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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト
渚の天使/弘田三枝子
恋と海と太陽と/はつみかんな
想思樹/フラワーズ
熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ
ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ
シーサイド・バウンド/ザ・タイガース




レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト(1967.7

後にスタジオミュージシャンや
音楽プロデューサー、
作家となる
メンバーも多く、

実力はあったが
人気に恵まれなかった
GSの代表格といわれておりmasu
渡辺プロの実力派GS
アウト・キャスト

三枚目のシングルA面で

ヘヴィなファズが
先導するビート・ナンバー

藤田まこと主演の
67年9月、封切りだった
日活映画
『喜劇・大風呂敷』

では、アウト・キャストが
ゴーゴー・クラブで
この曲を演奏する
シーンが見られます。

ファズといえば
アウトキャストの前身バンド
ブルー・エースは
まだ、ファズボックスが
無い頃「サティスファクション」
をやるときに
リード・ギター二本で
高音部と低音部を
同時に弾く事で
ファズのような効果を出していたそうです



渚の天使/弘田三枝子(1968.2.11

60年半ばになると

カヴァーポップスばかり
歌わされることに

嫌気のさした弘田三枝子は

ジャズナンバーを歌う事を
希望するようになり

東芝からコロムビアへ
移籍します。

そこで

日本でもっとも偉大な
ポップ・ミュージックの
作曲家兼プロデューサーと
目される、筒美京平と
ともに仕事をする事になります。


筒美京平はポリドール・レコードで
音楽ディレクターを
5年務めており
そこでは洋楽部でしか働かない
という希望を貫き通し
ガス・バッカス
ジョニー・ティロットソン
の日本版リリースを担当

筒美京平が受けた
音楽的な影響は
弘田三枝子の『渚の天使』でも

伴奏には「クール・ジャーク」の
影響が顕著に見られるなど

明らかに聞き取る事ができます




恋と海と太陽と/はつみかんな(1968)

77年「マイ・ラグジュアリー・ナイト」
の大ヒットを飛ばした
’シンガーレディ’しばたはつみ

2010年3月に57歳で心筋梗塞で亡くなるまで

コンサートやディナーショーを中心に
海外公演も含め年間100回以上の
ステージをこなすインターナショナルな
ショービジネス界で通用する
数少ない日本シンガーだった。

しばたはつみとして
ブレイクする以前に
はつみかんなという名義で
デヴューしたときの
デヴューシングル「乙女の季節」のB面
ガールズガレージの名作

「恋」と「海」と「太陽」と
とまさにGS的語彙の集合体




想思樹/フラワーズ

ソウシジュといえば
沖縄ヤンバルに咲く花だが

沖縄戦に散った
女学生たちの悲劇を描いた
1968年9月21日封切りの
日活映画『あゝひめゆりの塔』で
冒頭の

ゴーゴーホールで踊り狂う
昭和元禄の若者の群れを映したシーンで
使われたもので

戦争中だった20年前との
対比として効果的に使われている

フラワーズによる
スチール・ギターを駆使した演奏だが

このシーンで出てくるのは
全く別のバンドであります




熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ

1959年に結成された
ロカビリーバンド
”ザ・キャラバン”が前身

67年にGS時代に対応
すべくこの名前に変わって

ステージに犬を連れてきて
演奏するという妙な
パフォーマンスで
知られたバンド。
バンドのマスコット
である愛犬の名前が
「VAN」であり
バンドの名前の由来であります。

ステージにはいちいち
この犬を連れてきて
脇につないで演奏していた

思いつけば誰でもできるが
なかなか思いつかないことを
やるのがGSパフォーマンスの
神髄であります

67年4月の
デヴューシングルのA面
「熱い砂」

作曲はスペイスメンの
ギタリスト田代久勝
東アジアGS特有の
泥臭さがある
ビートものに仕上がっている。



ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ


ボルテイジの事務所、
富士音楽企画の社長
木村信夫氏

がもっと外国にも
対抗できるような本格的な
R&Bバンドを作ろうとして
見つけてきたのが
ボルテイジというわけだが

GSによるR&Bカヴァーの
理想型を見ることのできる
1968年8月に出した
ボルテイジ唯一のアルバム
『R&Bビッグヒット』に
収録されている

ドッグ・オブ・ザ・ベイ


1968年に世界中で大ヒットした
オーティス・レディングの
ナンバーのカヴァー


オーティス・レディングは
アトランティック・レーベルを
代表する黒人歌手ですが

さすが、
ステージでの
レパートリーは
もっぱら黒人の
ソウル音楽オンリーで
白いのは一切やらなかった
本格派 ボルテイジ


素晴らしいアルバムですが
本人達からすれば
このアルバムは
出来の方は思わしくなかった
ステージの方がはるかに良かった
と本人達もいうほど。




シーサイド・バウンド/ザ・タイガース

67年八月22日に
東京、大手町のサンケイ・ホール
で開催されたタイガース初のリサイタル
を収めた

デヴューアルバムにして、ライヴ盤という
『ザ・タイガース・オンステージ』より

彼らのセカンドシングル曲
「シーサイド・バウンド」

タイガースは
もはやアイドルGSの枠を超え

やはり、社会現象
とまでなったAAA級のGS

60年代最高のスターGSだった
といえるでしょう




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なんと!ポッドキャスト『 R'lyeh』がうっかりラジオになっちゃった!!
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by marquis_de_d | 2016-07-31 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第壱佰九拾九夜■
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□ 今夜紹介する楽曲 □

レッツ・ゴー・レインジャーズ/ザ・レインジャーズ
シェイキン・マイ・ソウル/ザ・ボルテイジ
ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース
なればいい/ザ・スパイダース
ワルのテーマ/尾藤イサオ
ハイウェイの孤独/ズー・ニー・ヴー
いつも君の名を/ザ・テンプターズ




レッツ・ゴー・レインジャーズ/ザ・レインジャーズ


1967年秋、グループサウンズ大流行の中
クラウンにも本格的な和製ポップス部門
”PW”シリーズが開設されレーベル活動を
始めます。

その第一弾として、泉アキ、
クーガーズ、

そしてこのレインジャーズ

67年10月『星空の恋人』でデヴュー
この「レッツ・ゴー・レインジャーズ」は
そのB面でスパイ物の海外映画ドラマを
彷彿させるエレキ・サウンドが印象的




シェイキン・マイ・ソウル/ザ・ボルテイジ(1968/4)


ステージでの
レパートリーは
黒人ロックオンリー

白いのは一切やらない。

黒っぽさ抜群の
というバリバリ硬派R&B
GSであるボルテイジの

デヴューシングル
「エミー・マイ・エミー」のB面。

ホーンセッションを導入した
A面よりぐっとR&B色の濃い
アップテンポ・ナンバー

87年にザ・ファントムギフトが
ファーストアルバムで
熱烈にカヴァーしていた楽曲

何度かルルイエでも
紹介した楽曲ですが

以前に紹介したときには
エンディングの
”シェイキン”
というかけ声が
カットされたものを
放送したのですが

今回はシングル・ヴァージョン
のかけ声入りを
紹介させて
頂きました


かけ声入りとかけ声無しの
2種類のテイクが
あるものだと考えられて
いましたが、

テイチクには
かけ声無しのマスターしか
存在しておりません

これはどうも

オリジナル・マスター・テープ
の編集整理作業中に
故意なのかミスなのか
フェイド・アウト後の
かけ声を単純に
カットしてしまった
というのが真相のようです



ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース

スパイダースは
65年5月に「フリフリ」で
レコードデヴューしてから
65年末にフィリップス・レコード
と契約するまでの間に、

勁分社、コダマ・プレス、ビクター
などで、ソノシート用に
およそ26曲あまりを
レコーディングしている。

このベンチャーズの
おなじみのナンバー
「ワイプ・アウト」の
カヴァーは勁分社から
リリースされていた
週種類のソノシートに
残されていた
録音音源。

かまやつひろし曰く、

スパイダースでは
ベンチャーズの
レパートリーは
なるべく避けていた

その理由が
まず、寺内タケシのほうが
ベンチャーズやらせたらうまい
ということと
井上孝之が'テケテケ'を
できない事もあって

スパイダースでは
ベンチャーズの
レパートリーは
なるべく避けていた
というのであるが

この演奏を聴く限りでは
なんの なんの
なかなか迫力のある
演奏で
かえってこういう
エレキ・インストを
聴くと
スパイダースの
実力の高さを
うかがう事ができます。




なればいい/ザ・スパイダース



GS主演の映画、仮にこれをGS映画と呼ぶとして
その先駆けとなったのはやはり
スパイダースだった

67年8月封切りの
日活『ザ・スパイダースのゴーゴー向こう見ず作戦』
どんな障害もスパイダースが乗り越えて行くという
たわいのないストーリーだったが
スパイダースの演奏シーンがふんだんに盛り込まれ
ファンには満足のいく内容だった

その翌年68年2月には主演第二弾『スパイダースの大進撃』

そして同年五月に「スパイダースの大騒動」で
ムッシュが「サイケデリック!」と叫びマチャアキが妄想に入るシーンで
この曲が使われている。

ところがシングルがリリースされたのは


GSブレイク前夜ともいえる66年
既にサイケの前兆を感じていたのでしょうか
この時期に既にこんなサイケな曲を
作っていたのだからムッシュのセンスは斬新
で卓越したものを感じるわけであります

この曲は海外GSブート・アルバムに
Any thing You Want
Nati Bati Yi
の題で
何度も収録された人気の
プレ・サイケ・ソングで

モンスター・マグネットのメンバーが
変名で始めたバンド、
ウェルウォーター・コンスピラシー
やサウンドガーデンや

ノースウェストのバンド、クアシが
日本語のままカヴァーしているほど。


ワルのテーマ/尾藤イサオ

最近では尾藤イサオ=あしたのジョー
という印象ですが
60年代中盤における
ロカビリー時代と
GSをつなぐ時期の

再評価されるべき
最も重要な
ロックシンガーの一人でありまして

とくに
64年と65年に
内田裕也とコンビを組み
リリースした
二枚のアルバムは

どちらも
ロックンロールの古典や
リヴァプールサウンドを
取り上げた画期的なものだった

しかし
ロックを歌わせたら
当代随一
「火の玉歌手」と呼ばれた
尾藤イサオも
バックのブルーコメッツ
のほうが注目されるようになり
GSブームが到来すると
世の中は
ソロシンガーから
バンドの時代となって行くわけですが

お聴きいただいた
GS時代も終焉を迎えた
1973年リリース
「ワルのテーマ」


ワルにはワルなりの
倫理があることを
鋭く描いた
東映映画
「非情学園ワル」の主題歌

昭和歌謡屈指の
カルト盤

作詞:山川啓介
作曲:いずみたく

とても73年リリースとは
思えないファズギターサウンド


ハイウェイの孤独/ズー・ニー・ヴー

ズー・ニー・ヴー

「白い珊瑚礁」のヒット曲を持つ
和製サム&デイヴと呼ばれたグループ

渋谷のレストラン・クラブ
"カバーナ"の専属として腕を磨いていた
もっぱら通好みのR&Bを
レパートリーにしていた事
で評判を呼び
コロンビアから
当時としては異例のアルバムによるデヴューを飾ったグループ。

1968年10月10日リリースだった
彼らのファーストLP
『ズー・ニー・ヴーの世界/R&Bベスト・ヒット』
収録のオリジナル曲
ズーニーヴーの
オリジナルの中では
最もガレージ的な曲で
スリリングな
R&Bサイケの傑作

1987年にアメリカでリリースされた日本のGSコンピレーション
『Sixties Japanese Garage - Psych Sampler』にも

「Lonely Highway」のタイトルで紹介された。


いつも君の名を/ザ・テンプターズ

テンプターズの
ファースト・アルバム
1968年6月25日リリースだった
『ザ・テンプターズ・ファースト・アルバム』

収録されている
松崎由治のオリジナル
英語歌詞曲

オーケストラと
シタールを導入し

松崎由治特有の
お得意の
東洋的な旋律が
サイケデリックな
夢幻感を漂わせている

この曲は
彼ら唯一の主演映画
『涙のあとに微笑みを』
の中でも聴くことができる



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□ 今夜紹介する楽曲 □


クレイジー・ミッドナイト/ザ・モージョ
ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ
薔薇のレクイエム/宮ユキオとニュー・ジャガーズ
バラをあの娘に/デイ&ナイツ
のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ
悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ
ラ・ラ・ラ/木ノ実ナナ


クレイジー・ミッドナイト /ザ・モージョ 1969.1

弘田三枝子の
バックバンドとして
活動していたグループ、
”渡辺明とリズム&ブルーセス”
のキーボード奏者だった
本田竹彦が67年に結成した
グループで

その後、68年2月から
2ヶ月間アメリカへ
勉強にいっていた弘田三枝子が
帰国後「日本のアレサ・フランクリン」
としてR&Bを歌い始めた頃
やはり、
弘田三枝子のバンドとして
活動していました

ザ・モージョの
唯一のシングル
『欲ばりな恋』のB面

ファンキーなR&Bで

豪快な笑い声をいれたりする
おちゃらけぶりは
さすがジャズ出身者
ならでは。




ビート・トレイン/ザ・ジャガーズ(1968/6


デヴュー・シングル
「君に会いたい」のB面

スウィンギン・ロンドン的な感覚は
デヴュー前にすでに
エレキもヴォーカルもこなす
「リヴァプール・サウンド」スタイルを
完成させていたジャガーズならでは

『オースティン・パワーズ』を
彷彿させるジャガーズの主演映画
松竹68年3月30日の封切り
『進め!ジャガーズ敵前上陸』

横浜ドリームランドや、大町温泉スキー場で
ジャガーズがスパイ団に
付けねらわれるシーンの
BGMとして、この曲が
効果的に使われている


                                
薔薇のレクイエム/宮ユキオとニュー・ジャガーズ

1968年3月31日付けで
ジャガーズを脱退した宮ユキオが
男の意地をかけて
結成したグループで

(新・加勢大周という名前を
聞いたときディープなGSマニアは
このバンドのことを思い出した)

同年5月から、東京都内
大阪、名古屋、九州、北海道と
全国を飛び回り
メンバーをスカウト
9月中旬結成に漕ぎ着けた

集まったメンバーは
全員各バンドでリーダーを
つとめていた人間であり

おかげで
四つのローカル・バンドが
つぶれたという

1969年1月15日に
コロンビアからリリースした
デヴューシングルで
唯一のシングル
「愛のアルツァート」のB面
オリジナル・アーティスト不明の外国曲
らしい

69年にしては
珍しいバーズ風の
フォーク・ロック的演奏だが
キレが無く

詞が散漫で
イメージがつかめない



実際のところ
A面の「愛のアルツァート」も
12時間もかけてレコーディング
した曲だったが
ヒットには繋がらなかった



バラをあの娘に/三枝伸(さえぐさしん)とデイ&ナイツ

ムード歌謡を志向しつつも
演奏にロック的躍動感を
もたせようという
革新的ポリシーを
掲げて
1966年10月に
作曲家 三枝伸をリーダーに
結成されたグループ

GSとムード歌謡の
間の塀の上を歩いていて

ムード歌謡の方に
落ちることが多かった
マージナルなグループ

女一人に男六人
という大所帯なこのバンドが

”和製フラワー・ミュージック”

を標榜して67年10月にリリースした
第三弾シングルのA面がこの曲

洋楽よりの軽快な作品で、
ムード歌謡色をぬぐい去り
よりGS的な方向性をねらったため
珍しくGS寄りに仕上がっている

近年では
英国で1996年に
テイチク/クラウンのGS曲
で構成されたコンピレーションアルバム
『GS I LOVE YOU』
にも収められ評判となった

その後も
GS色を強めようとしたものの
結果は思わしくなく
1968年5月に出した
4枚目のシングル
「泣かないでおくれ」
は地味なアダルト・オリエンテット歌謡だった

結局それが最期の
レコードとなり

その後、三枝伸は
69年にベイ・ビーツを結成
’ホット・ロック・サウンド’を
キャッチフレーズに
ポリドールから
「愛のモトマチ」でデヴューした



のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ



のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ


1968年5月に出た唯一のアルバム
『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲
B面の5曲目に収録されている曲で
ヴォーカルの瀬川洋によるオリジナル。

この
彼ら唯一のアルバム
『ヤングサウンド・R&Bはこれだ!』
非常にエキサイティングでカッコいい、
GSの最良の部分を抽出した名盤であるが

洋楽カヴァーと
職業作曲家の書き下ろしが
半々という構成で、
そのカヴァー曲も
バンドのレパートリーである
ゼムやポール・バターフィールドではなく
当時ビクターがライセンスを
持っていたものを
勝手に選曲させられたという
全くバンドの意向に沿わない
内容で

オリジナル曲も
既に瀬川の書き溜めたオリジナルが
あったにもかかわらず
採用されたのは
この「のぼせちゃいけない」1曲のみだった


その欲求不満が
爆発したかのような
パワフルな演奏で
80年代ビート・パンクに
通じるものがあってその先駆的存在。



悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ


67年に来日した
デ・スーナーズが
話題を呼んだために
当時日本には20グループ以上の
フィリピン・バンドが
活動していたと
言われています。

ザ・クラックナッツも
そのひとつで
横浜のMUGENなど
ゴーゴー・クラブで
活動していた
寺内企画所属の
フィリピン・バンド。

寺内企画には
「アマゾンズ」なる
女性だけのフィリピン・バンド
も存在していた。

寺内企画所属という
事もあり
67年秋にバニーズが
ヒットさせた
曲をそのままカヴァーさせられ
69年8/25に発売された
唯一のシングルのA面

ファズを使っていない
こと以外に独自性もなく
プロモーションらしいものは
なにもなく、全く世間に
知られずに終わってしまった。

ヴォーカルの
ローランド・メナの
フィリピンなまりの声が
印象的であります



ラ・ラ・ラ/木ノ実ナナ


女優として知られる
木の実ナナだが
60年代はビートガールとして
「ミニミニ・ロック」
などの多くのリリース作品を残している

1961年、城西高校に入学
した夏に友達が渡辺プロの
ロックコンテストを受けるというので
ジャズ喫茶までついて
いったところ
楽しそうな雰囲気に
つれられて
自分も飛び入りで
これ一曲しか知らなかった
という「カラーに口紅」
を歌ったところ
じつに良くあるパターンなんですが
彼女は審査を通過
友達はおっこった。

その勢いのまま
本決戦は一位入賞となって
渡辺プロ入り。
芸名の

木の実ナナ

は着の身着のまま
オーディション受けて
ラッキーセブンということで





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泣かせるあの娘/尾藤イサオ
マイ・ボーイ・ロリポップ/中尾ミエ
シェーク・アンド・ロール/弘田三枝子
アフロデティ/ザ・クーガーズ
J&A/ザ・クーガーズ
トンネル天国/ザ・ダイナマイツ
ジャスト・ワン・モア・タイム/ザ・ワイルド・ワンズ



泣かせるあの娘/尾藤イサオ


尾藤イサオと
ブルーコメッツによる
「泣かせるあの娘」

1964年の4月
シングル
「淋しいだけじゃない」のB面

実はこれが日本で
最初の
アメリカン・ガレージの
カヴァーレコード

GSという一つの形態が浮上する
1966年以前の過渡期形態という
のは

すなわち、ビートルズ来日以前は
ソロ・シンガー+エレキバンド
というスタイルが
スタンダードで

ブリティッシュ・ビートの
カヴァー盤がよくリリースされていました。

そういったなかで
、重要な役割を果たしたのは
尾藤イサオとブルーコメッツ

なわけだが

ミネアポリスの
サーフ・ガレージ・バンド
トラッシュメンの
”King of the Surf”を
日本語カヴァーしたシングルが
既に64年の4月にリリースされていた事には驚き

最近では尾藤イサオ=あしたのジョー
という印象ですが
60年代中盤における
ロカビリーとGSをつなぐ時期の
再評価されるべき最も
重要なロックシンガーの一人であります。




マイ・ボーイ・ロリポップ/中尾ミエ(1964.9)


64年ジャマイカ出身の少女

ミリー・スモールの
『マイ・ボーイー・ロリポップ』
が英米で大ヒットしたことが
きっかけで
ジャマイカ・スカが
世界中に広まった。


我が国でも
この曲のカヴァー盤
が何枚か作られましたが

この中尾ミエのヴァージョンは
バックに
1950年代の
コーデッツのヒット曲
『ラリポップ』を引用して
バック・コーラスを
配した独自の物
(しゃれおつ!)

バックは
恵(けい)とも子、クッキーズ
じゅん&ネネら在籍時の
スクール・メイツ

ビクターは”スカ”の
売り出しにもっと熱心だった会社で
当時の『ミュージックライフ』誌
64年9月号では
中尾と尾藤イサオがモデルになって
「スカの踊り方」という
特集が組まれたりもした


シェーク・アンド・ロール/弘田三枝子



日本最高峰の歌手の一人
弘田三枝子の

1967年12月1日リリースだった
7インチ、コンパクト盤
『渚のうわさ』に
収められた
隠された名曲

「パンチのミコチャン」
と呼ばれた
ポップスの女王

さすがパンチの
効いたナンバー



アフロデティ/ザ・クーガーズ(1967.10


GSというのは
どうしても
「太陽」「星」「渚」「夕陽」
と言ったGS的語彙
のオンパレードでもって
また、エレキサウンドと
いえば季節は夏と
いう認識が
心のどこかに
あったためかと
思われますが

67年というのは
GSブームを支えた
タイガース、
テンプターズの
超絶的な
人気を誇るA級GSが
デヴューした年ですが


クラウンに
和製ポップス部門が
誕生したのも67年

泉アキ、
レインジャーズ
サムライズなどと一緒に

ガレージ行進曲
「テクテク天国」をひっさげて
デヴューしたのが
クーガーズだった。

その『テクテク天国』のB面

ギリシャ神話をモチーフにした
エロス+ファズトーンのナンバー



J&A/ザ・クーガーズ(1968/2

三枚目のシングル「好きなんだ」のB面

カッコイイ
スカスカのガレージ

こういう曲をやれる
ってのが素晴らしい

この60年代ガレージ・バンド特有の
スカスカの音は
いまやろうとしても
再現することはきわめて難しい。

テクテク天国の印象が
強烈すぎるので
逆にこういう名曲は
影が薄くなっている
印象がありますが

実際に1年で4枚のシングルを
だしているもののヒットには繋がらず
この年、1968の夏には解散に追い込まれてます






トンネル天国/ザ・ダイナマイツ

カルトGSの最高峰として
評価されている

ザ・ダイナマイツ
瀬川洋(せがわひろし)と
山口富士夫という
二枚看板でデヴューした
玄人向けGS

デヴュー曲「トンネル天国」(1967/11)
日本の60年代
ガレージパンクの
古典とも言える大傑作。

「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という
キャッチコピーでオリコン73位

シングルバージョンに満足できなくて
シングルよりもワイルドなアレンジに
なっているアルバムバージョン
唯一のアルバム『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』(1968・4)収録曲


GS=グループサウンズという看板通りの
解釈でなく、GS=ガレージサウンドという新しい視点で
GSが再評価された80年代の
若者たちを奮い立たせた名曲でしょう。これは。

売れ筋の曲調とそれをロック側に
ねじ伏せようとする
バンドとの駆け引きがスリリングな出来。

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1987年にアメリカでリリースされた日本のGSコンピレーション
『Sixties Japanese Garage - Psych Sampler』
にも収録された名曲。
ちなみに、92年に来日したステアーズというイギリスのガレージ・バンド
は雑誌『宝島』の企画で聴いたこの曲をえらく気に入ってライヴでやりたいから
担当ライターにローマ字で歌詞を教わって帰ったそう。

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デヴュー当時はプロモーションとして
日劇の荒木一郎ショーにも
連日出演などしておりまして
非常にパワーがあって
まあレコードも
シングル5枚とアルバム一枚出してますが

商業的な成功はなかったんですね、
やっぱりGS衰退の波に勝てなかった。
69年にこれから本格的に
アルバム制作していこう
というところで、
メンバーの音楽性の不一致みたいな
お決まりのパターンでももって解散した。


ジャスト・ワン・モア・タイム/ザ・ワイルド・ワンズ

爽快なコーラスと
加瀬邦彦の
12弦エレキ・ギターが
(ヤマハの特注ブルー・ジーンズ・モデル)
をフィーチャーした

全曲オリジナルからなる
ファーストLP
1967年6月15日リリースだった
『ザ・ワイルド・ワンズ・アルバム』収録曲

和製フォークロックの
傑作である

71年に出た
ラスト・シングルのB面でも
全く違うアレンジで
この曲を取り上げている






ラジオルルイエでは
リスナー様の
お便りを募集しています。

リクエストや、質問なんぞも受付マッス!

お手紙お葉書などに
番組へのご意見ご感想
を書いてお送りください

紹介されると
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どしどしお便り下さい



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〒250-8555 神奈川県小田原市荻窪300番地 小田原市役所1F

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D,侯爵への励ましのお便り待ってます。





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by marquis_de_d | 2016-07-10 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第壱佰九拾禄夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス
愛のことば/ザ・ホワイト・キックス
恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ
青いジャングル/荒木一郎
満足できるかな/遠藤賢司
自由に歩いて愛して/PYG




アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス(1968/5)

1968年4月から東京12ちゃんネンルで
放送が始まった
「Jazzピット・イン・パンチ」
というオシャレな深夜番組の為に
ジャズ・ピアニストで
レーサーで俳優で
映画監督という
プレイボーイ三保敬太郎
 が 結成したグループ。

ザ・サベージを
「学業を優先する」
という理由で脱退した
寺尾聡と林廉吉も
何故か参加している。

学業優先はどこいった


アリゲーター・ブーガルー

ルー・ドナルドソンの
インストナンバーに
日本語をのせたカヴァー曲

68年はブガールーの年だった。
この年、
「68年のニューリズム"ブーガルー"」
ということで
ブーガルーをフューチャーした
バンドは多かった

この曲は
ハプニングス・フォー
との競作となった曲で
1968年4月にこの曲の
キャンペーンの為に
新宿のディスコで
ハプニングス・フォーとの
ブーガルー共同発表会を
行っております。

ちゃんと
ブーガルーのリズムを導入した
ハプニングス・フォー
ヴァージョンに比べて、

こちらはずっと
サイケでクールで
グルーヴィーな仕上がり。

(と、いつも紹介していますが
ハプフォーのアリゲーター・ブーガルを
ルルイエでは一度も紹介していない!
すんません、こんど絶対かけます
伊藤キヨ子の)

三保敬太郎のブーガルーに対する解釈

ブーガルーとはサイケとラテンの結合だ


ファズを駆使しているあたり
こだわりをかんじることができます。



愛のことば/ザ・ホワイト・キックス(1968/5)

「アリゲータ・ブガール」のB面で、
このシングル一枚で解散しておりますが

これもまた名曲。
ファズ、ブラス、フルートを導入し、
森野多恵子のクールなボーカルで
他のGSには無い
大人の雰囲気が漂っている
素晴らしいナンバー

後にボーカルの
森野多恵子は
タンタンというアーティスト名で
ソロデヴューいたします。

もうだいぶ前に亡くなってしまいました
実力派女性シンガー
大空はるみさんですね。



恋はもうたくさん/ザ・ダイナマイツ

カルトGSの最高峰として評価されているザ・ダイナマイツ
瀬川洋(せがわひろし)と
山口富士夫という
二枚看板でデヴューした
玄人向けGS


もともと米軍基地で
人気を博した
モンスターズというバンドで

中にはFENの放送で
スケジュールをチェックして
相模原、座間、厚木、
など各地のキャンプまで
追いかけて聴きにくる
ファンまでいたという

立川のジャズ喫茶”ドミノ”
にレギュラー出演するようになった頃
彼らの評判を聞いて
”ニッポン企画”なる事務所の社長と
米国RCAの関係者と称する
アメリカ人が現れて

向こうのRCAから
デヴューさせるような
口車にのせられて
ほいほい契約してみればふたを
開ければ実際には
日本ビクターからのデヴュー。
名前もビクター側の命令でもって
ザ・ダイナマイツと改名させられ
モップスとサニー・ファイブと
セットで売り出されたという


「爆発するエネルギー・リズム・アンド・ブルース・サウンド」という
キャッチコピーでオリコン73位に入るまずまずの滑り出しだった。


「恋はもうたくさん」
デヴューシングル「トンネル天国」の
B面GS屈指の名曲の一つ
瀬川洋の蓮っ葉な唱い方が曲調にマッチしている。

ザ・ダイナマイツ
まあレコードの方はシングル5枚と
アルバム一枚出してますが
商業的な成功はなかったんですね、
69年にこれから
本格的にアルバム制作していこうというところで
GS衰退の波に勝てず、
メンバーの音楽性の不一致みたいな
お決まりのパターンでももって解散した。


69年には
小山ルミ主演の
カルト映画『ケメ子の唄』に
出演しておりまして、
この映画はザ・ダイナマイツが
「ゆめがほしい」を歌っている
シーンがあるというだけで売れた映画。

当時の人気を知る貴重な資料となっております。

デヴュー当時は
プロモーションとして日劇の
荒木一郎ショーにも
連日出演などしておりまして
非常にパワーがあった




青いジャングル/荒木一郎



66年のデヴュー曲「空に星があるように」(日本レコード大賞新人賞)
「今夜は踊ろう」「愛しのマックス」などのミリオンセラーヒット曲を連発した

俳優であり
シンガーソングライター
、歌手であり
音楽プロデューサー、
小説家、
カードマジック研究家、
マジック評論家
といういくつもの顔を持つ

荒木一郎の
1971/5リリースの
異色傑作アルバム
『荒木一郎の世界』から

青いジャングル/

ビートルズへのオマージュ
であることを包括した、
クールなアートロック。


満足できるかな/遠藤賢司

元祖パンクロック、遠藤賢司(エンケン)
「不滅の男」「史上最長寿のロックンローラー」として
今も精力的な活動を続けていらっしゃる我が国の至宝的存在


先月の11日に
スタッフが公式ブログと
Facebookページを通じて

三月に癌であることがわかり
四月から短期入院もかねて
治療中

とのことで
癌のため闘病している
ということですが

治療しながら
音楽は続ける

とのことで
さすが不滅の男



ヒット曲、『カレーライス』が収められたセカンドアルバムより
「満足できるかな」1971
間奏で「シーサイド・バウンド」を唐突に歌い始める
何となくやってみたらバックバンドだった「はっぴいえんど」
の連中が喜んだ為にそのまま収録したという。



自由に歩いて愛して/PYG(1971/11


二枚目のシングルで
代表曲とも言える名曲の
ライブバージョン
二枚組ライブアルバム
『フリー・ウィズ・PYG』より
聞いていただきました

解散直後のタイガース
テンプターズ
スパイダース
からメンバーを集結させた


スーパーグループだったが
短命に終わったPYG


GS時代からのファンからも理解されず
また硬派なロック・ファンからは
芸能業界大手である
渡辺プロ所属ということで
体制的商業主義として
その嫌悪感から
猛烈な非難を浴びるという
まさに
波瀾万丈と
暗中模索の連続のなか
ファースト・アルバム
『PYG!』は
オリコンアルバムチャート
10位

そのレベルの高い
演奏能力を理解できる
ミュージシャンの間で
評価されておりましたが

ショーケンの活動が
『太陽にほえろ!』のヒットで
テレビ・映画中心に
変わってきて、

ドラムの大口が脱退すると

次第にバンドは
沢田研二と井上堯之グループ
という形態になり

沢田研二が
本格的にソロ歌手へと
独立すると

残りのメンバーは
井上堯之バンドと移行していく。







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