■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱参拾禄夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




I'M A HUNGRY/ヴィレッジ・シンガーズ

私のビートルズ/常田富士男

うわさの二人/ラ・シャロレーズ

恋はふりむかない/リンガース

恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ

のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ

まぼろしのシェラザード/アイドルス




I'M A HUNGRY/ヴィレッジ・シンガーズ


ヴィレッジ・シンガーズの

三本目の主演映画

『落ち葉とくちづけ』

(松竹/19693月29日封切り)

で使用された楽曲


ベッカーズなるヒッピー・バンド

に扮したヴィレッジが

ジャズ喫茶で演奏するのが

この曲。


ヴィレッジとしては

異例のガレージ・パンクで

やっぱり色が合わないのか

レコード未収録曲


ほとんど

ヴィレッジシンガーズを

かけないルルイエでも

この曲は

よく使ってる



私のビートルズ/常田富士男



私のビートルズ /常田(ときた)富士男(1970/10)


一度聴いたら耳に焼き付いて

離れないサイケデリックな

ナンバー




フーテンキャラで知られる俳優

「日本昔ばなし」のイメージの方が

今や強くなってしまっていますが


常田(ときた)富士男の

ビートルズ解散に便乗した

企画ものシングル

まさに1970年という

年だったから出来たカオスなコンセプト


当時、毎晩のようにラジオで

かかっていた曲ですから

ファズの利いたギターとベースの

ユニゾンにアッシドな歌声は

今も脳に焼き付いている

という人は多いのではないでしょうか





うわさの二人/ラ・シャロレーズ(1969



ミドルテンポで、ファズギターがいい感じ

屈指の和製アッシド・パンク



北海道出身のバンド、


キッパーズ、サマーズ、デビィーズにならぶ

「北海道四大GS」の一つ


北海道のGSは

ムードコーラス感の強いことと

アメリカの

地方ガレージバンドと通底する

空気を持つ曲が何故か多い



恋はふりむかない/リンガース(1969/5


唯一のシングルで

和製R&Bの逸品

はりのある歌声に

いい感じのファズギター

が絡み合って気持ちいい曲です


元々は新潟のクラブで活躍していた

ムードコーラスのグループで

「新潟ブルース」

「信濃川慕情」といった

オリジナルが地元では

ヒットしていた。


それが何故か

GSブームに便乗しようと

69年5月にクラウンから

「恋はふりむかない」でデヴュー


ムードコーラス出身とは思えない

ファズを駆使したR&Bだった。


が、ブームはすでに下火であったことに

気がつき、デヴューの4ヶ月後には

元の名前である「山岸秀樹とサムナイツ」

と改名。元のムードコーラスに戻って


「こころがわり」


で再デヴューしたという

冗談みたいなグループですが




恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ


「恋はもうたくさん」(1967/11)


デヴューシングル

「トンネル天国」

のB面GS屈指の名曲の一つ


瀬川洋の蓮っ葉な唱い方が曲調にマッチしている。





カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ


カルトGSという言葉が最もふさわしいバンド


当時あまり売れなかったが

80年代に入って再評価され

ネオGSもこぞって

カヴァー・ヴァージョンを発表している。


瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS



もともと米軍基地で

人気を博したモンスターズという

バンドで

中にはFENの放送で

スケジュールをチェックして

相模原、座間、厚木、など

各地のキャンプまで

追いかけて聴きにくる

ファンまでいたという


立川のジャズ喫茶”ドミノ”に

レギュラー出演するようになった頃

彼らの評判を聞いて

”ニッポン企画”なる

事務所の社長と

米国RCAの関係者と称する

アメリカ人が現れて

向こうのRCAからデヴューさせる

ような口車にのせられて

ほいほい契約してみれば

ふたを開ければ実際には

日本ビクターからのデヴュー。

名前もビクター側の命令でもって

ザ・ダイナマイツと改名させられて

モップスとサニー・ファイブとセットで売り出されたという

本人たちには不本意なデヴューだったものの


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という

キャッチコピーでオリコン73位に入るまずまずの滑り出しだった。




のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ



1968年5月に出た唯一のアルバム

『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲

B面の5曲目に収録されている曲で

ヴォーカルの瀬川洋によるオリジナル。

パワフルな演奏で

80年代ビート・パンクに

通じるものがあってその先駆的存在。




まぼろしのシェラザード/アイドルス



アイドルズは

もともと

ジャイアンツという

1965年の八月に

「若いダンスパーティ」でデビュー

していたグループで


この当時にしては

珍しく

ビートルズ・スタイルを意識した

グループだった。




ーーーーーーーーーーーーー


東京ビートルズとか

クレイジー・ビートルズとか

類似バンドはあるん

ですけれどもね、

これは大抵、

サポートメンバーが

ついているのが普通で、


完全なビートルズスタイルの

バンドというのはまだ珍しかった。


ビートルズ・スタイルの

バンドが出てくるのは

66年のビートルズ来日以後

ーーーーーーーーーーーーー



なんですけれども、

九月に出した

シングル「恋愛射撃隊」が

全く売れなくて

アイドルズと

名前を変えたグループ。


サウンド的には

GS+ハワイアンという

いかにも苦し紛れに

思いついたようなものが

売りだったが

聴いていただけばわかると

思いますが

もちろん

「ハワイアンでも何でも無かった」

と語っているのは

ドラムの丘マサミ




本作は

1968リリースの

「太陽よ燃えろ」のB面

「まぼろしのシェラザード」


このバンドとしては

最もGS色の濃い

作品でミステリアスで

チープなオルガンや

単音のギターが味わい深い名曲。


結局GSブームの波に

乗り切れず

翌年の69年には

解散してます





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□ 今夜紹介する楽曲 □




ビー・マイ・ベイビー/アウト・キャスト

キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ

マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ

レッツ・ダンス/ザ・スウィング・ウエスト

アガナの乙女/ポニーズ

スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ

うれしい気持/内田裕也とフラワーズ






ビー・マイ・ベイビー/アウト・キャスト



67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている曲で


どういうわけか4年も前の

63年に流行った

ロネッツの曲をカヴァー


スウィング・ウエストも

69年1月のシングルの

B面でこの曲を取り上げて

おりますが


いまだに

ラジオ、テレビと

メディア問わず使われている

所を見ると


オールディーズなどと

一口で言ってしまう事ができない

魅力がある名曲。


ロネッツなど

60年代アーティストを

プロデュースした


アレンジャー兼アーティスト

フィル・スペクターの

偉大さを感じます





キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ



1964年初頭、

アメリカ上陸を果たし

熱狂的なブームを巻き起こした

ビートルズのレコードが

日本でも発売されると


それまでの習わしどおり

日本のポップス・シンガーも

ビートルズ・ナンバーを

邦訳カヴァー盤で発表したのであった


ビートルズと日本語は

そぐわないという葛藤が

当時のミュージシャンには

あまりなかったのか

その後も

リヴァプール・サウンドの

邦語カヴァーはいくつも出された


なかでも

ビートルズが我が国に紹介された

直後リアルタイムに

ビートルズを日本語で

歌うことに果敢に取り組み

そして敗れ去って行った伝説のバンド

それが

東京ビートルズ


1964年5月に

『抱きしめたい/プリーズ・プリーズ・ミー』

を出したが見事に失敗


7月に

『キャント・バイミー・ラブ/ツイスト・アンド・シャウト』

を出したがあっさりこけて


もしかしてビートルズは

日本語にのらないのではないか

という杞憂を現実のものにしてみせ


結局シングル二枚で消えて行った


とにかくすごいのは

その歌詞で

「買いたいときにゃ

金だしゃ買える」


という

ここでも漣健児先生の

日本語意訳歌詞全開の

ハチャメチャぶり


このとき以来

ビートルズは

日本語にのらないという

定説ができてしまったというが

本当だろうか?


------------------------------

東京ビートルズは

二枚のシングルと

ソノ・シートを残している


このソノシートというのが

くせ者で

東京ビートルズが

ビートルズを演奏しているだけなのに

ジャケットには

ビートルズの写真が使われ

グループ名は

”ビートルズ”

とだけ表記されているのだ


このインチキ盤を騙されて

買ってしまった

哀れなビートルズファンは


結構いたようだ。


こんなサギまがいのことが

堂々とまかり通っていた

ということに時代性を感じる


------------------------------




マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ


黒人のボサノヴァ歌手

ジョルジ・ベンが作り

自身が歌って大ヒットした曲


日本では1966年に発表した

セルジオ・メンデス&ブラジル’66の

アレンジが世界的ヒット曲

として知られる

ご存知のナンバー



マシュ・ケ・ナダとは

ブラジルポルトガル語のスラングで

「よお、どうしたんだい」

「やなこった」

など様々に使われる言葉




レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト



1969年6月のリリース

テイチクから9枚目のシングルのA面

スウェーデンのビート・グループ

オーラ&ジャングラーズの

ヒット曲の日本語カヴァー


70年代には

ラモーンズもファーストLPで

カヴァーしていたロック・クラシカル


だがこちらは

ポップよりの演奏



1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド


というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまった

というバンド


伝統あるこのバンドも

66年頃には

はやりの

エレキ・ギター・バンドに

なっていたが


バンド編成は

歌手三人に

バンド五人という

前近代のままで

前時代の名残を感じられる




アガナの乙女/ポニーズ(1968/12




もっぱら歌のお兄さん的な

親しみやすさで売っていたグループで

存在感はほとんどなかった

ポニーズ


ロックというよりも

カレッジ・フォーク的な活動を

していた爽やか系GS


新宿のフォーク喫茶

”フォーク・ヴィレッジ”の

社長が


マグマックス・ファイヴ

バインズなど

アチコチのバンドから


メンバーを集めて

1967年10月に作ったグループ


半年以上の

練習をへて

68年8月25日

コロムビアから

「ブルー・エンジェル」でデヴュー


ーーーーーーーーーーーーーーーー

当時、ヤマハホールで開いた

発売記念コンサートには

1500人のファンを動員

優しい、

童謡調のこの曲はオリコンの

65位までいった

ーーーーーーーーーーーーーーーー


68年10月のモンキーズ

日本公演では

フローラル、

ブルー・インパルス

と共に前座に

抜選されるという

栄誉にも浴した


アガナの乙女


1968/12

二枚目『雨ふる街角』のB面


シタールを入れた完成度の高い

ラガーポップに仕上がっており

和製ソフトロックの名作を

数多く手がけている編曲家

東海林しょうじ修によるもの


だったが

当時ほとんど評価されなかった。







スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ



65年10月、フジテレビの

勝ち抜きエレキ番組で

『勝ち抜きエレキ合戦』に

出場し、

四週連続チャンピオンとなり、


さらに日テレの

『世界に飛び出せニュー・エレキ・サウンド』

にも出場


66年にグランド・チャンピオン

に輝いてプロとなり


66年8月デヴュー曲

「いつまでもいつまでも」

1966年という時代を反映した

牧歌的なフォーク・バラード

だがアマチュアっぽさが

新鮮で大ヒット。


一躍スターの座に

ついたグループ。


三田 明主演 松竹映画1967年10月14日封切

歌謡映画『また逢う日まで 恋人の泉』

の音源から


ギターの渡辺昌宏作曲の

オリジナルで


66年12月に出た

ファーストLP『この手のひらに愛を/ザ・サベージ・アルバムNo.1』

に収録されているものよりも

ラフな演奏が聴ける


スプートニクスを彷彿させる

スリリングな

スペース・インスト・ロック

欧州の

エレキマニアのあいだでも

人気の高い曲



□うれしい気持/内田裕也とフラワーズ



67年春の約三ヶ月間に

及ぶヨーロッパ放浪旅行で

新しいロックの洗礼を

受けて

帰ってきた内田裕也が

日本にも本格的な

サイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作ろうとして

1967年11月26日に

新宿ACBのステージを

皮切りにスタートした

フラワーズ


とにかく

レコーディングに

に縁がなかったグループで


もっぱら都内の

ジャズ喫茶やディスコでの

地味な活動が続いた


69年1月にようやく

遅すぎたデヴュー・シングル

「ラスト・チャンス」を

コロンビアから発表


この曲は極度に歌謡曲化された

ものだったが。

コマーシャル的なシングルを

出したらアルバムは好きなように

作らせてやるという

レコード会社との約束で

つくられたアルバムが



□うれしい気持/内田裕也とフラワーズ


メンバー全員オールヌードで

撮影したジャケットが

センセーショナルな話題を呼んだ

1969年7月25日にリリースした

アルバム「チャレンジ!」から




「うれしい気持ち」

スキップ・ジェイムズ作の

ブルーズ・クラシックだが


クリームが1966年12月にリリースした

デヴューアルバム『FRESH・CREAM』

でカヴァーしたことで

広く、ロックファンに知られるように

なったナンバー


他にも

カップス、

ジャガーズ(ディープ・パープルのヴァージョン)


のカヴァーがレコード化してる





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□ 今夜紹介する楽曲 □




逢えば好き好き/マーガレット

グリージー・ハート/内田裕也とフラワーズ

あなただけを/ザ・スパイダース

Ys-11/サリー&シロー

人間主体の経営と工事/クニ河内とかれのともだち

黒ゆりの詩/ザ・スパイダース




逢えば好き好き/マーガレット, 寺内タケシとバニーズ




寺内企画所属のハーフのモデル

マーガレット(本名マーガレット・リー・バレット)

寺内タケシの秘蔵っ子で


二枚目のシングル

逢えば好き好き」は

プリミティヴなガール・パンク・ナンバー


バッキングをつとめる

寺内タケシとバニーズが

荒々しい演奏を

聴かせてくれる


この楽曲は

今やガールズガレージの人気曲で

フィフティーンズ・ハイティーンズが

2005年のアルバムで

カヴァーしている



マーガレットは

70年代に

エミー・マーガレットの

名前で再登場し


イージー・リスニング寄りの

作品を発表している




□グリージー・ハート/内田裕也とフラワーズ



67年春の約三ヶ月間に

及ぶヨーロッパ放浪旅行で

新しいロックの洗礼を

受けて

帰ってきた内田裕也が

日本にも本格的な

サイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作ろうとして

1967年11月26日に

新宿ACBのステージを

皮切りにスタートした

フラワーズ


とにかく

レコーディングに

に縁がなかったグループで


もっぱら都内の

ジャズ喫茶やディスコでの

地味な活動が続いた


69年1月にようやく

遅すぎたデヴュー・シングル

「ラスト・チャンス」を

コロンビアから発表


この曲は極度に歌謡曲化された

ものだったが。

コマーシャル的なシングルを

出したらアルバムは好きなように

作らせてやるという

レコード会社との約束で

つくられたアルバムが


1969年7月25日にリリースした

「チャレンジ!」で


メンバー全員オールヌードで

撮影したジャケットが

センセーショナルな話題を呼んだが


内容は

ビッグ・ブラザーズ・ホールディング・バンド

クリーム

ジミヘン

ジェファーソン・エアプレイン

殆どニューロックの

コピーで評価は皆無に近かった


小林勝彦のスチールギターが

リードギターの役目を果たすという構成はユニークだが

あまり効果は得られず

ほとんどコピーの領域を

出ていない。


ただ今聴いていただいた

「グリージー・ハート」

オリジナルはジェファーソン・エアプレインが

1968年9月にリリースした

四枚目のアルバム『CROWN OF CREATION』収録曲


このアルバムでは


麻生レミのヴォーカルは

和製ジャニスを意識した構成になっていたが


むしろ

ジェファーソン・エアプレインの

グレイス・スリック


の方が向いていることを

浮き彫りにしている




□あなただけを/ザ・スパイダース


1968年3月15日発表だった

LP『スパイダースNo.5』

収録曲


ジャケットのセンスはなかなかいいが

シングルカットされている

A面の1、5

B面の6


を除いて全て外国曲の

カヴァーからなり、

スパイダースの中では

最も地味な印象を受ける

アルバムであり、


時代を反映した

サイケデリックなプレイも

あまり聴くことのできない

アルバムだった


せいぜい、

A面の4曲目

「あなただけを」


ジェファーソン・エアプレインの

名曲

1967年

「Somebody To Love」

のカヴァー


が入ってきているのは

サイケ時代を

意識してのことだと思われるが

キャッチーなサビに

引っ張られて

おとなしい印象





Ys-11サリー&シロー


タイガースの

サリーとシロー

の唯一のアルバム1970/2リリースの

「トラ70619」収録曲


このアルバムは他にも

ムッシュかまやつ、

クニ河内、

小林勝彦など

豪華メンバーの集まった

アルバム


アルバムの中で

アメリカのガレージものの

ファンにも絶大な人気を

得ているらしいのがこのYs-11。



クレジットには

フラワーズのスチールギター

小林勝彦の作曲とありまして

麻生レミと小林勝彦が

渡米したことでフラワーズは

解散になるわけですが

いかに小林勝彦が重要な

ポジションだったか

感じないではいられない



人間主体の経営と工事/クニ河内とかれのともだち1970.12


キングレコードでは

布施明の大ヒット

「そっとおやすみ」の

作者としても知られる

ザ・ハプニングス・フォーの

クニ河内が

フラワートラベリンバンドの

ジョー山中と石間秀樹と作った

日本のロック黎明期の名盤

アルバム『切狂言』の収録曲


『切狂言』というアルバムは

はっぴいえんどの『風街ろまん』

と同時期に作られた

最も早い全編日本語の

ニュー・ロックLPとして

知られる入手困難盤で


この曲は71年に

フラワートラベリンバンドが

再録音し

「MAP」という

タイトルで米国の

ジョー・ママとの

スプリットシングル

として

アトランティック/ワーナー

よりリリースされた


この『切狂言』から36年経過した

2006年『切狂言2』ともいえる

続編、『Mr.Rallystupid philosopher(頓間な哲学者)

を当時と同じ顔合わせである

クニ河内とジョー山中の

最強タッグで

リリースしています。

こちらも

インディース・レーベル

からリリースであったので

一般のレコード店には

なかなか並ばなかった

逸品。


□黒ゆりの詩/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」から


B面1曲目に

収録されたナンバー


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恋を抱きしめよう/ザ・スパイダース

モーディー/ザ・テンプターズ

ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ

すてきなサンディ/ザ・カーナビーツ

レット・ミー・ゴー/シャープ・ホークス

朝日よさらば/モップス

陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス

悲しみはぶっとばせ/ザ・スパイダース


□恋を抱きしめよう/ザ・スパイダース



ザ・スパイダーズは元々

コンボ・ジャズ編成で

エキゾチック・サウンドから

歌謡曲までを

レパートリーにしていたが

64年初頭

メンバーのかまやつひろし

がビートルズの米国版アルバム

『ミート・ザ・ビートルズ』を

入手したことがきっかけとなって

ビートルズ・スタイルの

ビート・グループへと

再編成。


ジャズ喫茶などで

ビートルズナンバーを演奏していた


そんな彼らが

66年6月1日にリリースした

アルバム

『ザ・スパイダーズ・アルバムNo.2』は

全曲、ビートルズやアニマルズなど

イギリスのビート・グループ作品

のカヴァーだけで

まとめられた作品だった


「この恋を抱きしめよう」は


ほとんど原曲そっくりのアレンジだが

一番のサビ以降に

日本語歌詞が出てくるところに

すでに終焉を迎えた

ロカビリーカヴァーポップス時代の

片鱗がうかがえる


モーディー/ザ・テンプターズ



1969年東京新宿厚生年金会館大ホールにて

開催されたテンプターズ・ファンクラブ例会でのライブ


25曲演奏された

このステージは

後にリリースされた

テンプターズ唯一の

ライヴアルバム

『テンプターズ・オン・ステージ』

でその一部を聴くことができる


この曲も『テンプターズ・オン・ステージ』

収録曲で


アニマルズの演奏でも知られる

ジョン・リー・フッカー作の

ブルーズナンバー


ショーケンのブルースハープが

フィーチャーされ

黒っぽい魅力で

男性ファンも多かったテンプターズの

ブルース・バンドとしての

側面が再確認できる演奏





ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ(1968/6



デヴュー・シングル

「君に会いたい」のB面


スウィンギン・ロンドン的な感覚は

デヴュー前にすでに

エレキもヴォーカルもこなす

「リヴァプール・サウンド」スタイルを

完成させていたジャガーズならでは


『オースティン・パワーズ』を

彷彿させるジャガーズの主演映画

松竹68年3月30日の封切り

『進め!ジャガーズ敵前上陸』

横浜ドリームランドや、大町温泉スキー場で

ジャガーズがスパイ団に

付けねらわれるシーンの

BGMとして、この曲が

効果的に使われている



すてきなサンディ ザ・カーナビーツ 1968



『ザ・カーナビーツ・ファースト・アルバム』収録曲

メンバーが作ったオリジナルで、

ファズ・ポップの傑作。

小気味良いファズギターを駆使

、鐘の音、女の子たちの話し声、

最後の小学唱歌など

アイデアいっぱいの

サイケデリックポップ。


ワイルドなステージで

有名なカーナビーツは、

最もファズの使用頻度が高いグループ

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」「恋の夜明け」など

多くの曲でファズトーンを駆使しています


アメリカのバンド

ウェルウォーター。コンスピラシーが

この、カーナビーツの

「すてきなサンディ」を


熱烈にカヴァーしていて


日本のGSマニア達を

驚かせた


ーーーーーーーーーーーーーーー


ウェルウォーター・コンスピラシーは

カート・コバーンも絶賛した

グランジ系の代表的グループである

サウンド・ガーデンの

マット・キャメロンと

ベン・シェパード


モンスター・マグネットの

ジョン・マクベインが

加わって結成された覆面バンドで、


93年に自分たちのレーベルを設立

2枚目のシングルとして

リリースしたのが「SANDY」


メンバーのジョンは

「GSは英米のガレージ・サイケよりも

ずっと荒々しさがある。いつも最高の

ファズ・トーンをだして。

当時からすれば

僕が耳にしたどんなものよりも

遥かに時代を大きく

先んじていたと言えるね」

ーーーーーーーーーーーーーーー


海外で

日本のGSへの再評価が

伺える



レット・ミー・ゴー/シャープ・ホークス


1967/12


5枚目のシングル、

阿波踊りのビートを

取り入れたという

ファズが阿波踊りの

リズムを奏でる

豪快なガレージロック。

ファンの奇声も

効果的にとりいれて

オリコン78位


バックはシャープ・ファイブ

もともと総勢10人という

大所帯だったシャープ・ホークスは

65年にバンド部門が

井上宗孝とシャープ・ファイブ

として独立している。


67年12月には

シャープ・ファイブは

コロムビアに移籍するので

この曲は

まさにその頃の

録音ということになりますかね





朝日よさらば/ザ・モップス


サイケデリック音楽への

アプローチを高らかに謳った

日本最初のアルバム


モップスの(68.4)1stアルバム

「サイケデリック・ミュージック・イン・ジャパン」収録曲


そのなかでも

ファズを使用した

「朝日よさらば」は

欧米でも非常に評価が高い。

その後、同年八月の三枚目の

シングルまで

ファズ・ギターを駆使した

サイケ路線が続いた。



なお、


日活映画『星影の波止場』で

レストランのシーンで

モップスがこの曲を

演奏する姿が見られます




陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス


横浜、本牧のクラブ

”ゴールデン・カップ”の

レギュラーとして活動をはじめた

バンドで


当初は”グループ・アンド・アイ”という

名前だった


メンバーは

元スフィンクスの

デイヴ・平尾とマモル・マヌー


元テイク・ファイヴの

ルイズ・ルイス・加部


元ファナティクスのエディ藩


の五人


日本のバンドにはない

インターナショナルな感覚と

テクニックで


もっぱらゼムやヤードバーズ

さらにはジェームズ・ブラウン

オースティン・レディング

フォー・トップス

などR&Bをレパートリーとし

好き勝手に演奏している

グループとして

評判はすぐに玄人筋に広まった


バンド名を

ザ・ゴールデン・カップス

と改め1967年6月

東芝/キャピトルから

「愛しのジザベル」でデヴュー


そんな

デヴュー・シングル

「愛しのジザベル」のB面 


「陽はまた昇る」


ファズをフル活用の

ガレージ・サイケで


デイヴ・平尾の

民謡的唱法が

面白い効果をだしている。





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# by marquis_de_d | 2019-03-03 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱参拾弐夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




ロック天国/ザ・ワンダース

マーシー・マーシー/ザ・ボルテージ

恋のサイケデリック/ザ・デビィーズ

恋のピストル/ルビーズ

悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ

ハ・ハ・ハ(ライブ)/ザ・ワイルド・ワンズ

モニー・モニー/ザ・ワイルド・ワンズ

ロック天国(シングル・ヴァージョン)/ザ・ワンダース




ロック天国/ザ・ワンダース



ロック天国/ザ・ワンダース

(1968.4


実際には幅広いレパートリー

をもつスタンダード指向の

ヴォーカル・グループだったが

GS全盛時代にデヴューしたため

分類上GSのくくりに入れられてしまった

グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの



ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である


日本のロック・ヴォーカリスト

の起原は尾崎紀世彦にある

と筋肉少女帯の

大槻ゲンヂも申しておりました




今聴いていただいた

「ロック天国」は

反戦フォークの

ピーター・ポール&マリーが

67年にヒットさせた

おなじみのナンバー


1968.4

ユニオンからリリースされた

コンパクト盤『太陽の若者たち/ザ・ワンダーズ』

に収録された

英語ヴァージョン




マーシー・マーシー/ザ・ボルテージ


ズーニーヴーと共に

黒人のソウル音楽しか

レパートリーにしなかった事で

知られる本格派のR&Bバンド



本作は68年8月に

発表された


唯一のアルバム

『R&Bビックヒット』収録曲


ローリング・ストーンズも

やっていた

ドン・コヴェイのカヴァー


橘洋介のソロで

当時のGSとしては

平均的な出来映え



この1968年8月に

発表された

『R&Bビックヒット』でありますが


GSによる

R&Bカヴァーの理想型を

見る事のできるアルバム


山下達郎氏も大絶賛しているという。


ホーン・セッションは

導入せずに

代わって、

目一杯かけたファズと

限りなくチープなオルガンが活躍


GSとしての

アイデンティティーを

失わずに

且つ

”ファンキー”や”グルーヴ”

といった

黒人音楽の本質に

鋭く迫っている


レコーディングの

際には

昨年六月に亡くなった

桜井ユタカ氏

(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)


が付きっきりで

アドバイスをしたという

アルバム





恋のサイケデリック2:37ザ・デビィーズ1968




デビィー中野という

黒人音楽好きの人物が

マネージャーになって

67年6月に結成された

北海道のGS

ザ・デビィーズ


「トワイライトゾーン」を

イントロにつかった

チープなサイケデリック・ソング


1968に

ミノルフォンからリリースした

ムードコーラス調の

デヴューシングル

「青いささやき」のB面。

「恋のサイケデリック」



北海道のGSは

ムードコーラス感の強い

イメージでしたが

68年という時代に感化され

サイケデリックサウンドに挑戦し始める。


そんなわけで

このグループも

二枚のシングルを

出していますが

まあ、

いずれもヒットとは無縁だった

その後、レコードを

出す事は無かったようですが


実力派R&Bグループとして

しばらくは札幌で

活動を続けていたようです



恋のピストル/ザ・ルビーズ


ザ・ルビーズ「恋のピストル」


いつ聴いても

奔放なぶっ放しっぷり。必死なのかヤケクソなのか


「恋のピストルぶっ放そう!」を


明るく歌いきった

ルビーズ




珍しかった左利きの

リード・ギター兼

リード・ヴォーカル

菊谷英二(きくたにえいじ)

がセールス・ポイント

この人は

ルビーズをやめたあと

「ハチのムサシは死んだのさ」

のセルスターズへいった。



「ルビーズのはめているルビーがあたる」

レコードに抽選券をつけて

指輪につけていたルビーを

抽選で5名の方に

プレゼントする涙ぐましい

キャンペーンとか


話題性は

あったんですけれども、


ポリドールとしては

タイガースを

抱えていたこともあって


ルビーズは地味だった。


------------------------------------------------

1968年武道館で

「タイガース新曲発表会」

というコンサートがあって

その前座をつとめたしてるんですけれどもね、ぱっとしなかった。


------------------------------------------------



悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ



67年に来日した

デ・スーナーズが

話題を呼んだために

当時日本には20グループ以上の

フィリピン・バンドが

活動していたと

言われています。


ザ・クラックナッツも

そのひとつで

横浜のMUGENなど

ゴーゴー・クラブで

活動していた

寺内企画所属の

フィリピン・バンド。


寺内企画には

「アマゾンズ」なる

女性だけのフィリピン・バンド

も存在していた。


寺内企画所属という

事もあり

67年秋にバニーズが

ヒットさせた

曲をそのままカヴァーさせられ

69年8/25に発売された

唯一のシングルのA面


ファズを使っていない

こと以外に独自性もなく

プロモーションらしいものは

なにもなく、全く世間に

知られずに終わってしまった。


ヴォーカルの

ローランド・メナの

フィリピンなまりの声が

印象的であります



モニー・モニー/ザ・ワイルド・ワンズ(1968/12)

ハ・ハ・ハ(ライブ)/ザ・ワイルド・ワンズ




以前からなんども言っているように

当時のGSの実力は

レコードではわからない

ステージの方が

何倍もスゴいバンドがたくさんあった


このワンズのパワフルな

ライブでもその片鱗を

伺う事ができる。



ワイルドワンズは

67年から毎年

サンケイ・ホールでリサイタルを開いていたが

68年と69年のステージの模様は

それぞれライブアルバム化されている


最初の二曲はライヴアルバム『リサイタル’68』より


68年9/29東京

サンケイホールで

行われたリサイタルのライヴ・アルバム

に収録されている二曲目と三曲目。

ライブならではのダイナミックな演奏で


ワイルド・ワンズの

パブリックイメージを

覆すハードな演奏で

彼らの別の一面を

堪能できる

カヴァー曲2曲





植田芳暁が歌う

「ハ・ハ・ハ」


原曲は諸説ありますが、

ニューオリンズR&Bの

ヒューイ・ピアノ・スミスのナンバー

だったという事でありますが、

68年にシカゴの白人五人組

R&Bグループ、マウズが

アレンジして

シングル・リリースしていて

それをカヴァーしたもの

他にもリンド&リンダースも

日本語カヴァーしている


それから


島 英二の持ち歌だった

「モニー・モニー」

トミー・ジェイムス&ジョンデルス68年の

全米第三位のヒットナンバー



ロック天国(シングル・ヴァージョン)/ザ・ワンダース

(1968.4



実際には幅広いレパートリー

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ヴォーカル・グループだったが

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グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの


ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である


日本のロック・ヴォーカリスト

の起原は尾崎紀世彦にある

と筋肉少女帯の

大槻ゲンヂも申しておりました


ワンダースの四枚目のシングル

「マサチューセッツ」のB面で

反戦フォークの

ピーター・ポール&マリーが

67年にヒットさせた

おなじみのナンバーの

日本語カヴァー



ユニオンに7枚のシングルと

LP、EPを各一枚残しているが

他に

「妖術武芸帖」や

「こどくの夕陽」といったTV主題歌

やTBSの8トラ・テープ用

などにたくさんの曲を

吹き込んでいますが

GSファンにとっては

どうでもいいような

ものばかりですが






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