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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰八十禄夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




サイケデリック・インストゥルメンタル/ザ・スパイダース

わたしの祈り/小山ルミ

マンズ・マンズ・ワールド/ザ・ボルテイジ

ジャスト・ア・リトル/ザ・リード

ジャンピン・ジャック・フラッシュ/ザ・テンプターズ

ハイウェイの孤独/ズー・ニー・ヴー

ハイウエー・ラブ/ブルー・シャルム



サイケデリック・インストゥルメンタル/ザ・スパイダース



主演映画第三作目

1968年5月封切りの

日活『ザ・スパイダースの大騒動』

で使用された楽曲


凡百のテケテケ・エレキバンドには

到底真似できない

おしゃれな

サイケ感

ジャジーな

フュージョン感


ここまでできなきゃ

いけないのか


スパイダースが

エレキ・インスト・バンドとしても

相当の実力を備えていた事が

わかります。





わたしの祈り/小山ルミ 1968


70年代は

セクシー歌謡路線の

トップスタアだった


小山ルミの

清純派アイドル時代

1968年にビクターから出した

唯一のシングル

『はじめてのデート』のB面



同年の映画『ある少女の告白 純血』に歌唱シーンがある


和製R&Bの隠れた名曲

A面のかわいらしさから

うってかわって

低音ピアノ

ギターの低音弦奏法から

テナーサックスがむせび泣く

夜の街を連想させる

ジャジーなサウンド

のイントロで始まる


ビクターからテイチクに

移籍後の

70年代は

「さすらいのギター」などの

ヒットがあり

独特のグルーブ感のある

歌唱は現在でも

根強い人気がある



(1968年だとまだ720の司会とか

スナッキーガールズをやっていた頃っすね



小山ルミも父親がアイルランド人という

ハーフで

このハーフというキーワードは

GS時代ガールズ・ポップの

シンボル的存在だった

戦後、アメリカ軍の

駐留に伴って生まれた

たくさんの混血児たちも

ちょうど、GSブーム

のころに思春期を迎え


とりわけ、

当時大漁にデヴューした

ハーフの少女たちは

GS特有の

無国籍性を

存在そのもので

体現していたといえる



1965年に各社から

一斉に発売された

60年代コンピレーションCD

『キューティ・ポップ・コレクション』

シリーズでも

ジャケットを飾ったのは

小山ルミを筆頭に

ほとんどが

ハーフのガールシンガーだった


また、

1968年というのは

GSギャルたちの

ひとつの終焉の時期でもあり


カルメン・マキが

フォーク調の

「時には母のない子のように」

でデヴューした

1969年春に

GSギャルの時代が終わる


ちょうど、

東大で安田講堂の攻防戦が

あったり、新宿に

フォークゲリラが

出現した頃で

世の中の空気が

がらりと変わってしまった。


これ以降、

日本の女性シンガーは

”フォーク”のモードに入ってしまう


□マンズ・マンズ・ワールド/ザ・ボルテイジ


我ながら渋い選曲を

してしまいましたが

調べたらこの名カヴァーを

ルルイエで一度も

使っていなかったことが

判明し、深く反省しております


R&Bバンドを標榜していた

日本のGSの大半が

実は

ストーンズやゼムといった

白人R&Bをカヴァーしていたに

すぎない中で


黒人ソウル音楽しか

レパートリーにしなかった

数少ない本格派バンドが

ボルテイジだった




68年8月にリリースされた

唯一のアルバム『R&Bビック・ヒット』

のA面6曲目に収録されているのがこの曲


ジェイムス・ブラウンのヒット曲

マンズ・マンズ・ワールドのカヴァーだが

GSのアイデンティーティーを

失わない、そのチープな

演奏ぶりは感涙モノ


特に感動的なのは

ドラムの金剛文治のソロ


このアルバムの

レコーディングの

際には

ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者

桜井ユタカ氏


が付きっきりで

アドバイスをしたという

からその気合いの

入り方に

尋常ならざるものを

感じます。







□ジャスト・ア・リトル/ザ・リード





1968年10月25日リリースだった

リードのファースト・アルバム

『ザ・リード・ゴーズR&B』

に収録された曲


”ロックン・ロール・リバイバル”

という当時の風潮に便乗し、

オールディーズのR&B的解釈を

試みたアルバムであったが


実際にはR&Bというより

ブルース・ロック

といったほうが近い

仕上がりだった。



GSとしてデビューすることになった

在日アメリカ人バンド

1968年10月に

発足したばかりのRCAビクターから

第一回新譜として

和田アキ子

ブルー・インパルスら

とともに売り出された

その時のデヴュー・シングルが


1968年10月25日リリースだった

「悪魔がくれた青いバラ」

だった


「誓いのフーガ」や

「サウンド・オブ・サイレス」路線を

狙ったソフト・ロックであったが


地味すぎたのか

不発に終わった。


もっぱら、メンバーの

日系人アーダクル・タミヤ


の美少年ぶりが売り物

というだけで


結局、彼らは

たんに外国人の

グループというだけであって


スーナーズのような

衝撃を日本に与えることは

なかったのである。


しかし、


リードといえば

当時のミュージシャンならば

知る人ぞ知る存在で


リード・ギターの

マーク・エルダーが

チョーキング奏法を

日本に持ち込んだ

まさにその人なのである。


それまで、

日本のバンドは

チョーキングを知らなかったのである


ザ・リードは

赤坂のクラブ「チータ」の

ハウス・バンドとして

活動しており

マークの演奏を見て

度肝を抜かれたという

GSマンは多い


そこには

マークのブルース・ギターを

盗み見するために

日本のGS連中が

毎晩のようにやってきていた

というのである。


ダイナマイツの山口富士夫も

その一人で

「とにかくアンプはボリュームいっぱい

トレブルもベースもいっぱいにして

こうやってチョーキングすれば

クリームみたいな音が出るんだっていうのが

俺は見てすぐわかったわけ


で、真似してみたら

同じ音が簡単に出た」


と『日本ロック大系上巻』に証言がある


山口富士夫が

ギブソンのES-355ステレオ・ヴァージョン

を使うようになったのも

その時にマークが使っているのを見た影響だと言っている


このほかにも

柳ジョージ

浅野孝巳

陳信輝など

多くのミュージシャンが

マークの演奏を見て

ブルース・ギターを学んだことを証言している


マーク・エルダーは

チョーキング奏法の伝道師

と呼ぶべき存在だ





ジャンピン・ジャック・フラッシュ/ザ・テンプターズ



1969年4月20日、

東京・新宿厚生年金会館大ホールにて

開催された

テンプターズ・ファン・クラブ例会でのライヴ


このイベントではテンプターズの

ライヴをはさんで

メンバー愛用品のプレゼント・コーナー

ファンからの質問に直接メンバーたちが

答えるQ&Aコーナーなどを

盛り込んだ

テンプターズの親睦会的要素の強いものだった


会場を埋め尽くした

ティーンエイジの

女の子たちの

つんざく、黄色い悲鳴と

「テンプ」コール


サイレンの効果音がなり響き

ギター・アンプの上など

数カ所におかれた

赤いパトランプが点滅する中


演奏がスタートするという

演出が効果的だった

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」で

このライヴはスタートした


この様子は

後にリリースされた

テンプターズ唯一の

ライヴアルバム

『ザ・テンプターズ・オン・ステージ』で

その一部を聴くことができる



ハイウェイの孤独/ズー・ニー・ヴー


ズー・ニー・ヴー


「白い珊瑚礁」のヒット曲を持つ

和製サム&デイヴと呼ばれたグループ


渋谷のレストラン・クラブ

"カバーナ"の専属として腕を磨いていた

もっぱら通好みのR&Bを

レパートリーにしていた事

で評判を呼び

コロンビアから

当時としては異例のアルバムによるデヴューを飾ったグループ。


1968年10月10日リリースだった

彼らのファーストLP

『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』

収録のオリジナル曲

ズーニーヴーの

オリジナルの中では

最もガレージ的な曲で

スリリングな

R&Bサイケの傑作


1987年にアメリカでリリースされた日本のGSコンピレーション

『Sixties Japanese Garage - Psych Sampler』にも


「Lonely Highway」のタイトルで紹介された。



□ハイウエー・ラブ/ブルー・シャルム



アスナロ

@posupo13


3/18


@marquis_de_d ドライビングソングと言えばハイウェイの孤独とアイムショックド、かもしれませんが、ハイウェーラブもよろしくお願いします!


ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ

燃えろサーキット/ザ・リンド & リンダース


とかもあるけど


作曲家、馬飼野康二(マカイノコウジ)

が在籍していたことで

知られるグループ



1968年結成

六本木のクラブで

演奏していたところを

西郷輝彦に

見出され


CBS・ソニーと契約

69年1月に

「抱きしめたくて」

でデヴューした


GS的外見にもかかわらず


当初は

”ムード歌謡のヤンググループ”

というキャッチコピーで

全くのムード・コーラス・グループとして

売り出された


当時は流行のムード・コーラスで行くか

落ち目のGS路線で行くか

迷いがあったようだ


しかしその後は本来の路線に

転じ、1969年夏に出した

二枚のシングルのA面は

いずれもGS調のものだったが

ヒットには繋がらなかった


お聞きいただいたのは

その

1969年8月にリリースした

二枚のシングルのうちの一つで

『ハイウエー・ラブ』のA面

「ハイウエー・ラブ」


このバンドとしては最も

GS色の濃い作品で


サウンドエフェクト入りの

ホット・ロット歌謡


オーケストラはなかった方が

よかったのかもしれない



ラジオルルイエでは
リスナー様の
お便りを募集しています。

リクエストや、質問なんぞも受付マッス!

お手紙お葉書などに
番組へのご意見ご感想
を書いてお送りください

紹介されると
番組特製オリジナルステッカーと
D,侯爵手書きのQシート
深海の不気味イラスト入り
をプレゼントいたします

D,侯爵への励ましのお便り待ってます。

どしどしお便り下さい



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FMおだわら
「ラジオルルイエD,侯爵宛」

〒250-8555 神奈川県小田原市荻窪300番地 小田原市役所1F

FAX.0465-35-4230

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D,侯爵への励ましのお便り待ってます。





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□聴けないかたはブラウザのFlash設定がOFFになっていないかご確認ください。
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by marquis_de_d | 2018-04-01 21:00 | RADIO R'lyeh
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