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カテゴリ:RADIO R'lyeh( 355 )
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱四拾夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード

風のふるさと/ザ・キッパーズ

風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ

アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ






ザ・キャット/井上宗孝とシャープ・ファイブ

ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト




1966年8月のリリースだった

アルバム『ザ・サイドワインダー』から

「ザ・キャット」


ジャズ・オルガニスト、

ジミー・スミスでおなじみのナンバー



ブルー・ファイヤーにいた

天才ギタリスト

三根のエレキと並んで

このバンドの音楽的支柱である

古屋の粘っこいオルガンが

活躍する


ジャズ・ロック的な

モッドな感覚がでてます



ふたりの秘密 (LP version)/アウト・キャスト


67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている曲で


68年1月に出た

シングルのB面になったものとは

別ヴァージョン


こちらの方が

アコースティックぽい。



不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

ムーン・アンド・スターズ/ザ・ハーフ・ブリード


日本では69年頃になると

それまでのGS/ガレージ・サイケ路線から

かわってニューロック/ブルース・ロック

系のサウンドが台頭してくるが

その一方で

コーラス・ハーモニーを重視する

ソフトロック系のグループも

かなりでてきます。


ハーフ・ブリードなどは

ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。


ちなみに、近年日本では

この「ソフトロック」という

ジャンルは見直され

高い人気を得ているが


海外で日本のソフトロックが

再評価されたという話は

聞いたことがなく

日本だけの風潮のようです


そもそも、ソフトロックという

言葉が和製英語で、

欧米では通じないと

よく言われます


さてハーフ・ブリードでありますが


日系人を中心に

68年7月に結成された

グループでメンバーは


日系二世のヘンリー

日系ハワイ人のポール

仏中混血のアレン

アメリカ人のジャック

法政二高在中の日本人、マーク


立川、横田などの

米軍基地で活動した後、

都内のジャズ喫茶、

ディスコテークなどに進出


また、FENの「ティーンエイジャース・オン・パレード」

や「ファン・ダイヤル」にも出演した


在日外国人のバンドとしては

珍しく、R&Bではなく

(猫も杓子も

R&Bだった当時に)

ソフト・ロックを

売り物として

雑誌などでは

「日本のウォーカー・ブラザーズ」

といった扱われ方だった


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスから

美麗なストリングスをバックにした

バラード「不思議な夢」でデヴュー


このA面「不思議な夢」



ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


そして


B面の「ムーン・アンド・スターズ」では


英語詞による

さりげないボッサ・ロックを

聞かせてくれる




□風のふるさと/ザ・キッパーズ


”北海道のブルー・コメッツ”と称され

道内では最も有名だった

グループと言える


1963年4月に結成

北海道放送(HBC)の

レギュラー・バンドとして活躍


レコード・デヴュー派

1969年コロムビアからの

『風のふるさと』


この曲はHBC深夜番組の

『ヤング26時』のテーマ曲として


1969年6月30日から

約2年間使用された


この「風のふるさと」は

ジャケ裏には

「”エレキ・フォーク”として新しい草分けとなれば良いのだが」

と書かれているが

バックコーラスは

お聞きの通り

ムード・コーラス調


しかしながら


1968年終わり頃

アポロンから発売された

8トラ・カートリッジには

「ガールフレンド」

「廃墟の鳩」

「さよならの後で」

「おかあさん」

「悲しくてやりきれない」

「エメラルドの伝説」

「青い果実」などが

収録されていて


それを聞く限りでは

このバンドをGSと呼ぶことに

違和感はない




風船/ミッキー・カーチスとザ・サムライズ


日本よりも東南アジアや

ヨーロッパで活躍していたのが

ミッキー・カーチス率いる

このグループ



実際、GS全盛期時代は殆ど

日本にはいなかった。


ミッキー・カーチス自身も

自分たちがGSであるという

意識は全くなかったと

語っている


陣羽織にちょんまげというスタイルで

異国趣味の外国人ウケを狙った。


本作は1967年10月にリリースされた

デヴュー曲で

地中海あたりの

港町を思わせる

オシャレなアコスティック・ナンバー


GSブーム真っただ中にあって

一服の清涼剤的存在だった



アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア/ザ・バーンズ



「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


中川三郎ディスコテーク出身で

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで

数多い中川三郎ディスコテーク

専属バンドの中でも

ナンバーワンの存在に

なったという


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


本作は69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている曲

このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。


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by marquis_de_d | 2019-04-21 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □



ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース

涙のシルビア/ザ・フェニックス

スウィート インスピレーション/ザ・バイオレッツ

OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より

サージェント・ペッパーズ/ザ・カーナビーツ

ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし

デイドリーム/The Dynamites



ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」から


ジャズ・ギタリストの故ウェス・モンゴメリー

に捧げたインストゥメンタル作品


大野克夫作のこの曲は

知り合いのジャズ・ミュージシャンを

動員して作ったと思われる


”モッド・ジャズ”ナンバー



□涙のシルビア/ザ・フェニックス




はじめてワウワウペダルを導入するなど

そのサウンドエフェクトの多様ぶり

には右に出るものがいなかった

バンド、ザ・フェニックス


寺内タケシの事務所からにバニーズの弟分として

テリーズに続き1967年に結成され

結成直後、油壺で一ヶ月に及ぶ

長期合宿でお得意の寺内タケシ式スパルタ教育で

鍛えられ、寺内企画、

「1968年の秘密兵器」

というキャッチフレーズで売り出されたものの


デヴューシングル

「恋するラ・ラ・ラ」(1968/1

のB面で


これもA面同様

エコー・マシン

ワウワウを


効果的に使った

ガレージ・ポップで


GSの根本理念である

軽薄でナンパな

ノリの

ヴォーカル


は捨てがたい

味を醸し出している


しかし

大衆にはまだサウンドエフェクト過多の

音楽は突飛すぎたのか

いまいち

ヒット要素にかけていた。



ザ・フェニックスは

レコードはシングル二枚で

その後、出ずじまいなものの

横浜、東京のジャズ喫茶を中心に

地道に活動を続け


月に40本という

ライブスケジュールで

ほぼ毎日仕事があり、


実質的には

寺内企画で一番の黒字バンドだった。




□スウィート インスピレーション/ザ・バイオレッツ


1962年に大阪で結成された

草山ますみ

草山留三子

草山水映子


の三姉妹のコーラス・グループ


当時、テレビにも

出演するなど

実力があった


1969年4月にリリースされた

シングル

『スウィート インスピレーション』

のA面


1967年にヒットした

米国の女性ソウル・グループ

スウィート インスピレーションズ

(ホイットニー・ヒューストンの母親

シシー・ヒューストンが在籍した)の

カヴァー


で、これはなかなか

頑張っており

可愛らしくも

ソウルフルに歌い上げている





OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より



東宝1969年6月14日封切りだった

『あゝ馬鹿』より劇伴


上司の浮気の尻拭いに奔走する

小沢昭一主演

サラリーマン・コメディ


ゴーゴー・クラブのシーンで使われたもの



□サージェント・ペッパーズ/ザ・カーナビーツ


デヴュー間もない

1967年8月1日

に発売された

ザ・ジャガーズとの

ミーツアルバム

『ジャガーズMeetカーナビーツ』

収録曲で

A面がジャガーズで

B面がカーナビーツという

構成のアルバム

B面の最後に収録された


ビートルズの

歴史的名作アルバムの

タイトル・ナンバー

「サージェント・ペッパーズ」

メイン・テーマとリプライズを

ミックスした編曲で


ビートルズが『サージェント…』を

リリースしたのが

1967年7月5日で

『ジャガーズMeetカーナビーツ』

がリリースされたのが

1967年8月1日


ということを考えると

かなりリアルタイムでレコーディングされた

ことがわかる


□ゴロワーズを吸ったことがあるかい/かまやつひろし


1945年2月5日リリースだった

シングル『我が良き友よ』のB面


「我が良き友よ」は

ムッシュの唯一

オリコン月間週間チャート1位

を獲得した曲であり、

シングル売上90万枚

1975年オリコンシングル

年間チャートでは1位を

獲得した楽曲だが


そのB面


「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」は

当時の評判は散々で

芳しくはなかった。


ムッシュ曰く

「思い切り好きなことをやらせてもらうことにした」

と証言しており、


ムッシュがファンだった

タワーオブ・パワーが

来日した際に


バックをやってもらえないか

ダメ元で頼み込んだところ

快諾を得て完成に至ったという


しかしながら


1990年初頭の

アッシド・ジャズ

ブームで


再評価され

現在では


A面の


「我が良き友よ」よりも

「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」

の方が

ムッシュかまやつひろし を

表す代表曲といった


感がある



デイドリーム/The Dynamites


1968年5月に出た、

彼ら唯一のアルバム

『ヤングサウンド・R&Bはこれだ!』

非常にエキサイティングでカッコいい、

GSの最良の部分を抽出した名盤であるが


全くバンドの意向に沿わない

内容だったことから

メンバーからは

けっこうボロクソに言われている作品


実際にR&Bを銘打ったタイトルとは

違ってR&B曲は少なく、

モンキーズなどのポップ・ナンバーの

方が多く収録されている


オリジナル曲も

既に瀬川の書き溜めたオリジナルが

あったにもかかわらず

採用されたのは

「のぼせちゃいけない」1曲のみだった上に


洋楽カヴァーと

職業作曲家の書き下ろしが

半々という構成で、

そのカヴァー曲も

バンドのレパートリーである

ゼムやポール・バターフィールドではなく

当時ビクターがライセンスを

持っていたものを

勝手に選曲させられた



(冨士夫は「マサチューセッツ」が特に嫌だったらしい)



しかし

バンドの演奏は素晴らしく、

瀬川、山口、吉田の

ハーモニーの魅力の

片鱗が伺える逸品で



ベトナム戦争たけなわの時代に

明日はベトナム行きという

荒廃した米兵達を相手に

米軍キャンプで

殺人的なスケジュールをこなして

鍛え上げられたという

だけのことはある


そもそもアルバムのレコーディング

でこれほど自分たちで演奏させて

もらえたGSはあまりないんじゃないだろうか。



今夜

最期に聴いていただくのは

あまりにも有名な

モンキーズ・ナンバー


67年代ヒット曲

ディ・ドリーム


山口が歌詞を知らずに

勝手にでたらめな英語で歌っている

その上何処と無くかったるそうな

演奏だが


R&Bを売り物にしていた彼らでさえ

当時のヒット曲を演奏しなくては

ならなかった時代という


そういった、世相、

テレビの懐メロ特集では

決して見えない

GS時代の音楽業界の側面を

感じて欲しい。



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□ 今夜紹介する楽曲 □


マイ・ポニー/寺内タケシとブルージーンズ

ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー

クレイジー・ミッドナイト/ザ・モージョ

Money/ザ・ゴールデン・カップス

アラウンド・アンド・アラウンド/ザ・スパイダース

サティスファクション/ザ・テンプターズ

ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ




□マイ・ボニー/寺内タケシとブルージーンズ




これは前回

リクエストいただいた時に

音源を持っていないし、

そもそもCD化されて

いないだろうと

僕が言ったのを受けて

わざわざ

音源付きで

リクエスト

していただきました


アルバム『太陽の彼方に』収録曲で


このアルバムは

藤本好一による

ヴォーカルナンバーや欧州の

ヒットソング、マージー・ビートの

カヴァーなど多彩な選曲で構成されていた

まさに

エレキ・ブーム前夜の

試行錯誤していた

日本の音楽シーンを

伺うことができる



オリジナルは古いアメリカ民謡であったが

ベンチャーズが1962年のアルバム

『Twist Party Vol.2』で

ツイスト・アレンジでカヴァーしたのが

話題を呼んだ


ハンブルク修行時代のビートルズが

バッキングを務めた


トニー・シェリダンの盤が有名だが


ブルー・ジーンズは

ベンチャーズをお手本にしてカヴァー





ホールド・オン/ズー・ニー・ヴー


「白い珊瑚礁」のヒット曲を持つ

和製サム&デイヴと呼ばれたグループ


渋谷のレストラン・クラブ"カバーナ"の

専属として腕を磨いていた

もっぱら通好みのR&Bを

レパートリーにしていた事で評判を呼び

コロンビアから

当時としては異例の

アルバムによるデヴューを飾ったグループ。


1968年アルバム『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』の

一曲目に収録されている曲で

サム&デイヴの大ヒットナンバーのカヴァー。

ホーンセッションの

パートをファズを駆使した

ギターで代行している

まさにGSによるR&Bの魅力




まあ、

僕の持ってない音源も

あるので


全てのリクエストにお答えする

というわけには

いかないんですが


ま、、今回は


K伯爵のセットリストに対する

アンサーという

形でこの

リクエストのホールドオン

から派生するように選曲して

見たいと

思います



クレイジー・ミッドナイト /ザ・モージョ 1969.1


弘田三枝子の

バックバンドとして

活動していたグループ、

”渡辺明とリズム&ブルーセス”

のキーボード奏者だった

本田竹彦が67年に結成した

グループで


その後、68年2月から

2ヶ月間アメリカへ

勉強にいっていた弘田三枝子が

帰国後「日本のアレサ・フランクリン」

としてR&Bを歌い始めた頃

やはり、

弘田三枝子のバンドとして

活動していました


ザ・モージョの

唯一のシングル

『欲ばりな恋』のB面


ファンキーなR&Bで


豪快な笑い声をいれたりする

おちゃらけぶりは

さすがジャズ出身者

ならでは。



□Money/ザ・ゴールデン・カップス


大ヒット曲「長い髪の少女」を含む

1968年9月10日リリースだった

『ザ・ゴールデンカップス・アルバム第2集』


このアルバムから

ケネス・伊藤に変わり

ミッキー・吉野が

参加している


当時、洋楽が

チャートの上位を占めていた

「レコードマンスリー」に

POPSチャートで

1位を獲得したのが

このアルバムだった




そのA面4曲目に収録されている


ビートルズ・ナンバーの

カヴァーだが


珍しく

エディがソロをとってる


エディの金属質な声が

このビートルズ・ナンバーに

非常にマッチしている





アラウンド・アンド・アラウンド/ザ・スパイダース


1966年5月20日リリースだった

スパイダース2枚目のアルバム

「ザ・スパイダース・アルバムNo.2」


前作の

全曲オリジナル曲で構成した

「ザ・スパイダース・アルバムNo.1」

とは一転して

これは全曲カヴァーで構成された

セカンド・アルバムで

ほとんどは

いわゆるリヴァプール・サウンドの

ナンバーで、しかもThe Beatles物では

なぜか精彩さを欠く印象だが


B面の二曲目のアニマルズのカヴァー


アラウンド・アンド・アラウンド、


5曲目のデイヴ・クラーク・ファイブの

シンギング・オブ・ユー・ベイビー


ラストに収録された

チャック・ベリーの

ロックン・ロール・クラシック

「ジョニー・B・グッド」

では


ご機嫌な演奏を展開している。




□サティスファクション/ザ・テンプターズ




1969年東京新宿厚生年金会館大ホールにて

開催されたテンプターズ・ファンクラブ例会でのライブ


25曲演奏された

このステージは

後にリリースされた

テンプターズ唯一の

ライヴアルバム

『テンプターズ・オン・ステージ』

でその一部を聴くことができる


おなじみの

ストーンズ・ナンバー

「サティスファクション」


さすが”埼玉のローリング・ストーンズ”

と呼ばれたテンプターズの

面目躍如たる

熱演で


パワーとスピードに

満ち溢れている





ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ




ボルテイジの事務所、

富士音楽企画の社長

木村信夫氏がもっと

外国にも

対抗できるような本格的な

R&Bバンドを作ろうとして

見つけてきたのが

ボルテイジというわけだが


GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることのできる

1968年8月に出した

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』


全曲、R&Bのヒットナンバーで

ホーンセッションは使わずに

めいっぱいにかけたファズと

限りなくチープなオルガンが

大活躍。


GSとしてのアイディンティーティーを

失わずに”ファンキー”

”グルーヴ”と言った

黒人音楽の本質に鋭く迫っており


特に感動的なのは

この『R&Bビッグヒット』の

A面4曲目に収録されている


1968年に世界中で大ヒットした

オーティス・レディングの

ナンバーのカヴァー


ドッグ・オブ・ザ・ベイ


ボーカルの橘洋介の

鼻にかかったような

声が可笑しみを誘う




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I'm Cryin’/モップス

Jenny Jenny/モップス

太陽の花/バニーズ

太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ

たったいちどの青春/ザ・ゴールデン・カップス

月光仮面/モップス



□I'm Cryin’/モップス

□Jenny Jenny/モップス



GSブームも

終焉を迎えようという

1970年1月26日

東京ヤングメイツにおいて

モップス

ハプニングス・フォー

ゴールデン・カップス

フラワーズ

の4GS、4大ニューロックによって

最後の悪あがきとも言える

一大ジャムセッションを

執り行ったのであります


この様子は

1970年4月5日リリースだった

『ロックン・ロール・ジャム’70』

においてその記録の一部始終を

聴くことができる


(これは名盤だな)


お聴きいただきましたのは


鈴木ヒロミツの

「いこうぜ セニョール」の掛け声で始まる

オープニング・ナンバー


モップスが敬愛していた

アニマルズのカヴァー


この頃のモップスは

それまで背負っていた

サイケの看板を

払拭するかのように

折からの

ロックンロール・リバイバルの波に乗って


よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に進んで


躍動感のある

ロック・グループへと

進化を遂げていた。


そんな彼らの

真骨頂と言える

ダイナミックな演奏で


終盤のインタープレイは

バッキングがトリオ編成とは

思えない芳醇な味わい



□Jenny Jenny/モップス


リトル・リチャードで

有名なナンバーを

モップス流に

ハード・ロック化したもので


これは後に

70年5月

『ジェニー・ジェニー’70』

として

シングル・カットしたものが

リリースされた


70年代に入った

新しいモップスを

象徴する一曲となった。


鈴木ヒロミツと対照的に

星勝のハイトーン・ヴォーカルをフィーチャーし


グループとしての黒っぽさ

ロックとしてのドライヴ&スウィング感

を前面に押し出すことに

見事に成功していると言える



太陽の花/バニーズ



1968年1月30日

杉並公会堂で開かれた

ワンマン・コンサートの

実況録音で


1968年4月20日リリースだったLP

『バニーズ・ゴールデン・コンサート』


スタジオ録音では

なかなか伝わらない

GSのグルーブを感じることができるアルバム



「太陽の花」

1968年3月10日リリースだった

バニーズ12枚目のシングルのA面


この曲はオリコン10位


ある意味日本で最も

ヒットしたガレージ・パンク曲といえる


単純なメロディーを

ただ転調を繰り返すだけで

最期まで聴かせてしまう

技量に感服する




スタジオ録音以上に

ワイルドな演奏が楽しめる




太陽に叫ぼう/寺内タケシとブルージーンズ 1969.6


バニーズの教育を終えた

寺内タケシはソロで活動し

「エレキギターのすべて」など

発表しておりましたが


やはり、

ブルージーンズ再興の思いがあって

69年「石橋志郎とストーンズ」の

二人とジョー水木、ルイ高橋を加えて

再結成に踏み切ったのでありました。


再編されたブルージーンズの

第一弾シングル「太陽に叫ぼう」

寺内タケシの

ジミヘン風ギターをバックに

ルイ高橋がソウルフルに歌い上げる、

ニューリズム

「ファンキー&ウォーク」を

取り入れたというR&B



ルイ高橋時代の音源は人気が高いようです。





たったいちどの青春/ザ・ゴールデン・カップス


実力派

濱のGSゴールデンカップスでありますが

いろいろメンバーが入れ替わって

ブリティッシュ・ハードロック志向になったり

アメリカンロック的な傾向が強くなったりと

GSの隆盛と衰退を乗り切ろうと

試行錯誤をくりかえした感があります。



最終的に71年ミッキー・吉野脱退後の

カップスのラストシングル『人生はきまぐれ』のB面

「たったいちどの青春」

デイブ平尾の歌うソロ、虚無感、漂うプログレ青春歌謡でありますが

ほとんど無視されたレコード。


この作品のリリース後に年末からカップスは

沖縄ツアーに出かけますが(沖縄は返還前です

72年の1月2日の最終日、演奏中に火事が発生して

大切な楽器も、機材もなにもかも焼けてしまって

そのまま、解散するのであります。

この壮絶な解散劇は

まさにGSという

一つの時代の終焉と虚無感を

じわじわ感じるわけでありますが




月光仮面/モップス


「日本最初のサイケデリック・グループ」モップス


ほかのバンドとの

区別化を図るために

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場した日本最初のバンド、

モップスですが


これぞ和製ハードロック

というおもむきの

シングル曲「御意見無用(いいじゃないか)」

を1971年10月にリリース


69年以降のモップスは

それまで背負っていた

サイケの看板を

払拭するかのように


よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に進んで

ビクターから東芝に移籍。

意欲的に

ロックンロール・リバイバル的に

とりくんだ曲ですが、


全く理解されず


なにをやっても

受けないステージで

ヤケクソでやった

そんな

『月光仮面』


これが妙に受けて


2ヶ月後にレコード化する

はめになり

ヤケクソでリリース

したら

ヒョウタンから駒の

オリコン18位



その後はホリプロの

営業バンドとして安定した

成績を残し、解散したのは

74年5月のことだった



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□ 今夜紹介する楽曲 □




I'M A HUNGRY/ヴィレッジ・シンガーズ

私のビートルズ/常田富士男

うわさの二人/ラ・シャロレーズ

恋はふりむかない/リンガース

恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ

のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ

まぼろしのシェラザード/アイドルス




I'M A HUNGRY/ヴィレッジ・シンガーズ


ヴィレッジ・シンガーズの

三本目の主演映画

『落ち葉とくちづけ』

(松竹/19693月29日封切り)

で使用された楽曲


ベッカーズなるヒッピー・バンド

に扮したヴィレッジが

ジャズ喫茶で演奏するのが

この曲。


ヴィレッジとしては

異例のガレージ・パンクで

やっぱり色が合わないのか

レコード未収録曲


ほとんど

ヴィレッジシンガーズを

かけないルルイエでも

この曲は

よく使ってる



私のビートルズ/常田富士男



私のビートルズ /常田(ときた)富士男(1970/10)


一度聴いたら耳に焼き付いて

離れないサイケデリックな

ナンバー




フーテンキャラで知られる俳優

「日本昔ばなし」のイメージの方が

今や強くなってしまっていますが


常田(ときた)富士男の

ビートルズ解散に便乗した

企画ものシングル

まさに1970年という

年だったから出来たカオスなコンセプト


当時、毎晩のようにラジオで

かかっていた曲ですから

ファズの利いたギターとベースの

ユニゾンにアッシドな歌声は

今も脳に焼き付いている

という人は多いのではないでしょうか





うわさの二人/ラ・シャロレーズ(1969



ミドルテンポで、ファズギターがいい感じ

屈指の和製アッシド・パンク



北海道出身のバンド、


キッパーズ、サマーズ、デビィーズにならぶ

「北海道四大GS」の一つ


北海道のGSは

ムードコーラス感の強いことと

アメリカの

地方ガレージバンドと通底する

空気を持つ曲が何故か多い



恋はふりむかない/リンガース(1969/5


唯一のシングルで

和製R&Bの逸品

はりのある歌声に

いい感じのファズギター

が絡み合って気持ちいい曲です


元々は新潟のクラブで活躍していた

ムードコーラスのグループで

「新潟ブルース」

「信濃川慕情」といった

オリジナルが地元では

ヒットしていた。


それが何故か

GSブームに便乗しようと

69年5月にクラウンから

「恋はふりむかない」でデヴュー


ムードコーラス出身とは思えない

ファズを駆使したR&Bだった。


が、ブームはすでに下火であったことに

気がつき、デヴューの4ヶ月後には

元の名前である「山岸秀樹とサムナイツ」

と改名。元のムードコーラスに戻って


「こころがわり」


で再デヴューしたという

冗談みたいなグループですが




恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ


「恋はもうたくさん」(1967/11)


デヴューシングル

「トンネル天国」

のB面GS屈指の名曲の一つ


瀬川洋の蓮っ葉な唱い方が曲調にマッチしている。





カルトGSの最高峰として

評価されている


ザ・ダイナマイツ


カルトGSという言葉が最もふさわしいバンド


当時あまり売れなかったが

80年代に入って再評価され

ネオGSもこぞって

カヴァー・ヴァージョンを発表している。


瀬川洋(せがわひろし)と

山口富士夫という

二枚看板でデヴューした

玄人向けGS



もともと米軍基地で

人気を博したモンスターズという

バンドで

中にはFENの放送で

スケジュールをチェックして

相模原、座間、厚木、など

各地のキャンプまで

追いかけて聴きにくる

ファンまでいたという


立川のジャズ喫茶”ドミノ”に

レギュラー出演するようになった頃

彼らの評判を聞いて

”ニッポン企画”なる

事務所の社長と

米国RCAの関係者と称する

アメリカ人が現れて

向こうのRCAからデヴューさせる

ような口車にのせられて

ほいほい契約してみれば

ふたを開ければ実際には

日本ビクターからのデヴュー。

名前もビクター側の命令でもって

ザ・ダイナマイツと改名させられて

モップスとサニー・ファイブとセットで売り出されたという

本人たちには不本意なデヴューだったものの


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という

キャッチコピーでオリコン73位に入るまずまずの滑り出しだった。




のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ



1968年5月に出た唯一のアルバム

『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲

B面の5曲目に収録されている曲で

ヴォーカルの瀬川洋によるオリジナル。

パワフルな演奏で

80年代ビート・パンクに

通じるものがあってその先駆的存在。




まぼろしのシェラザード/アイドルス



アイドルズは

もともと

ジャイアンツという

1965年の八月に

「若いダンスパーティ」でデビュー

していたグループで


この当時にしては

珍しく

ビートルズ・スタイルを意識した

グループだった。




ーーーーーーーーーーーーー


東京ビートルズとか

クレイジー・ビートルズとか

類似バンドはあるん

ですけれどもね、

これは大抵、

サポートメンバーが

ついているのが普通で、


完全なビートルズスタイルの

バンドというのはまだ珍しかった。


ビートルズ・スタイルの

バンドが出てくるのは

66年のビートルズ来日以後

ーーーーーーーーーーーーー



なんですけれども、

九月に出した

シングル「恋愛射撃隊」が

全く売れなくて

アイドルズと

名前を変えたグループ。


サウンド的には

GS+ハワイアンという

いかにも苦し紛れに

思いついたようなものが

売りだったが

聴いていただけばわかると

思いますが

もちろん

「ハワイアンでも何でも無かった」

と語っているのは

ドラムの丘マサミ




本作は

1968リリースの

「太陽よ燃えろ」のB面

「まぼろしのシェラザード」


このバンドとしては

最もGS色の濃い

作品でミステリアスで

チープなオルガンや

単音のギターが味わい深い名曲。


結局GSブームの波に

乗り切れず

翌年の69年には

解散してます





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□ 今夜紹介する楽曲 □




ビー・マイ・ベイビー/アウト・キャスト

キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ

マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ

レッツ・ダンス/ザ・スウィング・ウエスト

アガナの乙女/ポニーズ

スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ

うれしい気持/内田裕也とフラワーズ






ビー・マイ・ベイビー/アウト・キャスト



67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている曲で


どういうわけか4年も前の

63年に流行った

ロネッツの曲をカヴァー


スウィング・ウエストも

69年1月のシングルの

B面でこの曲を取り上げて

おりますが


いまだに

ラジオ、テレビと

メディア問わず使われている

所を見ると


オールディーズなどと

一口で言ってしまう事ができない

魅力がある名曲。


ロネッツなど

60年代アーティストを

プロデュースした


アレンジャー兼アーティスト

フィル・スペクターの

偉大さを感じます





キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ



1964年初頭、

アメリカ上陸を果たし

熱狂的なブームを巻き起こした

ビートルズのレコードが

日本でも発売されると


それまでの習わしどおり

日本のポップス・シンガーも

ビートルズ・ナンバーを

邦訳カヴァー盤で発表したのであった


ビートルズと日本語は

そぐわないという葛藤が

当時のミュージシャンには

あまりなかったのか

その後も

リヴァプール・サウンドの

邦語カヴァーはいくつも出された


なかでも

ビートルズが我が国に紹介された

直後リアルタイムに

ビートルズを日本語で

歌うことに果敢に取り組み

そして敗れ去って行った伝説のバンド

それが

東京ビートルズ


1964年5月に

『抱きしめたい/プリーズ・プリーズ・ミー』

を出したが見事に失敗


7月に

『キャント・バイミー・ラブ/ツイスト・アンド・シャウト』

を出したがあっさりこけて


もしかしてビートルズは

日本語にのらないのではないか

という杞憂を現実のものにしてみせ


結局シングル二枚で消えて行った


とにかくすごいのは

その歌詞で

「買いたいときにゃ

金だしゃ買える」


という

ここでも漣健児先生の

日本語意訳歌詞全開の

ハチャメチャぶり


このとき以来

ビートルズは

日本語にのらないという

定説ができてしまったというが

本当だろうか?


------------------------------

東京ビートルズは

二枚のシングルと

ソノ・シートを残している


このソノシートというのが

くせ者で

東京ビートルズが

ビートルズを演奏しているだけなのに

ジャケットには

ビートルズの写真が使われ

グループ名は

”ビートルズ”

とだけ表記されているのだ


このインチキ盤を騙されて

買ってしまった

哀れなビートルズファンは


結構いたようだ。


こんなサギまがいのことが

堂々とまかり通っていた

ということに時代性を感じる


------------------------------




マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ


黒人のボサノヴァ歌手

ジョルジ・ベンが作り

自身が歌って大ヒットした曲


日本では1966年に発表した

セルジオ・メンデス&ブラジル’66の

アレンジが世界的ヒット曲

として知られる

ご存知のナンバー



マシュ・ケ・ナダとは

ブラジルポルトガル語のスラングで

「よお、どうしたんだい」

「やなこった」

など様々に使われる言葉




レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト



1969年6月のリリース

テイチクから9枚目のシングルのA面

スウェーデンのビート・グループ

オーラ&ジャングラーズの

ヒット曲の日本語カヴァー


70年代には

ラモーンズもファーストLPで

カヴァーしていたロック・クラシカル


だがこちらは

ポップよりの演奏



1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド


というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまった

というバンド


伝統あるこのバンドも

66年頃には

はやりの

エレキ・ギター・バンドに

なっていたが


バンド編成は

歌手三人に

バンド五人という

前近代のままで

前時代の名残を感じられる




アガナの乙女/ポニーズ(1968/12




もっぱら歌のお兄さん的な

親しみやすさで売っていたグループで

存在感はほとんどなかった

ポニーズ


ロックというよりも

カレッジ・フォーク的な活動を

していた爽やか系GS


新宿のフォーク喫茶

”フォーク・ヴィレッジ”の

社長が


マグマックス・ファイヴ

バインズなど

アチコチのバンドから


メンバーを集めて

1967年10月に作ったグループ


半年以上の

練習をへて

68年8月25日

コロムビアから

「ブルー・エンジェル」でデヴュー


ーーーーーーーーーーーーーーーー

当時、ヤマハホールで開いた

発売記念コンサートには

1500人のファンを動員

優しい、

童謡調のこの曲はオリコンの

65位までいった

ーーーーーーーーーーーーーーーー


68年10月のモンキーズ

日本公演では

フローラル、

ブルー・インパルス

と共に前座に

抜選されるという

栄誉にも浴した


アガナの乙女


1968/12

二枚目『雨ふる街角』のB面


シタールを入れた完成度の高い

ラガーポップに仕上がっており

和製ソフトロックの名作を

数多く手がけている編曲家

東海林しょうじ修によるもの


だったが

当時ほとんど評価されなかった。







スペイス・エクスプレス/ザ・サベージ



65年10月、フジテレビの

勝ち抜きエレキ番組で

『勝ち抜きエレキ合戦』に

出場し、

四週連続チャンピオンとなり、


さらに日テレの

『世界に飛び出せニュー・エレキ・サウンド』

にも出場


66年にグランド・チャンピオン

に輝いてプロとなり


66年8月デヴュー曲

「いつまでもいつまでも」

1966年という時代を反映した

牧歌的なフォーク・バラード

だがアマチュアっぽさが

新鮮で大ヒット。


一躍スターの座に

ついたグループ。


三田 明主演 松竹映画1967年10月14日封切

歌謡映画『また逢う日まで 恋人の泉』

の音源から


ギターの渡辺昌宏作曲の

オリジナルで


66年12月に出た

ファーストLP『この手のひらに愛を/ザ・サベージ・アルバムNo.1』

に収録されているものよりも

ラフな演奏が聴ける


スプートニクスを彷彿させる

スリリングな

スペース・インスト・ロック

欧州の

エレキマニアのあいだでも

人気の高い曲



□うれしい気持/内田裕也とフラワーズ



67年春の約三ヶ月間に

及ぶヨーロッパ放浪旅行で

新しいロックの洗礼を

受けて

帰ってきた内田裕也が

日本にも本格的な

サイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作ろうとして

1967年11月26日に

新宿ACBのステージを

皮切りにスタートした

フラワーズ


とにかく

レコーディングに

に縁がなかったグループで


もっぱら都内の

ジャズ喫茶やディスコでの

地味な活動が続いた


69年1月にようやく

遅すぎたデヴュー・シングル

「ラスト・チャンス」を

コロンビアから発表


この曲は極度に歌謡曲化された

ものだったが。

コマーシャル的なシングルを

出したらアルバムは好きなように

作らせてやるという

レコード会社との約束で

つくられたアルバムが



□うれしい気持/内田裕也とフラワーズ


メンバー全員オールヌードで

撮影したジャケットが

センセーショナルな話題を呼んだ

1969年7月25日にリリースした

アルバム「チャレンジ!」から




「うれしい気持ち」

スキップ・ジェイムズ作の

ブルーズ・クラシックだが


クリームが1966年12月にリリースした

デヴューアルバム『FRESH・CREAM』

でカヴァーしたことで

広く、ロックファンに知られるように

なったナンバー


他にも

カップス、

ジャガーズ(ディープ・パープルのヴァージョン)


のカヴァーがレコード化してる





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□ 今夜紹介する楽曲 □




逢えば好き好き/マーガレット

グリージー・ハート/内田裕也とフラワーズ

あなただけを/ザ・スパイダース

Ys-11/サリー&シロー

人間主体の経営と工事/クニ河内とかれのともだち

黒ゆりの詩/ザ・スパイダース




逢えば好き好き/マーガレット, 寺内タケシとバニーズ




寺内企画所属のハーフのモデル

マーガレット(本名マーガレット・リー・バレット)

寺内タケシの秘蔵っ子で


二枚目のシングル

逢えば好き好き」は

プリミティヴなガール・パンク・ナンバー


バッキングをつとめる

寺内タケシとバニーズが

荒々しい演奏を

聴かせてくれる


この楽曲は

今やガールズガレージの人気曲で

フィフティーンズ・ハイティーンズが

2005年のアルバムで

カヴァーしている



マーガレットは

70年代に

エミー・マーガレットの

名前で再登場し


イージー・リスニング寄りの

作品を発表している




□グリージー・ハート/内田裕也とフラワーズ



67年春の約三ヶ月間に

及ぶヨーロッパ放浪旅行で

新しいロックの洗礼を

受けて

帰ってきた内田裕也が

日本にも本格的な

サイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作ろうとして

1967年11月26日に

新宿ACBのステージを

皮切りにスタートした

フラワーズ


とにかく

レコーディングに

に縁がなかったグループで


もっぱら都内の

ジャズ喫茶やディスコでの

地味な活動が続いた


69年1月にようやく

遅すぎたデヴュー・シングル

「ラスト・チャンス」を

コロンビアから発表


この曲は極度に歌謡曲化された

ものだったが。

コマーシャル的なシングルを

出したらアルバムは好きなように

作らせてやるという

レコード会社との約束で

つくられたアルバムが


1969年7月25日にリリースした

「チャレンジ!」で


メンバー全員オールヌードで

撮影したジャケットが

センセーショナルな話題を呼んだが


内容は

ビッグ・ブラザーズ・ホールディング・バンド

クリーム

ジミヘン

ジェファーソン・エアプレイン

殆どニューロックの

コピーで評価は皆無に近かった


小林勝彦のスチールギターが

リードギターの役目を果たすという構成はユニークだが

あまり効果は得られず

ほとんどコピーの領域を

出ていない。


ただ今聴いていただいた

「グリージー・ハート」

オリジナルはジェファーソン・エアプレインが

1968年9月にリリースした

四枚目のアルバム『CROWN OF CREATION』収録曲


このアルバムでは


麻生レミのヴォーカルは

和製ジャニスを意識した構成になっていたが


むしろ

ジェファーソン・エアプレインの

グレイス・スリック


の方が向いていることを

浮き彫りにしている




□あなただけを/ザ・スパイダース


1968年3月15日発表だった

LP『スパイダースNo.5』

収録曲


ジャケットのセンスはなかなかいいが

シングルカットされている

A面の1、5

B面の6


を除いて全て外国曲の

カヴァーからなり、

スパイダースの中では

最も地味な印象を受ける

アルバムであり、


時代を反映した

サイケデリックなプレイも

あまり聴くことのできない

アルバムだった


せいぜい、

A面の4曲目

「あなただけを」


ジェファーソン・エアプレインの

名曲

1967年

「Somebody To Love」

のカヴァー


が入ってきているのは

サイケ時代を

意識してのことだと思われるが

キャッチーなサビに

引っ張られて

おとなしい印象





Ys-11サリー&シロー


タイガースの

サリーとシロー

の唯一のアルバム1970/2リリースの

「トラ70619」収録曲


このアルバムは他にも

ムッシュかまやつ、

クニ河内、

小林勝彦など

豪華メンバーの集まった

アルバム


アルバムの中で

アメリカのガレージものの

ファンにも絶大な人気を

得ているらしいのがこのYs-11。



クレジットには

フラワーズのスチールギター

小林勝彦の作曲とありまして

麻生レミと小林勝彦が

渡米したことでフラワーズは

解散になるわけですが

いかに小林勝彦が重要な

ポジションだったか

感じないではいられない



人間主体の経営と工事/クニ河内とかれのともだち1970.12


キングレコードでは

布施明の大ヒット

「そっとおやすみ」の

作者としても知られる

ザ・ハプニングス・フォーの

クニ河内が

フラワートラベリンバンドの

ジョー山中と石間秀樹と作った

日本のロック黎明期の名盤

アルバム『切狂言』の収録曲


『切狂言』というアルバムは

はっぴいえんどの『風街ろまん』

と同時期に作られた

最も早い全編日本語の

ニュー・ロックLPとして

知られる入手困難盤で


この曲は71年に

フラワートラベリンバンドが

再録音し

「MAP」という

タイトルで米国の

ジョー・ママとの

スプリットシングル

として

アトランティック/ワーナー

よりリリースされた


この『切狂言』から36年経過した

2006年『切狂言2』ともいえる

続編、『Mr.Rallystupid philosopher(頓間な哲学者)

を当時と同じ顔合わせである

クニ河内とジョー山中の

最強タッグで

リリースしています。

こちらも

インディース・レーベル

からリリースであったので

一般のレコード店には

なかなか並ばなかった

逸品。


□黒ゆりの詩/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」から


B面1曲目に

収録されたナンバー


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恋を抱きしめよう/ザ・スパイダース

モーディー/ザ・テンプターズ

ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ

すてきなサンディ/ザ・カーナビーツ

レット・ミー・ゴー/シャープ・ホークス

朝日よさらば/モップス

陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス

悲しみはぶっとばせ/ザ・スパイダース


□恋を抱きしめよう/ザ・スパイダース



ザ・スパイダーズは元々

コンボ・ジャズ編成で

エキゾチック・サウンドから

歌謡曲までを

レパートリーにしていたが

64年初頭

メンバーのかまやつひろし

がビートルズの米国版アルバム

『ミート・ザ・ビートルズ』を

入手したことがきっかけとなって

ビートルズ・スタイルの

ビート・グループへと

再編成。


ジャズ喫茶などで

ビートルズナンバーを演奏していた


そんな彼らが

66年6月1日にリリースした

アルバム

『ザ・スパイダーズ・アルバムNo.2』は

全曲、ビートルズやアニマルズなど

イギリスのビート・グループ作品

のカヴァーだけで

まとめられた作品だった


「この恋を抱きしめよう」は


ほとんど原曲そっくりのアレンジだが

一番のサビ以降に

日本語歌詞が出てくるところに

すでに終焉を迎えた

ロカビリーカヴァーポップス時代の

片鱗がうかがえる


モーディー/ザ・テンプターズ



1969年東京新宿厚生年金会館大ホールにて

開催されたテンプターズ・ファンクラブ例会でのライブ


25曲演奏された

このステージは

後にリリースされた

テンプターズ唯一の

ライヴアルバム

『テンプターズ・オン・ステージ』

でその一部を聴くことができる


この曲も『テンプターズ・オン・ステージ』

収録曲で


アニマルズの演奏でも知られる

ジョン・リー・フッカー作の

ブルーズナンバー


ショーケンのブルースハープが

フィーチャーされ

黒っぽい魅力で

男性ファンも多かったテンプターズの

ブルース・バンドとしての

側面が再確認できる演奏





ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ(1968/6



デヴュー・シングル

「君に会いたい」のB面


スウィンギン・ロンドン的な感覚は

デヴュー前にすでに

エレキもヴォーカルもこなす

「リヴァプール・サウンド」スタイルを

完成させていたジャガーズならでは


『オースティン・パワーズ』を

彷彿させるジャガーズの主演映画

松竹68年3月30日の封切り

『進め!ジャガーズ敵前上陸』

横浜ドリームランドや、大町温泉スキー場で

ジャガーズがスパイ団に

付けねらわれるシーンの

BGMとして、この曲が

効果的に使われている



すてきなサンディ ザ・カーナビーツ 1968



『ザ・カーナビーツ・ファースト・アルバム』収録曲

メンバーが作ったオリジナルで、

ファズ・ポップの傑作。

小気味良いファズギターを駆使

、鐘の音、女の子たちの話し声、

最後の小学唱歌など

アイデアいっぱいの

サイケデリックポップ。


ワイルドなステージで

有名なカーナビーツは、

最もファズの使用頻度が高いグループ

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」「恋の夜明け」など

多くの曲でファズトーンを駆使しています


アメリカのバンド

ウェルウォーター。コンスピラシーが

この、カーナビーツの

「すてきなサンディ」を


熱烈にカヴァーしていて


日本のGSマニア達を

驚かせた


ーーーーーーーーーーーーーーー


ウェルウォーター・コンスピラシーは

カート・コバーンも絶賛した

グランジ系の代表的グループである

サウンド・ガーデンの

マット・キャメロンと

ベン・シェパード


モンスター・マグネットの

ジョン・マクベインが

加わって結成された覆面バンドで、


93年に自分たちのレーベルを設立

2枚目のシングルとして

リリースしたのが「SANDY」


メンバーのジョンは

「GSは英米のガレージ・サイケよりも

ずっと荒々しさがある。いつも最高の

ファズ・トーンをだして。

当時からすれば

僕が耳にしたどんなものよりも

遥かに時代を大きく

先んじていたと言えるね」

ーーーーーーーーーーーーーーー


海外で

日本のGSへの再評価が

伺える



レット・ミー・ゴー/シャープ・ホークス


1967/12


5枚目のシングル、

阿波踊りのビートを

取り入れたという

ファズが阿波踊りの

リズムを奏でる

豪快なガレージロック。

ファンの奇声も

効果的にとりいれて

オリコン78位


バックはシャープ・ファイブ

もともと総勢10人という

大所帯だったシャープ・ホークスは

65年にバンド部門が

井上宗孝とシャープ・ファイブ

として独立している。


67年12月には

シャープ・ファイブは

コロムビアに移籍するので

この曲は

まさにその頃の

録音ということになりますかね





朝日よさらば/ザ・モップス


サイケデリック音楽への

アプローチを高らかに謳った

日本最初のアルバム


モップスの(68.4)1stアルバム

「サイケデリック・ミュージック・イン・ジャパン」収録曲


そのなかでも

ファズを使用した

「朝日よさらば」は

欧米でも非常に評価が高い。

その後、同年八月の三枚目の

シングルまで

ファズ・ギターを駆使した

サイケ路線が続いた。



なお、


日活映画『星影の波止場』で

レストランのシーンで

モップスがこの曲を

演奏する姿が見られます




陽はまた昇る/ザ・ゴールデン・カップス


横浜、本牧のクラブ

”ゴールデン・カップ”の

レギュラーとして活動をはじめた

バンドで


当初は”グループ・アンド・アイ”という

名前だった


メンバーは

元スフィンクスの

デイヴ・平尾とマモル・マヌー


元テイク・ファイヴの

ルイズ・ルイス・加部


元ファナティクスのエディ藩


の五人


日本のバンドにはない

インターナショナルな感覚と

テクニックで


もっぱらゼムやヤードバーズ

さらにはジェームズ・ブラウン

オースティン・レディング

フォー・トップス

などR&Bをレパートリーとし

好き勝手に演奏している

グループとして

評判はすぐに玄人筋に広まった


バンド名を

ザ・ゴールデン・カップス

と改め1967年6月

東芝/キャピトルから

「愛しのジザベル」でデヴュー


そんな

デヴュー・シングル

「愛しのジザベル」のB面 


「陽はまた昇る」


ファズをフル活用の

ガレージ・サイケで


デイヴ・平尾の

民謡的唱法が

面白い効果をだしている。





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□ 今夜紹介する楽曲 □




ロック天国/ザ・ワンダース

マーシー・マーシー/ザ・ボルテージ

恋のサイケデリック/ザ・デビィーズ

恋のピストル/ルビーズ

悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ

ハ・ハ・ハ(ライブ)/ザ・ワイルド・ワンズ

モニー・モニー/ザ・ワイルド・ワンズ

ロック天国(シングル・ヴァージョン)/ザ・ワンダース




ロック天国/ザ・ワンダース



ロック天国/ザ・ワンダース

(1968.4


実際には幅広いレパートリー

をもつスタンダード指向の

ヴォーカル・グループだったが

GS全盛時代にデヴューしたため

分類上GSのくくりに入れられてしまった

グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの



ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である


日本のロック・ヴォーカリスト

の起原は尾崎紀世彦にある

と筋肉少女帯の

大槻ゲンヂも申しておりました




今聴いていただいた

「ロック天国」は

反戦フォークの

ピーター・ポール&マリーが

67年にヒットさせた

おなじみのナンバー


1968.4

ユニオンからリリースされた

コンパクト盤『太陽の若者たち/ザ・ワンダーズ』

に収録された

英語ヴァージョン




マーシー・マーシー/ザ・ボルテージ


ズーニーヴーと共に

黒人のソウル音楽しか

レパートリーにしなかった事で

知られる本格派のR&Bバンド



本作は68年8月に

発表された


唯一のアルバム

『R&Bビックヒット』収録曲


ローリング・ストーンズも

やっていた

ドン・コヴェイのカヴァー


橘洋介のソロで

当時のGSとしては

平均的な出来映え



この1968年8月に

発表された

『R&Bビックヒット』でありますが


GSによる

R&Bカヴァーの理想型を

見る事のできるアルバム


山下達郎氏も大絶賛しているという。


ホーン・セッションは

導入せずに

代わって、

目一杯かけたファズと

限りなくチープなオルガンが活躍


GSとしての

アイデンティティーを

失わずに

且つ

”ファンキー”や”グルーヴ”

といった

黒人音楽の本質に

鋭く迫っている


レコーディングの

際には

昨年六月に亡くなった

桜井ユタカ氏

(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)


が付きっきりで

アドバイスをしたという

アルバム





恋のサイケデリック2:37ザ・デビィーズ1968




デビィー中野という

黒人音楽好きの人物が

マネージャーになって

67年6月に結成された

北海道のGS

ザ・デビィーズ


「トワイライトゾーン」を

イントロにつかった

チープなサイケデリック・ソング


1968に

ミノルフォンからリリースした

ムードコーラス調の

デヴューシングル

「青いささやき」のB面。

「恋のサイケデリック」



北海道のGSは

ムードコーラス感の強い

イメージでしたが

68年という時代に感化され

サイケデリックサウンドに挑戦し始める。


そんなわけで

このグループも

二枚のシングルを

出していますが

まあ、

いずれもヒットとは無縁だった

その後、レコードを

出す事は無かったようですが


実力派R&Bグループとして

しばらくは札幌で

活動を続けていたようです



恋のピストル/ザ・ルビーズ


ザ・ルビーズ「恋のピストル」


いつ聴いても

奔放なぶっ放しっぷり。必死なのかヤケクソなのか


「恋のピストルぶっ放そう!」を


明るく歌いきった

ルビーズ




珍しかった左利きの

リード・ギター兼

リード・ヴォーカル

菊谷英二(きくたにえいじ)

がセールス・ポイント

この人は

ルビーズをやめたあと

「ハチのムサシは死んだのさ」

のセルスターズへいった。



「ルビーズのはめているルビーがあたる」

レコードに抽選券をつけて

指輪につけていたルビーを

抽選で5名の方に

プレゼントする涙ぐましい

キャンペーンとか


話題性は

あったんですけれども、


ポリドールとしては

タイガースを

抱えていたこともあって


ルビーズは地味だった。


------------------------------------------------

1968年武道館で

「タイガース新曲発表会」

というコンサートがあって

その前座をつとめたしてるんですけれどもね、ぱっとしなかった。


------------------------------------------------



悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ



67年に来日した

デ・スーナーズが

話題を呼んだために

当時日本には20グループ以上の

フィリピン・バンドが

活動していたと

言われています。


ザ・クラックナッツも

そのひとつで

横浜のMUGENなど

ゴーゴー・クラブで

活動していた

寺内企画所属の

フィリピン・バンド。


寺内企画には

「アマゾンズ」なる

女性だけのフィリピン・バンド

も存在していた。


寺内企画所属という

事もあり

67年秋にバニーズが

ヒットさせた

曲をそのままカヴァーさせられ

69年8/25に発売された

唯一のシングルのA面


ファズを使っていない

こと以外に独自性もなく

プロモーションらしいものは

なにもなく、全く世間に

知られずに終わってしまった。


ヴォーカルの

ローランド・メナの

フィリピンなまりの声が

印象的であります



モニー・モニー/ザ・ワイルド・ワンズ(1968/12)

ハ・ハ・ハ(ライブ)/ザ・ワイルド・ワンズ




以前からなんども言っているように

当時のGSの実力は

レコードではわからない

ステージの方が

何倍もスゴいバンドがたくさんあった


このワンズのパワフルな

ライブでもその片鱗を

伺う事ができる。



ワイルドワンズは

67年から毎年

サンケイ・ホールでリサイタルを開いていたが

68年と69年のステージの模様は

それぞれライブアルバム化されている


最初の二曲はライヴアルバム『リサイタル’68』より


68年9/29東京

サンケイホールで

行われたリサイタルのライヴ・アルバム

に収録されている二曲目と三曲目。

ライブならではのダイナミックな演奏で


ワイルド・ワンズの

パブリックイメージを

覆すハードな演奏で

彼らの別の一面を

堪能できる

カヴァー曲2曲





植田芳暁が歌う

「ハ・ハ・ハ」


原曲は諸説ありますが、

ニューオリンズR&Bの

ヒューイ・ピアノ・スミスのナンバー

だったという事でありますが、

68年にシカゴの白人五人組

R&Bグループ、マウズが

アレンジして

シングル・リリースしていて

それをカヴァーしたもの

他にもリンド&リンダースも

日本語カヴァーしている


それから


島 英二の持ち歌だった

「モニー・モニー」

トミー・ジェイムス&ジョンデルス68年の

全米第三位のヒットナンバー



ロック天国(シングル・ヴァージョン)/ザ・ワンダース

(1968.4



実際には幅広いレパートリー

をもつスタンダード指向の

ヴォーカル・グループだったが

GS全盛時代にデヴューしたため

分類上GSのくくりに入れられてしまった

グループ。


デューク・エイセスの創始者、

和田昭治氏に師事し

グループ名は

和田氏の名前をもじってつけたもの


ヴォーカルは

後にソロになる

尾崎紀世彦である


日本のロック・ヴォーカリスト

の起原は尾崎紀世彦にある

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ワンダースの四枚目のシングル

「マサチューセッツ」のB面で

反戦フォークの

ピーター・ポール&マリーが

67年にヒットさせた

おなじみのナンバーの

日本語カヴァー



ユニオンに7枚のシングルと

LP、EPを各一枚残しているが

他に

「妖術武芸帖」や

「こどくの夕陽」といったTV主題歌

やTBSの8トラ・テープ用

などにたくさんの曲を

吹き込んでいますが

GSファンにとっては

どうでもいいような

ものばかりですが






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□ 今夜紹介する楽曲 □



青い瞳 - 「二人の銀座」/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

誰よりも君が好き/ブラック・ストーンズ

のっぽのサリー/アウト・キャスト

ストーン・フリー/デ・スーナーズ

バック・イン・ザ・U.S.S.R./パワー・ハウス

ロック・アラウンド・ザ・クロック/ザ・リード



青い瞳 - 「二人の銀座」/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



1967年2月封切りだった日活の

山内賢&和泉雅子の

デュエットで大ヒットした歌を

テーマにした歌謡映画

『二人の銀座』より


『ジャズ・フェスティバル』なる

コンサートで大ホールにブルコメが

出てきて演奏するのが

この曲


これは彼らの

1966年11月リリースだったLP

『ベスト・ヒット’66』に

収録されている「青い瞳」と同じパターン



誰よりも君が好き/ブラック・ストーンズ


横浜伊勢崎町界隈で活動していたところ

作曲家、中島安敏にスカウトされ

67年2月

黛ジュンの『恋のハレルヤ』の

バッキングをつとめた後


同年4月、東芝キャピトルから

デヴュー。


御聴きいただいた楽曲は

デヴュー・シングル

『ヘイ・ミスター・ブルーバード』の

B面で

キンクスの「ウェイティング・フォー・ユー」

に似たイントロで始まる

軽快なフォーク・ロック・ナンバー


ヴォーカルの

藤枝省二は既に62年の頃から

ロカビリー・バンド

”ロリー・ポップス”で歌っていたベテラン

であった。


デヴュー曲の評判はまずまずだったが

怒濤のGSブームが始まる67年夏

メンバーの不仲で

あっけなく解散した




のっぽのサリー/アウト・キャスト


67年11月に発売された

アルバム

『君も僕も友達になろう』

に収録されている


ビートルズやプレスリーはじめ

世界中で数えきれないほど

カヴァーされている

リトル・リチャードの

ロックン・ロールだが


これほど過激なバージョンも

そうないだろう


ストーン・フリー/デ・スーナーズ


香港のナイトクラブで活動していた

所を加山雄三の妹夫妻の

目にとまり、日本にスカウトされた

フィリピン・バンド


67年に来日し

加山雄三が経営する

茅ヶ崎パシフィック・ホテル

のレストランン「一閣」の

専属バンドとして活動したのち

一旦帰国

68年3月末に

再び来日してからは

都内のジャズ喫茶

ディスコに出演し

その

本場感覚のフィーリングと

テクニックで日本のGSを震撼させた

スーナーズ


もちろん、ジミ・ヘンドリックス

のヒット曲のカヴァーで

LP『リズム・アンド・ブルース天国』に

収録されているもの


間奏でのサイケデリックな

ギター・プレイが聴きどころです


それにしても、

一体どれほど多くのGSが

ジミヘンのアルバム

『スマッシュ・ヒッツ』の

中の曲をレパートリーに

していたことだろうか

呆れるほどである。


特にこのスーナーズは

ヴォーカルのロニーが

ジミ・ヘンに似ていたこともあって?

熱心にカヴァーしていた。



Back In The U.S.S.R/パワー・ハウス


69年GSブームの衰退とともに

台頭してきた

ニューロックバンドの草分けのひとつが

このパワーハウスで


かつて、ゴールデン・カップスとともに、

本牧の伝説のバンドと称された


---------------------------------------------

現在も、モジョスとして活動中の横浜、本牧の顔

チーボーこと竹村栄司率いるパワー・ハウス

60過ぎた今でも元気に「本牧ロック化計画」を押し進めております。

---------------------------------------------


ベースが今は亡き、柳ジョージ


彼らのデヴューシングルである

「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」のB面


軽快なビートルズのロックンロールを


原形をとどめないほどの

大胆な解体ぶりが話題になった。


日本でも

ワイルド・ワンズ、

ブルー・コメッツなどが

この曲のカヴァー盤を

残してきたがココまで

過激なものは類を見ない


バーボンの香りとタバコの煙が漂ってきそうな

エレキブルーズにしてしまうあたり非凡さを感じる


□ロック・アラウンド・ザ・クロック/ザ・リード






1968年10月25日リリースだった

リードのファースト・アルバム

『ザ・リード・ゴーズR&B』

に収録された曲


”ロックン・ロール・リバイバル”

という当時の風潮に便乗し、

オールディーズのR&B的解釈を

試みたアルバムであったが


実際にはR&Bというより

ブルース・ロック

といったほうが近い

仕上がりだった。



「ロック・アラウンド・ザ・クロック」

では日本のバンドには真似のできそうにない

コーラスも含め、このアルバムの

最高作と言える




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by marquis_de_d | 2019-02-17 21:00 | RADIO R'lyeh


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