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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第参百三夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □




シーサイド・バウンド/ザ・タイガース

マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ

恋と海と太陽と/はつみかんな

私のビートルズ/常田富士男

ラッキー・レイン/ザ・スパイダース

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス



シーサイド・バウンド/ザ・タイガース



タイガースは現役時代に

3枚のライブLPの他

オープン・リール・テープ

8トラック・カセットなど

でも


ライブ作品を残している、ほか


81年の再結成の折にも

ライブ・アルバムを発表している



1967年八月22日に

東京、大手町の

サンケイ・ホールにて開催された


タイガースの初リサイタル

『タイガース・ゴー・ゴー』の模様を


収録したライブ・アルバムで


デヴューアルバムにして、ライヴ盤という

『ザ・タイガース・オンステージ』より


セカンド・シングル曲

「シーサイド・バウンド」


ファンの

切り裂かんばかりの

黄色い悲鳴が

当時の

熱狂を伝えている


やはり、社会現象

とまでなったAAA級のGS

タイガースは

もはやアイドルGSの枠を超え

60年代最高のスターGSだった

といえるでしょう



マシュケナダ/ザ・ヴァン・ドッグズ


黒人のボサノヴァ歌手

ジョルジ・ベンが作り

自身が歌って大ヒットした曲


日本では1966年に発表した

セルジオ・メンデス&ブラジル’66の

アレンジが世界的ヒット曲

として知られる

ご存知のナンバー



マシュ・ケ・ナダとは

ブラジルポルトガル語のスラングで

「よお、どうしたんだい」

「やなこった」

など様々に使われる言葉





恋と海と太陽と/はつみかんな(1968)


77年「マイ・ラグジュアリー・ナイト」

の大ヒットを飛ばした

’シンガーレディ’しばたはつみ


しばたはつみとして

ブレイクする以前に

はつみかんなという名義で

デヴューしたときの

デヴューシングル「乙女の季節」のB面

ガールズガレージの名作


「恋」と「海」と「太陽」と

とまさにGS的語彙の集合体


2010年3月に心筋梗塞で亡くなってます。57歳。

コンサートやディナーショーを中心に

海外公演も含め年間100回以上の

ステージをこなすインターナショナルな

ショービジネス界で通用する

数少ない日本シンガーだった。


歌手活動50周年に向けて体調を整え

仕事再開の準備真っ最中突然の永眠だった。

ということでとても残念です。





私のビートルズ /常田(ときた)富士男(1970/10)


一度聴いたら耳に焼き付いて

離れないサイケデリックな

ナンバー




フーテンキャラで知られる俳優

「日本昔ばなし」のイメージの方が

今や強くなってしまっていますが


(1975~1994)


市川崑作品には

欠かせない俳優で

合計で13本の作品に

出演している


常田(ときた)富士男の

ビートルズ解散に便乗した

企画ものシングル

まさに1970年という

年だったから出来たカオスなコンセプト


当時、毎晩のようにラジオで

かかっていた曲ですから

ファズの利いたギターとベースの

ユニゾンにアッシドな歌声は

今も脳に焼き付いている

という人は多いのではないでしょうか



□ラッキー・レイン/ザ・スパイダース



”トーキョー・サウンド”を標榜して

英語ヴァージョンの「フリフリ」をはじめ

全曲オリジナルで固めた意欲作

1966年4月15日リリースだった

スパイダースのファースト・アルバム



マージー・ビート、

ブリティッシュ・ビートを

吸収してきた日本のバンドが到達した

当時における最大級の成果が

このアルバムであると言っていい


”ロビー”や”モンキー”と言った

ニューリズム、

または、いかにもスパイダースな

絶叫入りガレージパンク的演奏が

聴けるなか


そうかと思えば

お聴きいただいたような

しっとりとしたナンバーも入っていて

(B面の4曲目)


まるで

65年66年に

ロンドンで買った

空気の缶詰を

東京で開けたような

感覚にとらわれる。



不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード


ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスからリリースした

デヴューシングル

「不思議な夢」のA面



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


ザ・ハーフ・ブリードは


ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。



アリゲーター・ブーガルー/ザ・ホワイト・キックス


ルー・ドナルドソンの

インストナンバーに

日本語をのせたカヴァー曲


68年はブガールーの年だった。

この年、

「68年のニューリズム"ブーガルー"」

ということで

ブーガルーをフューチャーした

バンドは多かった


この曲は

ハプニングス・フォー

との競作となった曲で

1968年4月にこの曲の

キャンペーンの為に

新宿のディスコで

ハプニングス・フォーとの

ブーガルー共同発表会を

行っております。


ちゃんと

ブーガルーのリズムを導入した

ハプニングス・フォー

ヴァージョンに比べて、


こちらはずっと

サイケでクールで

グルーヴィーな仕上がり。


(と、いつも紹介していますが

ハプフォーのアリゲーター・ブーガルを

ルルイエでは一度も紹介していない!

すんません、こんど絶対かけます

伊藤キヨ子の)


三保敬太郎のブーガルーに対する解釈


ブーガルーとはサイケとラテンの結合だ


ファズを駆使しているあたり

こだわりをかんじることができます。




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by marquis_de_d | 2018-07-29 21:00 | RADIO R'lyeh
■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』、第参百弐夜■
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□ 今夜紹介する楽曲 □




YOUNG GUY IN RIO-「リオの若大将」劇伴/服部克久より

ハイ・ミスター/小畑ミキとアウト・キャスト

ラ・ラ・ラ/ザ・ワイルド・ワンズ

ブラック・ルーム/黛ジュンとオックス

ジンジン・バンバン/ザ・タイガース

オブラディ・オブラダ/ザ・カーナビーツ

アイム・ア・マン/ザ・ビーバーズ



YOUNG GUY IN RIO-「リオの若大将」劇伴/服部克久より



1968年の7月封切りだった東宝映画『リオの若大将』


近年、インターネット喫茶

というものが出現して久しいが


複写機が発明された

60年代ではコピー喫茶という

ものがあったらしい


そのコピー喫茶に

若大将加山雄三と田中邦衛演じる青大将

の二人が出向き

ノートをコピーしてもらっている

あいだに流れるBGMがこれである


演奏者不明だが

この直前に加山が

ランチャーズをバックに

オルガンを弾くシーンがあり

その音に酷似している事から


このオルガンも案外

加山が弾いているのかもしれない




ハイ・ミスター/小畑ミキとアウト・キャスト


GS時代のテイチクを

代表するガール・シンガー

小畑ミキ



本作は

「初恋のレター」で

デヴューした

彼女の2枚目の

シングルB面で

67年7月に発売されたもの


レコードには記されていないが

バッキングはアウト・キャスト

がつとめていると推測される


というのは

当時フルートが吹ける

メンバーがいた

テイチクのGSといえば

アウト・キャスト(轟健二)

だけだからである。

アウトキャスト

2枚目のシングルのA面

「愛することは誰でもできる」

でそのフルートを

聴くことができる


□ラ・ラ・ラ/ザ・ワイルド・ワンズ


スウェーデンのグループシャムロックスのカヴァーで

タイガース、木の実ナナ

など日本でも

多くのミュージシャンに

カヴァーされた楽曲。


とにかく

レインボウズの「バラ・バラ」

ウィルソン・ピケットじゃなくて

ウォーカー・ブラザーズ・ヴァージョンの方の

「ダンス天国」

ジョンデルスの「ハンキー・パンキー」

そしてこの


シャムロックスの「ラ・ラ・ラ」は

GSクラシックスといえる楽曲で


とにかく、超有名GSからアマチュアGSまで

ほとんどのバンドがレパートリーにしていた。


これらの曲に共通する特徴は

あまり英語を覚えなくても

いいということに尽きると思う



1968年2月1日にリリースされたLP

『ザ・ワイルド・ワンズ・アルバム第二集』

A面オリジナル、B面カヴァーという

構成のアルバムだった。


全般にオーケストラを配した

カヴァー曲で構成されており

バンドとしての工夫は

あまり見られない中で


B面の4曲目に配置された

この曲は

シタールを導入するなど

独特のアレンジになっている



ブラック・ルーム/黛ジュンとオックス


1968年5月1日に発売された

黛ジュンの4枚目のシングル

「天使の誘惑」は1968年

日本レコード大賞を受賞

そのB面が「ブラックルーム」だった。


聴いていただいたのは

同年7月20日に

黛ジュン主演で

松竹から公開された

シングルA面と同名の

映画『天使の誘惑』から。


ゴーゴー・クラブで

オックスをバックに歌うシーンで


レコードのヴァージョン

とは違って


ホーンを入れずに

ファズを強調した

演奏が非常にカッコいい




ジンジン・バンバン/ザ・タイガース



八枚目のヒットシングル

「青い鳥」のB面


ベースにまでファズがかかっている

ワイルドなナンバー。


ロック・バンドとしての

タイガース面目躍如たる一曲。


このころ

オーケストラをバックにした

シングルが続いた

タイガースですが


この曲は

ジミヘン風のギターを始め

演奏はぐっと厚みを増して

いわゆるニューロックの音に

なっています。


□オブラディ・オブラダ/ザ・カーナビーツ


1969年3月10日リリースだった

シングル『オブラディ・オブラダ』

のA面で


ビートルズのカヴァーで

オリジナルにない

エンディングが面白い。


すでにオリジナルに

忠実な直球型の

ビートルズ・カヴァーが

主流になっていた時代に


久々に漣健児の起用で

実現した日本語カヴァー


オリジナルの

「Desmond」と「Molly」を

「太郎」と「花子」に

置き換えたお得意の

超訳が光る。


カーナビーツといえば

「お前の全てお!」

とシャウトしながら

スティックを突き出す

アイ高野のパフォーマンスで

大ヒットした

デヴュー曲

『好きさ・好きさ・好きさ』

ゾンビーズのカヴァーだが

漣健児の意訳歌詞が

どハマりした例だが



やっぱり、

日本語カヴァーならば

ビートルズも

スリー・ファンキーズの「抱きしめたい」

クール・キャッツの「プリーズ・プリーズ・ミー」

東京ビートルズの「キャント・バイ・ミー・ラブ」


などの超訳を務めた

漣健児でなくては

という思いがあったのかもしれません


業界には

ビートルズには日本語歌詞が

乗らないという定説があり、

そもそも

これを言い出したのは

漣健児本人のようだ


母国語でビートルズを聴ける

喜びというものがあります



アイム・ア・マン/ザ・ビーバーズ


和製ヤードバーズ、ビーバーズ。

専門家筋からは非常に評価の高かった実力派グループ。

1968年のアルバム『ビバ!ビーバーズ』から。

ヤードバーズのコピーです。このバンドの実力と

そして、この時代の世相、ガレージ感、サイケ感を知るにはこの曲

で良いだろうということで聴いていただきましたが、

GSでよくヤードバーズをコピーしていたバンドと言えば

初期のゴールデンカップス。まあ、これはエディ藩が

19のときに渡米してヤードバーズの演奏を目の当たりにして

るので(ディズニーランドで)

当然の流れなのかもしれませんが

とくにヤードバーズのコピーに熱心だったのはビーバーズ。

日本で最初のツイン・リード・ギターを完成させたのもこのGSです。


しかし、これほどヤードバーズに傾倒していた彼らですが

当時ほとんど評価されなかった。



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TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ

想い出のシェリー/シェリーズ

太陽のジュディー/ザ・サニー・ファイブ

ハンキー・パンキー/津々美洋とオールスターズ・ワゴン

すてきなバレリ/ザ・リード

太陽の翼/ザ・スパイダース

夕陽のはてに/フランツ・フリーデルとブルー・ファイア




TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ


松原智恵子主演

1969年3月封切りの

日活映画『恋のつむじ風』から


結婚式の途中で相手がイヤになって

逃げ出し、都会のゴーゴー・クラブに

迷い込んだ主人公。

ストロボ・ライトが点滅する

店内で若者たちが踊り狂っている


演奏は内田裕也率いる

フラワーズ


スチール・ギターをフィーチャーした

サイケデリック・サウンドが

じつにユニークなバンド


なぜ、スチール・ギターを

サイケにあててきたか

という疑問がありますが


これはジミ・ヘンドリックスが

ワウワウ・ペダルを使っている

部分をどうやら内田裕也は

当時ワウワウ・ペダルを

知らなくて、

スチール・ギターを

使っていると解釈した

というのが真相らしい。


この映画ではフラワーズが

オリジナル曲の「ラスト・チャンス」を

演奏するシーンもあり


ヴォーカルの麻生レミのイイ顔を

拝む事ができますが

裕也サンは忙しかったのか

出演していない。



□想い出のシェリー/シェリーズ


ブラック・ストーンズにいた

宮川豊と 谷 迪弘(みちひろ)を

中心に1967年9月に結成されたグループ


1967年11月、東芝/キャピトルから

「想い出のシェリー」でデヴューした。


バカバカしくも

感動的な青春物で、

ペナペナのオルガンに

一直線の体育会系

バンカラ・コーラスが絡んで


最後はイージーリスニングな

モアっぽいフレーズに

着地して終わるのが

印象的な楽曲



デヴューに際して

キャンペーンで

1967年10月25日

休まずにどれだけ長く演奏し続けることができるか


という前代未聞の長時間演奏記録に挑戦

中川三郎ディスコテークにて

医者、看護婦が待機する中

ほとんど、

「想い出のシェリー」と

B面の「あの空は遠い」だけを

交互に演奏するという


狂気のステージを

繰り広げて


結局、最初にオルガンがダウンして


32時間1分9秒


という記録を打ち出した。


しかし、この苦心惨憺の話題つくりも

虚しく、メンバーの不仲から

翌年の春には早くも

解散するハメに。



その後、広瀬タケシなる人物を

リーダーとして

全く新しいメンバーで再建され

「恋の夕焼け」という

オリジナルが

評判になったがレコード化はされなかった


なお、67年秋の「ぜったい多数」という

日テレの青春ドラマの主題歌

「夕陽よお前も仲間になれよ」

も担当している




□太陽のジュディー/ザ・サニー・ファイブ


元リンド&リンダースの高木和来が

1967年8月に同志社大学の

学生を中心に結成したバンドで


GSブームに遅れを取ったビクターが

1967年11月

”ビクター3大ポップス・サウンド”を

謳い文句に


モップス

ダイナマイツ


とともにデヴューさせた

京都のグループ


サニー・ファイヴ



”太陽の貴公子!ヤング・ポップス・サウンド”

という

当時としては大真面目な

キャッチフレーズで登場



しかし、モップスやダイナマイツの

ようにアルバムを出すことなく

どれも不発に終わった

三枚のシングルを残しただけで


すぐに解散している



お聞きいただいた

「太陽のジュディー」は

1967年11月10日リリースだった

デヴューシングル


作詞:岩谷時子

作曲:いずみたく


アナクロ気味のサックスを

フィーチャーした


ヘルシーなヤング・ポップス




ハンキー・パンキー/津々美洋とオールスターズ・ワゴン(1968/2



中尾ミエちゃんや

木の実ナナちゃんの

「MINI MINI ROCK」


もちろん

津々美洋作曲である

平尾昌章の

「星は何でも知っている」など


様々な歌謡曲のバッキングをつとめた

津々美洋とオールスターズ・ワゴン


ロカビリー時代の

名門

オールスターズ・ワゴンも

寺内タケシや加山雄三が出てきたこの頃には

サーフインストバンドになってる。

しかし、そこは

バックバンドとしての

実績なのか

バランスのいい演奏

を聴かせてくれる


「ハンキー・パンキー」


トミー・ジェイムズ&ジョンデルズの

大ヒット曲のインストゥメンタル・カヴァー


アルバム『レッツゴー・ヤング・ビート』

に収録されたもの





□すてきなバレリ/ザ・リード



日本のバンドの連中に

ブルースのチョーキング奏法を

教えるという

貴重な遺産を残していった

在日米国人グループ



1969年3月リリースだったLP

『サウンド・オブ・サイレンス/ザ・リード・ゴーズ・トップ・ヒット』


全編、ハーモニー重視で

ソフト・ロック路線の

全曲カヴァーで構成されている

アルバムで


ビートルズ

ビー・ジーズ

モンキーズ

ドアーズ

ローリングストーンズ

ジミーヘンドリックス

などなど


当時のありふれたヒット・ナンバーが

取り上げられ


オーケストラを配して歌う

可もなく不可もない曲

が続くなか


唯一、B面の4曲目

ニューロック的なギターを

(途中加入した

アラン・メリルによる)

フィーチャーした

モンキーズのカヴァー

「すてきなバレリ」

には

見るべきものがある





太陽の翼/ザ・スパイダース



御聴き頂いたものは


1967年日活映画

ゲスト出演した

映画『夕陽が泣いている』

ビルの一室で練習シーンのもの


導入したばかりのファズ・ボックスを

存分に使っている



□夕陽のはてに/フランツ・フリーデルとブルー・ファイア


元々は1962年より

活動していたベテラン・バンド


ブルー・コメッツで歌っていた

ロカビリー歌手フランツ・フリーデル

のバックバンドとして

1962年9月に結成された

ファイヤー・ボールが前身で

1964年にブルー・ファイヤーと改名

エレキに三根信宏が加入するも

65年3月に脱退してシャープ・ファイヴへ

行くと

のちにフラワーズに行く麻生京子が

歌手兼エレキギターとして加入して


しばらくは麻生京子とブルー・ファイヤ

として65年から66年にかけて

ソノシートを数枚発表、

ブルー・コメッツの前座や

1965年秋から放送されたNET(現テレビ朝日)「エキサイト・ショー」に

レギュラー出演するなど

活躍していた


67年に麻生京子とが脱退してフラワーズに行くと


フランツ・フリーデルを中心に

GSスタイルのバンドとして

再出発する


ブルコメの弟バンドという看板で

1967年9月にCBSより

『夕陽のはてに』でデヴュー


兄弟バンドのブルー・コメッツをの

路線を踏襲した

異国情緒ソングだった

(イントロのストリングスが

えらい大げさ)


しかし、1968年に入ると

フランツが66年8月にソロで

発表していた「ドゥ・ユー・ノウ」が

突然 有線から火がついて

ヒットするとフランツはグループを

見限って独立しソロに転向


後釜として高校生だった

石井芳夫が加わったが


バンドは解散に向かった


石井はその後

PSヴィーナス

末期のジャガーズで

ヴォーカルを務めた



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TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ

想い出のシェリー/シェリーズ

太陽のジュディー/ザ・サニー・ファイブ

ハンキー・パンキー/津々美洋とオールスターズ・ワゴン

すてきなバレリ/ザ・リード

太陽の翼/ザ・スパイダース

夕陽のはてに/フランツ・フリーデルとブルー・ファイア




TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ


松原智恵子主演

1969年3月封切りの

日活映画『恋のつむじ風』から


結婚式の途中で相手がイヤになって

逃げ出し、都会のゴーゴー・クラブに

迷い込んだ主人公。

ストロボ・ライトが点滅する

店内で若者たちが踊り狂っている


演奏は内田裕也率いる

フラワーズ


スチール・ギターをフィーチャーした

サイケデリック・サウンドが

じつにユニークなバンド


なぜ、スチール・ギターを

サイケにあててきたか

という疑問がありますが


これはジミ・ヘンドリックスが

ワウワウ・ペダルを使っている

部分をどうやら内田裕也は

当時ワウワウ・ペダルを

知らなくて、

スチール・ギターを

使っていると解釈した

というのが真相らしい。


この映画ではフラワーズが

オリジナル曲の「ラスト・チャンス」を

演奏するシーンもあり


ヴォーカルの麻生レミのイイ顔を

拝む事ができますが

裕也サンは忙しかったのか

出演していない。



□想い出のシェリー/シェリーズ


ブラック・ストーンズにいた

宮川豊と 谷 迪弘(みちひろ)を

中心に1967年9月に結成されたグループ


1967年11月、東芝/キャピトルから

「想い出のシェリー」でデヴューした。


バカバカしくも

感動的な青春物で、

ペナペナのオルガンに

一直線の体育会系

バンカラ・コーラスが絡んで


最後はイージーリスニングな

モアっぽいフレーズに

着地して終わるのが

印象的な楽曲



デヴューに際して

キャンペーンで

1967年10月25日

休まずにどれだけ長く演奏し続けることができるか


という前代未聞の長時間演奏記録に挑戦

中川三郎ディスコテークにて

医者、看護婦が待機する中

ほとんど、

「想い出のシェリー」と

B面の「あの空は遠い」だけを

交互に演奏するという


狂気のステージを

繰り広げて


結局、最初にオルガンがダウンして


32時間1分9秒


という記録を打ち出した。


しかし、この苦心惨憺の話題つくりも

虚しく、メンバーの不仲から

翌年の春には早くも

解散するハメに。



その後、広瀬タケシなる人物を

リーダーとして

全く新しいメンバーで再建され

「恋の夕焼け」という

オリジナルが

評判になったがレコード化はされなかった


なお、67年秋の「ぜったい多数」という

日テレの青春ドラマの主題歌

「夕陽よお前も仲間になれよ」

も担当している




□太陽のジュディー/ザ・サニー・ファイブ


元リンド&リンダースの高木和来が

1967年8月に同志社大学の

学生を中心に結成したバンドで


GSブームに遅れを取ったビクターが

1967年11月

”ビクター3大ポップス・サウンド”を

謳い文句に


モップス

ダイナマイツ


とともにデヴューさせた

京都のグループ


サニー・ファイヴ



”太陽の貴公子!ヤング・ポップス・サウンド”

という

当時としては大真面目な

キャッチフレーズで登場



しかし、モップスやダイナマイツの

ようにアルバムを出すことなく

どれも不発に終わった

三枚のシングルを残しただけで


すぐに解散している



お聞きいただいた

「太陽のジュディー」は

1967年11月10日リリースだった

デヴューシングル


作詞:岩谷時子

作曲:いずみたく


アナクロ気味のサックスを

フィーチャーした


ヘルシーなヤング・ポップス




ハンキー・パンキー/津々美洋とオールスターズ・ワゴン(1968/2



中尾ミエちゃんや

木の実ナナちゃんの

「MINI MINI ROCK」


もちろん

津々美洋作曲である

平尾昌章の

「星は何でも知っている」など


様々な歌謡曲のバッキングをつとめた

津々美洋とオールスターズ・ワゴン


ロカビリー時代の

名門

オールスターズ・ワゴンも

寺内タケシや加山雄三が出てきたこの頃には

サーフインストバンドになってる。

しかし、そこは

バックバンドとしての

実績なのか

バランスのいい演奏

を聴かせてくれる


「ハンキー・パンキー」


トミー・ジェイムズ&ジョンデルズの

大ヒット曲のインストゥメンタル・カヴァー


アルバム『レッツゴー・ヤング・ビート』

に収録されたもの





□すてきなバレリ/ザ・リード



日本のバンドの連中に

ブルースのチョーキング奏法を

教えるという

貴重な遺産を残していった

在日米国人グループ



1969年3月リリースだったLP

『サウンド・オブ・サイレンス/ザ・リード・ゴーズ・トップ・ヒット』


全編、ハーモニー重視で

ソフト・ロック路線の

全曲カヴァーで構成されている

アルバムで


ビートルズ

ビー・ジーズ

モンキーズ

ドアーズ

ローリングストーンズ

ジミーヘンドリックス

などなど


当時のありふれたヒット・ナンバーが

取り上げられ


オーケストラを配して歌う

可もなく不可もない曲

が続くなか


唯一、B面の4曲目

ニューロック的なギターを

(途中加入した

アラン・メリルによる)

フィーチャーした

モンキーズのカヴァー

「すてきなバレリ」

には

見るべきものがある





太陽の翼/ザ・スパイダース



御聴き頂いたものは


1967年日活映画

ゲスト出演した

映画『夕陽が泣いている』

ビルの一室で練習シーンのもの


導入したばかりのファズ・ボックスを

存分に使っている



□夕陽のはてに/フランツ・フリーデルとブルー・ファイア


元々は1962年より

活動していたベテラン・バンド


ブルー・コメッツで歌っていた

ロカビリー歌手フランツ・フリーデル

のバックバンドとして

1962年9月に結成された

ファイヤー・ボールが前身で

1964年にブルー・ファイヤーと改名

エレキに三根信宏が加入するも

65年3月に脱退してシャープ・ファイヴへ

行くと

のちにフラワーズに行く麻生京子が

歌手兼エレキギターとして加入して


しばらくは麻生京子とブルー・ファイヤ

として65年から66年にかけて

ソノシートを数枚発表、

ブルー・コメッツの前座や

1965年秋から放送されたNET(現テレビ朝日)「エキサイト・ショー」に

レギュラー出演するなど

活躍していた


67年に麻生京子とが脱退してフラワーズに行くと


フランツ・フリーデルを中心に

GSスタイルのバンドとして

再出発する


ブルコメの弟バンドという看板で

1967年9月にCBSより

『夕陽のはてに』でデヴュー


兄弟バンドのブルー・コメッツをの

路線を踏襲した

異国情緒ソングだった

(イントロのストリングスが

えらい大げさ)


しかし、1968年に入ると

フランツが66年8月にソロで

発表していた「ドゥ・ユー・ノウ」が

突然 有線から火がついて

ヒットするとフランツはグループを

見限って独立しソロに転向


後釜として高校生だった

石井芳夫が加わったが


バンドは解散に向かった


石井はその後

PSヴィーナス

末期のジャガーズで

ヴォーカルを務めた



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□ 今夜紹介する楽曲 □




STANDING IN THE STORM (Inst.)/シャープ・ホークス

マイ・ボーイ・ロリポップ/中尾ミエ

ファニーの恋人/キングス

なればいい/ザ・スパイダース

サイケデリック・インストゥルメンタル/ザ・スパイダース

わたしの祈り/小山ルミ

トインキー・リー/ザ・カーナビーツ

朝まで待てない/ザ・モップス




□STANDING IN THE STORM (Inst.)/シャープ・ホークス



中山仁 田村正和

そしてシャープ・ホークス共演の

1968年3月1日封切りだった

松竹の『嵐に立つ』使用楽曲


不良少年たちがバンドを結成して

更生するお話


このころのシャープ・ホークスは


野沢裕二

安岡力也

鈴木忠夫

ジミー・レノン

の四人に


美島哲也

秋月克衛(かつえ)

が加わり

6人組になっていた


しかし、この演奏が

果たしてシャープ・ホークス

本人たちだけによるものか

確信が持てない








マイ・ボーイ・ロリポップ/中尾ミエ(1964.9)



64年ジャマイカ出身の少女


ミリー・スモールの

『マイ・ボーイー・ロリポップ』

が英米で大ヒットしたことが

きっかけで

ジャマイカ・スカが

世界中に広まった。



我が国でも

この曲のカヴァー盤

が何枚か作られましたが


この中尾ミエのヴァージョンは

バックに

1950年代の

コーデッツのヒット曲

『ラリポップ』を引用して

バック・コーラスを

配した独自の物

(しゃれおつ!)


恵とも子、クッキーズ

じゅん&ネネら在籍時の

スクール・メイツ


ビクターは”スカ”の

売り出しにもっと熱心だった会社で

当時の『ミュージックライフ』誌

64年9月号では

中尾と尾藤イサオがモデルになって

「スカの踊り方」という

特集が組まれたりもした



□ファニーの恋人/キングス


ダイナマイツ、ボルテイジ

と並んでジャズ喫茶よりも

米軍キャンプで圧倒的な

人気を博していたのが

このバンド


1964年に滋賀・大津で誕生。


京都の有名なクラブ

”ベラミ”で初ステージを

踏んだというから

相当な古株である


大阪の

サパー・クラブ

”レンガ”


やジャズ喫茶

”ナンバ一番”


で活躍した後

後輩のタイガースの人気に後押しされるように


1967年2月に上京


同年10月、

ムード歌謡的な

『アイ・ラブ・ユー』

でデヴュー




1968年10月にリリースだった

三枚目のシングル『ララの秘密』のB面



スカスカの

ガレージ歌謡だが

随分と地味な曲で

もっとファズを

強調していれば

ガッツが出ただろう


なぜかいつも帽子を

かぶっていたの

ボビー・ライトのソロ


全員ソロが取れるというのが

このグループの強みで


メンバーはそれぞれ


(vo)ボビーはアップ・テンポのロック

(lg)上田耕三はスコット・ウォーカー


(sg)平信史矩(ひらのぶふみのり?)はR&B


(o)西村晃はソフト・ロック


(d)渡辺進と(b)田中淳はビー・ジーズやビートルズ

レパートリーを得意としていたらしい






なればいい/ザ・スパイダース

サイケデリック・インストゥルメンタル/ザ・スパイダース


―――――――――――――――――――――――


サイケデリック・インストゥルメンタル/ザ・スパイダース



主演映画第三作目

1968年5月封切りの

日活『ザ・スパイダースの大騒動』

で使用された楽曲


―――――――――――――――――――――――


GS主演の映画、仮にこれをGS映画と呼ぶとして

その先駆けとなったのはやはり

スパイダースだった


67年8月封切りの

日活『ザ・スパイダースのゴーゴー向こう見ず作戦』

どんな障害もスパイダースが乗り越えて行くという

たわいのないストーリーだったが

スパイダースの演奏シーンがふんだんに盛り込まれ

ファンには満足のいく内容だった


その翌年68年2月には主演第二弾『スパイダースの大進撃』


そして同年五月に「スパイダースの大騒動」で


この映画の最大の見所である

かまやつひろしが開催する

”サイケデリック・デザイン展”

に訪れたマチャアキが、



突然ヒロインの

美奈悦子と結婚を妄想するという場面


ムッシュが「サイケデリック!」と叫び

マチャアキが妄想に入るシーンで


始まったのが


この曲を

演奏するシーン。


蛍光色を塗りたくった

ゴーゴー・ガール

ムッシュのサイケなペインティングの

ギターが印象的だった



この楽曲がリリースされたのは

66年リリースだったシングル

「サマーガール」のB面で



66年といえば

まだGSブレイク前夜ともいえる時代で

その時に

既にサイケの前兆を

感じていたとも言える


特に、お聞きいただいた楽曲と


66年に出たレコード

「サマーガール」のB面

のヴァージョンとの違いは


やはりファズトーンの導入である


とにかく、66年には

まだファズは出回っていなかったのだ



この曲は海外GSブート・アルバムに

Any thing You Want

Nati Bati Yi

の題で

何度も収録された人気の

プレ・サイケ・ソングで


モンスター・マグネットのメンバーが

変名で始めたバンド、

ウェルウォーター・コンスピラシー

やサウンドガーデンや


ノースウェストのバンド、クアシが

日本語のままカヴァーしているほど。







わたしの祈り/小山ルミ 1968


70年代は

セクシー歌謡路線の

トップスタアだった


小山ルミの

清純派アイドル時代

1968年にビクターから出した

唯一のシングル

『はじめてのデート』のB面



同年の映画『ある少女の告白 純血』に歌唱シーンがある


和製R&Bの隠れた名曲

A面のかわいらしさから

うってかわって

低音ピアノ

ギターの低音弦奏法から

テナーサックスがむせび泣く

夜の街を連想させる

ジャジーなサウンド

のイントロで始まる


ビクターからテイチクに

移籍後の

70年代は

「さすらいのギター」などの

ヒットがあり

独特のグルーブ感のある

歌唱は現在でも

根強い人気がある



(1968年だとまだ720の司会とか

スナッキーガールズをやっていた頃っすね



小山ルミも父親がアイルランド人という

ハーフで

このハーフというキーワードは

GS時代ガールズ・ポップの

シンボル的存在だった

戦後、アメリカ軍の

駐留に伴って生まれた

たくさんの混血児たちも

ちょうど、GSブーム

のころに思春期を迎え


とりわけ、

当時大漁にデヴューした

ハーフの少女たちは

GS特有の

無国籍性を

存在そのもので

体現していたといえる



1965年に各社から

一斉に発売された

60年代コンピレーションCD

『キューティ・ポップ・コレクション』

シリーズでも

ジャケットを飾ったのは

小山ルミを筆頭に

ほとんどが

ハーフのガールシンガーだった


また、

1968年というのは

GSギャルたちの

ひとつの終焉の時期でもあり


カルメン・マキが

フォーク調の

「時には母のない子のように」

でデヴューした

1969年春に

GSギャルの時代が終わる


ちょうど、

東大で安田講堂の攻防戦が

あったり、新宿に

フォークゲリラが

出現した頃で

世の中の空気が

がらりと変わってしまった。


これ以降、

日本の女性シンガーは

”フォーク”のモードに入ってしまう



トインキー・リー/ザ・カーナビーツ




ワイルドな

ステージで有名な

カーナビーツは、

「恋をしようよジェニー」

「チュ!チュ!チュ!」

「恋の夜明け」など

多くの曲で

ファズトーンを駆使して

最もファズの

使用頻度が高いグループ


この曲は

臼井のソロで

68年3月に発売されたオムニバス・アルバム

『レッツゴー/グループサウンド第一弾』

に収められているナンバー


66年5月にゲイリー・ウォーカーが

英国でリリースした曲のカヴァー


小気味のよいリズム感覚と

間奏で聴けるのギターソロで

豪快なファズギターの叫びを

聴くことができる

豪快で爽快なナンバー




朝まで待てない/ザ・モップス




薄めのファズ使用で

サイケ度はそれほどでも

ありませんが、何を隠そう

これが阿久悠の出世作となります


内発性があろうがなかろうが

モップスが

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場してきた

日本最初のバンドであることは

事実である


1966年、埼玉で

結成されたこのバンドは

当初は

ヴェンチャーズ・ナンバー

などをレパートリーとする

エレキインスト・バンドに

過ぎなかった


そこに鈴木ヒロミツの

加入によって

ヴォーカルにも

取り組むようになり

やがて

埼玉や都内のディスコテーク

ゴーゴー喫茶などで

活動を始め

67年には

GSブームを見越した

ホリプロと契約を結んだ。


GS戦国時代に突入する

67年、秋の

レコードデヴューに際し

なんとか他のバンドと

区別化を計ろうと策が

ねられた結果、

日本最初のサイケデリック・グループ

として売り出されることになった。


これは

事務所の社長、堀 威夫の

アイデアで

彼はちょうど、その年の

夏に訪れたサンフランシスコで

フラワー・ムーブメントを

目の当たりにし、

「次の時代はこれだ」

と直感していた。


ジェファーソン・エアプレインなどの

レコードを聴かされた

モップスは

これなら自分たちの

カラーともマッチすると

乗り気になったのであった。


67年11月デヴュー盤

「朝まで待てない」が

ビクターからリリースされた。



奇抜な衣装をまとい、

目隠しをして歌ったり

ドラムが真横を向いて演奏したり


サイケデリック・イメージの

演出につとめた結果

この曲は

オリコン38位までいった




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□ 今夜紹介する楽曲 □







メラ・メラ/ザ・スパイダース

あなたのそばが/ザ・サマーズ

熱くなれない/ザ・モップス

真夏の夜の動物園/ザ・ダイナマイツ

ムスタング・サリー/ザ・ボルテージ

汐鳴りの幻想/ザ・ボルテージ





メラ・メラ/ザ・スパイダース(1967/4)


80年代以降から現代に至るまで

ヒッピー・ヒッピー・シェイクス

デキシード・ザ・エモンズ

クレイジー・ケン・バンド

ザ・ヤングなど

国内外で

多くのカヴァーを生んでいる

スパイダーズのガレージパンク代表作。


ガレージパンク代表作でありながら

この楽曲が収録されているアルバムは

日活の主演映画「ザ・スパイダーズの大進撃」

のサウンドトラック版として

リリースされた二枚組LPで


スパイダーズ名義でリリースされたアルバムには

はいってません。


さらに、

ただいま聴いていただいた

ヴァージョンは


4作目の出演映画

日活/1968年8月28日封切りだった

『ザ・スパイダーズバリ島の珍道中』より

バリ島のホテルのプールサイドでの

演奏シーン


「スパイダーズの大進撃」の

バージョンと異なりファズトーンを

盛大に導入



あなたのそばが/ザ・サマーズ


ラ・シャロレーズ、

キッパーズ、

デビィーズにならぶ

「北海道四大GS」の一つ


1968リリースの

自主制作シングル「朝から晩まで」のB面

アメリカのローカル・バンドにも

ありがちな

スロー・パンク・ナンバー



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


1967年に結成された

北海道洞爺出身の

典型的なガレージバンド

洞爺湖で夏合宿して

猛特訓し、68年に

札幌のコロンビアの特販で

シングル「朝から晩まで」

をリリースしたのが縁で

コロンビアに認められて

68年10月にデノンから

メンバーによるオリジナル

『たった一言』でデヴュー


デヴュー後

東京のジャズ喫茶にも出てましたが

なじみは薄く、もっぱら札幌の

ラジオ局HBCを中心に活動していたグループ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー





熱くなれない/ザ・モップス


1968/8





ほかのバンドとの

区別化を図るために

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場した日本最初のバンド、

モップスの三枚目のシングル

『おまえのすべてを』のB面


村井邦彦の作曲、星勝を中心とした

バンド自身のアレンジで

GS・アッシド・ロックの

傑作といえる仕上がり


この三枚目のシングルまでは

ファズギターを駆使した

サイケデリック路線が

続いた


しかし


69年に入る頃には

それまでのイメージを払拭




よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に転じることになる。


69年末には東芝に移籍

してますが

意欲的に挑んだ

ロックンロール・リバイバル

的な音楽は全く理解されなかった


海外のガレージ・マニアが

評価しているモップスは

このビクター時代だけ




「真夏の夜の動物園」/ザ・ダイナマイツ(1968.6


リリース三枚目のシングルのA面

「ぎゃおー」という

動物の擬声で始まる

(一連の動物の擬声は

ベースの吉田の仕業)

これぞジャングル・ビートといった名曲


このすばらしい曲も

売れなかった曲ですね。


当時全く話題にならなかった


このシングルの頃は

もうダイナマイツも

活動の場を

都内のジャズ喫茶中心

になってましたからね



ザ・ダイナマイツ

デヴュー当時はプロモーションとして

日劇の荒木一郎ショーにも

連日出演などしておりまして

非常にパワーがあって

まあレコードも

シングル5枚とアルバム一枚出してますが


商業的な成功はなかったんですね、

やっぱりGS衰退の波に勝てなかった。

69年にこれから本格的に

アルバム制作していこう

というところで、

メンバーの音楽性の不一致みたいな

お決まりのパターンでももって解散した。



ムスタング・サリー/ザ・ボルテージ




「いまの日本のグループサウンズは

歌謡曲とロックンロールの

結びついた独特なもの」


と言っていたのは

ボルテイジの事務所、

富士音楽企画の社長

木村信夫氏である。

彼がもっと外国にも

対抗できるような本格的な

R&Bバンドを作ろうとして

見つけてきたのが

ボルテイジというわけだが


全曲R&B/ソウルのヒットナンバー

で構成された

GSによるR&Bカヴァーの

理想型を見ることの

できる

ボルテイジ唯一のアルバム

『R&Bビッグヒット』


ホーンセッションは導入せずに

そのかわりに

目一杯にかけたファズ、

限りなくチープなオルガンが

活躍する。


この曲も『R&Bビッグヒット』

に収録されている

このウィルソンピケットのカヴァー


GSとしてのアイデンティティを

失わずに”ファンキー”&”グルーヴ”といった

黒人音楽の本質に迫っており

ボルテイジの

実力の片鱗を伺うことができる







汐鳴りの幻想/ザ・ボルテイジ



1969年4月リリースだった

三枚目のシングルのA面

「汐鳴りの幻想」


本格的R&Bバンド

ボルテイジという

洋楽的努力も

水泡に帰すような

民謡風R&Bともいえる

異色作で


R&Bもサイケも

へったくれも無い


という姿勢が

ラジカル



コブシの効いた

ヴォーカルは

思いがけず

迫力がある







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