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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰伍拾壱夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □


蜜の味/ブルー・コメッツ
太陽の娘/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ
レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト
ブラック・イズ・ブラック/バニーズ
汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ
アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス





蜜の味/ブルー・コメッツ


タイガース、テンプターズなど
GSニ世代の台頭以前

スパイダースとともに
GSブームの礎を
築き上げたブルコメ

しかし、
その長いキャリアと
高い人気のわりに
 現役時代に
残したライヴ・アルバムは

1966年11月28日
東京・神田の共立講堂で
開催されたリサイタルの
模様を収録した

1967年2月にリリースされた
『ブルー・コメッツ・リサイタル共立講堂実況録音』
一枚だけである

スキャットを用いた
ジャズ風アレンジの
スタンダード・ナンバー
『蜜の味』

ブルコメの他の追随を許さない
演奏水準の高さ
コーラス・ワークの巧みさを

理解するのに
十分な録音だったかと思う





太陽の娘/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



ブルーコメッツ1967年の
アルバム『ブルー・コメッツオリジナル・ヒット第2集』収録曲
全曲オリジナルからなる
アルバム第二弾
そのなかでもブルコメには
珍しいガレージ・サイケ・ナンバー

「太陽の娘」


1967年
当時、
シングルレコードが
330円~400円だったのに対して、
LPは1800円~2000円
してますからね、

当時の学生では
一ヶ月のお小遣いと同じか
もしくは
それ以上の価格なんでね

シングルに比べて
アルバムというのは
売り上げ枚数は
かなり少ないんですよね。

だからどのレコード会社も
まだ、それほど力は入れて
いなかったと思うんですけれども

そんな
1967年でLP
すなわちアルバムでもって
全曲オリジナル曲
なんていう勝負してくるのは
さすがブルコメという気もします。


やっぱり、1967年というのは
ビートルズが
「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
のリリースという音楽的事件があって

この辺りからヤッパリそういうことに触発されて
アルバム制作のクオリティが急速にあがってくる
そういう兆しを感じますね




熱い砂/ザ・ヴァン・ドッグズ

1959年に結成された
ロカビリーバンド
”ザ・キャラバン”が前身

67年にGS時代に対応
すべくこの名前に変わって

ステージに犬を連れてきて
演奏するという妙な
パフォーマンスで
知られたバンド。
バンドのマスコット
である愛犬の名前が
「VAN」であり
バンドの名前の由来であります。

ステージにはいちいち
この犬を連れてきて
脇につないで演奏していた

思いつけば誰でもできるが
なかなか思いつかないことを
やるのがGSパフォーマンスの
神髄であります

67年4月の
デヴューシングルのA面
「熱い砂」

作曲はスペイスメンの
ギタリスト田代久勝
東アジアGS特有の
泥臭さがある
ビートものに仕上がっている。






レッツ・ダンス/ザ・スゥイング・ウエスト


1969年6月のリリース
テイチクから9枚目のシングルのA面
スウェーデンのビート・グループ
オーラ&ジャングラーズの
ヒット曲の日本語カヴァー

70年代には
ラモーンズもファーストLPで
カヴァーしていたロック・クラシカル

だがこちらは
ポップよりの演奏


1960年代の
ロカビリー時代から続いている
伝統のあるバンド

というか正確には
1957年三月に結成された
ウエスタン・バンドが
何度も衣替えしている
うちにGS時代まで
生き残ってしまった
というバンド

伝統あるこのバンドも
66年頃には
はやりの
エレキ・ギター・バンドに
なっていたが

バンド編成は
歌手三人に
バンド五人という
前近代のままで
前時代の名残を感じられる





ブラック・イズ・ブラック/バニーズ


寺内タケシのバック・バンドとして
スタートしたバニーズも
67年秋頃にはグループ名から
寺内タケシの名前を看板から
外して独立したバンドとしての
体裁を整え始める

実際に69年には
寺内タケシ御大から離れて
荻野達也とバニーズとして
完全独立するわけだが

1968年1月30日
杉並公会堂でひらかれた
ワンマン・コンサートは

第一部を
メンバーの紹介を交えた
荻野達也とバニーズだけの演奏

第二部をテリー御大を迎えて
お家芸のエレキインスト大会という
二部構成であった。

この日のステージの様子は
1968年4/20リリースだった
ライブ実況録音LP
『バニーズ・ゴールデン・コンサート』
に収められている

スタジオ録音では
なかなか伝わらない
GSの本来もつグルーブ感が
感じることができる

今夜聴いていただいた
のは『バニーズ・ゴールデン・コンサート』A面
の3曲目に収められている
ロス・ブラボーのヒット曲
「ブラック・イズ・ブラック」
のちにヒロシ&キーボーとして
「3年目の浮気」のヒットを放つ
黒沢博のヴォーカルで
バニーズの
安定したテクニックに
支えられた
迫力ある演奏と
サイケ時代を反映した
ギター・ワークが
聴ける





汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ


1969年4月リリースだった
三枚目のシングルのA面
「汐鳴りの幻想」

本格的R&Bバンド
ボルテイジという
洋楽的努力も
水泡に帰すような
民謡風R&Bともいえる
異色作で

R&Bもサイケも
へったくれも無い

という姿勢が
ラジカル


コブシの効いた
ヴォーカルは
思いがけず
迫力がある




アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス(1968/5)

1968年4月から東京12ちゃんネンルで
放送が始まった
「Jazzピット・イン・パンチ」
というオシャレな深夜番組の為に
ジャズ・ピアニストで
レーサーで俳優で
映画監督という
プレイボーイ三保敬太郎
 が 結成したグループ。

ザ・サベージを
「学業を優先する」
という理由で脱退した
寺尾聡と林廉吉も
何故か参加している。

学業優先はどこいった


アリゲーター・ブーガルー

ルー・ドナルドソンの
インストナンバーに
日本語をのせたカヴァー曲

68年はブガールーの年だった。
この年、
「68年のニューリズム"ブーガルー"」
ということで
ブーガルーをフューチャーした
バンドは多かった

この曲は
ハプニングス・フォー
との競作となった曲で
1968年4月にこの曲の
キャンペーンの為に
新宿のディスコで
ハプニングス・フォーとの
ブーガルー共同発表会を
行っております。

ちゃんと
ブーガルーのリズムを導入した
ハプニングス・フォー
ヴァージョンに比べて、

こちらはずっと
サイケでクールで
グルーヴィーな仕上がり。

(と、いつも紹介していますが
ハプフォーのアリゲーター・ブーガルを
ルルイエでは一度も紹介していない!
すんません、こんど絶対かけます
伊藤キヨ子の)

三保敬太郎のブーガルーに対する解釈

ブーガルーとはサイケとラテンの結合だ


ファズを駆使しているあたり
こだわりをかんじることができます。





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by marquis_de_d | 2017-07-30 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □



あなたが欲しい~ハプニングス・テーマ/ザ・ハプニングス・フォー
恋のピーコック/ピーコックス
青春は甘く悲しく/萩野達也とバニーズ
白い荒野/ピーターズ
ふたりの浜辺/前田美波里:井上宗孝とシャープ・ファイヴ
水平線のバラ/ザ・フローラル
あなたのそばが/ザ・サマーズ


あなたが欲しい~ハプニングス・テーマ/ザ・ハプニングス・フォー

東宝1969年6月14日封切りの
小沢昭一主演サラリーマン映画
『ブラック・コメディ ああ!馬鹿』より

ナイトクラブで演奏するシーンで
使用された楽曲

1967年11月リリースだった

デヴュー曲『あなたが欲しい』
の教会音楽的な永遠性
を感じる美しい音色の
オルガンから突如

『ハプニングス・テーマ』の
前衛的演奏に変わる。

この『ハプニングス・テーマ』は
1968年7月1日リリースの

ファースト・アルバム
『マジカル・ハプニングス・トゥアー』
A面の1曲目
にも収録されている
ハプ4のオリジナル・ナンバー


□恋のピーコック/ピーコックス


1968年、当時
ファッション業界に巻き起こった
ピーコック・レボリューション

紳士服も派手でなきゃいかん
みたいな感じのムーブメントが
あり
そのピーコック革命を
コンセプトに
できたグループ

元々は
第一回ライトミュージックコンテスト
に出場したバンドの中から
もっとも優秀なプレイヤーを
選出して67年10月に結成された
「ラヴ」というバンドが母体で
実力派ぞろいだったが
二年くらいで消えた

その華やかな
コスチュームに
まどわされ、
単なるアイドル・バンドかと
思われがちだが

実は1968年7月の
天井桟敷の舞台
「書を捨てよ街に出よう」
の音楽を担当した事もある実力派だ。

お聴き頂いたのは
1968年4月にリリースされた
シングル
「レッツ・ゴー・ピーコック」のB面

「恋のピーコック」
しかし、
孔雀の声マネをコーラスに取り入れた
斬新なA面と違ってこちらの方は
実験性に乏しく

GSよりも青春歌謡風

ついオーケストラを
かぶせたくなるところを
メンバーだけの演奏で済ませている
ところが唯一の救いだ



□青春は甘く悲しく/萩野達也とバニーズ

1968年秋に
バニーズも一人前になったと
いうことで
寺内タケシから独立
「萩野達也とバニーズ」と
名のることになり
寺内タケシはゲスト参加という
形態に移行する

69年に寺内タケシが
新バンド
ブルー・ジーンズを
再構築すると

バニーズは事務所の
寺内企画からも完全に独立する。

小野肇が抜けて
元フェニックスの
栗山正が参加

ベースには鈴木義之がまわり
寺内色を脱却

レターメン風の
ヴォーカル・グループに
生まれ変わります。

1970年3月に東芝リヴァティーに移籍。


東芝に移籍して
1970年3月5日リリースの最初のシングル
「金色のほほ」のB面
「青春は甘く悲しく」

この時代ならではの
イージーリスニング的
ラブ・サウンド

ソフトロックの名曲といえる

寺内タケシから
完全独立して一年、


泥臭いエレキ・ガレージから
よもやこうも洗練されるとは

すっかりソフスティケイトされた
ヴォーカルグループに仕上がっている

この頃はよくTBSの
「ヤング720」に出ていた



□白い荒野/ピーターズ

1960年代末期に
アメリカで人気を集めていた
”バブルガム・サウンド”の
日本版がこのグループ

1969年12月に発表された
二枚目のシングル
「虹のキャンドル」のB面

すぎやまこういち作曲編曲の
哀愁をたたえた
オーケストラをバックにした
マカロニ・ウエスタン調のポップ

ーーーーーーーーーーーーーーーー

もっぱら
「シュガー・シュガー」などの
バブルガム音楽をレパートリーと
していたが
ーーーーーーーーーーーーーーーー


ピーターズは
「ロンリー・スター」や
「浜辺の出来事」という
メンバーが作ったオリジナルが
あったらしいが

残念ながらレコーディングされていない


ーーーーーーーーーーーーーーーー
メンバーの中尾と矢部は
このあと
ロック・パイロットへ
ーーーーーーーーーーーーーーーー


□ふたりの浜辺/前田美波里:井上宗孝とシャープ・ファイヴ

井上宗孝とシャープ・ファイヴが
バッキングをつとめている

1967年といえば
女王 美空ひばり までもが
ブルコメを従えてGS調の歌
「真っ赤な太陽」を
歌っていたご時世である

もの皆GS色に染まっていた。

東宝の人気女優
前田美波里も
シャープ・ファイブをバックに従えて
1697年12月
このようなGS調の作品を発表していたのである

本作品では
シャープ・ファイブは
演奏とコーラスを
担当しているが

ジャズ喫茶では
紀本ヨシオやシャープ・ホークスの
バッキングをこなしてきた
だけあって
さすが
お手の物。



□水平線のバラ/ザ・フローラル


1968年2月14日に結成され
同年4月、モンキーズ・ファン・クラブ
日本支部のマスコット・グループに
採用されて登場してきたGS

イラストレーター
宇野亜喜良が
全面的にバックアップし、
ザ・フローラルと命名

コスチューム、
ロゴのデザイン
歌詞まで手がけた

所属事務所は
ピクチャー・レコード専門の
制作会社
日本ミュージカラー・レコードで
彼らの全二枚のシングルは
ココから
ピクチャー・ディスクとして
リリースされた

1968年8月15日発売の
デヴュー・シングル
「涙は花びら」のB面



同時代の英国バンドを
彷彿させる
絵画的なブリテッシュ風ポップで
コーラスを取り入れて
カラフルなサイケデリック・ポップ
に仕上がっている


あなたのそばが/ザ・サマーズ

ラ・シャロレーズ、
キッパーズ、
デビィーズにならぶ
「北海道四大GS」の一つ

1968リリースの
自主制作シングル「朝から晩まで」のB面
アメリカのローカル・バンドにも
ありがちな
スロー・パンク・ナンバー

1967年に結成された
北海道洞爺出身の
典型的なガレージバンド
洞爺湖で夏合宿して
猛特訓し、68年に
札幌のコロンビアの特販で
シングル「朝から晩まで」
をリリースしたのが縁で
コロンビアに認められて
68年10月にデノンから
メンバーによるオリジナル
『たった一言』でデヴュー

デヴュー後
東京のジャズ喫茶にも出てましたが
なじみは薄く、もっぱら札幌の
ラジオ局HBCを中心に活動していたグループ







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□ 今夜紹介する楽曲 □

バザズNo.1/伊集加代子
バザズ天国/ザ・キューピッツ
シー・ラヴズ・ユー/ザ・キューピッツ
エイト・デイズ・ア・ウィーク/ザ・キューピッツ
チケット・トゥ・ライド/ザ・キューピッツ
人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩/マキシマム
ハイビスカス・レディー/マキシマム

バザズNo.1/伊集加代子


1968年4月
「バザズ天国」の
カップリングになっている
インストナンバー

マックスファクターが
1968年
夏のニュー・メイク・アップ・ファッション
として打ち出した
イメージ・ワードが
「バザズ」
その化粧品のテーマ曲が
「バザズ天国」
そして
「バザズNo.1」だった

スピード感のある
スリリングな
ナンバーで

シンガーズ・スリーの伊集加代子の
スキャットが挿入されている

伊集加代子といえば
スキャットおばさん
スキャットの女王 
と呼ばれていますが

アニメソングファンには
アルプスの少女ハイジの
あまりにも有名な主題歌「おしえて」

ルパンシリーズ第一期の
ボーカル入りBGMの
女性ボーカルを全面的に
担当していることと、
第二期の「Lupin the Third」のコーラスで有名

また
11PMの「シャバダバシャバダバ」という
スキャットと言えば
ピンとくると思います。

すなわち、ネスカフェゴールドブレンドの
「ダバダ~」のスキャットもこのかた。


バザズ天国/ザ・キューピッツ


先月、マキシマムの
1975年のナンバー
「人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩」
を紹介したところ
非常に好評をえまして
Twitterでの反応も
なかなかよろしい
そこで
今夜はちょっと掘り下げて
行きたいと思います

マキシマムの前身は

1965から69年頃までに
活動した
ザ・キューピッツ
という姉妹デュオであります

早速、
お聴き頂いたのは
キューティ・ポップの名盤
「バザズ天国」

ザ・キューピッツは
1965から69年頃までに
活動した埼玉出身の
小島孝江(1947年12月26日生まれ
小島洋子(1949年7月18日生まれ
による姉妹デュオ

よく、双子と紹介されている
ようなんですが
生年月日からわかるように
双子じゃありませんね

双子なのはレモンレンズのほうです。

素晴らしい圧倒的な歌唱力
シュープリームスのような
パンチとグルーヴ感のある
ボーカルの掛け合い
が聴けたかと思います



ザ・キューピッツの
活躍はビクターから
クラウンレコードに
移籍してから
興味深い三枚のシングルを出して
おりまして

とくに
1968年にワイルドなナンバー
『バザズ天国』がリリースされる

オルガン・ビートと
スキャットの
融合した超ダンサブルなナンバー

このキラー・ダンスチューンを
作曲したのは
エミー・ジャクソンの共作者
である湯川れい子
というのも興味深い。

1968年といえば
この年のニューリズムは
「ブーガルー」と
何度も紹介して
リスナーの皆様と
勉強してきたわけですが

この「パザズ」は
「ブーガルー」に対抗する
68年国産ニューリズムとして
売り出されたという
事実も無視できません


しかし、ザ・キューピッツといえば
65年
ビクターかららでた
デヴューシングル
セカンドシングル
である
ビートルズの
カヴァー曲、
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」
「シー・ラブス・ユー」

日本のビートルズカヴァー史に
おいて最も印象深い
楽曲でありまして

今夜はザ・キューピッツに
ピントを絞り込んで
勉強していきたいと思います


シー・ラヴズ・ユー/ザ・キューピッツ
エイト・デイズ・ア・ウィーク/ザ・キューピッツ

そんなわけで、
今夜は
わたくし、D,侯爵が
今、もっとも
再発掘したい
グループ
ザ・キューピッツに
的を絞り込んで
勉強していきます

ザ・キューピッツは
日本テレビの
新人タレント発掘番組
『ホイホイ・ミュージック・スクール』
で見出され、65年
ビクターからビートルズの
カヴァー曲、
日本のビートルズカヴァー史に
おいて最も印象深い
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」
「シー・ラブス・ユー」
二枚のシングルを
リリースしている。
このとき若干18歳です。

ビートルズのカヴァー史としては
64年65年において
”尾藤イサオとブルーコメッツ”
”ほりまさゆきとブルー・ジーンズ”
などが重要な役割を
果たしたわけですが

そういった和製ビートルズ
以外による日本語カヴァーで
最も印象的なのは
ザ・キューピッツ

65年8月の
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」
同じ年65年12月の
「シー・ラブス・ユー」
であり

フルバンドを
バックにしたものが多い中で
エレキ・コンボの
バッキングが
日本語意訳歌詞の歌唱と
マッチしていて
キュートで
楽しい。

まさに”ビートルズ娘”と
呼ぶのにふさわしい
存在と言えます。


そうしましたら
もう一曲
ビートルズカヴァー
先ほど紹介した
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」
のB面です


チケット・トゥ・ライド/ザ・キューピッツ

ザ・キューピッツのデヴューシングル
65年8月リリースの
「エイト・ディズ・ア・ウィーク」のB面

オリジナルは
英国におけるビートルズの
9作目のシングルとして
65年4月に発売された作品で

同年65年5月15日に
日本盤である
「涙の乗車券」という
タイトルでリリースされました。


このころ
すなわち64年から65年
にかけて
東芝レコードから
ほぼ毎月のように
ビートルズのシングルが
リリースされて
おりまして
2~3タイトル
同時発売される月もあって
シングルの他にも
LP、EPが出る月もある
わけで
物価水準に比較すると
レコードの価格が高価だった
当時の熱心なビートルズファンは
さぞかし慢性的な
金欠状態に
陥っていたのではないかと
想像するわけであります。

ザ・キューピッツは
クラウンに移籍後
最初のシングル『もう一度』を
リリースしていてそのB面に
収録されている
「夜霧のわかれ道」という曲も
非常に良い曲なんですけれども
2002年に原由子が
昭和歌謡をカヴァーした
アルバム『東京タムレ』で
取り上げてカルトな選曲で
一部話題になったんですけれども

ルルイエ的選曲ではないので
今回はやめときます。

さて、
ザ・キューピッツは
『パザズ天国』以降
長く表舞台から
姿を消していたのですが

75年に”マキシマム”という
ディスコ・デュオ
として復活します。


1975.10.1に
ショーボート・レーベルから

プロデューサーのミッキー・カーチスが
「海外レーベルではひとつのヒット曲を
いろいろなアーティストがカヴァーするのが
当然だし、カヴァー専門の歌手もいる。
ところが日本ではなぜ
カヴァーが盛んではないのだろう」
という疑問から生まれた企画で


日本のロック/ポップスの
名曲カヴァーだけで構成された
アルバム「マキシマム・ホット」
をリリースしております

このアルバムがすごい。
ナニがすごいって

バッキングがすごい。
ギター・大村憲司
ベース・小原礼
ドラムス・村上・ポンタ・秀一
パーカッション・浜口茂外也はまぐちもとや
キーボード・深町純
という
70年代のクロスオーバー・ブームの
走りとなったバンブーセッション
のメンバーであり

当時、最強のリズム・セクションと
呼ばれた彼らの演奏が
単独ではレコードに残されていないだけに

このアルバムは
バッキングでありながらも
バンブーの
幻の演奏を現代に伝える
貴重な音源でもあるわけです

人間の醜さがひき起した奇怪な美しさの哀にひそんだ不快な感情を題にした詩/マキシマム

まさにルルイエにふさわしい
混沌としたタイトルだ

1972年元ビーバーズの
成田賢が発表した
セカンド・ソロ・アルバム
『汚れた街にいても』に収録されている
楽曲のカヴァー




アルバム「マキシマム・ホット」が

1975年リリース
というのがいいですよね
日本のポップス・シーン
ロック・シーンが
大きく成長した
未来的変化をみせた
年であると
僕は思います。

ザ・ピーナッツが解散した年であり
シンガーソングライター時代の幕開け
細野晴臣の「トロピカル・ダンディー」
荒井由美の「ルージュの伝言」
シュガー・ベイブの「ダウン・タウン」
ダウンタウンブギウギバンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」
これはほんの一例ですが
こういった現代のポップシーンにも
大きな影響を及ぼすものは
1975年に登場するのであります。


□ハイビスカス・レディー/マキシマム


アルバム「マキシマム・ホット」より

外道が1975年5月に
リリースしたシングル・チューン
「ハイビスカス・レディー」


今週はじつにまじめにやったぞ



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by marquis_de_d | 2017-07-16 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰四拾蜂夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □



チビのジュリー/ヤング&フレッシュ
ジ・アングリー・マン/加山雄三とザ・ランチャーズ
Cool Cool Night/加山雄三とザ・ランチャーズ
お前が好きだよ/小高健司とザ・ローズ
シーサイド・バウンド/ザ・タイガース
涙の太陽/青山ミチ
アフロデティ/ザ・クーガーズ
のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ




チビのジュリー/ヤング&フレッシュ

近田春夫氏が
『定本 気分は歌謡曲』で

山内賢 率いるところの
日活ヤング&フレッシュ
っていうエレキバンド覚えてる?
たしか和田浩二がドラムかなんか
だったとおもうんだけど
山内賢がフェンダーのジャガーか
なんかでね
じつに昭和三十年代って感じで
良い音出していましたです

と書いているように
重要なバンドと
考えてもらってよろしい

そもそも
山内賢が日活の俳優仲間を
集めて結成したのは
62年のことで

寺内タケシとブルージーンズよりも
一足早いのである

エレキギターをフィーチャーした
ばんどとしては
日本最初だったかもしれない。

なんせ加山雄三と
ランチャーズもこのバンドに
刺激されて結成されたというのだ


山内賢、ジュディオングが
主演の日活映画『涙くんさようなら』の音源から
1966年7月30日の封切りだった

隅田川の船着場で
ヤング&フレッシュが練習しているシーンで
使用されている楽曲

小気味の良いギターとドラムのビート感が
いい感じのグルーヴを醸し出してます





ジ・アングリー・マン/加山雄三とザ・ランチャーズ
Cool Cool Night/加山雄三とザ・ランチャーズ

当時、名実共に
ブルージーンズとならぶバンド
といえば何と言っても
加山雄三とランチャーズだった。

アマチュアとはいえ
人気俳優のバンドという
ことで特権的地位にあり、

1965.12
ガレージ・インストの傑作
「ブラック・サンド・ビーチ」
を最初に数多くのレコードを
発表して行きます。



現在の世間一般のイメージと
違って、60年代の加山雄三
は日本を代表する優れた
コンポーザーであり、演奏家
であった(もちろん俳優でもある)



「ジ・アングリー・マン」
加山雄三とザ・ランチャーズ
洋楽レーベルのCBSコロンビア
から1966年にリリースした
(ちょうど、
東宝映画『エレキの若大将』が
ヒットしていた頃ですね)
アルバム

「恋は紅いバラ--加山雄三アルバム--」に
収録されたオリジナル
のインスト・ナンバー
作曲の弾厚作(だんこうさく)
加山雄三のペンネームですね

この
66年CBSコロンビアから出した
「恋は紅いバラ--加山雄三アルバム--」
そして東芝から出した
「加山雄三のすべて(ランチャーズとともに)」
という二枚は
どちらもインスト物のみならず
英語の歌詞つきの歌入りの曲もふくまれており

全曲、弾厚作(加山雄三)の
オリジナル曲だった。
これは当時、非常に画期的な事で

当時、日本のエレキバンドで
オリジナルインストナンバーを
レコード化したのは
ブルー・ジーンズの
「ブルー・ジーンNo.1」
「雨の想い出」など
数曲をのぞいては
ほとんどなかった

もう、皆無といっても過言ではない。

すなわち、
日本の
シンガーソングライターの先駆け
という位置に
加山雄三という人はいるんですね




Cool Cool Night/加山雄三とザ・ランチャーズ(1967/12


ハプニングス・フォー、
スーナーズも参加した
アルバム『加山雄三のすべて第三集・ゴーゴー加山雄三』
から

非行の温床となるとして
1965年秋あたりから
教育関係者を中心に
始まった
エレキ・バッシング
にもかかわらず

エレキ人気が衰えなかった
背景として

196512月公開
空前の配収を記録した
2億1千万『エレキの若大将』

アマチュア・エレキ番組で
加山のいるヤング・ビーツ
とジェリー藤尾のいる
シャークスが
バンド合戦を繰り広げる
この映画は若大将シリーズ
最高傑作
といわれ興行的にも
2億1千万の興行収入で成功し
エレキというものを社会的に
認知させた功績がある


(ちなみに同時上映は「怪獣大戦争」ゴジラ対キングギドラ、ラドン


公開した1965年は
ベンチャーズの
来日公演もあって
まさに1965年は
エレキブーム絶頂であったといえます。

しかし、寺内タケシが
ブルー・ジーンズを脱退した
1966年あたりからエレキ人気
に翳りが見えてくる。

そして66年6月30日から
7月2日ビートルズ来日によって
エレキインストバンド
がとたんにかっこわるく
見えてきてしまう。

ベンチャーズみたいに
歌の無いエレキバンド、
ダサい。みたいな。

そこいくと、
エレキだけでなく
歌も歌えた加山雄三は
66年七月の日劇のワンマンショー
で三日間で二万七千人動員という人気。

このときのステージは
そのまま映画化されて
(東宝『歌う若大将』)


そういった流行の流れがGSブームにつながっていく

ビートルズ来日時にホテル(たしかヒルトン
訪ねて行って交流した唯一の日本人
ミュージシャンが加山雄三だ。

日本では『アメリカン・グラフティ』のような
映画はまだ作られていないが
必要ないだろう

『エレキの若大将』
をみれば十分なのだ



お前が好きだよ/小高健司とザ・ローズ

西恵子という新人が
主役に抜擢された
1968年11月2日封切りだった
日活の『BG・ある19歳の日記 あげてよかった!』

この映画に
小高健司とザ・ローズという
レコードを出していないGSの曲が
フルコーラス入っている

ゴーゴー喫茶のシーンで
使用された楽曲で


いかにも
1968年らしい
ファズ・サイケな
音である

しかし
いくら
ファズ全盛時代といえ
これほど
ファズ・トーン出ずっぱりの
演奏は珍しい

ザ・ローズは
レコード未発売のGSなので
演奏を聴けるのは
映画というものはホント
素晴らしい


シーサイド・バウンド/ザ・タイガース

67年八月のリサイタルを収めた
デヴューアルバムにして、ライヴ盤という
『ザ・タイガース・オンステージ』より

やはり、社会現象
とまでなったAAA級のGS
タイガースは
もはやアイドルGSの枠を超え
60年代最高のスターGSだった
といえるでしょう



涙の太陽/青山ミチ(1965.5



青山ミチは遠藤賢司や
大西ユカリと新世界などが
カヴァーして有名になった
「ミッチー音頭」(1963.5
などで知られるハーフの歌手で
ポリドールとクラウンに
多くの作品を残している。
特にポリドール時代の音源は
カヴァーポップス/和製R&B的な
作品が若い世代にも
人気が高く、まとまった形での
CD化を望む声も高い

65年4月に
エミージャクソンが歌う
同曲の英語版が
コロンビアの洋楽部門から
リリースされ
同年夏を飾る記録的なヒット
となったが

こちらはほとんど売れずに
73年に安西マリアが
カヴァーをヒットさせるまで
幻の日本語版となっていた。
まあ、結局のところ
エミーをのぞく
日本のガールシンガー
1965、1966年の
作品はガレージというよりも
エレキ歌謡の範疇にあって
音も歌詞もまだまだ
泥臭かった。
ガールシンガーの
一人GSの完成は
67年黛ジュンの
「恋のハレルヤ」を
待つことになります




アフロデティ/ザ・クーガーズ(1967.10

クラウンに
和製ポップス部門が誕生したのが
67年

泉アキ、
レインジャーズ
サムライズなどと一緒に

ガレージ行進曲
「テクテク天国」をひっさげて
デヴューしたのが
クーガーズだった。

その『テクテク天国』のB面

ギリシャ神話をモチーフにした
エロス+ファズトーンのナンバー

スコットランド風の
スカートをはくという
奇抜なスタイルを
トレードマークとして
デヴューしたクーガーズ。




のぼせちゃいけない/ザ・ダイナマイツ


1968年5月に出た唯一のアルバム
『ヤングサウンドR&Bはこれだ!』収録曲
B面の5曲目に収録されている曲で
ヴォーカルの瀬川洋によるオリジナル。
パワフルな演奏で
80年代ビート・パンクに
通じるものがあってその先駆的存在。





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□ 今夜紹介する楽曲 □


ミッチー音頭/青山ミチ
ジンジン・バンバン/ザ・タイガース
Ys-11/サリー&シロー
太陽の花/バニーズ
バック・イン・ザ・U.S.S.R./パワー・ハウス
キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ




ミッチー音頭/青山ミチ

当時、弘田三枝子、エミー・ジャクソン
などとならぶ
女性R&B歌謡の先駆的存在だった
青山ミチの

1963年のポリドール時代の
大ヒット曲
ミッチー音頭

遠藤賢司や大西ゆかり
がカヴァーする代表作であります

ポリドールとクラウンに
多くの作品を残している。
特にポリドール時代の音源は
カヴァーポップス/和製R&B的な
作品が若い世代にも
非常に人気が高い

とにかく、
元気を出したい時の定番曲
歌って踊って
スタミナつけたい


ジンジン・バンバン/ザ・タイガース


八枚目のヒットシングル
「青い鳥」のB面

ブンブン
ベースにまでファズがかかっている
ワイルドなナンバー。

ロック・バンドとしての
タイガース面目躍如たる一曲。

このころ
オーケストラをバックにした
シングルが続いた
タイガースですが

この曲は
ジミヘン風のギターを始め
演奏はぐっと厚みを増して
いわゆるニューロックの音に
なっています。



Ys-11サリー&シロー

タイガースの
サリーとシロー
の唯一のアルバム 1970年2月
リリースの

「トラ70619」収録曲

レッドツッペリンの
ジョン・ポール・ジョーンズに
絶賛された
岸部おさみの
ベースをたっぷり堪能できる

クレジットによれば
フラワーズの
小林勝彦の作曲


このアルバムは
小林勝彦
の他にも
ムッシュかまやつ、
クニ河内、など
豪華メンバーの集まった
アルバム

アルバムの中で
アメリカのガレージものの
ファンにも絶大な人気を
得ているらしいのがこのYs-11




太陽の花/バニーズ


1968年1月30日
杉並公会堂で開かれた
ワンマン・コンサートの
実況録音で

1968年4月20日リリースだったLP
『バニーズ・ゴールデン・コンサート』

スタジオ録音では
なかなか伝わらない
GSのグルーブを感じることができるアルバム


「太陽の花」
1968年3月10日リリースだった
バニーズ12枚目のシングルのA面

この曲はオリコン10位

ある意味日本で最も
ヒットしたガレージ・パンク曲といえる

単純なメロディーを
ただ転調を繰り返すだけで
最期まで聴かせてしまう
技量に感服する



スタジオ録音以上に
ワイルドな演奏が楽しめる



Back In The U.S.S.R/パワー・ハウス

69年GSブームの衰退とともに
台頭してきた
ニューロックバンドの草分けのひとつが
このパワーハウスで

かつて、ゴールデン・カップスとともに、
本牧の伝説のバンドと称された

---------------------------------------------
現在も、モジョスとして活動中の横浜、本牧の顔
チーボーこと竹村栄司率いるパワー・ハウス
60過ぎた今でも元気に「本牧ロック化計画」を押し進めております。
---------------------------------------------

ベースが今は亡き、柳ジョージ

彼らのデヴューシングルである
「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」のB面

軽快なビートルズのロックンロールを

原形をとどめないほどの
大胆な解体ぶりが話題になった。

日本でも
ワイルド・ワンズ、
ブルー・コメッツなどが
この曲のカヴァー盤を
残してきたがココまで
過激なものは類を見ない

バーボンの香りとタバコの煙が漂ってきそうな
エレキブルーズにしてしまうあたり非凡さを感じる




□キャント・バイ・ミー・ラブ/東京ビートルズ


1964年初頭、
アメリカ上陸を果たし
熱狂的なブームを巻き起こした
ビートルズのレコードが
日本でも発売されると

それまでの習わしどおり
日本のポップス・シンガーも
ビートルズ・ナンバーを
邦訳カヴァー盤で発表したのであった

ビートルズと日本語は
そぐわないという葛藤が
当時のミュージシャンには
あまりなかったのか
その後も
リヴァプール・サウンドの
邦語カヴァーはいくつも出された

なかでも
ビートルズが我が国に紹介された
直後リアルタイムに
ビートルズを日本語で
歌うことに果敢に取り組み
そして敗れ去って行った伝説のバンド
それが
東京ビートルズ

1964年5月に
『抱きしめたい/プリーズ・プリーズ・ミー』
を出したが見事に失敗

7月に
『キャント・バイミー・ラブ/ツイスト・アンド・シャウト』
を出したがあっさりこけて

もしかしてビートルズは
日本語にのらないのではないか
という杞憂を現実のものにしてみせ

結局シングル二枚で消えて行った

とにかくすごいのは
その歌詞で
「買いたいときにゃ
金だしゃ買える」

という
ここでも漣健児先生の
日本語意訳歌詞全開の
ハチャメチャぶり

このとき以来
ビートルズは
日本語にのらないという
定説ができてしまったというが
本当だろうか?

------------------------------
東京ビートルズは
二枚のシングルと
ソノ・シートを残している

このソノシートというのが
くせ者で
東京ビートルズが
ビートルズを演奏しているだけなのに
ジャケットには
ビートルズの写真が使われ
グループ名は
”ビートルズ”
とだけ表記されているのだ

このインチキ盤を騙されて
買ってしまった
哀れなビートルズファンは

結構いたようだ。

こんなサギまがいのことが
堂々とまかり通っていた
ということに時代性を感じる

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