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<   2017年 12月 ( 6 )   > この月の画像一覧
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰七十參夜■
b0050938_131149.jpg



こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース

ファイヴ・トゥ・ワン/内田裕也とフラワーズ

SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より

ザット・ウィル・ドゥ/フード・ブレイン

レット・ミー・ラヴ・ユー/ザ・ゴールデン・カップス



ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース


スパイダースは

65年5月に「フリフリ」で

レコードデヴューしてから

65年末にフィリップス・レコード

と契約するまでの間に、


勁分社、コダマ・プレス、ビクター

などで、ソノシート用に

およそ26曲あまりを

レコーディングしている。


このベンチャーズの

おなじみのナンバー

「ワイプ・アウト」の

カヴァーは勁分社から

リリースされていた

週種類のソノシートに

残されていた

録音音源。


かまやつひろし曰く、


スパイダースでは

ベンチャーズの

レパートリーは

なるべく避けていた


その理由が

まず、寺内タケシのほうが

ベンチャーズやらせたらうまい

ということと

井上孝之が'テケテケ'を

できない事もあって


スパイダースでは

ベンチャーズの

レパートリーは

なるべく避けていた

というのであるが


この演奏を聴く限りでは

なんの なんの

なかなか迫力のある

演奏で

かえってこういう

エレキ・インストを

聴くと

スパイダースの

実力の高さを

うかがう事ができます。






ファイヴ・トゥ・ワン/内田裕也とフラワーズ


R&B/ロカビリー歌手だった

内田裕也が67年に三ヶ月にも及ぶ

ヨーロッパ旅行で海外ロックシーンを

目の当たりにし、日本にも

本格的なサイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作るべく結成したバンド

ザ・フラワーズ




68年7月にリリースされた

ドアーズの3rdアルバム

『WAITING FOR THE SUN』

の「ファイヴ・トゥ・ワン」

のカヴァーですが


ジャニス・ジョップリンなどの

カヴァーを中心に構成された

アルバム『チャレンジ』

制作時のアウト・テイクで

アルバムには未収録

のままお蔵入りになっていたのが


2007年に同アルバムの

復刻CD化のおりに

新たに発掘され

日の目を見る事になった



内田裕也先生の

選曲でしょうか

何とも渋い選曲




SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より


松竹映画1966年5月21日の封切り

『空いっぱいの涙』の劇伴

”モッズ日本上陸!”を高らかに謳い

田村正和、中村晃子のモッズカップルが

主演した日本初のモッド・ムーヴィー


当時のこの映画の

新聞広告には

「モッズとは

モダーンズ(モダンジャズのビートに酔う

英国の若者たち)の略称」


とわざわざ説明があった。

どうやらこの映画で言うところの

モッズとは

ザ・フーのような

ビートバンドのことではなく

50年代のモダン・ジャズに

憧れた

モッズ第一世代のことを

指しているらしい


それにしても何故

モッズに目を付けたのだろうか



いつの時代でも

金の鉱脈を探し求めるように

新しいものを

見つけては飛びつくという

無謀にも見えるやり方は

宝くじ買うようなもんで

あたれば一攫千金も

夢じゃない


この時代の映画作りには

そういった感覚はあったかもしれません


逆に、流行というのは

無難さ、であり


それはいずれ廃れる

忘れられてしまう

運命を背負っています



ザット・ウィル・ドゥ/フード・ブレイン



さて、次の曲は

フード・ブレインの

ザット・ウィル・ドゥ

聴いていただこうと思いますが

9:14という

尺の長い曲ですので


数年前にかけた時は

Twitterの反応は

リスナーどん引きの

結果に終わったという


ところが去年

この曲を流したところ

非常に好評を得た


ルルイエリスナー

の質の高さ


これを大いに感じ

本当に感謝の念を

禁じ得ない


それではお聴きください

フード・ブレインで「ザット・ウィル・ドゥ」


ルルイエリスナーならば

どうしても

一度通っておかなきゃならないナンバーです




フード・ブレイン/ザット・ウィル・ドゥ


フードブレインは

1970年のごく短い期間だけ

活動したバンドで


ゴールデン・カップス

パワー・ハウス

エイプリル・フール

ジャックス

などから

当時の日本では

トップクラスの

メンバーが集まった

スーパーグループ


1970年の

五月にステージ・デヴューし

10月には唯一のアルバム

『晩餐』を発表して

解散している


ただいま聴いていただいた

ザット・ウィル・ドゥ

これは唯一のアルバム

『晩餐』

の一曲目に収録された

長尺 の インスト



ルイズルイス加部の

誰の追随も許さないスピード・ベースと

パワーと手数バシバシの

角田ヒロのドラム


陳信輝の駆け巡るギターと

脳髄に直接語りかけてくる奔放な

柳田ヒロのオルガン



ブギから一転して

突如としてヘヴィ・ロックへと

切り替わるギアチェンジ

によって得られる

疾走感を感じられたんじゃないかな





レット・ミー・ラヴ・ユー/ザ・ゴールデン・カップス



69年

7月20日、渋谷公会堂で

開かれたリサイタルを


収録したライヴ・アルバム

『ゴールデン・カップス・リサイタル』から

第一期ジェフ・ベック・グループ

(ロッド・シュチュワート、ロン・ウッドが在籍)


の代表曲「レット・ミー・ラヴ・ユー」



横浜ZENのライヴには

一時期グループを離れていた

ケネス伊藤がサイド・ギターと

ヴォーカルで参加


「モージョ・ワーキング」

ではデイヴ平尾との

絶妙な掛け合いを披露していますが


そのケネスも結成以来のギタリスト

エディ藩も脱退してしまい、


新たに林 恵文がベースで参加して、

ルイズルイス加部がリードギターに

転向した時期の

カップスの演奏が聴けるのが


渋谷公会堂でのリサイタル

になります。




他のGSと

比べて非常に聴きやすい

という印象をウケる録音ですが

もちろん

演奏に対する自信が

そうさせているの

かも知れませんが


英米のニュー・ロック

ブルース・ロック

という新しいムーブメントが

日本にも上陸し


GSブームの衰退が

誰の目にも明らかであった

この時期、カップスはすでに

「脱GS」のステージ展開を

していたことが

よくわかる録音だった



ラジオルルイエでは
リスナー様の
お便りを募集しています。

リクエストや、質問なんぞも受付マッス!

お手紙お葉書などに
番組へのご意見ご感想
を書いてお送りください

紹介されると
番組特製オリジナルステッカーと
D,侯爵手書きのQシート
深海の不気味イラスト入り
をプレゼントいたします

D,侯爵への励ましのお便り待ってます。

どしどしお便り下さい



---------------------------------------------------------------
FMおだわら
「ラジオルルイエD,侯爵宛」

〒250-8555 神奈川県小田原市荻窪300番地 小田原市役所1F

FAX.0465-35-4230

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D,侯爵への励ましのお便り待ってます。





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ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース

ファイヴ・トゥ・ワン/内田裕也とフラワーズ

SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より

ザット・ウィル・ドゥ/フード・ブレイン

レット・ミー・ラヴ・ユー/ザ・ゴールデン・カップス



ワイプ・アウト〈フォノシート・バージョン〉/ザ・スパイダース


スパイダースは

65年5月に「フリフリ」で

レコードデヴューしてから

65年末にフィリップス・レコード

と契約するまでの間に、


勁分社、コダマ・プレス、ビクター

などで、ソノシート用に

およそ26曲あまりを

レコーディングしている。


このベンチャーズの

おなじみのナンバー

「ワイプ・アウト」の

カヴァーは勁分社から

リリースされていた

週種類のソノシートに

残されていた

録音音源。


かまやつひろし曰く、


スパイダースでは

ベンチャーズの

レパートリーは

なるべく避けていた


その理由が

まず、寺内タケシのほうが

ベンチャーズやらせたらうまい

ということと

井上孝之が'テケテケ'を

できない事もあって


スパイダースでは

ベンチャーズの

レパートリーは

なるべく避けていた

というのであるが


この演奏を聴く限りでは

なんの なんの

なかなか迫力のある

演奏で

かえってこういう

エレキ・インストを

聴くと

スパイダースの

実力の高さを

うかがう事ができます。






ファイヴ・トゥ・ワン/内田裕也とフラワーズ


R&B/ロカビリー歌手だった

内田裕也が67年に三ヶ月にも及ぶ

ヨーロッパ旅行で海外ロックシーンを

目の当たりにし、日本にも

本格的なサイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作るべく結成したバンド

ザ・フラワーズ




68年7月にリリースされた

ドアーズの3rdアルバム

『WAITING FOR THE SUN』

の「ファイヴ・トゥ・ワン」

のカヴァーですが


ジャニス・ジョップリンなどの

カヴァーを中心に構成された

アルバム『チャレンジ』

制作時のアウト・テイクで

アルバムには未収録

のままお蔵入りになっていたのが


2007年に同アルバムの

復刻CD化のおりに

新たに発掘され

日の目を見る事になった



内田裕也先生の

選曲でしょうか

何とも渋い選曲




SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より


松竹映画1966年5月21日の封切り

『空いっぱいの涙』の劇伴

”モッズ日本上陸!”を高らかに謳い

田村正和、中村晃子のモッズカップルが

主演した日本初のモッド・ムーヴィー


当時のこの映画の

新聞広告には

「モッズとは

モダーンズ(モダンジャズのビートに酔う

英国の若者たち)の略称」


とわざわざ説明があった。

どうやらこの映画で言うところの

モッズとは

ザ・フーのような

ビートバンドのことではなく

50年代のモダン・ジャズに

憧れた

モッズ第一世代のことを

指しているらしい


それにしても何故

モッズに目を付けたのだろうか



いつの時代でも

金の鉱脈を探し求めるように

新しいものを

見つけては飛びつくという

無謀にも見えるやり方は

宝くじ買うようなもんで

あたれば一攫千金も

夢じゃない


この時代の映画作りには

そういった感覚はあったかもしれません


逆に、流行というのは

無難さ、であり


それはいずれ廃れる

忘れられてしまう

運命を背負っています



ザット・ウィル・ドゥ/フード・ブレイン



さて、次の曲は

フード・ブレインの

ザット・ウィル・ドゥ

聴いていただこうと思いますが

9:14という

尺の長い曲ですので


数年前にかけた時は

Twitterの反応は

リスナーどん引きの

結果に終わったという


ところが去年

この曲を流したところ

非常に好評を得た


ルルイエリスナー

の質の高さ


これを大いに感じ

本当に感謝の念を

禁じ得ない


それではお聴きください

フード・ブレインで「ザット・ウィル・ドゥ」


ルルイエリスナーならば

どうしても

一度通っておかなきゃならないナンバーです




フード・ブレイン/ザット・ウィル・ドゥ


フードブレインは

1970年のごく短い期間だけ

活動したバンドで


ゴールデン・カップス

パワー・ハウス

エイプリル・フール

ジャックス

などから

当時の日本では

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スーパーグループ


1970年の

五月にステージ・デヴューし

10月には唯一のアルバム

『晩餐』を発表して

解散している


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ザット・ウィル・ドゥ

これは唯一のアルバム

『晩餐』

の一曲目に収録された

長尺 の インスト



ルイズルイス加部の

誰の追随も許さないスピード・ベースと

パワーと手数バシバシの

角田ヒロのドラム


陳信輝の駆け巡るギターと

脳髄に直接語りかけてくる奔放な

柳田ヒロのオルガン



ブギから一転して

突如としてヘヴィ・ロックへと

切り替わるギアチェンジ

によって得られる

疾走感を感じられたんじゃないかな





レット・ミー・ラヴ・ユー/ザ・ゴールデン・カップス



69年

7月20日、渋谷公会堂で

開かれたリサイタルを


収録したライヴ・アルバム

『ゴールデン・カップス・リサイタル』から

第一期ジェフ・ベック・グループ

(ロッド・シュチュワート、ロン・ウッドが在籍)


の代表曲「レット・ミー・ラヴ・ユー」



横浜ZENのライヴには

一時期グループを離れていた

ケネス伊藤がサイド・ギターと

ヴォーカルで参加


「モージョ・ワーキング」

ではデイヴ平尾との

絶妙な掛け合いを披露していますが


そのケネスも結成以来のギタリスト

エディ藩も脱退してしまい、


新たに林 恵文がベースで参加して、

ルイズルイス加部がリードギターに

転向した時期の

カップスの演奏が聴けるのが


渋谷公会堂でのリサイタル

になります。




他のGSと

比べて非常に聴きやすい

という印象をウケる録音ですが

もちろん

演奏に対する自信が

そうさせているの

かも知れませんが


英米のニュー・ロック

ブルース・ロック

という新しいムーブメントが

日本にも上陸し


GSブームの衰退が

誰の目にも明らかであった

この時期、カップスはすでに

「脱GS」のステージ展開を

していたことが

よくわかる録音だった



ラジオルルイエでは
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by marquis_de_d | 2017-12-31 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □




サンタクロースが町に来る/小畑ミキ

きよしこの夜/小畑ミキ

こんこんこなゆき こんばんわ/ザ・スウィング・ウエスト

スキーが体にとっついた/ザ・スウィング・ウエスト

スケート野郎/ザ・ジャイアンツ

雪国の誓い/ザ・ヴァン・ドッグズ

サハリンの灯は消えず/ザ・ジェノバ



サンタクロースが町に来る/小畑ミキ

きよしこの夜/小畑ミキ


ま、仕方ないですね

このもうベタベタの

クリスマスソングで


今夜

この選曲以外

あり得ないだろうと

いうことでね




サンタクロースが町に来る/小畑ミキ



コンパクト盤の

『ミキのクリスマス』に

収録されているナンバー

に収録されている曲

「サンタクロースが町に来る」

GSの同伴者的イメージの強いミキだが、


67年12月リリースの第三段

「もしも私が b/w あなたが大好きよ」

なんかもアウト・キャストが

バックをつとめておりますし



唯一の主演映画である

『ある色魔の告白ーー色欲の果て』

(日活/68年8月封切り)


でもアウト・キャストを

バックに歌うシーンがあるらしい。


彼女のフレンチで

モッドでビザールで

一人GSな歌の数々は

テイチクのだしている

CD「キューティーポップコレクション Love Letter Edit」

などで聞ける。


そのほとんどの

曲が彼女の

自作詞というのも

60年代に英国で活躍した

自作自演のガール・シンガー

トゥィンクル

みたいで

イカしているので


曲がGSっぽかろうと

なかろうと

一応集めてみる価値はある。



きよしこの夜/小畑ミキ


1967.10


こちらの演奏を

ヴァン・ドックスが

つとめていると

ちまたでは

もっぱらの噂の曲なんですね


コンパクト盤の

『ミキのクリスマス』に

収録されているナンバー




67年10月に

出た4曲入りのコンパクト盤

『ミキのクリスマス』


ヴァン・ドックスを

バックにしたもので


不安定な

音程の演奏が

シュールな雰囲気を

醸し出しています。




こんこんこなゆき こんばんわ/ザ・スウィング・ウエスト




1960年代の

ロカビリー時代から続いている

伝統のあるバンド


というか正確には

1957年三月に結成された

ウエスタン・バンドが

何度も衣替えしている

うちにGS時代まで

生き残ってしまった

というバンド




67年11月にリリースされた

シングル『スキーがからだにとっついた』のB面

『こんこんこなゆき こんばんわ』


この時代ならではの

チープなオルガン



シュールな歌詞が

不思議な日本情緒を

醸し出している

ガレージわらべ歌



スキーが体にとっついた/ザ・スウィング・ウエスト


1967年11月10日の

リリースだった

テイチク/ユニオン移籍後の

二枚目のシングルA面で

雑誌『スキー・ジャーナル』の

マンスリー・ソングとして

サトウ・ハチローが作詞した

企画もので



チープな

オルガンが

愛らしい曲だが


なぜか

手拍子入りの

お座敷ソング


レコードが出せるなら

どんなもんでも

やるという

さすが名門の

根性を感じる



スケート野郎/ザ・ジャイアンツ


B・Mシンガーズをバックにした

時代錯誤の溌剌青春歌謡で


1968年11月リリースだった

永井秀和とスクールメイツの

シングル

『ヤッホースケーター』の


B面がザ・ジャイアンツの

「スケート野郎」だった


というのはそもそも

67年夏、

銀座のデパートのアルバイトで

演奏していたところを

ビクターの永井秀和の

バックバンドとして

スカウトされた

グループなのである。


68年1月フォークルの

「ケメ子の唄」で

デヴューさせられたが

露骨にテープの早回しを

真似たのが反発されて

競作となったダーツ盤のほうが

遥かに売れてしまった。


それでも

68年3月封切りの

松竹映画『ケメ子の唄』(未DVD)

で準主役に抜選され小山ルミと

共演する幸運に恵まれたが


ダイナマイツが出てきて

「ユメがほしい」を

演奏するシーンがある

ということが話題をさらって


結局、それだけだったグループ



雪国の誓い/ザ・ヴァン・ドッグズ


67年10月1日から

大幅にメンバーチェンジして


68年2月5日に発売された

三枚目のシングルのA面


北海道で評判をとった

ひなびた歌謡曲だ


作曲者の松本幹二は

HBCラジオのディレクター


GSには数多くの

北方志向の歌があるのに

なぜか南方志向の

歌は少ない


メンバーチェンジ後の

ヴァン・ドックスは

ヒットに恵まれず


69年には名前を聞かなくなった



さ、今夜最後の曲は

やっぱりこのグループで

締めくくっていただきましょう


サハリンの灯は消えず/ザ・ジェノヴバ(1968.2


作曲家、北原じゅん氏が

門下生を集めて

67年10月に結成したグループ

当初は

水戸浩二のバックバンドとして活躍


67年12月の水戸のシングル

「君さえいれば」でも

レコードには記されていないが

演奏をつとめています。


歌声運動の昔から

ロシア民謡というのは

世界中で日本人に最も

親しまれているのだから

それにGSサウンドを

プラスしたら

受けること間違い無し

ということで


これまでの米英中心の音楽から

ソ連に目を向けてみようと


シベリア・サウンド

ロシア/ソビエト・サウンド

なるものを

発表したら

きっと受け入れられるであろう

という

かなり強引な

理論で登場したグループ


ロシア民謡をモチーフとした

シベリア・サウンドを

特徴として、

文字通り

樺太(サハリン)を

テーマにした

デビューシングルの

A面『サハリンの灯は消えず』は

力強い歌い方と

望郷の念に駆られるような

メロディーで

オリコン37位まで上昇するヒット。


洋楽かぶれ系GSにはない

質感で聞き応え充分




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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰七十壱夜■
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□ 今夜紹介する楽曲 □




赤く赤くハートが/ザ・レンジャーズ

ハートを狙い撃ち/有馬竜之介

恋のピストル/ザ・ルビーズ

スナッキーで踊ろう/海道はじめ

お前のすべてを/ザ・モップス

ピーコック・ベイビー/大原麗子

なんとなくなんとなく/ザ・スパイダース

ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ



□赤く赤くハートが/ザ・レンジャーズ


デヴュー当初は

レインジャーズと名乗っていた

彼らだが


二枚目のシングルから

バンド名の表記が


レンジャーズと

変更している


67年11月に発売された

二枚目のシングル

「赤く赤くハートが」


(B面の「サリーの瞳」は

何度か紹介しているんですけれどもね


まさか、この曲をルルイエが

今までかけたことがなかった

そんなことあるわけない

と思って

調べて、どうも、この曲一回も

流してないらしい)


痙攣はエルヴィス・プレスリー以来

ロックの重要なキーワードの一つだが


GS史上、最大の

”痙攣”感覚を持ったヴォーカリスト

がレンジャーズの宮城ひろしであった


1949年生まれ

東京都出身


かつてNHK 『次郎物語』に

出演していた子役あがり



タップダンスの腕前はプロ級



67年11月に発売された

二枚目のシングル

「赤く赤くハートが」のA面

である本作では


神の啓示か

負のリビドーのなせる技か

宮城ひろしの

驚異的な自暴自棄唱法

を聴くことができる


これを早すぎたパンクと

称するのであれば

ジャックスよりも早い


なお、

大映映画

「ある女子校医の記録・妊娠」では

この曲のライヴシーンをじっくり

みることができる









ハートを狙い撃ち/有馬竜之介




有馬竜之介の「ハートを狙い撃ち」1967.2



青春歌謡歌手

有馬竜之介の

デヴューシングル

「土曜日に集まれ!」

のB面。

隠れたガレージパンクとは

まさにこのこと


ザ・ルビーズの「恋のピストル」

と共に聴きたい



恋のピストル/ザ・ルビーズ


ザ・ルビーズ「恋のピストル」


いつ聴いても

奔放なぶっ放しっぷり。必死なのかヤケクソなのか


「恋のピストルぶっ放そう!」を


明るく歌いきった

ルビーズ




珍しかった左利きの

リード・ギター兼

リード・ヴォーカル

菊谷英二(きくたにえいじ)

がセールス・ポイント

この人は

ルビーズをやめたあと

「ハチのムサシは死んだのさ」

のセルスターズへいった。



「ルビーズのはめているルビーがあたる」

レコードに抽選券をつけて

指輪につけていたルビーを

抽選で5名の方に

プレゼントする涙ぐましい

キャンペーンとか


話題性は

あったんですけれども、


ポリドールとしては

タイガースを

抱えていたこともあって


ルビーズは地味だった。


------------------------------------------------

1968年武道館で

「タイガース新曲発表会」

というコンサートがあって

その前座をつとめたしてるんですけれどもね、ぱっとしなかった。


------------------------------------------------


スナッキーで踊ろう/海道はじめ



ナッキーで踊ろう2:38海道はじめ1968


元々は

大御所 船村徹 先生の弟子で

民謡歌手であった

海道はじめの

デヴューシングル

だが

本人は

譜面を見て演歌とは

程遠い歌に面食らったという




スナッキーとは

プリマハムのレトルトウィンナーで


当時商品名が入った曲は

PR盤といって

関係者などに配布されるもので

テレビなどでオンエアすることができなかった


そこで

コロムビアとタイアップするにあたって


「スナッキー」なるニューリズムが

海外で流行しているという

話をでっち上げて

(レコードにはご丁寧にステップまで紹介されている)


本盤としてリリースし、


こいつが全国に

浸透した二ヶ月後に

商品を販売しよう


という

とんでも戦略が取られた


(いわばメディアミックス戦略の先駆け)


ジャケットの

海道はじめがなぜか

首に絞めた

ネクタイを右手に持って


妙なアピールを

していることが

非常に

気になっていたのだが


このネクタイの柄が

商品パッケージになる予定だった

という


サブリミナル効果的

印象刷り込みまで

行なっている

から驚きだ

(海道はじめ氏も知らなかったらしい)


もちろん

こんなものは

売れるわけもなく、


曲も、商品も

セールス的には不発


そのまま

人々の記憶から

静かに消えて行ったかに

見えたこの曲ですが


90年代以降に

コサキンのラジオで

紹介されてから


幻の名盤解放同盟の

尽力によりCD化されて

広く知られる曲となった。



出だしの

異常なほど深いエコーは

舌を口の中で

動かすことによって

聞こえるという

技巧を使っているという


バックコーラスの

スナッキーガールについてですが



小山るみ(さすらいのギター)

女優吉沢京子(あのど根性がえるの京子ちゃんのモデルでもある)


そして、(ここが重要だが)

今まで、

風吹ジュン、

さんと紹介していたが


この1968年の春

この時期にはまだ

風吹ジュンさんは

15歳中学三年生で

京都市内に住んでおり

モデルの仕事なんて

していない


実際は別人で

羽田幸得子(ハタ サエコ)さん


であって、


どうも

ラジオなどで再発掘された折に

「風吹ジュンがいた」

などという話が

どこで間違ったか発表されて

しまって、それが

拡散してしまったというのが

真相らしい。


現在でも海道はじめは

坂越達明として民謡歌手として活躍中




お前のすべてを/モップス(1968.8



日本最初のサイケデリック・グループ」モップス


ほかのバンドとの

区別化を図るために

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場した日本最初のバンド、

モップスですが


三枚目のシングルのA面、

「お前のすべてを」

いくらサイケデリックとはいえ

これをA面で売ろうという

レコード会社は

正気とは思えませんね

本気だったのか

投げやりだったのだろうか?



この三枚目のシングルまでは

ファズギターを駆使した

サイケデリック路線が

続いたんですが


69年に入る頃には

それまでのイメージを払拭


よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に転じることになる。


69年末には東芝に移籍

してますが

海外のガレージ・マニアが

評価しているモップスは

このビクター時代だけ

ビクター時代の

モップスは

歌詞の問題で

オフィシャルCD化できない

「ブラインドバード」

をはじめ、ガレージ・サイケの

オンパレードですから





ピーコック・ベイビー/大原麗子



1964年中頃に「イパネマの娘」

の大流行が日本にも到達すると

数えきれないほど日本産

60年代ブラジル・サウンドが

聴けるようになってくる


1968年にビクターより

リリースされた大原麗子の

素晴らしいボサノヴァ・アレンジ曲

「ピーコックベイビー」


まず、大女優 大原麗子を

歌手として認識している

ひとのほうが少ないんじゃ

ないかということです


2009年

惜しまれつつこの世を去った

その生涯でたった

シングル三枚

アルバム一枚しかリリースしていない


60年代ではこの

シングル「ピーコックベイビー」

一枚しかリリースしてません。


この曲も

よくある

「女優がそそのかされて試しに歌ってみた」

シリーズです。


しかし、ヤル気があるのかないのか

判らない脱力感の漂う

かわいらしい声と

小気味よいリズム

のベストマッチングで

とんでもなく

サイケデリックな

ナンバーに仕上がっている

作曲は小林亜星、ヤッパリ。

なんでしょうね、

朱里エイコの「イエ・イエ」といい、

この時期の

小林亜星先生のキレっぷりときたら

和製クインシージョンズ




なんとなくなんとなく/ザ・スパイダース


スパイダースが

ゲスト出演した

1967年5月20日封切りだった

日活映画『夕陽が泣いている』の

テレビ局での演奏シーン用に収録された音源です



ドッグ・オブ・ザ・ベイ/ザ・ボルテージ



ボルテイジの事務所、

富士音楽企画の社長

木村信夫氏


がもっと外国にも

対抗できるような本格的な

R&Bバンドを作ろうとして

見つけてきたのが

ボルテイジというわけだが


GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることのできる

1968年8月に出した

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』に

収録されている


ドッグ・オブ・ザ・ベイ



1968年に世界中で大ヒットした

オーティス・レディングの

ナンバーのカヴァー



オーティス・レディングは

アトランティック・レーベルを

代表する黒人歌手ですが


さすが、

ステージでの

レパートリーは

もっぱら黒人の

ソウル音楽オンリーで

白いのは一切やらなかった

本格派 ボルテイジ



素晴らしいアルバムですが

本人達からすれば

このアルバムは

出来の方は思わしくなかった

ステージの方がはるかに良かった

と本人達もいうほど。





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□ 今夜紹介する楽曲 □




ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ

モンキーダンス/田辺昭知とザ・スパイダース

アイ・ラヴ・ビィ・ビィ/ファイブ・キャンドルズ

ラヴァーズ・シェイク/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

All Of My Life/The Wild Ones

電話でいいから/アウト・キャスト

ショットガン/ザ・ゴールデン・カップス






ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12


二枚目のシングル

「追憶」のB面



1964年5月に解散した

大御所のロカビリーバンド

”ウエスタン・キャラバン”

にいた

井上宗孝、秋山功、古谷紀(おさむ)

の三人に他メンバー二人を加え

シャープホークスに合体したのが

始まりで当初は

”シャープホークスとそのメンバー”

と名のっていた。

その後、

メンバーに二人加わって前田旭


65年3月にはブルー・ファイヤー

にいた天才ギタリスト

三根(みね)信宏

も加わって、

65年6月にフジテレビで

始まる「勝ち抜きエレキ合戦」に

レギュラー出演することが

決定したのをきっかけに

シャープ・ホークス

からバンドを切り離し

ここに

”井上宗孝とシャープ・ファイブ”

が誕生する。


「勝ち抜きエレキ合戦」は

エレキブームを加熱させ

超人気となり、この番組で

毎週模範演奏を披露する

シャープ・ファイブは

当時、ギターキッズの

憧れの的。

エレキ時代の象徴的存在だった。


日本を代表する

エレキ・インスト・バンドとして

65年から66年にかけて

キングからアルバムも

続々リリースしたが


GS時代にさしかかると

のシングルでは

歌ものもやっていた。


そんなわけで

ドライヴィング・ブルース/井上宗孝とシャープ・ファイブ(1966.12


ロックンロールに別名をつけるとするならば

チャックベリーだとジョンレノンがいってますが

当時としては異例の

チャック・ベリー・スタイルの

ロックンロール


メンバー全員で

次々に泥臭いボーカルを

まわしているが


クールな演奏との

ギャップが

後を引く





モンキーダンス/田辺昭知とザ・スパイダース




1965年5月クラウンから

「フリフリ/モンキーダンス」

というシングルが

田辺亜昭知(たなべしょうち)と

ザ・スパイダーズ名義でリリースされた。

これが記念すべき

デヴューシングルでありまして


まさにGSの起原となった

歴史的シングルといえる


B面の「モンキーダンス」は

キンクス的なリフで始まる

ダンス・ナンバー

作詞家、阿久悠の処女作。


この記念すべきシングルのジャケットに

かまやつひろしが入っていないのは

ジャケットの撮影日に寝坊して遅刻したという

エピソードが在りますが


1966年2月クラウンから

発売されたコンパクト盤

「青春ア・ゴー・ゴー」

にも入っている。



アイ・ラヴ・ビィ・ビィ/ファイブ・キャンドルズ(1968.10


デヴューシングルのA面


攻撃的な

分厚くかけたファズギターと

快活なパーカッションに朗々とした

バリトンボーカルと

ファルセットコーラスが

絡むグルーヴ・チューン


ファイブキャンドルズという

このグループはよくわからない。

A面はガレージ調のGS曲の

筆頭におかれるような

ファズを熱くかけた

グルーブ満点の曲だが

B面は歌謡ムードコーラスの

「大阪の娘」で


でも、どっちも

これ一枚だけで


その後の活動は

非常に落ち着いた

シックな曲調の

フォークソングが主流だった

グループ。


いずれにせよ

ロックとは遠い活動を

していた人たちでも

68年という時代はファズが

かかったビートポップスを

やっていたのだ。




ラヴァーズ・シェイク/ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(1967/10


シングルではあえて

日本的な歌謡曲作品

を発表していた

ブルコメですが


アルバムではこのようなグルーヴィーな作品や

実験的な作品を聴くことができる

ブルーコメッツは

そのきちんとした印象の

パブリックイメージだけでは納まりきれない

様々な傾向の作品に挑戦しています


『ブルー・コメッツ・オリジナル・ヒット第2集』収録曲




All Of My Life/The Wild Ones


67年6月リリースの

ファースト・アルバムより。


このアルバムは全曲メンバー

自身のオリジナルによる意欲作だった


植田芳暁が作詞とヴォーカルを

手がけたこの曲は

アメリカのガレージ・サイケの

コンピレーションに入れても

違和感の無いような

フォーク・ロック


間奏ではテープの

逆回転によるギター・ソロが

使われているのも驚き





電話でいいから/アウト・キャスト


後の大物業界人を

多数排出した渡辺プロのGS


エレキ・バンド

”ブルー・エース”の

水谷淳(作曲家:水谷公生)が中心になり

66年春に結成された

実力派集団アウト・キャスト


本作は67年4月に

発売された2枚目の

シングルB面


数多くのGSのオリジナル曲の

中でも”ガレージ”と呼ぶにふさわしい楽曲


耳障りで騒々しい

カオスな喧噪に満ちていることでは

一、二を争うが

当時の聴衆の耳には

刺激的すぎたのか

全く話題にならなかった



ショットガン/ザ・ゴールデン・カップス


本格派ゴールデン・カップスの

メチャカッコいいナンバー


68年9月10日リリースの

セカンドLPである

「ザ・ゴールデン・カップス・アルバム第二集」

の一曲目に収録されている


ジュニア・ウォーカー&ジ・オールスターズ

の65年のヒット曲で


このアルバムの最大の聞き物


デイヴ平尾とケネス伊藤のデュオ



とうじ流行ってた

ファン動員録音で


アメリカン・スクールの子達と

おぼしきファンを動員した録音で

女性ファン達のなまめかしい嬌声の

中でのメンバー紹介なんかしちゃって


「ベースギタールイズルイス加部!(ぶんぶんぶん

きゃーーーーーーー!!

リードギター、エディ藩

きゃーーー!!かわいいーー!!…」


何やら楽しげなライブ感を演出

している


間奏で聴けるサイケなギターは

68年ならでは





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□ 今夜紹介する楽曲 □



インストゥルメンタル/ザ・スパイダース/ヤング&フレッシュ

イエ・イエ/朱里エイコ

ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース

YOUNG GUY IN RIO-「リオの若大将」劇伴/服部克久より

Ps-102-2 Discotique - 「無頼・殺せ」/内田裕也とザ・フラワーズ

TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ

好きさ好きさ好きさ/木の実ナナ & レオ・ビーツ

インストゥルメンタル/ヤング&フレッシュ

土曜の夜何かが起きる/黛ジュン

バザズ天国/ザ・キューピッツ

OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より



インストゥルメンタル/ザ・スパイダース/ヤング&フレッシュ

日活映画『夕陽が泣いている』




イエ・イエ/朱里エイコ(1967/11



67年から68年にかけて

GS的コンセプト

(ミニスカート、ハーフ、洋楽レーベルなど)

を持った数多くのガール・シンガーが

各社から登場してきた 


実力派、朱里エイコにも

GSをバックにしたレコードがあった

ことに驚きます


演奏はシャープ・ファイヴ


フジテレビ「勝ち抜きエレキ合戦」

でレギュラー出演していた

エレキキッズたちの憧れの的だった

シャープ・ファイヴ



シングルとしてリリースされ

レナウンの組み合わせニット服の

コンセプト「イエイエ」のCMソング

これは日本国民に非常に鮮烈な印象を残した

テレビCM


レナウンの組み合わせニット

組み合わせは680通り

どう?ちょっぴり冒険してみない?


当時としては

曲の構成やビートが非常に

斬新で、さすが小林亜星先生。

クインシージョーンズかと思った


CM用の別バージョンもある。






この時期、ベテランから新人まで

様々な歌手がGS時代を反映した

楽曲(「太陽」「星」「渚」「夕陽」

と言ったGS的語彙の

GS詞の提携をふまえた歌詞、

マイナー・キーの切ないメロディー

エレキ・サウンド)

をひっさげて歌謡シーンに

うって出て行った





ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース(1967/3)


ニューリズム「クラップ」で踊ろう!

と言うコピーで

リーダーの加藤ヒロシが作った

ダンス・ナンバー。

二枚目のシングル

「燃えろサーキット」のB面

前半英語、後半を日本語で歌う

スパイダーズの影響が強く見れます。


とにかく、60年代の

レコード業界は世界中の

あちこちから

探してきたダンス音楽を

「今年のニューリズムはこれだ!」

として売り出すキャンペーン商法を

展開し、このニューリズム

というのが毎年更新されては

消えて行った時代だった。

ニューリズムであたったのは

61年のラテン・リズム『東京ドドンパ娘』の「ドドンパ」と

エレキ時代65年の「スイム」と「モンキー」

そしてGS全盛期68年の「ブーガルー」


ちなみに、68年は

国産のニューリズム

中尾ミエの「恋のシャロック」のシャロック

ザ・キューピッツの「バザズ天国」のバザズなども

発売されたが

盛り上がらなかった


この曲などは

当時のラジオでは

演奏時間が長い為に(4:02)

日本語部分が入る前に

フェードアウトされていた




YOUNG GUY IN RIO-「リオの若大将」劇伴/服部克久より



1968年の7月封切りだった東宝映画『リオの若大将』


近年、インターネット喫茶

というものが出現して久しいが


複写機が発明された

60年代ではコピー喫茶という

ものがあったらしい


そのコピー喫茶に

若大将加山雄三と田中邦衛演じる青大将

の二人が出向き

ノートをコピーしてもらっている

あいだに流れるBGMがこれである


演奏者不明だが

この直前に加山が

ランチャーズをバックに

オルガンを弾くシーンがあり

その音に酷似している事から


このオルガンも案外

加山が弾いているのかもしれない





Ps-102-2 Discotique - 「無頼・殺せ(ばらせ)」/内田裕也とザ・フラワーズ



日活映画69年の作品。

渡哲也主演映画

人斬り五郎無頼シリーズ三部作の最終作

『無頼・殺せ(ばらせ)』の

ラストシーンですね。


フラワーズがゴーゴークラブで


演奏していた

サイケなインスト曲がこれ。


映画では

この後に

和製ワンダ・ジャクソン

と呼ばれていた麻生レミが

二村貞一(ふたむら ていいち)の「君恋し」を歌うのも

見所なんですが、


スチール・ギターの

小林勝彦など

演奏している

メンバーの姿がアップになるのも

見所



R&B/ロカビリー歌手だった

内田裕也が

67年に三ヶ月にも及ぶ

ヨーロッパ旅行で

海外ロックシーンを

目の当たりにし、日本にも

本格的な


サイケデリック・ミュージックや

R&Bをやるグループを

作るべく

67年11月に

結成したバンド

ザ・フラワーズ


ステージの演出や照明に凝り

音楽各紙はフラワーズの登場を

本格派

サイケデリックグループ

誕生と鳴り物入りで

報じた


もちろん、レコードも

すぐには出さない。

待たせに待たせて

じらしてじらして


そうこうしているうちに


GS時代の波乗りに

やや出遅れた感が

否めなかった。


結成から一年以上おくれて

1969年1月にようやくでた

遅すぎたデヴュー・シングル

「ラスト・チャンス」が

コロンビアから発売するも

極度に歌謡曲化された

メロディー


サイケを期待すると

幻滅させられてしまう。



当時のGSは

レコードでは、

ステージでの熱狂という

ものがわからないわけで


レコードよりも

ステージの方が何倍も

スゴいバンドがたくさん

あったわけですが


当時の姿を知る

手段のひとつとして

流行を切り取って

それらを後世に残しうるメディアが

娯楽映画であり


そこに、動くかられらの

生き生きとした姿を

垣間見ることができるわけです。




TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ


松原智恵子主演

1969年3月封切りの

日活映画『恋のつむじ風』から


結婚式の途中で相手がイヤになって

逃げ出し、都会のゴーゴー・クラブに

迷い込んだ主人公。

ストロボ・ライトが点滅する

店内で若者たちが踊り狂っている


演奏は内田裕也率いる

フラワーズ


スチール・ギターをフィーチャーした

サイケデリック・サウンドが

じつにユニークなバンド


なぜ、スチール・ギターを

サイケにあててきたか

という疑問がありますが


これはジミ・ヘンドリックスが

ワウワウ・ペダルを使っている

部分をどうやら内田裕也は

当時ワウワウ・ペダルを

知らなくて、

スチール・ギターを

使っていると解釈した

というのが真相らしい。


この映画ではフラワーズが

オリジナル曲の「ラスト・チャンス」を

演奏するシーンもあり


ヴォーカルの麻生レミのイイ顔を

拝む事ができますが

裕也サンは忙しかったのか

出演していない。





好きさ好きさ好きさ/木の実ナナ & レオ・ビーツ



女優として知られる

木の実ナナだが

60年代はビートガールとして

「ミニミニ・ロック」

などの多くのリリース作品を残している


まあ、木の実ナナの

イメージとして

ミニスカートと結びつけるのは

ミニミニ・ロック

だけというのは

個人的印象ですが


ザ・カーナビーツがゾンビーズの

「アイ・ラヴ・ユー」の

日本語カヴァー

「好きさ好きさ好きさ」で

デヴュー、大ヒットを獲得した1年後

1968年、木の実ナナが

レオ・ビーツをバックに

録音したセカンドアルバム

『レッツ・ゴー・ナナ!』の

中で「好きさ好きさ好きさ」を

歌っております。


このアルバムは

全12曲中10曲をレオ・ビーツが

残り2曲を津々美洋とオールスターズ・ワゴンが

バッキングを務めているので

要注目です


「好きさ好きさ好きさ」

原曲は

イギリスのゾンビーズ

の楽曲ですが


イギリスでは

まるで流行らなかった。


日本ではヒットしたのは

作詞家、漣健児先生のお得意の

意訳歌詞がドはまりした

成功例のひとつとして

挙げて良い。



□インストゥルメンタル/ヤング&フレッシュ


日活映画1967年『夕陽が泣いている』

監督:森永健次郎




土曜の夜何かが起きる/黛ジュン



土曜の夜何かが起きる -


和物DJの定番曲でいまでも

衰えぬ人気がありますけれども

僕の大好きな曲でもありますが。


1969年封切りだった

浅丘ルリ子主演

日活映画「華やかな女豹」

では挿入歌として

これがまるっと歌われていた


当時の映画には

レコードの宣伝のような

広告的位置もあり

メディアミックス戦略

というものは

あったことがわかる。



バザズ天国/ザ・キューピッツ





1965から69年頃までに

活動した

ザ・キューピッツ

という姉妹デュオ


早速、

お聴き頂いたのは

キューティ・ポップの名盤

「バザズ天国」


ザ・キューピッツは

1965から69年頃までに

活動した埼玉出身の

小島孝江(1947年12月26日生まれ

小島洋子(1949年7月18日生まれ

による姉妹デュオ


よく、双子と紹介されている

ようなんですが

生年月日からわかるように

双子じゃありませんね


双子なのはレモンレンズのほうです。


素晴らしい圧倒的な歌唱力

シュープリームスのような

パンチとグルーヴ感のある

ボーカルの掛け合い

が聴けたかと思います




ザ・キューピッツの

活躍はビクターから

クラウンレコードに

移籍してから

興味深い三枚のシングルを出して

おりまして


とくに

1968年にワイルドなナンバー

『バザズ天国』がリリースされる


オルガン・ビートと

スキャットの

融合した超ダンサブルなナンバー


このキラー・ダンスチューンを

作曲したのは

エミー・ジャクソンの共作者

である湯川れい子

というのも興味深い。


1968年といえば

この年のニューリズムは

「ブーガルー」と

何度も紹介して

リスナーの皆様と

勉強してきたわけですが


この「パザズ」は

「ブーガルー」に対抗する

68年国産ニューリズムとして

売り出されたという

事実も無視できません



□OH MY GOD-「あゝ馬鹿」劇伴/眞鍋理一郎より



東宝1969年6月14日封切りだった

『あゝ馬鹿』より劇伴


上司の浮気の尻拭いに奔走する

小沢昭一主演

サラリーマン・コメディ


ゴーゴー・クラブのシーンで使われたもの




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