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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱四拾四夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


こんやもラジオルルイエ

今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


トンネル天国/ザ・ダイナマイツ

恋の終列車/The Dynamites

ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ

恋の片道切符/ザ・タックスマン

スカイ・パイロット/ザ・バーンズ

スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ

はるかな旅へ (アバランチ・エクスプレス愛のテーマ)/Godiego



トンネル天国/ザ・ダイナマイツ


カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ

瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS


デヴュー曲「トンネル天国」(1967/11)

日本の60年代

ガレージパンクの

古典とも言える大傑作。


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という

キャッチコピーでオリコン73位


シングルバージョンに満足できなくて

シングルよりもワイルドなアレンジに

なっているアルバムバージョン

唯一のアルバム『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』(1968・4)収録曲



GS=グループサウンズという看板通りの

解釈でなく、GS=ガレージサウンドという新しい視点で

GSが再評価された80年代の

若者たちを奮い立たせた名曲でしょう。これは。


売れ筋の曲調とそれをロック側に

ねじ伏せようとする

バンドとの駆け引きがスリリングな出来。


------------------------------------------------------------------------------


1987年にアメリカでリリースされた日本のGSコンピレーション

『Sixties Japanese Garage - Psych Sampler』

にも収録された名曲。

ちなみに、92年に来日したステアーズというイギリスのガレージ・バンド

は雑誌『宝島』の企画で聴いたこの曲をえらく気に入ってライヴでやりたいから

担当ライターにローマ字で歌詞を教わって帰ったそう。


------------------------------------------------------------------------------


デヴュー当時はプロモーションとして

日劇の荒木一郎ショーにも

連日出演などしておりまして

非常にパワーがあって

まあレコードも

シングル5枚とアルバム一枚出してますが


商業的な成功はなかったんですね、

やっぱりGS衰退の波に勝てなかった。

69年にこれから本格的に

アルバム制作していこう

というところで、

メンバーの音楽性の不一致みたいな

お決まりのパターンでももって解散した。





恋の終列車/The Dynamites



カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ

瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS



1968年4月5日リリースだった

唯一のアルバム

『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲


R&Bはこれだ!なんて

銘打っていながらも

収録されたカヴァー曲は

ビクター側で勝手に選曲した

バンドとしては

全く不本意なものだった

実際のところ非常に

エキサイティングでカッコいい、

GSの最良の部分を抽出した名盤である。


実際、この時代に

アルバムのレコーディングで

これほどメンバー自身で

演奏させてもらえた

GSはあまりないんじゃ

ないだろうか


そんなわけで

お聴きいただいたのは

モンキーズが

1966年にリリースした

デヴュー曲の

『恋の終列車』

1966年に全米で1位を

記録したナンバーの

カヴァー



ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12


二枚目のシングル

「追憶」のB面


ロックンロールに別名をつけるとするならば

チャックベリーだとジョンレノンがいってますが

当時としては異例の

チャック・ベリー・スタイルの

ロックンロール


メンバー全員で

次々に泥臭いボーカルを

まわしているが


クールな演奏との

ギャップが

後を引く


1964年5月に解散した

大御所のロカビリーバンド

”ウエスタン・キャラバン”

にいた

井上宗孝、秋山功、古谷紀(おさむ)

の三人に他メンバー二人を加え

シャープホークスに合体したのが

始まりで当初は

”シャープホークスとそのメンバー”

と名のっていた。

その後、

メンバーに二人加わって前田旭


65年3月にはブルー・ファイヤー

にいた天才ギタリスト

三根(みね)信宏

も加わって、

65年6月にフジテレビで

始まる「勝ち抜きエレキ合戦」に

レギュラー出演することが

決定したのをきっかけに

シャープ・ホークス

からバンドを切り離し

ここに

”井上宗孝とシャープ・ファイブ”

が誕生する。


「勝ち抜きエレキ合戦」は

エレキブームを加熱させ

超人気となり、この番組で

毎週模範演奏を披露する

シャープ・ファイブは

当時、ギターキッズの

憧れの的。

エレキ時代の象徴的存在だった。


日本を代表する

エレキ・インスト・バンドとして

65年から66年にかけて

キングからアルバムも

続々リリースしたが


GS時代にさしかかると

のシングルでは

歌ものもやっていた。




恋の片道切符/ザ・タックスマン


1968年3月20日リリースだった

デヴュー・シングル

『恋よ・恋よ・恋よ』のB面で

言わずと知れた往年のニール・セダカの

ヒット・ナンバーを唸るファズで

ビート・アレンジ、英語のまま

カヴァーしてます


京都の五人組

1966年12月に東山学園高等学校の

級友だった上月潤と吉見聖が

中心となって結成したグループ


大ファンであった

ビートルズの曲にちなんで

タックスマンと名付けた


67年から

GS登竜門「ナンバ一番」

に出演。大変な人気を得るようになる


(大阪道頓堀の

橋のたもとにあった

六階建てのレジャービル

大阪音楽の発信基地。いまツタヤになってる

タイガースやオックスもここ出身になります)


夏木マリが熱心なファンだったことでも知られる

ザ・タックスマン、


ただ、これと言って特徴のない

セールスポイントを見つけるのにこまるような

バンドだったため

その後のレコードの売れ行きは地味だった


アルバム作成の話も立ち消え


69年の終わりには

新宿「ラ・セーヌ」の

ステージを最後に解散してます


他の多くのGSがそうであるように

人気が高くても

セールスポイントの

絞り込めなかったGSは

短命だったんですよね。


--------------------------------------------

上月潤は後に

フラワー・トラヴェリン・バンドに

参加する。







スカイ・パイロット/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが

これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという

19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちで

構成されたザ・バーンズ



本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲


このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。




アニマルズの

『スカイ・パイロット』は

エコー・マシンを駆使して

トリップ感を出す事につとめ


いずれも

サイケデリック的解釈

による素晴らしい

アレンジが聴けたかと

おもいます。



この「R&B・イン・東京」

というLPは本邦初の

ノンストップ・ダンシング・レコード

というのが売り物で

キャッチフレーズにも

「これぞディスコテックの決定版」

とあって


曲ごとに

いちいち、ダンス名が書いてある

んですが、この

『スカイ・パイロット』は「スカ」

とあって、


んー、僕の知ってる

スカと何となく違うな~


って感じです。


どうせわからねえだろ

くらいの気持ちで

サイケアレンジしたんじゃ

ないかと勘ぐっております。




スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ



65年10月、フジテレビの

勝ち抜きエレキ番組で

『勝ち抜きエレキ合戦』に

出場し、

四週連続チャンピオンとなり、


さらに日テレの

『世界に飛び出せニュー・エレキ・サウンド』

にも出場


66年にグランド・チャンピオン

に輝いてプロとなり


66年8月デヴュー曲

「いつまでもいつまでも」

1966年という時代を反映した

牧歌的なフォーク・バラード

だがアマチュアっぽさが

新鮮で大ヒット。


一躍スターの座に

ついたグループ。


66年12月に出た

ファーストLP『この手のひらに愛を/ザ・サベージ・アルバムNo.1』

に収録されている。

「スペイス・エクスプレス」は

B面の6曲目、ギターの渡辺昌宏作曲

スプートニクスを彷彿させる

スリリングな

スペース・インスト・ロック



さて、リクエスト


先月 ゴールデンカップスをこの番組でかけた後

ミッキー吉野の加入という話を受けてだと思います


ゴダイゴってルルイエの選曲範囲内ですか


というメッセージいただきました

 カルコザさん


好きなのはビューティフルネームと999だけれども

D,侯爵チョイスに委ねたい気がします


というリクエストで


ゴダイゴの結成は1975年で

僕の考えている


日本のポップス・シーン

ロック・シーンが

大きく成長した

未来的変化をみせた

年であると

思っていて

日本の音楽史乃

すごく大事な年



この年、

ザ・ピーナッツが解散して

一つの時代が幕を閉じ

そして


細野晴臣の「トロピカル・ダンディー」

荒井由美の「ルージュの伝言」

シュガー・ベイブの「ダウン・タウン」

ダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」

と言った名曲が生まれて来た

シンガーソングライター時代の幕開け


こういった現代のポップシーンにも

大きな影響を及ぼすものは

1975年に登場するのであります。


そしてゴダイゴは

1970年代後半から80年代の

日本のプログレッシブ・バンドの先駆けと

なってゆく


まあそんなわけで


カルコザさん

のリクエストにお応えして

D,侯爵が選ぶ

ゴダイゴのナンバーは


西表島旅行に思いを馳せて


□はるかな旅へ (アバランチ・エクスプレス愛のテーマ)/Godiego


1979年6月1日リリースだった

ゴダイゴ10枚目のシングル

「はるかな旅」

ゴダイゴ人気絶頂期に

リリースされるも

リリース当初 約13万枚をセールス

オリコンチャート15位

セールスは

あまり振るわなかった


アバランチ・エクスプレス愛のテーマと

銘打ってあるが

これは1979年20フォックス配信の

スパイ・アクション映画

『アバランチ・エクスプレス』の

イメージソングとして

リリースされた


にもかかわらず

スパイのイメージに合わなかった

ためか実際には使用されなかった



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□ 今夜紹介する楽曲 □



ファンキー・ブロードウェイ/ボルテージ

レッツ・ゴー・ピーコック/ザ・ピーコックス

おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ

アガナの乙女/ポニーズ

ピーコック・ベイビー/大原麗子

愛しのリナ/ザ・タックスマン

汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ




ファンキー・ブロードウェイ/ザ・ボルテージ



「いまの日本のグループサウンズは

歌謡曲とロックンロールの

結びついた独特なもの」


と言っていたのは

ボルテイジの事務所、

富士音楽企画の社長

木村信夫氏である。

彼がもっと外国にも

対抗できるような本格的な

R&Bバンドを作ろうとして

見つけてきたのが

ボルテイジというわけだが

GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることの

できる

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』

に収録されている

このウィルソンピケットのカヴァー

からも

実力の片鱗を伺うことができる





レッツ・ゴー・ピーコックザ・ピーコックス



海外でも類を見ない

クジャクの鳴き声を

コーラスに取り入れた

怪作


果たして孔雀は

とぅるるるうっと

鳴くのか知りませんが


クジャクは美しいのは

オスだけだ


ということで

紳士服も派手でなきゃいかん

みたいな感じのムーブメントが

あり

そのピーコック革命を

コンセプトに

できたグループ


元々は

第一回ライトミュージックコンテスト

に出場したバンドの中から

もっとも優秀なプレイヤーを

選出して67年10月に結成した

ラヴというバンドが母体で

実力派ぞろいだったが


二年くらいで消えた


天井桟敷の

「書を捨てよ街に出よう」

の音楽を担当した事もあるくらいで

演奏はめちゃくちゃカッコいい




おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ


67年9月にリリースされた

2枚目のシングル

「恋をしようよジェニー」のB面


後にジャックスもカヴァーした傑作ですが


原曲はなぜか

カナダのマイナーバンド

ザ・グレイト・スコッツが

65年にリリースした

『Give Me Lovin'』のカヴァーで


カーナビーツの名付け親であり、

ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによって


和訳を担当した臼井がエネルギッシュに歌っている



グレイト・スコッツは

ニュー・スコットランドを意味する

ノバスコシア出身である事が

バンド名の由来で

それに合わせてスカートのような

スコティッシュ・キルトを

ユニフォームにしている

(そういうパフォーマンスがカナダでもあったことに驚くが)

ザ・クーガーズみたいな

連中だったが

奇抜なファッションも虚しく

売れる事はなかった。

そんなカナダでも無名のバンドの

この曲をカヴァーしていることは

海外のガレージマニアを

驚かせているようです。


どうもそのあたりは


ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによるもので

彼女がカーナビーツにとって

音楽的アドバイザーとして

大きな存在であったことが

半世紀たった現在になって

やっと気がつかされている

気がします





アガナの乙女/ポニーズ(1968/12


ロックというよりも

カレッジ・フォーク的な活動を

していた爽やか系GS


新宿のフォーク喫茶

”フォーク・ヴィレッジ”の

社長が


マグマックス・ファイヴ

バインズなど

アチコチのバンドから


メンバーを集めて

1967年10月に作ったグループ


半年以上の

練習をへて

68年8月25日

コロムビアから

「ブルー・エンジェル」でデヴュー


ーーーーーーーーーーーーーーーー

当時、ヤマハホールで開いた

発売記念コンサートには

1500人のファンを動員

優しい、

童謡調のこの曲はオリコンの

65位までいった

ーーーーーーーーーーーーーーーー


68年10月のモンキーズ

日本公演では

フローラル、

ブルー・インパルス

と共に前座に

抜選されるという

栄誉にも浴した


アガナの乙女


1968/12

二枚目『雨ふる街角』のB面


シタールを入れた完成度の高い

ラガーポップに仕上がっており

和製ソフトロックの名作を

数多く手がけている編曲家

東海林 (しょうじおさむ)修によるもの


だったが

当時ほとんど評価されなかった。




もっぱら歌のお兄さん的な

親しみやすさで売っていたグループで

存在感はほとんどなかった

ポニーズ




ピーコック・ベイビー/大原麗子


キノコホテルのカヴァーで

知っている若者も多いかもしれません


1964年中頃に「イパネマの娘」

の大流行が日本にも到達すると

数えきれないほど日本産

60年代ブラジル・サウンドが

聴けるようになってくる


1968年にビクターより

リリースされた大原麗子の

素晴らしいボサノヴァ・アレンジ曲

「ピーコックベイビー」


まず、大女優 大原麗子を

歌手として認識している

ひとのほうが少ないんじゃ

ないかということです


2009年

惜しまれつつこの世を去った

その生涯でたった

シングル三枚

アルバム一枚しかリリースしていない


60年代ではこの

シングル「ピーコックベイビー」

一枚しかリリースしてません。


この曲も

よくある

「女優がそそのかされて試しに歌ってみた」

シリーズです。


しかし、ヤル気があるのかないのか

判らない脱力感の漂う

かわいらしい声と

小気味よいリズム

のベストマッチングで

とんでもなく

サイケデリックな

ナンバーに仕上がっている

作曲は小林亜星、ヤッパリ。

なんでしょうね、

朱里エイコの「イエ・イエ」といい、

この時期の

小林亜星先生のキレっぷりときたら

和製クインシージョンズ



愛しのリナ/ザ・タックスマン(1968.10


京都の五人組

1966年12月に東山学園高等学校の

級友だった上月潤と吉見聖が

中心となって結成したグループ


大ファンであった

ビートルズの曲にちなんで

タックスマンと名付けた


67年から

GS登竜門「ナンバ一番」

に出演。大変な人気を得るようになる


(大阪道頓堀の

橋のたもとにあった

六階建てのレジャービル

大阪音楽の発信基地。いまツタヤになってる

タイガースやオックスもここ出身になります)


夏木マリが熱心なファンだったことでも知られる

ザ・タックスマン、


三枚目のシングル「ヨットと少年」のB面


A面に勝るとも劣らない名曲で

本来、ガレージ・マニアは

ブラスが入ることを

忌み嫌うんですが

この曲だけは許せる

と、GS研究の第一人者

黒沢進先生もおっしゃってます。



ただ、これと言って特徴のない

セールスポイントを見つけるのにこまるような

バンドだったため

その後のレコードの売れ行きは地味だった


アルバム作成の話も立ち消え


96年の終わりには

新宿「ラ・セーヌ」の

ステージを最後に解散してます


他の多くのGSがそうであるように

人気が高くても

セールスポイントの

絞り込めなかったGSは

短命だったんですよね。


--------------------------------------------

上月潤は後に

フラワー・トラヴェリン・バンドに

参加する。


ではフラワー・トラヴェリン・バンドの

前身であるフラワーズ





汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ



1969年4月リリースだった

三枚目のシングルのA面

「汐鳴りの幻想」


本格的R&Bバンド

ボルテイジという

洋楽的努力も

水泡に帰すような

民謡風R&Bともいえる

異色作で


R&Bもサイケも

へったくれも無い


という姿勢が

ラジカル



コブシの効いた

ヴォーカルは

思いがけず

迫力がある




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キャント・ターン・ユー・ルーズ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

サティスファクション/ザ・タイガース

紫のけむり/デ・スーナーズ

ストーン・フリー/ザ・ランチャーズ

エピタフ/ザ・ピーナッツ




キャント・ターン・ユー・ルーズ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



1969年8月のリリース

LP『ヤング・ビート・ブルー・コメッツ』

に収録されているもの


69年のブルコメと言えば

シングルでは歌謡曲ばかり

だしていた頃だが


実はブルコメが

洋楽のバンドであったことを

思い出されてくれる

全曲外国曲のカヴァー

アルバムで

最大の聞き物は

三原綱木のソロによる


オーティス・レディング

66年のR&Bナンバー


こちらも当時はやりの

ファン動員の疑似ライブ録音で


いつも「MUGEN」で

毎晩踊っていたという遊び人

三原綱木ならではのノリで

存分にその成果を発揮して

素晴らしい。



サティスファクション/ザ・タイガース



『ザ・タイガース・オンステージ』

の3年後になる

70年8月のライヴを収めた

二枚組アルバム

『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』より


タイガースの得意とする

ローリング・ストーンズの

65年大ヒット曲

「サティスファクション」


70年といえば

GSブームも終焉を迎えた

時期にも関わらず

このファンの熱狂ぶりに

衰えぬ人気を

誇っていたことが

うかがえます。


王者の風格を感じる

ライブ音源であります。




紫のけむり/デ・スーナーズ


香港のナイトクラブで活動していた

所を加山雄三の妹夫妻の

目にとまり、日本にスカウトされた

フィリピン・バンド


67年に来日し

加山雄三が経営する

茅ヶ崎パシフィック・ホテル

のレストラン「一閣」の

専属バンドとして活動したのち

一旦帰国

68年3月末に

再び来日してからは

都内のジャズ喫茶

ディスコに出演し

その

本場感覚のフィーリングと

テクニックで日本のGSを震撼させた

スーナーズ


もちろん、ジミ・ヘンドリックス

のヒット曲のカヴァーで

LP『リズム・アンド・ブルース天国』に

収録されているもの


特にこのスーナーズは

ヴォーカルのロニーが

ジミ・ヘンに似ていたこともあって?

熱心にカヴァーしていた。


-------------------------------,,,


加山雄三が経営する

茅ヶ崎パシフィック・ホテル

の専属というだけあって


加山雄三の『加山雄三のすべて第三集(ゴーゴー加山雄三)』

でインストナンバー「夜空の星」のバッキングもつとめる


------------------




ストーン・フリー/ザ・ランチャーズ



1968年8月20日

大阪フェスティバル・ホールで

行われた加山雄三公演の

二枚組ライブ・アルバム

『加山雄三オン・ステージ(ランチャーズと共に)』


この中に加山抜きの単独演奏として

「お嫁においで」

「シリウスの涙」

「ストーン・フリー」

の三曲が収録されているが


お聴きいただいたのは


加山雄三ファンがあっけにとられる

ジミヘンのカヴァー

「ストーン・フリー」


ランチャーズの本来のイメージとは

かけ離れたワイルドなプレイで


度肝を抜かれる


曲が終わってから

なんかぽかーんとした

観客からの

思わずこぼれる拍手と言うね…



67年秋に

加山から独立デヴューした

ランチャーズであったが


平行して加山雄三の

バックバンドを続けていた


すでに67年1月の

アルバム『加山雄三のすべて第二集』で

「アイ・フィール・ソー・ファイン」

などリボルバー時代の

ビートルズを思わせるサウンドを

披露していたが


67年12月の

『加山雄三のすべて第三集』

でも

「クール・クール・ナイト」

「ソー・ソー・ファイン」

「ホワイ・ドント・ユー」

「シェイク・シェイク」

といった

中期ビートルズ的な

オリジナルを収録


ランチャーズの

力強いバッキングが

印象的であった



□エピタフ/ザ・ピーナッツ



1972年8月17新宿厚生年金ホール

そして8月19日文京公会堂での

民音ステージにおけるライヴを

記録した、


ザ・ピーナッツの

数少ないライヴLP

『ザ・ピーナッツ・オン・ステージ』


全編

編曲は当然

ピーナッツ生みの親

宮川泰先生であり。


出だしから


ユーライア・ヒープの「対自核」

キャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(C.C.R.)の「プラウド・メアリー」

キャンディーズもライヴではレパートリーにしていた


と立て続けに洋楽ヒットナンバーを披露

ライヴの頭に

ユーライア・ヒープの「対自核」

という選曲に

観客も

度肝を抜かれたであろう


私も度肝を抜かれた


そんな中でも全ての音楽ファンを

驚かせたのは


何と言っても

キング・クリムゾンの名曲

「エピタフ」のカヴァーだった


内容の完成度もさることならが


これを我が国至宝と言える

歌唱を誇る

ザ・ピーナッツに歌わせる

というムーブメントに

心が震える。


1972年当時いかに

ニューロック、

プログレッシヴロック、

ハードロック


というジャンルが

日本人を魅了し

それを貪欲に吸収し

ていたことを


我々は理解しなければならない。






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□ 今夜紹介する楽曲 □



テクテク天国/ザ・クーガーズ

BEAT TRAIN/ジャガーズ

東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー

トインキー・リー/ザ・カーナビーツ

ヘイ・ガール/ザ・ヴァン・ドッグス

レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト

グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー







テクテク天国2:17ザ・クーガーズ196710月



当時施行されはじめた

歩行者天国の事を歌った

デヴュー曲「テクテク天国」

脳天をつく抜けるような

けたたましいコーラスと

ファズトーンが印象的な

ガレージ・マーチ。



クラウンに

和製ポップス部門が誕生したのが

67年


泉アキ、

レインジャーズ

サムライズなどと一緒に


このガレージ行進曲

「テクテク天国」で売り出されたのが

クーガーズだった。



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もともと

ロカビリー歌手として活躍していた

倉光薫が66年10月に発足した

ゲーターズというエレキ・バンドが

母体になってます。


そこにすでにソロシンガー

としてデヴューしていた

出光功が加わり

「ザ・クーガーズ」と改名。


1967九月26日

新宿ACBで初ステージ

を踏んだ。


-------------------------------------------------



67年秋といえば、

おびただしい数の

GSがデヴューするGS戦国時代を

迎え、少しでも差別化を

計ろうと、あの手この手の

意匠を凝らした

バンドが続出した

わけですが


その中でも


スコットランド風の

スカートをはくという

奇抜なスタイルを

トレードマークとして

デヴューした。



GS戦国時代だった

67年をどうやって

目立つかということで

事務所から

「頭を丸坊主にするかスカート履け」

と言われたそうですね

そこで、

「坊主は家に帰っても坊主だけれど、スカートは脱ぎゃ良いからな」

ってことでスカートをはいた





ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ(1968/6


スウィンギン・ロンドン的な感覚は

デヴュー前にすでに

エレキもヴォーカルもこなす

「リヴァプール・サウンド」スタイルを

完成させていたジャガーズならでは




『オースティン・パワーズ』を

彷彿させるジャガーズの主演映画

松竹68年3月30日の封切り

『進め!ジャガーズ敵前上陸』

横浜ドリームランドや、大町温泉スキー場で

ジャガーズがスパイ団に

付けねらわれるシーンの

BGMとして、この曲が

効果的に使われている



デヴュー・シングル

「君に会いたい」のB面

に収録されている

レコード・テイクよりも

アップ・テンポの演奏







東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー




GS全盛期の68年に

ニューリズムといえば

ブーガルーである


1968年7月1日リリースの

一万円札をパロッた

人を喰った見開きジャケットで

話題を呼んだアルバムで

『マジカル・ハプニングス・トゥアー』

の会心の5曲目



トインキー・リー/ザ・カーナビーツ



ワイルドな

ステージで有名な

カーナビーツは、

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」

「恋の夜明け」など

多くの曲で

ファズトーンを駆使して

最もファズの

使用頻度が高いグループ


この曲は

臼井のソロで

68年3月に発売されたオムニバス・アルバム

『レッツゴー/グループサウンド第一弾』

に収められているナンバー


66年5月にゲイリー・ウォーカーが

英国でリリースした曲のカヴァー


小気味のよいリズム感覚と

間奏で聴けるのギターソロで

豪快なファズギターの叫びを

聴くことができる

豪快で爽快なナンバー



ヘイ・ガール/ザ・ヴァン・ドッグス





イタリアの

イ・リベリというバンドの

ダンサブルなナンバー

(これはコロンビアから

「ヘイ・ヘイ・ガール」というタイトルで

邦盤もでている)


をカヴァーしたもの



1967年8月リリース

二枚目のシングルA面となった曲

これはその、アウト・テイクになります


リリースされた

シングル盤とは

間奏のかけ声などに

違いがある


オルガンを

重視したバンドだった


千葉正健の

粘着質なオルガンと

間奏のファズ・トーンが

聴きもの






レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト



1969年6月のリリース

テイチクから9枚目のシングルのA面

スウェーデンのビート・グループ

オーラ&ジャングラーズの

ヒット曲の日本語カヴァー


70年代には

ラモーンズもファーストLPで

カヴァーしていたロック・クラシカル


だがこちらは

ポップよりの演奏



1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド


というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまった

というバンド


伝統あるこのバンドも

66年頃には

はやりの

エレキ・ギター・バンドに

なっていたが


バンド編成は

歌手三人に

バンド五人という

前近代のままで

前時代の名残を感じられる




グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー



1966年10月10日リリースだった

アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界・R&Bベスト・ヒット』

から。


ブッカー・T&MG.'sが62年に

発表したビルボード。R&Bチャート一位になった

ナンバーのカヴァー



サム&デイヴ、オーティス・レディング

ジェームス・ブラウンなどの

ソウルの名曲を中心にカヴァーした

アルバムだが


歌ものの中に一曲だけ

オルガン・インストを入れるセンスは

なかなかモッド。


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ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

風のふるさと/ザ・キッパーズ

風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ






ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト




1966年8月のリリースだった

アルバム『ザ・サイドワインダー』から

「ザ・キャット」


ジャズ・オルガニスト、

ジミー・スミスでおなじみのナンバー



ブルー・ファイヤーにいた

天才ギタリスト

三根のエレキと並んで

このバンドの音楽的支柱である

古屋の粘っこいオルガンが

活躍する


ジャズ・ロック的な

モッドな感覚がでてます



ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト


67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている曲で


68年1月に出た

シングルのB面になったものとは

別ヴァージョン


こちらの方が

アコースティックぽい。



不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


このA面「不思議な夢」



ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


そして


B面の「ムーン・アンド・スターズ」では


英語詞による

さりげないボッサ・ロックを

聞かせてくれる




□風のふるさと/ザ・キッパーズ


”北海道のブルー・コメッツ”と称され

道内では最も有名だった

グループと言える


1963年4月に結成

北海道放送(HBC)の

レギュラー・バンドとして活躍


レコード・デヴュー派

1969年コロムビアからの

『風のふるさと』


この曲はHBC深夜番組の

『ヤング26時』のテーマ曲として


1969年6月30日から

約2年間使用された


この「風のふるさと」は

ジャケ裏には

「”エレキ・フォーク”として新しい草分けとなれば良いのだが」

と書かれているが

バックコーラスは

お聞きの通り

ムード・コーラス調


しかしながら


1968年終わり頃

アポロンから発売された

8トラ・カートリッジには

「ガールフレンド」

「廃墟の鳩」

「さよならの後で」

「おかあさん」

「悲しくてやりきれない」

「エメラルドの伝説」

「青い果実」などが

収録されていて


それを聞く限りでは

このバンドをGSと呼ぶことに

違和感はない




風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ


日本よりも東南アジアや

ヨーロッパで活躍していたのが

ミッキー・カーチス率いる

このグループ



実際、GS全盛期時代は殆ど

日本にはいなかった。


ミッキー・カーチス自身も

自分たちがGSであるという

意識は全くなかったと

語っている


陣羽織にちょんまげというスタイルで

異国趣味の外国人ウケを狙った。


本作は1967年10月にリリースされた

デヴュー曲で

地中海あたりの

港町を思わせる

オシャレなアコスティック・ナンバー


GSブーム真っただ中にあって

一服の清涼剤的存在だった



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


中川三郎ディスコテーク出身で

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い中川三郎ディスコテーク

専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲

このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。


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