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カテゴリ:RADIO R'lyeh( 363 )
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱四拾七夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □



ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー

ホールド・オン/ザ・ボルテージ

Hold On/ザ・ゴールデン・カップス

Midnight Hour/ザ・ゴールデン・カップス

ミッドナイト・アワー/ザ・ボルテイジ

イン・ザ・ミッド・ナイト・アワー/ザ・スパイダース

ジェニ・ジェニ~ルシル/ザ・リード




ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー


「白い珊瑚礁」のヒット曲を持つ

和製サム&デイヴと呼ばれたグループ


渋谷のレストラン・クラブ"カバーナ"の

専属として腕を磨いていた

もっぱら通好みのR&Bを

レパートリーにしていた事で評判を呼び

コロンビアから

当時としては異例の

アルバムによるデヴューを飾ったグループ。


1968年アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』の

一曲目に収録されている曲で

サム&デイヴの大ヒットナンバーのカヴァー。

ホーンセッションの

パートをファズを駆使した

ギターで代行している

まさにGSによるR&Bの魅力



しげっちさん6・9

カップスのと聴き比べ企画でも #るるいえ #fmodawara



まずは大好きなボルテイジの

ホールド・オンと聴き比べて

いただきましょう


□ホールド・オン/ザ・ボルテージ



1968年8月に

発表された


唯一のアルバム

『R&Bビックヒット』

に収録されている曲


ーーーーーーーーーーーーーー

65年のウィルソン・ピケットの

ナンバーをカヴァーしたもの

ーーーーーーーーーーーーーー



この1968年8月に

発表された

『R&Bビックヒット』でありますが


GSによる

R&Bカヴァーの理想型を

見る事のできるアルバム


山下達郎氏も大絶賛しているという。


(こちらもズーニーヴーのホールド・オン同様)


ホーンセッションの

パートをファズを駆使した

ギターで代行している


ホーン・セッションは

導入せずに

代わって、

ファズ・ギターが

フルに使われているが


実にこの点が


GS/R&Bの魅力であって


GSとしての

アイデンティティーを

失わずに

且つ

”ファンキー”や”グルーヴ”

といった

黒人音楽の本質に

鋭く迫っている


レコーディングの

際には

昨年六月に亡くなった

桜井ユタカ氏

(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)


が付きっきりで

アドバイスをしたという

アルバム


さて、それではお待ちかね!

ザ・ゴールデン・カップスの

Hold Onを聴いていただきましょう!


□Hold On/ザ・ゴールデン・カップス

□Midnight Hour/ザ・ゴールデン・カップス



1968年9月10日リリースだった

『ザ・ゴールデン・カップス・アルバム第2集』


のA面2曲目

に収録されたHold Onだが


本格を意識して

せっかく導入したホーンの音が冴えなくて

結果的には

裏目に出てしまった感が

否めない


それよりも

同じくウィルソン・ピケットのカヴァー

Midnight Hourが


ケネス伊藤とデイヴ平尾のディオで

充実した出来栄え


ヴォーカル

ギター、ベース

オルガンの

バランスが


最高に気持ちよく

トリップさせてくれる

一曲


に仕上がっている




ミッドナイト・アワー/ザ・ボルテージ



やはり


本作は68年8月に

発表された


管楽器を導入せずに

自分たちだけによる

バンド演奏で済ませた

唯一のアルバム

『R&Bビックヒット』

に収録されている曲


ーーーーーーーーーーーーーーーーー

65年のウィルソン・ピケットの

ナンバーをカヴァーしたもの

ーーーーーーーーーーーーーーーーー



目一杯にかけた

ファズに

GSとしての

アイデンティティを

感じます




イン・ザ・ミッド・ナイト・アワー/ザ・スパイダース


1968.3.15

『スパイダースNo.5』


ジャケットのセンスは

なかなかいいが

シングル・カットされている

A面の

「あのとき君は若かった」

「もう一度もう一度」

B面の

「いつまでもどこまでも」

以外はすべて外国のカヴァーで

時代を反映した

サイケデリックなプレイも

あまりきけない

スパイダースのなかでは

一番地味な

イメージのある

アルバム

『スパイダースNo.5』


しかし、そのなかでも

ガレージ・マニアを

惹き付けるのが

Wilson Pickettのカヴァー

「イン・ザ・ミッド・ナイト・アワー」

井上孝之の

勢いまかせのソロが

楽しめる。



□ジェニ・ジェニ~ルシル/ザ・リード


1968年10月25日リリースだった

リードのファースト・アルバム

『ザ・リード・ゴーズR&B』

に収録された曲


”ロックン・ロール・リバイバル”

という当時の風潮に便乗し、

オールディーズのR&B的解釈を

試みたアルバムであったが


実際にはR&Bというより

ブルース・ロック

といったほうが近い

仕上がりだった。



リトルリチャードの名曲

ジェニ・ジェニとルシールを

綺麗に繋いだカヴァー


気持ちよく歌っていて

印象は綺麗な

リトルリチャードといった感じだが



チョーキング奏法の伝道師

マーク・エルダーの

ギターとともに

ブルーズ・ハープも

用いた

シカゴ・ブルース・スタイル

を堪能できる



GSとしてデビューすることになった

在日アメリカ人バンド

1968年10月に

発足したばかりのRCAビクターから

第一回新譜として

和田アキ子

ブルー・インパルスら

とともに売り出された

その時のデヴュー・シングルが


1968年10月25日リリースだった

「悪魔がくれた青いバラ」

だった


「誓いのフーガ」や

「サウンド・オブ・サイレス」路線を

狙ったソフト・ロックであったが


地味すぎたのか

不発に終わった。


もっぱら、メンバーの

日系人アーダクル・タミヤ


の美少年ぶりが売り物

というだけで


結局、彼らは

たんに外国人の

グループというだけであって


スーナーズのような

衝撃を日本に与えることは

なかったのである。


しかし、


リードといえば

当時のミュージシャンならば

知る人ぞ知る存在で


リード・ギターの

マーク・エルダーが

チョーキング奏法を

日本に持ち込んだ

まさにその人なのである。


それまで、

日本のバンドは

チョーキングを知らなかったのである


ザ・リードは

赤坂のクラブ「チータ」の

ハウス・バンドとして

活動しており

マークの演奏を見て

度肝を抜かれたという

GSマンは多い


そこには

マークのブルース・ギターを

盗み見するために

日本のGS連中が

毎晩のようにやってきていた

というのである。


ダイナマイツの山口富士夫も

その一人で

「とにかくアンプはボリュームいっぱい

トレブルもベースもいっぱいにして

こうやってチョーキングすれば

クリームみたいな音が出るんだっていうのが

俺は見てすぐわかったわけ


で、真似してみたら

同じ音が簡単に出た」


と『日本ロック大系上巻』に証言がある


山口富士夫が

ギブソンのES-355ステレオ・ヴァージョン

を使うようになったのも

その時にマークが使っているのを見た影響だと言っている


このほかにも

柳ジョージ

浅野孝巳

陳信輝など

多くのミュージシャンが

マークの演奏を見て

ブルース・ギターを学んだことを証言している


マーク・エルダーは

チョーキング奏法の伝道師

と呼ぶべき存在だ





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□ 今夜紹介する楽曲 □



Chu! Chu! Chu!/The Carnabeats

割れた地球/Tiger

I'm In Love/Fingers

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ

ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー

ハイウェイの孤独/ズー・ニー・ヴー

エリーゼのために/寺内タケシとバニーズ





Chu! Chu! Chu!/The Carnabeats



アイ高野の甘さと

狂おしさが堪能できる一曲




熱狂するファズトーンの

利いたギターが

カッコイイ曲なんですけれどもね



カーナビーツは

イギリスでは全く流行らなかった

ゾンビーズのナンバーを

日本語カヴァーした

「好きさ好きさ好きさ」で

デヴューして

ドラムのアイ高野がスティックを

観客に突き出す

エキサイティングなアクションが

印象的で特大ヒットになった

グループ。その後も

「恋をしようよジェニー」

「オーケイ!」などの

ヒットを飛ばし

GS界でも10指に入る

人気グループになった。



外国でもファンが多く

イギリスのエース・レーベルが

作った非売品サンプラーCDにも

彼らのお手本であった

ゾンビーズとともに収録されている。



ワイルドなステージで有名で

最もファズの使用頻度が高いグループ

「恋をしようよジェニー」「恋の夜明け」など

多くの曲でファズトーンを駆使しています





割れた地球/Tiger


タイガースが68年に

リリースしたトータル・アルバム

『ヒューマン・ルネッサンス』より

このアルバムは、

「ポンペイ最後の日」

からモチーフを得た

コンセプト・アルバムで

GSと管弦楽の融合という

すぎやまこういちらの

意図が一応の成功を

見たアルバム

GS=不良=低い音楽性

という世評に反発するかのように

大げさなほどの

格調の高さと芸術性を

打ち出している

全体的にオーケストラを

導入したクラシック・ロックの

おもむきが強く

まるでオペラのような

アルバム


しかし

そんななかで


この曲に関しては

ジミ・ヘンドリックスの

影響を強く感じさせる

ニュー・ロック調の

ギターをフューチャーしており

ジュリーの甘めの

ボーカルとのコントラストが

非常に面白い。




I'm In Love/Fingers


荒井由美が

このバンドの

取り巻きだったことは

有名な話


65年には

慶大風林火山杯

日米対抗バンド合戦

グヤトーン全国アマチュア・バンド・コンテスト

はじめ数々の

エレキバンドコンクールに出場し

賞を総なめ

さらに66年の

「勝ち抜きエレキ合戦」では

グランド・チャンピオン

になり全国にそのなを

轟かせた実力派バンド


しかし


レコードでは


初期は

主にエレキ・インストで


GSブーム真っ盛りのころには

時代遅れ感

が否めなかった


そこでフィリップスから

歌入りの曲を作れと

本城和治は

命じられるわけであります


よって

後期はバンド自身が望んだわけではない

ソフトロック志向が多くなってくる


そんな

フィンガーズの

貴重なミッシングリンク

といえる曲で「I'm In Love」






アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


中川三郎ディスコテーク出身で

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い中川三郎ディスコテーク

専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲

このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。

ジミ・ヘンドリックスの

ナンバーが多い中で

お聞きいただいた

「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は

初期のビートルズナンバーを

ファズを駆使して

カッコイイ

サイケデリックに仕立て上げている


この「R&B・イン・東京」

というLPは本邦初の

ノンストップ・ダンシング・レコード

というのが売り物で

当時のソウル・ナンバーや

ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス

のナンバーを

ディスコ風にアレンジして

演奏したものだが

全く話題にならず

このバーンズも

ほとんど無名のまま

終わってしまった。





ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー


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1968年アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』の

一曲目に収録されている曲で

サム&デイヴの大ヒットナンバーのカヴァー。

ホーンセッションの

パートをファズを駆使した

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まさにGSによるR&Bの魅力




R&Bサイケの傑作

ハイウェイの孤独(ロンリーハイウェイ)ズー・ニー・ヴー1968

アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』収録のオリジナル曲

すっごく乾いた感じの詩にしびれます。






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□ 今夜紹介する楽曲 □




ミセス・ロビンソン/ザ・レインジャーズ


ダスティン・ホフマン主演映画

『卒業』の

ほとんどネタバレ的な

意訳カヴァー



4枚目のシングルのA面で

68年7月にリリースされた

映画『卒業』でおなじみの

サイモン&ガーファンクル

の大ヒット曲の日本語カヴァー


なお、バンド名の表記が

二枚目のシングルから

レンジャーズと

変更している。


この頃のレンジャーズの

シングルは録音は

すべてオーケストラによる

もので本人たち抜きの

演奏という味気ないもので


いわゆるガレージ系の音では

ないが

生き生きとした

パーカッションが心地よい。



イントロ部分に聞こえる

フクロウの声のような

こもった音は

一体なにで出しているのか

不明で気になっているが

いまだに謎。




J&A/ザ・クーガーズ(1968/2


三枚目のシングル「好きなんだ」のB面


これはかっこいい。


カッコイイ

スカスカのガレージ


こういう曲をやれる

ってのが素晴らしい


この60年代ガレージ・バンド特有の

スカスカの音は

いまやろうとしても

再現することはきわめて難しい。


テクテク天国の印象が

強烈すぎるので

逆にこういう名曲は

埋もれてしまっている


(といってもテクテクも埋もれているが)


実際に1年で4枚のシングルを

だしているもののヒットには繋がらず

この年、1968の夏には解散に追い込まれてます



恋はハートで/泉アキとザ・レインジャーズ


彼女の代表曲でデヴュー曲

「恋はハートで」

バックの演奏とコーラスは

レインジャーズ


チャートの39位にランクイン


GS全盛時代、

(恋のハレルヤ)黛ジュン、

(進め!ジャガーズ敵前上陸「虹色の湖」)中村晃子、

(日米ハーフモデル「初恋のレター」)小畑ミキ

と言ったGS的コンセプトを持った

ガール・シンガーが

次々と登場してきたわけだが

泉アキもその一人だった


インド系アメリカ人との

ハーフである泉アキは

日本テレビ系

人気オーディション番組

「あなたの出番です」(略称:あな番)

で合格してショービジネスの世界に

入り、


はち切れんばかりの太ももと

しゃくり上げるような

歌い方で


60年代に6枚のシングルを

リリースしている。

(クラウンから4枚、フィリップスから2枚)


それらの楽曲のほとんどは

GSサウンドをバックに

しゃっくりのような

スタッカート唱法で歌い上げている

のが特徴です


まあ、結局、

泉アキのバッキングをつとめた

レインジャーズにしてみれば

この曲の方が自分たちのレコード

「星空の恋人」より

売れてしまった為に

レインジャーズは

単なるバックバンドとして

とらえられることが

多かったという

憂き目を見ることになる。



これがその後の

二枚目のシングルから

バンド名の表記が


レンジャーズと

変更していることに

関係しているかどうかは

定かではありませんが




恋のシンガリング /ストーンズ(1969/6


良い声ですよね


69年に「寺内タケシとブルージーンズ」に

参加するベーシスト石橋志郎と

ボーカルのルイ高橋らによる

幻のグループ


徳間の倉庫で保管されていた

未発表テープより


この曲は69年春に録音されていながら

発売されず、ブルージーンズで再録され

シングル「太陽に叫ぼう」のB面

「パパンパ・パン・パン」として発売された。





恋はふりむかない/リンガース(1969/5


唯一のシングルで

和製R&Bの逸品

はりのある歌声に

いい感じのファズギター

が絡み合って気持ちいい曲です


元々は新潟のクラブで活躍していた

ムードコーラスのグループで

「新潟ブルース」

「信濃川慕情」といった

オリジナルが地元では

ヒットしていた。


それが何故か

GSブームに便乗しようと

69年5月にクラウンから

「恋はふりむかない」でデヴュー


ムードコーラス出身とは思えない

ファズを駆使したR&Bだった。


が、ブームはすでに下火であったことに

気がつき、デヴューの4ヶ月後には

元の名前である「山岸秀樹とサムナイツ」

と改名。元のムードコーラスに戻って


「こころがわり」


で再デヴューしたという

冗談みたいなグループですが




恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ



カルトGSという言葉が最もふさわしいバンド

カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ



デヴューシングル

「トンネル天国」

のB面「恋はもうたくさん」(1967/11)

GS屈指の名曲の一つ



当時あまり売れなかったが

80年代に入って再評価され

ネオGSもこぞって

カヴァー・ヴァージョンを発表している。



瀬川洋(ひろし)の蓮っ葉な唱い方が曲調にマッチしている。




瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS



もともと米軍基地で

人気を博したモンスターズという

バンドで

中にはFENの放送で

スケジュールをチェックして

相模原、座間、厚木、など

各地のキャンプまで

追いかけて聴きにくる

ファンまでいたという


立川のジャズ喫茶”ドミノ”に

レギュラー出演するようになった頃

彼らの評判を聞いて

”ニッポン企画”なる

事務所の社長と

米国RCAの関係者と称する

アメリカ人が現れて

向こうのRCAからデヴューさせる

ような口車にのせられて

ほいほい契約してみれば

ふたを開ければ実際には

日本ビクターからのデヴュー。

名前もビクター側の命令でもって

ザ・ダイナマイツと改名させられて

モップスとサニー・ファイブとセットで売り出されたという

本人たちには不本意なデヴューだったものの


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という

キャッチコピーでオリコン73位に入るまずまずの滑り出しだった。





恋の朝焼け/ゲイリー・ウォーカー & ザ・カーナビーツ



元ウォーカー・ブラザーズの

ゲイリー・ウォーカーの

来日記念盤として

カーナビーツをバックに

録音された作品

(いまじゃ忘れられているけど

人気あったんだよ、

ウォーカー・ブラザーズ

ビートルズくらい人気あった

ファンは100%女性)


作曲者の乗輪寺モトオは

カーナビーツをはじめ

フィリップス・レーベルの

GSプロデューサーだった

本城和治まさはる氏の変名

本城和治と言ったら

1960年代半ば、

スパイダーズ

テンプターズあたりの

ディレクターとして

事実上、GSという

ジャンルを世に送り出した

最重要人物。


そもそも、この人が

イギリスから

解散が決まったばかりの

ウォーカーブラザーズを

なんとか来日させた人物であり

根っこから関わっている

わけだが

そのとき、ゲイリーの

レコーディングを

カーナビーツが

やるという話になって

だけど、曲つったって

なにを歌わせようかと

思っているうちに

当日になっちゃった

というドタバタで

レコーディング前夜に

勝手にメロディを作って

そこにきていた

スコット・ウォーカーが

詞をあてて

(斯古都、名義)

スコットは

夜明けまでかかった

レコーディングに立ち会っている

その帰りに見た

朝の月がとても綺麗だったので

この歌の英語タイトルは

Cutie Morning Moon

なんとも

イギリスっぽい音に

仕上がっている作品です


今年、3月26日に

76歳でその生涯を閉じた

スコット


2018年

ナタリー・ポートマン主演の

映画ドラマ

『ヴォックス・ルクス』の音楽を

手がけており、

これが遺作となった


=============

ちなみにこのシングルの

B面はA面のカラオケに

ゲイリーが

収録中に

「ハロー」とか

「ミナサンコンチハ」

とか言っているのを

適当につなぎあわせた

ものが入っている

=============




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土曜の夜何かが起きる - 「華やかな女豹」/黛ジュン



1969年12月31日封切りだった

日活の「華やかな女豹」の挿入歌から

土曜の夜何かが起きる - 黛ジュン


「華やかなメヒョウ」は音楽が坂田晃一先生です


この1969年というのは

日活の青春もの映画の人気が

下火になってきて


71年に成人映画路線

すなわち日活ロマンポルノ

に移行する

ちょうど過渡期に

あたる時期といえる


と同時に

69年と言う年は

GSブームにとって

翳りが見え始めた年であった。


この年を境に

人気グループが

次々と解散して行くんですな。

69年春にはタイガース、

オックスから

主要メンバーが相次いで脱退し

70年にはスパイダーズ

71年にタイガース、ヴィレッジシンガーズが解散

と、言う感じで、グループサウンズの熱狂は急速に冷めて行くんです。




「華やかな女豹」"謎の女B"3:15平岡精二Go Cinemania Reel 6 エロチカ狂想曲Soundtrack1


1969年12月31日公開だった

浅丘ルリ子主演

日活映画『華やかな女豹』


テイチクがらみの

弘田三枝子「鏡の中の天使」

黛ジュン「土曜の夜に何が起きる」

ピーター「夜と朝の間」

がマルッと歌われているが

なかでも

挿入歌として使われた


"謎の女B"


ジャズ・ヴァイブラホン奏者の

平岡精二作曲で


1967年に

曽我町子の歌唱で

クラウンからリリースされた

シングル"謎の女B"


オリジナルヴァージョンと比べて


ヴァイブラホンと

ホーンセッションによる


クールなアレンジになっている。



ナオミの夢/ヘドバとダビデ


日本版は1971年リリースだった

ヘドバとダビデのシングル

「ナオミの夢」

A面のナオミの夢

B面は原曲のヘブライ語だった



1970年世界47カ国の代表が

出場した第一回東京国際歌謡音楽祭

(後の世界歌謡祭)での

グランプリ受賞を受け


急遽レコード会社(RCA)が

帰国直前だった二人を引き止め

日本語の意味も教えずに

歌詞を教え込み、一週間そこそこで

日本語版をレコーディング


B面にイスラエルで歌っていた

ヘブライ語版を入れることを条件に

1971年1月25日リリースされた


71年4月19日

オリコン総合チャート第一位

これは4週にわたって

連続一位となり

67万枚のヒットとなった。


当時オリコンチャートが

始まってまだ三年あまりの時期ながら

第一位を記録した5組目の洋楽アーティストと

なっている。



オレと彼女/ピンキーとキラーズ



1968年9月10日リリースだった

2枚目のシングルのA面

TBS系ドラマ『オレと彼女』主題歌


非常に今陽子(こん ようこ)の声と

コーラスと

サーフっぽいギターが良すぎるのと、

フルートのマッチングが。すごくいい。


いずみたくの秘蔵っ子、

今 陽子は15歳で「甘ったれたいの」でデヴュー


しかし全然売れなかった。

身長166センチ

どうも当時デカイ女のコは売れなかった


そこでいずみたくが一計を案じて

ヒゲズラのオッサンを廻りに

並べれば誤魔化せるんじゃね?


ピッっと背筋の伸びたスタイル、

山高帽にパンタロン、

そしてヒゲオヤジ

最高にカッコいいカード揃えてきたんですね。


というね、何ともこの安易な

作戦が大成功いたしまして


1968年『恋の季節』で

レコード史に残る脅威の240万枚売り上げという


(今陽子自身は「公の数字はそうだが実際は倍以上あった」と言っている)


空前の大ブレイクこれがピンキラだった。

ピンキラ現象ですね


ワイル



涙のハート/エミー・ジャクソン 1965



日本オリジナルの英語曲

作品を

洋楽レーベルから

リリースすることで


あたかも外国人歌手が

海外でレコーディング

したかのように見せるという



「和製ポップス」戦略で



70万枚の大ヒットを

記録した「涙の太陽」で

デヴューしたエミージャクソン

1965年8月リリースの

二枚目のシングル

『夢見るマイ・ボーイ』のB面




シェーク・アンド・ロール/弘田三枝子


日本最高峰の歌手の一人

弘田三枝子の


1967年12月1日リリースだった

7インチ、コンパクト盤

『渚のうわさ』に

収められた

隠された名曲


「パンチのミコチャン」

と呼ばれた

ポップスの女王


さすがパンチの

効いたナンバー





Koibito Jidai/Sylvie Vartan



71年二度目の来日公演の際、

レコーディングされた日本語の

オリジナル・ナンバー


典型的歌謡ポップスだが


五月の草原を

吹き抜ける風のような

爽やかな

仕上がり


流暢な日本語は


日本びいきの

シルヴィならでは。


レコードのジャケットにも

親日家

と評されている


フランス語の特徴的な

鼻母音といって

母音のあと鼻から音を抜く

発音が


純粋無垢な少女のイメージと

胸に突き刺さる



ラジオルルイエでは
リスナー様の
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by marquis_de_d | 2019-05-26 21:00 | RADIO R'lyeh
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こんやもラジオルルイエ
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□ 今夜紹介する楽曲 □


こんやもラジオルルイエ

今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


トンネル天国/ザ・ダイナマイツ

恋の終列車/The Dynamites

ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ

恋の片道切符/ザ・タックスマン

スカイ・パイロット/ザ・バーンズ

スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ

はるかな旅へ (アバランチ・エクスプレス愛のテーマ)/Godiego



トンネル天国/ザ・ダイナマイツ


カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ

瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS


デヴュー曲「トンネル天国」(1967/11)

日本の60年代

ガレージパンクの

古典とも言える大傑作。


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という

キャッチコピーでオリコン73位


シングルバージョンに満足できなくて

シングルよりもワイルドなアレンジに

なっているアルバムバージョン

唯一のアルバム『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』(1968・4)収録曲



GS=グループサウンズという看板通りの

解釈でなく、GS=ガレージサウンドという新しい視点で

GSが再評価された80年代の

若者たちを奮い立たせた名曲でしょう。これは。


売れ筋の曲調とそれをロック側に

ねじ伏せようとする

バンドとの駆け引きがスリリングな出来。


------------------------------------------------------------------------------


1987年にアメリカでリリースされた日本のGSコンピレーション

『Sixties Japanese Garage - Psych Sampler』

にも収録された名曲。

ちなみに、92年に来日したステアーズというイギリスのガレージ・バンド

は雑誌『宝島』の企画で聴いたこの曲をえらく気に入ってライヴでやりたいから

担当ライターにローマ字で歌詞を教わって帰ったそう。


------------------------------------------------------------------------------


デヴュー当時はプロモーションとして

日劇の荒木一郎ショーにも

連日出演などしておりまして

非常にパワーがあって

まあレコードも

シングル5枚とアルバム一枚出してますが


商業的な成功はなかったんですね、

やっぱりGS衰退の波に勝てなかった。

69年にこれから本格的に

アルバム制作していこう

というところで、

メンバーの音楽性の不一致みたいな

お決まりのパターンでももって解散した。





恋の終列車/The Dynamites



カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ

瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS



1968年4月5日リリースだった

唯一のアルバム

『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲


R&Bはこれだ!なんて

銘打っていながらも

収録されたカヴァー曲は

ビクター側で勝手に選曲した

バンドとしては

全く不本意なものだった

実際のところ非常に

エキサイティングでカッコいい、

GSの最良の部分を抽出した名盤である。


実際、この時代に

アルバムのレコーディングで

これほどメンバー自身で

演奏させてもらえた

GSはあまりないんじゃ

ないだろうか


そんなわけで

お聴きいただいたのは

モンキーズが

1966年にリリースした

デヴュー曲の

『恋の終列車』

1966年に全米で1位を

記録したナンバーの

カヴァー



ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12


二枚目のシングル

「追憶」のB面


ロックンロールに別名をつけるとするならば

チャックベリーだとジョンレノンがいってますが

当時としては異例の

チャック・ベリー・スタイルの

ロックンロール


メンバー全員で

次々に泥臭いボーカルを

まわしているが


クールな演奏との

ギャップが

後を引く


1964年5月に解散した

大御所のロカビリーバンド

”ウエスタン・キャラバン”

にいた

井上宗孝、秋山功、古谷紀(おさむ)

の三人に他メンバー二人を加え

シャープホークスに合体したのが

始まりで当初は

”シャープホークスとそのメンバー”

と名のっていた。

その後、

メンバーに二人加わって前田旭


65年3月にはブルー・ファイヤー

にいた天才ギタリスト

三根(みね)信宏

も加わって、

65年6月にフジテレビで

始まる「勝ち抜きエレキ合戦」に

レギュラー出演することが

決定したのをきっかけに

シャープ・ホークス

からバンドを切り離し

ここに

”井上宗孝とシャープ・ファイブ”

が誕生する。


「勝ち抜きエレキ合戦」は

エレキブームを加熱させ

超人気となり、この番組で

毎週模範演奏を披露する

シャープ・ファイブは

当時、ギターキッズの

憧れの的。

エレキ時代の象徴的存在だった。


日本を代表する

エレキ・インスト・バンドとして

65年から66年にかけて

キングからアルバムも

続々リリースしたが


GS時代にさしかかると

のシングルでは

歌ものもやっていた。




恋の片道切符/ザ・タックスマン


1968年3月20日リリースだった

デヴュー・シングル

『恋よ・恋よ・恋よ』のB面で

言わずと知れた往年のニール・セダカの

ヒット・ナンバーを唸るファズで

ビート・アレンジ、英語のまま

カヴァーしてます


京都の五人組

1966年12月に東山学園高等学校の

級友だった上月潤と吉見聖が

中心となって結成したグループ


大ファンであった

ビートルズの曲にちなんで

タックスマンと名付けた


67年から

GS登竜門「ナンバ一番」

に出演。大変な人気を得るようになる


(大阪道頓堀の

橋のたもとにあった

六階建てのレジャービル

大阪音楽の発信基地。いまツタヤになってる

タイガースやオックスもここ出身になります)


夏木マリが熱心なファンだったことでも知られる

ザ・タックスマン、


ただ、これと言って特徴のない

セールスポイントを見つけるのにこまるような

バンドだったため

その後のレコードの売れ行きは地味だった


アルバム作成の話も立ち消え


69年の終わりには

新宿「ラ・セーヌ」の

ステージを最後に解散してます


他の多くのGSがそうであるように

人気が高くても

セールスポイントの

絞り込めなかったGSは

短命だったんですよね。


--------------------------------------------

上月潤は後に

フラワー・トラヴェリン・バンドに

参加する。







スカイ・パイロット/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが

これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという

19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちで

構成されたザ・バーンズ



本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲


このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。




アニマルズの

『スカイ・パイロット』は

エコー・マシンを駆使して

トリップ感を出す事につとめ


いずれも

サイケデリック的解釈

による素晴らしい

アレンジが聴けたかと

おもいます。



この「R&B・イン・東京」

というLPは本邦初の

ノンストップ・ダンシング・レコード

というのが売り物で

キャッチフレーズにも

「これぞディスコテックの決定版」

とあって


曲ごとに

いちいち、ダンス名が書いてある

んですが、この

『スカイ・パイロット』は「スカ」

とあって、


んー、僕の知ってる

スカと何となく違うな~


って感じです。


どうせわからねえだろ

くらいの気持ちで

サイケアレンジしたんじゃ

ないかと勘ぐっております。




スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ



65年10月、フジテレビの

勝ち抜きエレキ番組で

『勝ち抜きエレキ合戦』に

出場し、

四週連続チャンピオンとなり、


さらに日テレの

『世界に飛び出せニュー・エレキ・サウンド』

にも出場


66年にグランド・チャンピオン

に輝いてプロとなり


66年8月デヴュー曲

「いつまでもいつまでも」

1966年という時代を反映した

牧歌的なフォーク・バラード

だがアマチュアっぽさが

新鮮で大ヒット。


一躍スターの座に

ついたグループ。


66年12月に出た

ファーストLP『この手のひらに愛を/ザ・サベージ・アルバムNo.1』

に収録されている。

「スペイス・エクスプレス」は

B面の6曲目、ギターの渡辺昌宏作曲

スプートニクスを彷彿させる

スリリングな

スペース・インスト・ロック



さて、リクエスト


先月 ゴールデンカップスをこの番組でかけた後

ミッキー吉野の加入という話を受けてだと思います


ゴダイゴってルルイエの選曲範囲内ですか


というメッセージいただきました

 カルコザさん


好きなのはビューティフルネームと999だけれども

D,侯爵チョイスに委ねたい気がします


というリクエストで


ゴダイゴの結成は1975年で

僕の考えている


日本のポップス・シーン

ロック・シーンが

大きく成長した

未来的変化をみせた

年であると

思っていて

日本の音楽史乃

すごく大事な年



この年、

ザ・ピーナッツが解散して

一つの時代が幕を閉じ

そして


細野晴臣の「トロピカル・ダンディー」

荒井由美の「ルージュの伝言」

シュガー・ベイブの「ダウン・タウン」

ダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」

と言った名曲が生まれて来た

シンガーソングライター時代の幕開け


こういった現代のポップシーンにも

大きな影響を及ぼすものは

1975年に登場するのであります。


そしてゴダイゴは

1970年代後半から80年代の

日本のプログレッシブ・バンドの先駆けと

なってゆく


まあそんなわけで


カルコザさん

のリクエストにお応えして

D,侯爵が選ぶ

ゴダイゴのナンバーは


西表島旅行に思いを馳せて


□はるかな旅へ (アバランチ・エクスプレス愛のテーマ)/Godiego


1979年6月1日リリースだった

ゴダイゴ10枚目のシングル

「はるかな旅」

ゴダイゴ人気絶頂期に

リリースされるも

リリース当初 約13万枚をセールス

オリコンチャート15位

セールスは

あまり振るわなかった


アバランチ・エクスプレス愛のテーマと

銘打ってあるが

これは1979年20フォックス配信の

スパイ・アクション映画

『アバランチ・エクスプレス』の

イメージソングとして

リリースされた


にもかかわらず

スパイのイメージに合わなかった

ためか実際には使用されなかった



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□ 今夜紹介する楽曲 □



ファンキー・ブロードウェイ/ボルテージ

レッツ・ゴー・ピーコック/ザ・ピーコックス

おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ

アガナの乙女/ポニーズ

ピーコック・ベイビー/大原麗子

愛しのリナ/ザ・タックスマン

汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ




ファンキー・ブロードウェイ/ザ・ボルテージ



「いまの日本のグループサウンズは

歌謡曲とロックンロールの

結びついた独特なもの」


と言っていたのは

ボルテイジの事務所、

富士音楽企画の社長

木村信夫氏である。

彼がもっと外国にも

対抗できるような本格的な

R&Bバンドを作ろうとして

見つけてきたのが

ボルテイジというわけだが

GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることの

できる

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』

に収録されている

このウィルソンピケットのカヴァー

からも

実力の片鱗を伺うことができる





レッツ・ゴー・ピーコックザ・ピーコックス



海外でも類を見ない

クジャクの鳴き声を

コーラスに取り入れた

怪作


果たして孔雀は

とぅるるるうっと

鳴くのか知りませんが


クジャクは美しいのは

オスだけだ


ということで

紳士服も派手でなきゃいかん

みたいな感じのムーブメントが

あり

そのピーコック革命を

コンセプトに

できたグループ


元々は

第一回ライトミュージックコンテスト

に出場したバンドの中から

もっとも優秀なプレイヤーを

選出して67年10月に結成した

ラヴというバンドが母体で

実力派ぞろいだったが


二年くらいで消えた


天井桟敷の

「書を捨てよ街に出よう」

の音楽を担当した事もあるくらいで

演奏はめちゃくちゃカッコいい




おまえに夢中さ/ザ・カーナビーツ


67年9月にリリースされた

2枚目のシングル

「恋をしようよジェニー」のB面


後にジャックスもカヴァーした傑作ですが


原曲はなぜか

カナダのマイナーバンド

ザ・グレイト・スコッツが

65年にリリースした

『Give Me Lovin'』のカヴァーで


カーナビーツの名付け親であり、

ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによって


和訳を担当した臼井がエネルギッシュに歌っている



グレイト・スコッツは

ニュー・スコットランドを意味する

ノバスコシア出身である事が

バンド名の由来で

それに合わせてスカートのような

スコティッシュ・キルトを

ユニフォームにしている

(そういうパフォーマンスがカナダでもあったことに驚くが)

ザ・クーガーズみたいな

連中だったが

奇抜なファッションも虚しく

売れる事はなかった。

そんなカナダでも無名のバンドの

この曲をカヴァーしていることは

海外のガレージマニアを

驚かせているようです。


どうもそのあたりは


ミュージック・ライフ編集長だった

星加ルミ子のすすめによるもので

彼女がカーナビーツにとって

音楽的アドバイザーとして

大きな存在であったことが

半世紀たった現在になって

やっと気がつかされている

気がします





アガナの乙女/ポニーズ(1968/12


ロックというよりも

カレッジ・フォーク的な活動を

していた爽やか系GS


新宿のフォーク喫茶

”フォーク・ヴィレッジ”の

社長が


マグマックス・ファイヴ

バインズなど

アチコチのバンドから


メンバーを集めて

1967年10月に作ったグループ


半年以上の

練習をへて

68年8月25日

コロムビアから

「ブルー・エンジェル」でデヴュー


ーーーーーーーーーーーーーーーー

当時、ヤマハホールで開いた

発売記念コンサートには

1500人のファンを動員

優しい、

童謡調のこの曲はオリコンの

65位までいった

ーーーーーーーーーーーーーーーー


68年10月のモンキーズ

日本公演では

フローラル、

ブルー・インパルス

と共に前座に

抜選されるという

栄誉にも浴した


アガナの乙女


1968/12

二枚目『雨ふる街角』のB面


シタールを入れた完成度の高い

ラガーポップに仕上がっており

和製ソフトロックの名作を

数多く手がけている編曲家

東海林 (しょうじおさむ)修によるもの


だったが

当時ほとんど評価されなかった。




もっぱら歌のお兄さん的な

親しみやすさで売っていたグループで

存在感はほとんどなかった

ポニーズ




ピーコック・ベイビー/大原麗子


キノコホテルのカヴァーで

知っている若者も多いかもしれません


1964年中頃に「イパネマの娘」

の大流行が日本にも到達すると

数えきれないほど日本産

60年代ブラジル・サウンドが

聴けるようになってくる


1968年にビクターより

リリースされた大原麗子の

素晴らしいボサノヴァ・アレンジ曲

「ピーコックベイビー」


まず、大女優 大原麗子を

歌手として認識している

ひとのほうが少ないんじゃ

ないかということです


2009年

惜しまれつつこの世を去った

その生涯でたった

シングル三枚

アルバム一枚しかリリースしていない


60年代ではこの

シングル「ピーコックベイビー」

一枚しかリリースしてません。


この曲も

よくある

「女優がそそのかされて試しに歌ってみた」

シリーズです。


しかし、ヤル気があるのかないのか

判らない脱力感の漂う

かわいらしい声と

小気味よいリズム

のベストマッチングで

とんでもなく

サイケデリックな

ナンバーに仕上がっている

作曲は小林亜星、ヤッパリ。

なんでしょうね、

朱里エイコの「イエ・イエ」といい、

この時期の

小林亜星先生のキレっぷりときたら

和製クインシージョンズ



愛しのリナ/ザ・タックスマン(1968.10


京都の五人組

1966年12月に東山学園高等学校の

級友だった上月潤と吉見聖が

中心となって結成したグループ


大ファンであった

ビートルズの曲にちなんで

タックスマンと名付けた


67年から

GS登竜門「ナンバ一番」

に出演。大変な人気を得るようになる


(大阪道頓堀の

橋のたもとにあった

六階建てのレジャービル

大阪音楽の発信基地。いまツタヤになってる

タイガースやオックスもここ出身になります)


夏木マリが熱心なファンだったことでも知られる

ザ・タックスマン、


三枚目のシングル「ヨットと少年」のB面


A面に勝るとも劣らない名曲で

本来、ガレージ・マニアは

ブラスが入ることを

忌み嫌うんですが

この曲だけは許せる

と、GS研究の第一人者

黒沢進先生もおっしゃってます。



ただ、これと言って特徴のない

セールスポイントを見つけるのにこまるような

バンドだったため

その後のレコードの売れ行きは地味だった


アルバム作成の話も立ち消え


96年の終わりには

新宿「ラ・セーヌ」の

ステージを最後に解散してます


他の多くのGSがそうであるように

人気が高くても

セールスポイントの

絞り込めなかったGSは

短命だったんですよね。


--------------------------------------------

上月潤は後に

フラワー・トラヴェリン・バンドに

参加する。


ではフラワー・トラヴェリン・バンドの

前身であるフラワーズ





汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ



1969年4月リリースだった

三枚目のシングルのA面

「汐鳴りの幻想」


本格的R&Bバンド

ボルテイジという

洋楽的努力も

水泡に帰すような

民謡風R&Bともいえる

異色作で


R&Bもサイケも

へったくれも無い


という姿勢が

ラジカル



コブシの効いた

ヴォーカルは

思いがけず

迫力がある




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□ 今夜紹介する楽曲 □




キャント・ターン・ユー・ルーズ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

サティスファクション/ザ・タイガース

紫のけむり/デ・スーナーズ

ストーン・フリー/ザ・ランチャーズ

エピタフ/ザ・ピーナッツ




キャント・ターン・ユー・ルーズ/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



1969年8月のリリース

LP『ヤング・ビート・ブルー・コメッツ』

に収録されているもの


69年のブルコメと言えば

シングルでは歌謡曲ばかり

だしていた頃だが


実はブルコメが

洋楽のバンドであったことを

思い出されてくれる

全曲外国曲のカヴァー

アルバムで

最大の聞き物は

三原綱木のソロによる


オーティス・レディング

66年のR&Bナンバー


こちらも当時はやりの

ファン動員の疑似ライブ録音で


いつも「MUGEN」で

毎晩踊っていたという遊び人

三原綱木ならではのノリで

存分にその成果を発揮して

素晴らしい。



サティスファクション/ザ・タイガース



『ザ・タイガース・オンステージ』

の3年後になる

70年8月のライヴを収めた

二枚組アルバム

『ザ・タイガース・サウンズ・イン・コロシアム』より


タイガースの得意とする

ローリング・ストーンズの

65年大ヒット曲

「サティスファクション」


70年といえば

GSブームも終焉を迎えた

時期にも関わらず

このファンの熱狂ぶりに

衰えぬ人気を

誇っていたことが

うかがえます。


王者の風格を感じる

ライブ音源であります。




紫のけむり/デ・スーナーズ


香港のナイトクラブで活動していた

所を加山雄三の妹夫妻の

目にとまり、日本にスカウトされた

フィリピン・バンド


67年に来日し

加山雄三が経営する

茅ヶ崎パシフィック・ホテル

のレストラン「一閣」の

専属バンドとして活動したのち

一旦帰国

68年3月末に

再び来日してからは

都内のジャズ喫茶

ディスコに出演し

その

本場感覚のフィーリングと

テクニックで日本のGSを震撼させた

スーナーズ


もちろん、ジミ・ヘンドリックス

のヒット曲のカヴァーで

LP『リズム・アンド・ブルース天国』に

収録されているもの


特にこのスーナーズは

ヴォーカルのロニーが

ジミ・ヘンに似ていたこともあって?

熱心にカヴァーしていた。


-------------------------------,,,


加山雄三が経営する

茅ヶ崎パシフィック・ホテル

の専属というだけあって


加山雄三の『加山雄三のすべて第三集(ゴーゴー加山雄三)』

でインストナンバー「夜空の星」のバッキングもつとめる


------------------




ストーン・フリー/ザ・ランチャーズ



1968年8月20日

大阪フェスティバル・ホールで

行われた加山雄三公演の

二枚組ライブ・アルバム

『加山雄三オン・ステージ(ランチャーズと共に)』


この中に加山抜きの単独演奏として

「お嫁においで」

「シリウスの涙」

「ストーン・フリー」

の三曲が収録されているが


お聴きいただいたのは


加山雄三ファンがあっけにとられる

ジミヘンのカヴァー

「ストーン・フリー」


ランチャーズの本来のイメージとは

かけ離れたワイルドなプレイで


度肝を抜かれる


曲が終わってから

なんかぽかーんとした

観客からの

思わずこぼれる拍手と言うね…



67年秋に

加山から独立デヴューした

ランチャーズであったが


平行して加山雄三の

バックバンドを続けていた


すでに67年1月の

アルバム『加山雄三のすべて第二集』で

「アイ・フィール・ソー・ファイン」

などリボルバー時代の

ビートルズを思わせるサウンドを

披露していたが


67年12月の

『加山雄三のすべて第三集』

でも

「クール・クール・ナイト」

「ソー・ソー・ファイン」

「ホワイ・ドント・ユー」

「シェイク・シェイク」

といった

中期ビートルズ的な

オリジナルを収録


ランチャーズの

力強いバッキングが

印象的であった



□エピタフ/ザ・ピーナッツ



1972年8月17新宿厚生年金ホール

そして8月19日文京公会堂での

民音ステージにおけるライヴを

記録した、


ザ・ピーナッツの

数少ないライヴLP

『ザ・ピーナッツ・オン・ステージ』


全編

編曲は当然

ピーナッツ生みの親

宮川泰先生であり。


出だしから


ユーライア・ヒープの「対自核」

キャロル・キングの「イッツ・トゥ・レイト」

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(C.C.R.)の「プラウド・メアリー」

キャンディーズもライヴではレパートリーにしていた


と立て続けに洋楽ヒットナンバーを披露

ライヴの頭に

ユーライア・ヒープの「対自核」

という選曲に

観客も

度肝を抜かれたであろう


私も度肝を抜かれた


そんな中でも全ての音楽ファンを

驚かせたのは


何と言っても

キング・クリムゾンの名曲

「エピタフ」のカヴァーだった


内容の完成度もさることならが


これを我が国至宝と言える

歌唱を誇る

ザ・ピーナッツに歌わせる

というムーブメントに

心が震える。


1972年当時いかに

ニューロック、

プログレッシヴロック、

ハードロック


というジャンルが

日本人を魅了し

それを貪欲に吸収し

ていたことを


我々は理解しなければならない。






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□ 今夜紹介する楽曲 □



テクテク天国/ザ・クーガーズ

BEAT TRAIN/ジャガーズ

東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー

トインキー・リー/ザ・カーナビーツ

ヘイ・ガール/ザ・ヴァン・ドッグス

レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト

グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー







テクテク天国2:17ザ・クーガーズ196710月



当時施行されはじめた

歩行者天国の事を歌った

デヴュー曲「テクテク天国」

脳天をつく抜けるような

けたたましいコーラスと

ファズトーンが印象的な

ガレージ・マーチ。



クラウンに

和製ポップス部門が誕生したのが

67年


泉アキ、

レインジャーズ

サムライズなどと一緒に


このガレージ行進曲

「テクテク天国」で売り出されたのが

クーガーズだった。



-------------------------------------------------

もともと

ロカビリー歌手として活躍していた

倉光薫が66年10月に発足した

ゲーターズというエレキ・バンドが

母体になってます。


そこにすでにソロシンガー

としてデヴューしていた

出光功が加わり

「ザ・クーガーズ」と改名。


1967九月26日

新宿ACBで初ステージ

を踏んだ。


-------------------------------------------------



67年秋といえば、

おびただしい数の

GSがデヴューするGS戦国時代を

迎え、少しでも差別化を

計ろうと、あの手この手の

意匠を凝らした

バンドが続出した

わけですが


その中でも


スコットランド風の

スカートをはくという

奇抜なスタイルを

トレードマークとして

デヴューした。



GS戦国時代だった

67年をどうやって

目立つかということで

事務所から

「頭を丸坊主にするかスカート履け」

と言われたそうですね

そこで、

「坊主は家に帰っても坊主だけれど、スカートは脱ぎゃ良いからな」

ってことでスカートをはいた





ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ(1968/6


スウィンギン・ロンドン的な感覚は

デヴュー前にすでに

エレキもヴォーカルもこなす

「リヴァプール・サウンド」スタイルを

完成させていたジャガーズならでは




『オースティン・パワーズ』を

彷彿させるジャガーズの主演映画

松竹68年3月30日の封切り

『進め!ジャガーズ敵前上陸』

横浜ドリームランドや、大町温泉スキー場で

ジャガーズがスパイ団に

付けねらわれるシーンの

BGMとして、この曲が

効果的に使われている



デヴュー・シングル

「君に会いたい」のB面

に収録されている

レコード・テイクよりも

アップ・テンポの演奏







東京ブガルー/ザ・ハプニングス・フォー




GS全盛期の68年に

ニューリズムといえば

ブーガルーである


1968年7月1日リリースの

一万円札をパロッた

人を喰った見開きジャケットで

話題を呼んだアルバムで

『マジカル・ハプニングス・トゥアー』

の会心の5曲目



トインキー・リー/ザ・カーナビーツ



ワイルドな

ステージで有名な

カーナビーツは、

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」

「恋の夜明け」など

多くの曲で

ファズトーンを駆使して

最もファズの

使用頻度が高いグループ


この曲は

臼井のソロで

68年3月に発売されたオムニバス・アルバム

『レッツゴー/グループサウンド第一弾』

に収められているナンバー


66年5月にゲイリー・ウォーカーが

英国でリリースした曲のカヴァー


小気味のよいリズム感覚と

間奏で聴けるのギターソロで

豪快なファズギターの叫びを

聴くことができる

豪快で爽快なナンバー



ヘイ・ガール/ザ・ヴァン・ドッグス





イタリアの

イ・リベリというバンドの

ダンサブルなナンバー

(これはコロンビアから

「ヘイ・ヘイ・ガール」というタイトルで

邦盤もでている)


をカヴァーしたもの



1967年8月リリース

二枚目のシングルA面となった曲

これはその、アウト・テイクになります


リリースされた

シングル盤とは

間奏のかけ声などに

違いがある


オルガンを

重視したバンドだった


千葉正健の

粘着質なオルガンと

間奏のファズ・トーンが

聴きもの






レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト



1969年6月のリリース

テイチクから9枚目のシングルのA面

スウェーデンのビート・グループ

オーラ&ジャングラーズの

ヒット曲の日本語カヴァー


70年代には

ラモーンズもファーストLPで

カヴァーしていたロック・クラシカル


だがこちらは

ポップよりの演奏



1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド


というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまった

というバンド


伝統あるこのバンドも

66年頃には

はやりの

エレキ・ギター・バンドに

なっていたが


バンド編成は

歌手三人に

バンド五人という

前近代のままで

前時代の名残を感じられる




グリーン・オニオン/ズー・ニー・ヴー



1966年10月10日リリースだった

アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界・R&Bベスト・ヒット』

から。


ブッカー・T&MG.'sが62年に

発表したビルボード。R&Bチャート一位になった

ナンバーのカヴァー



サム&デイヴ、オーティス・レディング

ジェームス・ブラウンなどの

ソウルの名曲を中心にカヴァーした

アルバムだが


歌ものの中に一曲だけ

オルガン・インストを入れるセンスは

なかなかモッド。


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□ 今夜紹介する楽曲 □


ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

風のふるさと/ザ・キッパーズ

風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ






ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト




1966年8月のリリースだった

アルバム『ザ・サイドワインダー』から

「ザ・キャット」


ジャズ・オルガニスト、

ジミー・スミスでおなじみのナンバー



ブルー・ファイヤーにいた

天才ギタリスト

三根のエレキと並んで

このバンドの音楽的支柱である

古屋の粘っこいオルガンが

活躍する


ジャズ・ロック的な

モッドな感覚がでてます



ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト


67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている曲で


68年1月に出た

シングルのB面になったものとは

別ヴァージョン


こちらの方が

アコースティックぽい。



不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


このA面「不思議な夢」



ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


そして


B面の「ムーン・アンド・スターズ」では


英語詞による

さりげないボッサ・ロックを

聞かせてくれる




□風のふるさと/ザ・キッパーズ


”北海道のブルー・コメッツ”と称され

道内では最も有名だった

グループと言える


1963年4月に結成

北海道放送(HBC)の

レギュラー・バンドとして活躍


レコード・デヴュー派

1969年コロムビアからの

『風のふるさと』


この曲はHBC深夜番組の

『ヤング26時』のテーマ曲として


1969年6月30日から

約2年間使用された


この「風のふるさと」は

ジャケ裏には

「”エレキ・フォーク”として新しい草分けとなれば良いのだが」

と書かれているが

バックコーラスは

お聞きの通り

ムード・コーラス調


しかしながら


1968年終わり頃

アポロンから発売された

8トラ・カートリッジには

「ガールフレンド」

「廃墟の鳩」

「さよならの後で」

「おかあさん」

「悲しくてやりきれない」

「エメラルドの伝説」

「青い果実」などが

収録されていて


それを聞く限りでは

このバンドをGSと呼ぶことに

違和感はない




風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ


日本よりも東南アジアや

ヨーロッパで活躍していたのが

ミッキー・カーチス率いる

このグループ



実際、GS全盛期時代は殆ど

日本にはいなかった。


ミッキー・カーチス自身も

自分たちがGSであるという

意識は全くなかったと

語っている


陣羽織にちょんまげというスタイルで

異国趣味の外国人ウケを狙った。


本作は1967年10月にリリースされた

デヴュー曲で

地中海あたりの

港町を思わせる

オシャレなアコスティック・ナンバー


GSブーム真っただ中にあって

一服の清涼剤的存在だった



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


中川三郎ディスコテーク出身で

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い中川三郎ディスコテーク

専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲

このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。


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□ 今夜紹介する楽曲 □



ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース

涙のシルビア/ザ・フェニックス

スウィート インスピレーション/ザ・バイオレッツ

OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より

サージェント・ペッパーズ/ザ・カーナビーツ

ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし

デイドリーム/The Dynamites



ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」から


ジャズ・ギタリストの故ウェス・モンゴメリー

に捧げたインストゥメンタル作品


大野克夫作のこの曲は

知り合いのジャズ・ミュージシャンを

動員して作ったと思われる


”モッド・ジャズ”ナンバー



□涙のシルビア/ザ・フェニックス




はじめてワウワウペダルを導入するなど

そのサウンドエフェクトの多様ぶり

には右に出るものがいなかった

バンド、ザ・フェニックス


寺内タケシの事務所からにバニーズの弟分として

テリーズに続き1967年に結成され

結成直後、油壺で一ヶ月に及ぶ

長期合宿でお得意の寺内タケシ式スパルタ教育で

鍛えられ、寺内企画、

「1968年の秘密兵器」

というキャッチフレーズで売り出されたものの


デヴューシングル

「恋するラ・ラ・ラ」(1968/1

のB面で


これもA面同様

エコー・マシン

ワウワウを


効果的に使った

ガレージ・ポップで


GSの根本理念である

軽薄でナンパな

ノリの

ヴォーカル


は捨てがたい

味を醸し出している


しかし

大衆にはまだサウンドエフェクト過多の

音楽は突飛すぎたのか

いまいち

ヒット要素にかけていた。



ザ・フェニックスは

レコードはシングル二枚で

その後、出ずじまいなものの

横浜、東京のジャズ喫茶を中心に

地道に活動を続け


月に40本という

ライブスケジュールで

ほぼ毎日仕事があり、


実質的には

寺内企画で一番の黒字バンドだった。




□スウィート インスピレーション/ザ・バイオレッツ


1962年に大阪で結成された

草山ますみ

草山留三子

草山水映子


の三姉妹のコーラス・グループ


当時、テレビにも

出演するなど

実力があった


1969年4月にリリースされた

シングル

『スウィート インスピレーション』

のA面


1967年にヒットした

米国の女性ソウル・グループ

スウィート インスピレーションズ

(ホイットニー・ヒューストンの母親

シシー・ヒューストンが在籍した)の

カヴァー


で、これはなかなか

頑張っており

可愛らしくも

ソウルフルに歌い上げている





OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より



東宝1969年6月14日封切りだった

『あゝ馬鹿』より劇伴


上司の浮気の尻拭いに奔走する

小沢昭一主演

サラリーマン・コメディ


ゴーゴー・クラブのシーンで使われたもの



□サージェント・ペッパーズ/ザ・カーナビーツ


デヴュー間もない

1967年8月1日

に発売された

ザ・ジャガーズとの

ミーツアルバム

『ジャガーズMeetカーナビーツ』

収録曲で

A面がジャガーズで

B面がカーナビーツという

構成のアルバム

B面の最後に収録された


ビートルズの

歴史的名作アルバムの

タイトル・ナンバー

「サージェント・ペッパーズ」

メイン・テーマとリプライズを

ミックスした編曲で


ビートルズが『サージェント…』を

リリースしたのが

1967年7月5日で

『ジャガーズMeetカーナビーツ』

がリリースされたのが

1967年8月1日


ということを考えると

かなりリアルタイムでレコーディングされた

ことがわかる


□ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし


1945年2月5日リリースだった

シングル『我が良き友よ』のB面


「我が良き友よ」は

ムッシュの唯一

オリコン月間週間チャート1位

を獲得した曲であり、

シングル売上90万枚

1975年オリコンシングル

年間チャートでは1位を

獲得した楽曲だが


そのB面


「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」は

当時の評判は散々で

芳しくはなかった。


ムッシュ曰く

「思い切り好きなことをやらせてもらうことにした」

と証言しており、


ムッシュがファンだった

タワーオブ・パワーが

来日した際に


バックをやってもらえないか

ダメ元で頼み込んだところ

快諾を得て完成に至ったという


しかしながら


1990年初頭の

アッシド・ジャズ

ブームで


再評価され

現在では


A面の


「我が良き友よ」よりも

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」

の方が

ムッシュかまやつひろし を

表す代表曲といった


感がある



デイドリーム/The Dynamites


1968年5月に出た、

彼ら唯一のアルバム

『ヤングサウンド・R&Bはこれだ!』

非常にエキサイティングでカッコいい、

GSの最良の部分を抽出した名盤であるが


全くバンドの意向に沿わない

内容だったことから

メンバーからは

けっこうボロクソに言われている作品


実際にR&Bを銘打ったタイトルとは

違ってR&B曲は少なく、

モンキーズなどのポップ・ナンバーの

方が多く収録されている


オリジナル曲も

既に瀬川の書き溜めたオリジナルが

あったにもかかわらず

採用されたのは

「のぼせちゃいけない」1曲のみだった上に


洋楽カヴァーと

職業作曲家の書き下ろしが

半々という構成で、

そのカヴァー曲も

バンドのレパートリーである

ゼムやポール・バターフィールドではなく

当時ビクターがライセンスを

持っていたものを

勝手に選曲させられた



(冨士夫は「マサチューセッツ」が特に嫌だったらしい)



しかし

バンドの演奏は素晴らしく、

瀬川、山口、吉田の

ハーモニーの魅力の

片鱗が伺える逸品で



ベトナム戦争たけなわの時代に

明日はベトナム行きという

荒廃した米兵達を相手に

米軍キャンプで

殺人的なスケジュールをこなして

鍛え上げられたという

だけのことはある


そもそもアルバムのレコーディング

でこれほど自分たちで演奏させて

もらえたGSはあまりないんじゃないだろうか。



今夜

最期に聴いていただくのは

あまりにも有名な

モンキーズ・ナンバー


67年代ヒット曲

ディ・ドリーム


山口が歌詞を知らずに

勝手にでたらめな英語で歌っている

その上何処と無くかったるそうな

演奏だが


R&Bを売り物にしていた彼らでさえ

当時のヒット曲を演奏しなくては

ならなかった時代という


そういった、世相、

テレビの懐メロ特集では

決して見えない

GS時代の音楽業界の側面を

感じて欲しい。



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FMおだわらの公式サイトの上部にあるバナーをクリックするか、

http://www.jcbasimul.com/?radio=fm%E3%81%8A%E3%81%A0%E3%82%8F%E3%82%89からJCBAインターネットサイマルラジオにアクセス

なお、
広告非表示アドオンはOFFにしてください

□聴けないかたはブラウザのFlash設定がOFFになっていないかご確認ください。
OFFであればONにしてください
by marquis_de_d | 2019-04-14 21:00 | RADIO R'lyeh


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