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D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第弐佰七十七夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




好きさ好きさ好きさ/津々美洋とオールスターズ・ワゴン

ラブ・ポーション No.9/田辺昭知とザ・スパイダース

ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ

泣かせるあの娘/尾藤イサオ

バットマン/ジャニーズ

バラ・バラ〈ヴォーカル・バージョン〉/ザ・ヴァン・ドッグズ

レッツ・ゴー・ピーコック/ザ・ピーコックス

青春ア・ゴーゴーのテーマ/オリジナル・サウンドトラック






好きさ好きさ好きさ/津々美洋とオールスターズ・ワゴン



名門

オールスターズ・ワゴンも

寺内タケシや加山雄三が出てきたこの頃には

サーフインストバンドになってる。

しかし、そこは

バックバンドとしての

実績なのか

バランスのいい演奏

を聴かせてくれる

カーナビーツが日本語で大ヒットさせた

ゾンビーズの

「アイ・ラヴ・ユー」の

日本語カヴァー




中尾ミエちゃんや

木の実ナナちゃんの

「MINI MINI ROCK」

もちろん津々美洋作曲である

平尾昌章の

「星は何でも知っている」など


様々な歌謡曲のバッキングをつとめた

津々美洋とオールスターズ・ワゴン



この曲は

ゾンビーズの原曲は

イギリスでは

まるで流行らなかったんですが

日本では

漣健児先生のお得意の

意訳歌詞がドはまりして

大ヒットした。



アルバム『レッツゴー・ヤング・ビート』

に収録されたインストナンバー


□ラブ・ポーション No.9/田辺昭知とザ・スパイダース



元々は1959年の

R&Bグループ

クローバーズが原曲の

『恋の特効薬』ラブ・ポーション No.9


スパイダースがクラウンから

1965年10月に出した


17㎝LP(EP)『ダイナマイト』という

全曲インストカヴァー曲で構成された


コンパクト盤(EP盤という7インチ=17センチレコード

LPと同じ回転数33回転のシングルレコード)に収録


されている

サーチャーズでおなじみの

ナンバー


1964年に

リヴァプール出身のバンド

サーチャーズがリリースして

これは全米第3位を記録した


サーチャーズといえば

第一次ブリティッシュ・インヴェイジョンが

巻き起こった60年台前半から

中盤にかけて活躍したビートバンドで

スキッフルを好んで演奏する

典型的マージビートバンド


ビートルズ同様

R&Bカヴァー曲も

発表しており、

これは

そんな中で

最も有名な楽曲


なお、65年当時の

スパイダーズのメンバーは

ドラムス田辺昭知

リズムギターかまやつひろし

リードギター井上孝之

スチールギター大野克夫

ベース加藤充

ヴォーカル堺正章

ヴォーカル井上順


の既にあのおなじみの

メンバーでありまして


このころは

エレキ・ブーム全盛期で

すでに歌って演奏する

リヴァプール・サウンズの

スタイルを強く

志向していた

彼らは


いまいち乗り気じゃ

なかったというんですが


とんでもない話で

エレキ・インストを

やらせても

傑出した演奏を

聞かせてくれます





ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ



R&Bバンドを標榜していた

日本のGSの大半が

実は、ストーンズ、ゼム

といった白人R&Bをカヴァー

していたに過ぎない中で

黒人のソウル音楽しか

レパートリーにしなかった

数少ない本格派が

このバンド


67年3月に結成され

同年夏には黒人兵の

多い沖縄の基地のクラブに

レギュラー出演し

修行を積んだ


デヴュー前に

脱退してしまう

串田アキラ在籍も

このころ



68年8月にリリースされた

アルバム『R&Bビック・ヒット』

に収録されているのがこの曲


65年のエディ・フロイドの

ヒット曲のカヴァー


このアルバムの

レコーディングの

際には

亡くなった

桜井ユタカ氏

(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)


が付きっきりで

アドバイスをしたという

からその気合いの

入り方に

尋常ならざるものを

感じます。




泣かせるあの娘/尾藤イサオ


尾藤イサオとブルーコメッツによる「泣かせるあの娘」

1964年の4月シングル「淋しいだけじゃない」のB面

実はこれが日本で最初のアメリカン・ガレージのカヴァーレコード


GSという一つの形態が浮上する

1966年以前(すなわち、ビートルズ来日以前

はソロ・シンガー+エレキバンドという過渡期形態

ブリティッシュ・ビートのカヴァー盤がよくリリースされていました。

ここで、重要な役割を果たしたのは

尾藤イサオとブルーコメッツ

なわけだが

ミネアポリスのサーフ・ガレージ・バンド

トラッシュメンの”King of the Surf”を日本語カヴァーしたシングルが

既に1964年の4月にリリースされていた事には驚き


最近では尾藤イサオ=あしたのジョー

という印象ですが

60年代中盤におけるロカビリーとGSをつなぐ時期の

再評価されるべき最も重要なロックシンガーの一人であります。





バットマン/ ジャニーズ+ジャッキー吉川とブルー・コメッツ



ジャニーズ事務所から

最初にデヴューを飾った

アイドルグループ


あおい輝彦(水戸黄門の三代目助さん)ら

を排出した

元祖ジャニーズのシングル。


演奏はジャッキー吉川とブルー・コメッツ


1966-67年 米国20フォックスの

テレビ映画『怪鳥人間バットマン』

(通称「アダム・ウエスト版バットマン」)

の主題歌の日本語版


日本でも人気のあった

テレビドラマで、

フジテレビで放映されていた

その時の日本語版主題歌となったのが

ジャニーズのヴァージョンだった。


(僕の大好きな

広川太一郎が

バットマンの声をやっていた)


(キャットウーマンが

メチャクチャ可愛い

「アダム・ウエスト版バットマン」

個人的にはロビンが

変な薬で洗脳されて

バットマンを裏切る

話が好きなんですが)



この曲は数多くの

カヴァーバージョンが

作られた名曲ですね

ベンチャーズの

ヴァージョンとかが有名ですが

ブルー・コメッツの演奏は

得意のフルートから

ラテンっぽさをだしておいての

ジャズっぽい仕上がりで

よりかっこいいと思います。


1966年頃のブルコメの

ジャジー感は


ズート・マネーや

ジョージ・フェイム

といった

モダンジャズに傾倒していた

モッズ第一世代に

通じるにおいがあった




バラ・バラ〈ヴォーカル・バージョン〉/ザ・ヴァン・ドッグズ


流石

ヴァンドックスの安定感


ギターソロのあたりで

こっそり

タンバリンが

粘ってきて

ギターを引き立ててます


なぜか、日本で大当たりした

ドイツのレインボウズの

大ヒット曲のカヴァー


この曲「バラバラ」は

67年12月にリリースされた

オール・インストの

セカンドアルバム

『花のサンフランシスコ<ポピュラー・ヒッツ’67>』

にも収録されていますが、


今夜、のテイクは

ヴォーカル・ヴァージョン


これは勁分社で

67年にリリースした

「ニュー・ポップス・ベスト14」

「グループサウンズPLAY10」

などの

ソノシート用に

録音された

貴重な音源




レッツ・ゴー・ピーコックザ・ピーコックス



海外でも類を見ない

クジャクの鳴き声を

コーラスに取り入れた

怪作


果たして孔雀は

とぅるるるうっと

鳴くのか知りませんが


1967頃から起こった

男性ファッションのムーブメント


ピーコック革命


という紳士服の革命的な変化を示す

ファッション用語ですが



アメリカの

デフィーター教授が提唱した

クジャクは美しいのは

オスだけだということで

紳士服も派手でなきゃいかん

みたいな感じのムーブメントが

あり

そのピーコック革命を

コンセプトに

できたグループ


元々は

第一回ライトミュージックコンテスト

に出場したバンドの中から

もっとも優秀なプレイヤーを

選出して67年10月に結成した

ラヴというバンドが母体で

実力派ぞろいだったが

二年くらいで消えた


天井桟敷の

「書を捨てよ街に出よう」

の音楽を担当した事もあるくらいで

演奏はめちゃくちゃカッコいい



青春ア・ゴーゴーのテーマ/スパイダース


19673月公開の『青春・ア・ゴーゴー』


東宝の『エレキの若大将』と

並ぶエレキ映画の傑作


この録音の演奏も

おそらくは

スパイダースによる

即興のインストナンバーでありまして


素晴らしい

スピード感のあふれる

演奏が楽しめたかと思います。



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by marquis_de_d | 2018-01-28 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □



宇宙防衛軍/遠藤賢司

ラ・ラ・ラ/ザ・ヴァン・ドッグズ

ムスタング・ベイビー/ムスタング

あなたのそばが/ザ・サマーズ

悲しみのかげに/ザ・スケルトンズ

大人の戦争/ザ・ダイナマイツ




宇宙防衛軍/遠藤賢司



エンケンからこのチョイスは

通好みのリクエストであります


2017年10月25日

全てのロックファンに惜しまれつつも

この世をさっていった

不滅の男 遠藤賢司



1980年

四人囃子のメンバーと

土屋昌巳(まさみ)等が参加した

作品で『宇宙防衛軍放送局』という

SF的コンセプトで


テクノ、パンク、演歌、

ハード・ロック、クラシック

ムード歌謡、フォーク

など

あらゆる要素を包括した

コンセプト・アルバム

『宇宙防衛軍』より

『宇宙防衛軍』


お聞きいただきました


緋色有機さん

リクエストありがとうございました



ラ・ラ・ラ/ザ・ヴァン・ドッグズ


1967年12月リリースされたLP

『花のサンフランシスコ<ポピュラーヒッツ’67>』


A面の2曲目に収録された



クラレンス・ポールの曲で

1962年の作品だった


日本では

ザ・シャムロックスが

歌って有名になったが


スティービー・ワンダーや

クリフ・リチャードなどが

「ラ・ラ・ラ・ラ・ラ」

というタイトルでこの歌を

歌っている


単調なメロディであるにも

かかわらず


メンバーのアレンジによって

面白い仕上がり


このアルバムは

オルガンを中心に据えた

ナンバーが多かった


オルガンを重視するのは

ヴァンドックスの伝統といえる


後藤佳子さん

リクエスト

ありがとうございました


お二人には

番組特製ステッカーと

D,侯爵手書きQシート

深海不気味イラスト入り

お送りします



ムスタング・ベイビー/ムスタング


B級GSの最高峰、

キングオブカルトGSとも言える

ムスタングのねっとりとしたナンバー


最も実態がわからない

グループの一つでありまして、

結成年月、

出身地ともに不明。


1968年、キングレコードの

ロンドンレーベルに

和製ポップス部門が

スタートいたしまして、

それのタレント第一号グループが

ムスタングだった。

当時、

まともなプロフィールなどが

作られるわけもなく

いつどこで結成されたかすら

わからない。

記念すべきロンドン第一弾が

何の前触れもなしに出てきた

こんな得体の知れない、

こんなうろんな連中で良かったのか。


もちろん、

その後、レコードは出ずじまいで

主に新小岩あったゴーゴー喫茶「エピアン」に

よく出ていたという話が残ってます。


なお、余談ではありますが

当時「少年サンデー」で

連載されていた川崎のぼるの

「歌え!ムスタング」は

このバンドをモデルにしたものみたいです。



あなたのそばが/ザ・サマーズ


ラ・シャロレーズ、

キッパーズ、

デビィーズにならぶ

「北海道四大GS」の一つ


1968リリースの

自主制作シングル「朝から晩まで」のB面

アメリカのローカル・バンドにも

ありがちな

スロー・パンク・ナンバー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


1967年に結成された

北海道洞爺出身の

典型的なガレージバンド

洞爺湖で夏合宿して

猛特訓し、68年に

札幌のコロンビアの特販で

シングル「朝から晩まで」

をリリースしたのが縁で

コロンビアに認められて

68年10月にデノンから

メンバーによるオリジナル

『たった一言』でデヴュー


デヴュー後

東京のジャズ喫茶にも出てましたが

なじみは薄く、もっぱら札幌の

ラジオ局HBCを中心に活動していたグループ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





ザ・スケルトンズ/悲しみのかげに



スケルトンズは京都出身の

和製ラスカルズを

目指していた

グループ


唯一のシングル

『星の王子さま』のB面から

「悲しみのかげに」

を聴いていただきましたが


米国ブルーアイドソウルの

第一人者ラスカルズの

「Find Somebody」の

日本語カヴァーという


マニアック選曲




大人の戦争/ザ・ダイナマイツ


「大人の戦争」1968・3


シングル「ユメがほしい」のB面


すぎやまこういちと橋本淳の師弟コンビ


イメージだけで作ったという

意味不明の

橋本淳の歌詞がすごい。


当時、東西の「冷たい戦争」が終わるまでは

人々の心のどこかにいつか第三次世界大戦

が勃発し、世界が滅亡するかもしれない

という危惧どこかにあった。


この作品はそんな世界的な危機感を

意識して、最後に残った二人を

モチーフにしたかのような

シュールな世界が歌われている。


その歌詞とは無関係に

ファズをフューチャーした

ワイルドでパンキッシュな演奏

ミーミー鳴いてるファズに

うなるベースが美しい。

ですが

そこに女々しく

ストリングスがかぶるところが

GSっぽい。


もしこれがストリングスが

導入されてなければ

海外のガレージファンに

もっと評価されたと思う。





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オレと彼女/ピンキーとキラーズ

悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ

まぼろしのシェラザード/アイドルス

欲ばりな恋/ザ・モージョ

レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト

空に書いたラブレター/アウト・キャスト

消えない想い/ザ・モップス



オレと彼女/ピンキーとキラーズ


いいですね、オレと彼女。

ピンキラでこのチョイスはいい。



1968年9月10日リリースだった

2枚目のシングルのA面

TBS系ドラマ『オレと彼女』主題歌


非常に今陽子(こん ようこ)の声と

コーラスと

サーフっぽいギターが良すぎるのと、

フルートのマッチングが。すごくいい。


いずみたくの秘蔵っ子、

今 陽子は15歳で「甘ったれたいの」でデヴュー


しかし全然売れなかった。

身長166センチ

どうも当時デカイ女のコは売れなかった


そこでいずみたくが一計を案じて

ヒゲズラのオッサンを廻りに

並べれば誤魔化せるんじゃね?


ピッっと背筋の伸びたスタイル、

山高帽にパンタロン、

そしてヒゲオヤジ

最高にカッコいいカード揃えてきたんですね。


というね、何ともこの安易な

作戦が大成功いたしまして


1968年『恋の季節』で

レコード史に残る脅威の240万枚売り上げという


(今陽子自身は「公の数字はそうだが実際は倍以上あった」と言っている)


空前の大ブレイクこれがピンキラだった。

ピンキラ現象ですね



リクエストいただきました

K、伯爵さんには


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悪魔のベイビー/ザ・クラックナッツ





67年に来日した

デ・スーナーズが

話題を呼んだために

当時日本には20グループ以上の

フィリピン・バンドが

活動していたと

言われています。


ザ・クラックナッツも

そのひとつで

横浜のMUGENなど

ゴーゴー・クラブで

活動していた

寺内企画所属の

フィリピン・バンド。


寺内企画には

「アマゾンズ」なる

女性だけのフィリピン・バンド

も存在していた。


寺内企画所属という

事もあり

67年秋にバニーズが

ヒットさせた

曲をそのままカヴァーさせられ

69年8/25に発売された

唯一のシングルのA面


ファズを使っていない

こと以外に独自性もなく

プロモーションらしいものは

なにもなく、全く世間に

知られずに終わってしまった。


ヴォーカルの

ローランド・メナの

フィリピンなまりの声が

印象的であります





まぼろしのシェラザード/アイドルス



アイドルズは

もともと

ジャイアンツという

1965年の八月に

「若いダンスパーティ」でデビュー

していたグループで


この当時にしては

珍しく

ビートルズ・スタイルを意識した

グループだった。



本作は

1968リリースの

「太陽よ燃えろ」のB面

「まぼろしのシェラザード」


このバンドとしては

最もGS色の濃い

作品でミステリアスで

チープなオルガンや

単音のギターが味わい深い名曲。


結局GSブームの波に

乗り切れず

翌年の69年には

解散してます。




欲ばりな恋/ザ・モージョ



ザ・モージョの

唯一のシングル

『欲ばりな恋』



弘田三枝子の

バックバンドとして

活動していたグループ、

”渡辺明とリズム&ブルーセス”

のキーボード奏者だった

本田竹彦が67年に結成した

グループで


69年2月に発表されたデヴュー曲

GSに御法度の

管楽器を鮮やかに導入。


イントロから

バランス良く

構成されている


ブラスとオルガンが

印象的なファンク歌謡で


ブラス・ロックの先駆的作品かも。


ギターのシャープなカッティングと

本田竹彦のスリリングな

オルガン・プレイが

聴けたんじゃないかと思います


レコード自体の希少価値も

高く、”カルトGS”を

象徴する一曲と言える。


頻繁に

メンバーチェンジの

あったグループで


頭脳警察のパンタが

ごく短期間のみ在籍

していた事もあった。





レッツ・ゴー・オン・ザ・ビーチ/アウト・キャスト(1967.7


藤田まこと主演の

67年9月、封切りだった

日活映画

『喜劇・大風呂敷』


では、アウト・キャストが

ゴーゴー・クラブで

この曲を演奏する

シーンが見られます。



後にスタジオミュージシャンや

音楽プロデューサー、

作家となる

メンバーも多く、


実力はあったが

人気に恵まれなかった

GSの代表格といわれておりmasu

渡辺プロの実力派GS

アウト・キャスト


三枚目のシングルA面で


ヘヴィなファズが

先導するビート・ナンバー



ファズといえば

アウトキャストの前身バンド

ブルー・エースは

まだ、ファズボックスが

無い頃「サティスファクション」

をやるときに

リード・ギター二本で

高音部と低音部を

同時に弾く事で

ファズのような効果を出していたそうです



空に書いたラブレター/アウト・キャスト



1968/6

ベースの

大野良二以外の

メンバー全員が

入れ替わった

最後のシングルA面


------------------------------

この時のメンバー

谷かつみ(lg)は

トニー谷の次男

------------------------------


サイモン・デュブリー&

ザ・ビッグ・サウンドが

全米でヒットさせた

今やサイケデリックの古典

といわれている

サイケナンバー

「Kites」カイツ

を強引に日本語で

カヴァー。


(まあ、ぎりぎり 1月なので

凧揚げの季節でもあるってことで

時候にもマッチング)


しかし、メンバーチェンジ

して最初のシングルの反応は

全然なく、

続いて予定されていた

第二弾もお流れ。


その後はジャズ喫茶で

じゅん&ネネのバックを

つとめたりして

69年はじめ頃までは

活動を続けたという





消えない想い/ザ・モップス




68年3月にリリースされた

二枚目のシングル「ベラよ急げ」のB面



作曲家 村井邦彦のアイデアで

シタールを導入し

幻想的なムードを演出

することに成功している


(シタール演奏は

村井邦彦の友人のシタール奏者で伊勢氏)



この年

68年には


本格的に

サイケデリック音楽への

アプローチを高らかに謳った

日本最初のアルバム

モップスの1stLP

「サイケデリック・ミュージック・イン・ジャパン」

も発表しています

このアルバムは海外の

ガレージファンに異様に人気があって

アルバムごと海賊版が

でているほど。




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SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より

あなたのそばが/ザ・サマーズ

朝まで待てない/ザ・モップス

サニー/ザ・ボルテージ

自由に歩いて愛して/PYG

ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース





SKY FULL OF TEARS-「空いっぱいの涙」劇伴/八木正生より


松竹映画1966年5月21日の封切り

『空いっぱいの涙』の劇伴

”モッズ日本上陸!”を高らかに謳い

田村正和、中村晃子のモッズカップルが

主演した日本初のモッド・ムーヴィー


当時のこの映画の

新聞広告には

「モッズとは

モダーンズ(モダンジャズのビートに酔う

英国の若者たち)の略称」


とわざわざ説明があった。

どうやらこの映画で言うところの

モッズとは

ザ・フーのような

ビートバンドのことではなく

50年代のモダン・ジャズに

憧れた

モッズ第一世代のことを

指しているらしい


それにしても何故

モッズに目を付けたのだろうか



いつの時代でも

金の鉱脈を探し求めるように

新しいものを

見つけては飛びつくという

無謀にも見えるやり方は

宝くじ買うようなもんで

あたれば一攫千金も

夢じゃない


この時代の映画作りには

そういった感覚はあったかもしれません


逆に、流行というのは

無難さ、であり


それはいずれ廃れる

忘れられてしまう

運命を背負っています



あなたのそばが/ザ・サマーズ


ラ・シャロレーズ、

キッパーズ、

デビィーズにならぶ

「北海道四大GS」の一つ


1968リリースの

自主制作シングル「朝から晩まで」のB面

アメリカのローカル・バンドにも

ありがちな

スロー・パンク・ナンバー


1967年に結成された

北海道洞爺出身の

典型的なガレージバンド

洞爺湖で夏合宿して

猛特訓し、68年に

札幌のコロンビアの特販で

シングル「朝から晩まで」

をリリースしたのが縁で

コロンビアに認められて

68年10月にデノンから

メンバーによるオリジナル

『たった一言』でデヴュー


デヴュー後

東京のジャズ喫茶にも出てましたが

なじみは薄く、もっぱら札幌の

ラジオ局HBCを中心に活動していたグループ





朝まで待てない/ザ・モップス


薄めのファズ使用で

サイケ度はそれほどでも

ありませんが、何を隠そう

これが阿久悠の出世作となります


内発性があろうがなかろうが

モップスが

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場してきた

日本最初のバンドであることは

事実である


1966年、埼玉で

結成されたこのバンドは

当初は

ヴェンチャーズ・ナンバー

などをレパートリーとする

エレキインスト・バンドに

過ぎなかった


そこに鈴木ヒロミツの

加入によって

ヴォーカルにも

取り組むようになり

やがて

埼玉や都内のディスコテーク

ゴーゴー喫茶などで

活動を始め

67年には

GSブームを見越した

ホリプロと契約を結んだ。


GS戦国時代に突入する

67年、秋の

レコードデヴューに際し

なんとか他のバンドと

区別化を計ろうと策が

ねられた結果、

日本最初のサイケデリック・グループ

として売り出されることになった。


これは

事務所の社長、堀 威夫の

アイデアで

彼はちょうど、その年の

夏に訪れたサンフランシスコで

フラワー・ムーブメントを

目の当たりにし、

「次の時代はこれだ」

と直感していた。


ジェファーソン・エアプレインなどの

レコードを聴かされた

モップスは

これなら自分たちの

カラーともマッチすると

乗り気になったのであった。


67年11月デヴュー盤

「朝まで待てない」が

ビクターからリリースされた。



奇抜な衣装をまとい、

目隠しをして歌ったり

ドラムが真横を向いて演奏したり

プレスを呼んで

「LSDパーティー」と

銘打って、

当時、バナナの皮を乾燥させて

それに火をつけて煙を吸うと

似たような感覚を味わえる

というオカルトがあって

それを

関係者各位に


「こんなもんだよ」

なんて言って

かがしたりなんかして

そんなパーティ

開いたりと

サイケデリック・イメージの

演出につとめた結果

この曲は

オリコン38位までいった





サニー/ザ・ボルテイジ



GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることの

できるアルバム

『R&Bビッグヒット』

ボルテイジ唯一のアルバムに

収録されている


当時、日本のGSが

盛んに取り上げていた

ボビー・ヘブのヒットナンバー


デヴュー曲の

「エミー・マイ・エミー」

も「サニー」を

下敷きにした曲で

あって相当好きだった

ンだと思うんですが


限りなく黒人音楽の

本質に鋭く迫っている

んじゃないかと思うわけです





自由に歩いて愛して/PYG(1971/11



二枚目のシングルで

代表曲とも言える名曲の

ライブバージョン

二枚組ライブアルバム

『フリー・ウィズ・PYG』より

聞いていただきました


解散直後のタイガース

テンプターズ

スパイダース

からメンバーを集結させた



スーパーグループだったが

短命に終わったPYG



GS時代からのファンからも理解されず

また硬派なロック・ファンからは

芸能業界大手である

渡辺プロ所属ということで

体制的商業主義として

その嫌悪感から

猛烈な非難を浴びるという

まさに

波瀾万丈と

暗中模索の連続のなか

ファースト・アルバム

『PYG!』は

オリコンアルバムチャート

10位


そのレベルの高い

演奏能力を理解できる

ミュージシャンの間で

評価されておりましたが


ショーケンの活動が

『太陽にほえろ!』のヒットで

テレビ・映画中心に

変わってきて、


ドラムの大口が脱退すると


次第にバンドは

沢田研二と井上堯之グループ

という形態になり


沢田研二が

本格的にソロ歌手へと

独立すると


残りのメンバーは

井上堯之バンドと移行していく。




ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース(1967/3)


ニューリズム「クラップ」で踊ろう!

と言うコピーで

リーダーの加藤ヒロシが作った

スパイダーズの影響が強く見れる

ダンス・ナンバー。


二枚目のシングル

「燃えろサーキット」のB面

前半英語、後半を日本語で歌う

洋楽カヴァーの伝統を

踏襲した形をとってる


とにかく、60年代の

レコード業界は世界中の

あちこちから

探してきたダンス音楽を

「今年のニューリズムはこれだ!」

として売り出すキャンペーン商法を

展開し、このニューリズム

というのが毎年更新されては

消えて行った時代だった。

ニューリズムであたったのは

61年のラテン・リズム『東京ドドンパ娘』の「ドドンパ」と

エレキ時代65年の「スイム」と「モンキー」

そしてGS全盛期68年の「ブーガルー」


ちなみに、68年は

国産のニューリズム

中尾ミエの「恋のシャロック」のシャロック

ザ・キューピッツの「バザズ天国」のバザズなども

発売されたが

盛り上がらなかった



この曲をかいた

リーダーでギターの加藤ヒロシは


 坂本スミ子の

「たそがれの御堂筋」や

フォークルの

「戦争は知らない」の作曲者でもある


コントロールいじくり奏法

という画期的なことを

やっていて

弾きながら

トーンコントロールを

いじくるという

技を使っていた



まあ、関西GSの大御所として君臨しておりましたが

レコードの売り上げはいまいちで、


69年あたりから素寒貧になって

レコードを一枚も出せずに

70年の大阪万博に出演した後、ついに解散した。


セールス的には芳しくなかった


―――――――――――――――

この曲などは

当時のラジオでは

演奏時間が長い為に(4:02)

日本語部分が入る前に

フェードアウトされていた


―――――――――――――――



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by marquis_de_d | 2018-01-07 21:00 | RADIO R'lyeh


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