッシュがファンだった

タワーオブ・パワーが

来日した際に


バックをやってもらえないか

ダメ元で頼み込んだところ

快諾を得て完成に至ったという


しかしながら


1990年初頭の

アッシド・ジャズ

ブームで


再評価され

現在では


A面の


「我が良き友よ」よりも

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」

の方が

ムッシュかまやつひろし を

表す代表曲といった


感がある




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ランランラン/内田裕也

リリー/ザ・ルート・ファイヴ

マイ・ボーイ/沢村和子とピーターパン

MONKEY DANCE (Inst.)/ザ・スパイダース

シェーク・アンド・ロール/弘田三枝子

ペイパーバック・ライター/弘田三枝子

たったいちどの青春/ザ・ゴールデン・カップス




ランランラン/内田裕也



1965シングル「スイムでいこう」のB面

米国ガレージバンド、ジェスチャーズの日本語カヴァー。

バックは寺内タケシとブルージーンズ。さすがのかっこよさでございます。


(60年代の東芝時代の作品は6枚

尾藤イサオとの合同アルバムが二枚出てます。)

内田裕也

現代ではシェキなベイベーなイメージが強い爺さんですけれども


尾藤イサオとともに再評価すべき

ロッカーです。フラワーズ時代、そして、フラワーズトラベリンバンド

などのプロデューサー時代、70年代後半からは俳優としての活躍と

含めてロックンローラーとして素晴らしい功績をもたらした人物。





リリー/ザ・ルート・ファイヴ


アングラ・ブームに便乗して

突発的にデヴューし

すぐに音信が途絶えた

グループ


東海ラジオ東京支社の

”アングラ・ブームを探る”的な

安易な特集のインタビューに

答えたことがきっかけで

1968年7月東芝/エキスプレスから

デヴュー。


しかし、もはや

この頃の世の中は

”アングラ”(コミック・ソング)

に食傷気味で


相手にする人は稀だった。


1968年7月1日リリースの

唯一のシングル

「俺は天下の色男」のB面で

「リリー」

うっすらとファズをかけた

マイナー調のフォークロック。


69年日本テレビの

テレビ映画「東京バイパス指令」

第十話にこのバンドが出てきて

この曲を演奏するシーンがある




マイ・ボーイ/沢村和子とピーターパン



遅れてきた境界線上GS


ジャズ歌手の沢村美司子(みつこ)の

妹である沢村和子が1968年に

結成し、翌年1969年に

コロムビアからデヴューした

幻の名グループ



日活の1970年11月22日公開だった

梶芽衣子主演『野良猫ロック マシンアニマル』で

ゴーゴー・バー”アストロ”での

演奏シーンで使用されたもので




ピーターパンは

何回か出場した

合歓ポピュラー・フェスティバルで

この曲をとりあげたことがあるが


レコードになっていない

オリジナル曲


このグループは


映画『野良猫ロック マシンアニマル』の

ディスコの生バンドとして披露した

演奏シーンにこそ


レコードとは違う

GSの残り香漂う

演奏を聴くことができる。




MONKEY DANCE (Inst.)/ザ・スパイダース



ザ・スパイダース

(もう皆さんご存知の)

クラウンからの

デヴュー・シングル

『フリフリ』

のB面

キンクス的なリフで始まる

ダンス・ナンバー

「モンキー・ダンス(ミスター・モンキー)」

のインスト・ヴァージョン


日活1965年12月封切りだった

舟木一夫主演映画

『高原のお嬢さん』より


お金持ちの大邸宅のパーティで

スパイダースが演奏するシーンで

使われているヴァージョン


映画本編では

ほとんど役者の台詞が

かぶさっていますが


これはスパイダースの

演奏だけを聴く事が

できます。



シェーク・アンド・ロール/弘田三枝子




日本最高峰の歌手の一人

弘田三枝子の


1967年12月1日リリースだった

7インチ、コンパクト盤

『渚のうわさ』に

収められた

隠された名曲


「パンチのミコチャン」

と呼ばれた

ポップスの女王


さすがパンチの

効いたナンバー




ペイパーバック・ライター/弘田三枝子


ビートルズの

「ペイパーバック・ライター」

は日本では

来日公演直前の66年6月15日に

リリースされており

もちろん

来日公演でも演奏され

現在に至るまで

非常に人気のある曲でありますが


それを

カヴァーポップスの女王

弘田三枝子が

ビートルズに挑戦した

記念すべきカヴァー

66年11月5日にリリースされた

4曲入りのEP盤収録曲


彼女の音楽的出自を最大限に

発揮し、

ジャズ・テイストにロック感覚が

ミックスされた

独特なムードに仕上がっている。



たったいちどの青春/ザ・ゴールデン・カップス


実力派

濱のGSゴールデンカップスでありますが

いろいろメンバーが入れ替わって

ブリティッシュ・ハードロック志向になったり

アメリカンロック的な傾向が強くなったりと

GSの隆盛と衰退を乗り切ろうと

試行錯誤をくりかえした感があります。



最終的に71年ミッキー・吉野脱退後の

カップスのラストシングル『人生はきまぐれ』のB面

「たったいちどの青春」

デイブ平尾の歌うソロ、虚無感、漂うプログレ青春歌謡でありますが

ほとんど無視されたレコード。


この作品のリリース後に年末からカップスは

沖縄ツアーに出かけますが(沖縄は返還前です

72年の1月2日の最終日、演奏中に火事が発生して

大切な楽器も、機材もなにもかも焼けてしまって

そのまま、解散するのであります。

この壮絶な解散劇は

まさにGSという

一つの時代の終焉と虚無感を

じわじわ感じるわけでありますが



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# by marquis_de_d | 2021-05-30 21:00 | RADIO R'lyeh
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




涙のハート/エミー・ジャクソン

男と女のロック/和田アキ子

虹色の湖/中村晃子とザ・ジャガーズ

新宿マドモアゼル/チコとビーグルス

太陽は泣いている/いしだあゆみ

本牧ブルース/平田隆夫とセルスターズ

雨の日のあやまち/大西ユカリと新世界




涙のハート/エミー・ジャクソン 1965




カヴァーポップス時代と

GS時代の橋渡しという

役目を果たした

女性シンガー


エミージャクソン



エレキブームの真っ只中


日本オリジナルの英語曲作品を

洋楽レーベルから

リリースすることで


あたかも

外国人歌手が

海外でレコーディング

したかのように見せ


(のちに説明するが

これを「和製ポップス戦略」と呼ぶ)


洋楽としてリリースするという

コロムビア洋楽部の

用意周到な計算と

画期的なコンセプトによって

作られた



デヴューシングル

「涙の太陽」で


70万枚の大ヒットを

記録した




輸入品の

洋楽レーベルの方が

レコードの値段が

割増の洋楽価格であるにもかかわらず


何故、英語で

しかも洋楽レーベルで

なくてはならなかったのか


今となっては

不明であるが


同時期に

『涙の太陽』を共作で

青山ミチがリリースした

日本語版は全く売れなかったため


CBSコロンビアでは

この戦略を採用


加山雄三やブルー・コメッツも

同様の方法でレコードをリリース


フィリップスなど他社も

これに追随し、


やがてこうしたレコードは

『和製ポップス』


と総称されるまでに至った


そんなエミーの


1965年8月リリース

二枚目のシングル

『夢見るマイ・ボーイ』のB面

(これは小ヒットとなった)


クレジットには

エミージャクソンとスマッシュメン

という

名義になっているが


このスマッシュメンも

ジャッキー吉川とブルーコメッツ

だったのではないか

思われます


実際のところ

三枚目のシングル

『ブルー・クリスマス』から

演奏はブルー・コメッツと

明記されている



結局

エミーはその後も

66年まで同じ路線で

シングル計八枚と

アルバム一枚を残して

消えていった



男と女のロック/和田アキ子


和田アキ子を売り出すために作られた

1970年5月2日封切りの

日活の野良猫ロック シリーズ堂々の一作目

『女番長野良猫ロック』

のテーマ・ソング

「男と女のロック」


もちろん和田アキ子初主演映画で

デニムの上下に

単車でぶっ飛ばしてくる

アコ姉さんが

ナナハンベイベ

で最高にクール


お聴きいただいたのは

レコード・ヴァージョンで

1970年7月5日リリースだった

「さすらいのブルース」のB面で

ソウルフルに歌い上げている


映画で使用された

モノの方が

ややテンポが速く

ホーンを前に出した

編曲だった




虹色の湖/中村晃子とザ・ジャガーズ


1968年3月公開の松竹映画

『進め!ジャガーズ敵前上陸』

より、


カルトムービー業界では

日本喜劇の傑作と評される

『進め!ジャガーズ敵前上陸』




スタジオにセットを組んだと思われる

ゴーゴー・クラブでの演奏シーンで


ジャガーズによる

ぶっつけ本番のラフな演奏をバックに

中村晃子がキュートにヒット曲を

「虹色の湖」を

歌うシーンは感動もの


AKGのマイクをもって

歌う中村晃子が

小悪魔的魅力いっぱい


中村晃子は目が良いですね

すごく魅惑的で

それと唇。




新宿マドモアゼル/チコとビーグルス


新宿マドモアゼル/チコとビーグルス(1969/9)


1968,11

ジェノバと競作の

「帰り道は遠かった」で

デヴューしたチコとビーグルス


黒沢進先生による

GS審議会において

境界線上のGSとして


この辺りが線引きだろう

というポジションの

筆頭に上げられたグループ


なぜこれが

GSに入れられないか

というと、


チコとビーグルスを

GSとしてしまうと

ピンキーとキラーズまで

GSとして認識しなくては

ならなくなって

それだけは避けたかった

ということでしたが


ピンキラは当時

GSと呼ばれる事は無かったが


チコとビーグルスは

たまにGS扱いされていた

ということで

そのあたりが

ピンキラとの違いです



女性ボーカルのチコを中心とする

歌謡グループの三枚目のシングルで

収録されているCDがことごとく

廃盤になっている名コンビ

橋本淳と筒美京平の隠れた名曲。


このカヴァーを

渚ようこさんがステージで

長年レパートリーにしてきた曲で

そのこともあってか

近年では再評価されるようになった

グループということで


まあ、ギリギリ

GSに入れても良いかな


太陽は泣いている/いしだあゆみ(1968/6




橋本淳と筒美京平コンビが

手に入れた金の鉱脈


いしだあゆみ


初作品「太陽は泣いている」


ロック・コンボのフォームに

チェンバロを主楽器に据えた

ハイセンスなサウンド


そして

従来の歌謡詩にみられる

因果律を最初から排除した


起承転結に

とらわれない


橋本淳の描く

ポップスの世界


************************************

「○○だからこうなった」


ではなく


「くちづけのあとで


太陽は泣いている」


************************************



と、同時に

フルート、

チェンバロといった

デリケートな音の

生楽器を多く採用している

ということと


いしだあゆみ

のような個性的な

声のレコーディング

ができるようになった

ということに注目していただきたい


世界で最初に

8チャンネル・マルチ・トラック・レコーダー

を全面的に導入した

ザ・ビーチ・ボーイズの

『ペット・サウンズ』が

発表されて、そのふくらみのある

多層的なサウンドに世界中が

どよめいたのが

66年五月のこと。


67年1月にはアンペックス社の

新型機「AMPEX AG -440-8」

が発表され、ロス・アンゼルス

のゴールド・スタジオ、

ユナイデット・ウエスタン・スタジオ

といった一流スタジオに

導入され、


日本でも68年以降には

大手レコード会社の

スタジオでも使われるようになった


それ以前は歌手の「声」

の音圧が小さい場合や

抑揚の少ない場合は

演奏自体の音量や音圧を

歌に合わせざるをえなかった


繊細なニュアンスの表現を

「レコーディング」という

作業において可能にしたのは

歌手の個性と技量はもちろんだが

ヴォーカルのトラックが他の

楽器と完全に独立して

とれるようにナった


それが68年以降だ


と覚えていただきたい。

すなわち、68年は技術的にも

革命の年であり、

68~69の

いしだあゆみや奥村チヨ

はその先駆者と言える。


68年がGSが爆発的に

増殖したことも

そういった技術的な

部分の進歩がバックにある。




本牧ブルース /平田隆夫とセルスターズ 1974.8


素晴らしい

歌声を聴かせる

ハーフのシンガー、

セシリアが加入した

後期のセルスターズの貴重音源。


アルバム

『リズム・ブルース・ニッポン』に

収録された

ゴールデン・カップスのカヴァー。



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