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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱廿伍夜■
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□ 今夜紹介する楽曲 □


何故?/ザ・ハプニングス・フォー

アルディンのテーマ/ザ・ヘルプフル・ソウル

ユー・アー・ベター・マン・ザン・アイ/パワー・ハウス

僕は君と一緒にロックランドにいるのだ/荒木一郎

自由に歩いて愛して/PYG




何故?/ザ・ハプニングス・フォー


1964に博多で

セルジオ・メンデスよりも早く

ラテン・ロック的なサウンドを

やっていたというジャズバンド

サンライズが上京して


ザ・ハプニングス・フォーと改名。


1967年11月のデヴュー曲「あなたが欲しい」

横尾忠則が

ジャケットを手がけた

レコードでそのB面「何故?」


クニ河内の軽快な

ピアノを駆使した曲です。

ハプフォーといえば

ギターレスバンドということで


ギター不在というのは

この時代もっとも

過激な事だったかもしれない。


2005年には34年ぶりに

「ハプニング・ア・ゴー・ゴー」という

ニューアルバムを出しております

当時と全く遜色のない歌と演奏を聴く事が出来ます



アルディンのテーマ/ザ・ヘルプフル・ソウル(1969/1)

 虫プロのアニメ映画「千夜一夜物語」の挿入歌


神戸のアメリカン・スクールの

生徒達が結成した四人組のバンド


ニュー・ロック・グループ、

平均年齢16歳

ザ・ヘルプフル・ソウルの

ブルース・サイケナンバー。


69年頃というのは

日本中を

熱狂の渦に巻き込んでいった

GS旋風も崩壊の一途を

たどっていた頃でありまして、

ジミ・ヘンドリックス、

レッド・ツッペリンなどの

登場によって

英米で巻き起こっていた

ロックの新しい波は

「ニュー・ロック」という名称で

日本にも上陸いたします。

従来のGSとは

一線を画すロックグループが

生まれた時代。

横浜のパワー・ハウス、

東京のエイプリルフール、そして

神戸のザ・ヘルプフル・ソウル

-----------------------------------------------

67-68年の日本というのは

サイケデリックムーブメント

とにかく、音楽のみならず照明、

装飾、ファッション

あらゆるものに

サイケデリックアートの怪しい花が咲いていて

神戸には「メイドイン日本」なる最先端ディスコがあった

何が最先端かと言えば当時、サイケデリックアーティストとしてデヴューしていた

横尾忠則がホールの壁一面に絵を描いてあって

そういった音楽の根ざす土壌があったのかもしれません。

-----------------------------------------------


この曲は映画サントラアルバム「千夜一夜物語」から

シングルカットされてリリースしたときオリコン97位に入るマイナー・ヒットな

成績を残しておりますが、このグループは学校を卒業したら解散しようという

メンバーの中で約束があって1969年の夏をもってあっさり解散してしまうんです。


このグループはその後それぞれポップ音楽界に影響する人物になっていきます。

ボーカルのジュニオ・ナカハラはToo Much

ドラムの司英一はジプシー・ブラッド

ベースのチャールズ・チューは解散後、ソロシンガー、チャーリー・コーセーと

名を変えてアニメ「ルパン三世」のテーマを歌っております。

ギターのジーン・ショウジという方、非常に巧いわけなんですが、

解散後は千夜一夜物語がきっかけで冨田勲氏の助手になってます。



とまあ、こういった時代の人たちが

日本の音楽史を築いていったわけであります



ユー・アー・ベター・マン・ザン・アイ/パワー・ハウス


69年GSブームの衰退とともに

台頭してきた

ニューロックバンドの草分けのひとつが

このパワーハウスで


かつて、ゴールデン・カップスとともに、

本牧の伝説のバンドと称された



1969年4月1日リリースだった

アルバム

『ブルースの新星/パワー・ハウス登場』

収録曲


ヤードバーズのナンバー

のカヴァーで


アルバムの中では

ブルース色が薄く

ファズ・サイケ演奏や

コーラスがガレージ的で

GS時代の名残が感じられる

海外のマニアに

もっとも人気がある曲






僕は君と一緒にロックランドにいるのだ/荒木一郎





荒木一郎の異色傑作アルバム

『荒木一郎の世界』(1971/5)から


J・Aシーザーのアイデアで

アレン・ギンズバーグの詩を曲に

のせた前代未聞の

6分10秒の

長篇サイケデリック・ナンバー

僕は君と一緒にロックランドにいるのだ

メチャクチャかっこいい。

一度聴いたら忘れられない曲ですよね


頭の中に

すっかり

「僕は君と一緒にロックランドにいるのだ」

ということばが

刷り込まれちゃう



----------------------------------------------------------------


独特な不安感漂う

4分を過ぎた瞬間から、

残りの2分間陽の光が

厚い雲の隙間から

ズパッと差し込んでくる

そんな空気が漂っています。


アレン・ギンズバーグを題材にしたのはあのJ・Aシーザーのアイデアだったという






自由に歩いて愛して/PYG(1971/11



二枚目のシングルで

代表曲とも言える名曲の

ライブバージョン

二枚組ライブアルバム

『フリー・ウィズ・PYG』より

聞いていただきました


解散直後のタイガース

テンプターズ

スパイダース

からメンバーを集結させた



スーパーグループだったが

短命に終わったPYG



GS時代からのファンからも理解されず

また硬派なロック・ファンからは

芸能業界大手である

渡辺プロ所属ということで

体制的商業主義として

その嫌悪感から

猛烈な非難を浴びるという

まさに

波瀾万丈と

暗中模索の連続のなか

ファースト・アルバム

『PYG!』は

オリコンアルバムチャート

10位


そのレベルの高い

演奏能力を理解できる

ミュージシャンの間で

評価されておりましたが


ショーケンの活動が

『太陽にほえろ!』のヒットで

テレビ・映画中心に

変わってきて、


ドラムの大口が脱退すると


次第にバンドは

沢田研二と井上堯之グループ

という形態になり


沢田研二が

本格的にソロ歌手へと

独立すると


残りのメンバーは

井上堯之バンドと移行していく。



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by marquis_de_d | 2018-12-30 21:00 | RADIO R'lyeh
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□ 今夜紹介する楽曲 □





エリーゼのために/寺内タケシとバニーズ

TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ

ランランラン/内田裕也

キャン・ユー・シー・ミー/ザ・バーンズ

バザズ天国/ザ・キューピッツ

サハリンの灯は消えず/ザ・ジェノヴバ

幸せの道/ザ・ワイルド・ワンズ

バイバイ・シティ/加橋かつみ





エリーゼのために/寺内タケシとバニーズ 1967




寺内タケシとバニーズで

ベートーベンも真っ青の

「エリーゼのために」


アルバム『レッツ・ゴー「運命」』

のラストに入っていた曲


クラシックの名曲を

エレキインストにしてしまう大胆さと

豪快なファズトーンで

ワイルドな演奏は


当時、

センセーショナルな

話題を呼んで


「GS史上まぎれも無い名盤の一つ」

とGS評議会の黒沢進先生お墨付きの一枚。


1967年11月30日発行の

レコード・マンスリーシングルチャートで五位

第九回レコード大賞編曲賞を受賞してまして


売れに売れまくったアルバム。


当時のギターキッズは

なんとかこいつを

コピーしてやろうと

練習しまくった


GS時代のインスト物の

面白さは

一体どこにあるのか

といえば


サイケデリックの

影響が色濃く

出ていることで、それは

エレキ時代の

サーフ・インストにはないワイルドさ。





TSUMUJIKAZE OF LOVE (Inst.)/フラワーズ


松原智恵子主演

1969年3月封切りの

日活映画『恋のつむじ風』から


結婚式の途中で相手がイヤになって

逃げ出し、都会のゴーゴー・クラブに

迷い込んだ主人公。

ストロボ・ライトが点滅する

店内で若者たちが踊り狂っている


演奏は内田裕也率いる

フラワーズ


スチール・ギターをフィーチャーした

サイケデリック・サウンドが

じつにユニークなバンド


なぜ、スチール・ギターを

サイケにあててきたか

という疑問がありますが


これはジミ・ヘンドリックスが

ワウワウ・ペダルを使っている

部分をどうやら内田裕也は

当時ワウワウ・ペダルを

知らなくて、

スチール・ギターを

使っていると解釈した

というのが真相らしい。


この映画ではフラワーズが

オリジナル曲の「ラスト・チャンス」を

演奏するシーンもあり


ヴォーカルの麻生レミのイイ顔を

拝む事ができますが

裕也サンは忙しかったのか

出演していない。



ランランラン/内田裕也



1965シングル「スイムでいこう」のB面

米国ガレージバンド、ジェスチャーズの日本語カヴァー。

バックは寺内タケシとブルージーンズ。さすがのかっこよさでございます。


(60年代の東芝時代の作品は6枚

尾藤イサオとの合同アルバムが二枚出てます。)

内田裕也

現代ではシェキなベイベーなイメージが強い爺さんですけれども


尾藤イサオとともに再評価すべき

ロッカーです。フラワーズ時代、そして、フラワーズトラベリンバンド

などのプロデューサー時代、70年代後半からは俳優としての活躍と

含めてロックンローラーとして素晴らしい功績をもたらした人物。





キャン・ユー・シー・ミー/ザ・バーンズ




「バーンズ」という名前のGSは

当時全国にいくつもあったが


(大阪のターゲット・プロの

バーンズ、


はっぴいえんどの

元ドラマー、松本隆が在籍していた

ヤマハ・ライト・ミュージック

コンテスト関東甲信越地区大会

出場ロック部門第三位のバーンズなど

が有名)


これは東京の中川三郎ディスコテーク

に専属出演していたバンド。


60年代には東京周辺に

何店もの

中川三郎ディスコテークが

あり、多くのGSが

専属出演していた


ここで

もっとも出世したのは

テンプターズだが


このザ・バーンズも

68年中川三郎ディスコテーク専属となり

わずか半年足らずで店の

ナンバーワンの存在に

なったというグループ


19歳を頭に

平均年齢18歳という

若者たちだった


この

サイケデリック満点の

ナンバーは


69年2月に

発売された

ディスコ用の

企画ものLPで

彼らの唯一のLP

「R&B・イン・東京」

に収録されている


ジミ・ヘンドリックスの

カヴァーで


このLPの存在は

サイケデリックから

ニューロックに移行する

微妙な時期で

バーンズの演奏も

それを反映した

ミッシングリンク的

資料価値を持っている

と思います。


この「R&B・イン・東京」

というLPは本邦初の

ノンストップ・ダンシング・レコード

というのが売り物で

当時のソウル・ナンバーや

ビートルズ、ジミ・ヘンドリックス

のナンバーを

ディスコ風にアレンジして

演奏したものだが

全く話題にならず

このバーンズも

ほとんど無名のまま

終わってしまった。




バザズ天国/ザ・キューピッツ


キューティ・ポップの名盤

「バザズ天国」


ザ・キューピッツは

1965から69年頃までに

活動した埼玉出身の

小島孝江(1947年12月26日生まれ

小島洋子(1949年7月18日生まれ

による姉妹デュオ


よく、双子と紹介されている

ようなんですが

生年月日からわかるように

双子じゃありませんね


双子なのはレモンレンズのほうです。


素晴らしい圧倒的な歌唱力

シュープリームスのような

パンチとグルーヴ感のある

ボーカルの掛け合い

が聴けたかと思います




ザ・キューピッツの

活躍はビクターから

クラウンレコードに

移籍してから

興味深い三枚のシングルを出して

おりまして


とくに

1968年にワイルドなナンバー

『バザズ天国』がリリースされる


オルガン・ビートと

スキャットの

融合した超ダンサブルなナンバー


このキラー・ダンスチューンを

作曲したのは

エミー・ジャクソンの共作者

である湯川れい子

というのも興味深い。


1968年といえば

この年のニューリズムは

「ブーガルー」と

何度も紹介して

リスナーの皆様と

勉強してきたわけですが


この「パザズ」は

「ブーガルー」に対抗する

68年国産ニューリズムとして

売り出されたという

事実も無視できません



サハリンの灯は消えず/ザ・ジェノヴバ(1968.2


作曲家、北原じゅん氏が

門下生を集めて

67年10月に結成したグループ

当初は

水戸浩二のバックバンドとして活躍


67年12月の水戸のシングル

「君さえいれば」でも

レコードには記されていないが

演奏をつとめています。


歌声運動の昔から

ロシア民謡というのは

世界中で日本人に最も

親しまれているのだから

それにGSサウンドを

プラスしたら

受けること間違い無し

ということで


これまでの米英中心の音楽から

ソ連に目を向けてみようと


シベリア・サウンド

ロシア/ソビエト・サウンド

なるものを

発表したら

きっと受け入れられるであろう

という

かなり強引な

理論で登場したグループ


ロシア民謡をモチーフとした

シベリア・サウンドを

特徴として、

文字通り

樺太(サハリン)を

テーマにした

デビューシングルの

A面『サハリンの灯は消えず』は

力強い歌い方と

望郷の念に駆られるような

メロディーで

オリコン37位まで上昇するヒット。


洋楽かぶれ系GSにはない

質感で聞き応え充分


歌詞に出てくる

初恋の味とやらの

フレップとはなんぞや


ということでありますが

これはリスナーのアスナロさんの

情報によって


サハリンの大地に産する

コケモモという植物の

実であることが

判明しております。


フレップというのは

アイヌ語で赤いものを

意味する言葉で


甘酸っぱい果実




幸せの道ザ・ワイルド・ワンズ 1968


五枚目のシングル

「恋するアニタ」のB面。

ワンズと言えば

「青空のある限り」で

重厚な12弦ファズが有名ですが、

こちらはうっすらとかかったファズ。

 

シタールのような

ファズギターと

トレモロをかけたような

サイケオルガンが

隠し味のガレージ・フォークロック




バイバイ・シティ/加橋かつみ



バイバイ・シティ


タイガース脱退後の

加橋かつみが

渡仏して作った

ファーストアルバム

「パリ1969」収録曲。

このアルバムは

シングルになった

『花の世界』をはじめ

アーティスティックな

作品として評価が高い




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□ 今夜紹介する楽曲 □




レッツ・ゴー・レインジャーズ/ザ・レインジャーズ

恋はハートで/泉アキとザ・レインジャーズ

恋の朝焼け/ゲイリー・ウォーカー & ザ・カーナビーツ

J&A/ザ・クーガーズ

ハ・ハ・ハ/ザ・リンド & リンダース

ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース

まぼろしのシェラザード/アイドルス




レッツ・ゴー・レインジャーズ/ザ・レインジャーズ



1967年秋、グループサウンズ大流行の中

クラウンにも本格的な和製ポップス部門

”PW”シリーズが開設されレーベル活動を

始めます。


その第一弾として、泉アキ、

そして先ほど紹介した

クーガーズとともに売り出された

のがこのレインジャーズ


67年10月『星空の恋人』でデヴュー

この「レッツ・ゴー・レインジャーズ」は

そのB面でスパイ物の海外映画ドラマを

彷彿させるエレキ・サウンドが印象的







恋はハートで/泉アキとザ・レインジャーズ


彼女の代表曲でデヴュー曲

「恋はハートで」

バックの演奏とコーラスは

レインジャーズ


チャートの39位にランクイン


GS全盛時代、

(恋のハレルヤ)黛ジュン、

(進め!ジャガーズ敵前上陸「虹色の湖」)中村晃子、

(日米ハーフモデル「初恋のレター」)小畑ミキ

と言ったGS的コンセプトを持った

ガール・シンガーが

次々と登場してきたわけだが

泉アキもその一人だった


インド系アメリカ人との

ハーフである泉アキは

日本テレビ系

人気オーディション番組

「あなたの出番です」(略称:あな番)

で合格してショービジネスの世界に

入り、


はち切れんばかりの太ももと

しゃくり上げるような

歌い方で


60年代に6枚のシングルを

リリースしている。

(クラウンから4枚、フィリップスから2枚)


それらの楽曲のほとんどは

GSサウンドをバックに

しゃっくりのような

スタッカート唱法で歌い上げている

のが特徴です


まあ、結局、

泉アキのバッキングをつとめた

レインジャーズにしてみれば

この曲の方が自分たちのレコード

「星空の恋人」より

売れてしまった為に

レインジャーズは

単なるバックバンドとして

とらえられることが

多かったという

憂き目を見ることになる。



これがその後の

二枚目のシングルから

バンド名の表記が


レンジャーズと

変更していることに

関係しているかどうかは

定かではありませんが





恋の朝焼け/ゲイリー・ウォーカー & ザ・カーナビーツ



元ウォーカー・ブラザーズの

ゲイリー・ウォーカーの

来日記念盤として

カーナビーツをバックに

録音された作品

(いまじゃ忘れられているけど

人気あったんだよ、

ウォーカー・ブラザーズ

ビートルズくらい人気あった

ファンは100%女性)


作曲者の乗輪寺モトオは

カーナビーツをはじめ

フィリップス・レーベルの

GSプロデューサーだった

本城和治まさはる氏の変名

本城和治と言ったら

1960年代半ば、

スパイダーズ

テンプターズあたりの

ディレクターとして

事実上、GSという

ジャンルを世に送り出した

最重要人物。


そもそも、この人が

イギリスから

解散が決まったばかりの

ウォーカーブラザーズを

なんとか来日させた人物であり

根っこから関わっている

わけだが

そのとき、ゲイリーの

レコーディングを

カーナビーツが

やるという話になって

だけど、曲つったって

なにを歌わせようかと

思っているうちに

当日になっちゃった

というドタバタで

レコーディング前夜に

勝手にメロディを作って

そこにきていた

スコット・ウォーカーが

詞をあてて

(斯古都、名義)

スコットは

夜明けまでかかった

レコーディングに立ち会っている

その帰りに見た

朝の月がとても綺麗だったので

この歌の英語タイトルは

Cutie Morning Moon

なんとも

イギリスっぽい音に

仕上がっている作品です



J&A/ザ・クーガーズ(1968/2


三枚目のシングル「好きなんだ」のB面


カッコイイ

スカスカのガレージ


こういう曲をやれる

ってのが素晴らしい


この60年代ガレージ・バンド特有の

スカスカの音は

いまやろうとしても

再現することはきわめて難しい。


そもそも機材的にも

難しいわけです。



テクテク天国の印象が

強烈すぎるクーガーズ


こういう名曲は

埋もれてしまっている

感がありますが

(といってもテクテクも埋もれているが)


実際に1年で4枚のシングルを

だしているもののヒットには繋がらず

この年、1968の夏には解散に追い込まれてます



続いての曲は


関西No.1GSだったザ・リンド & リンダース

で二曲聴いていただこうと思います


関西のスパイダースとも言われた大御所GS




まあ、関西GSの大御所として君臨しておりましたが

レコードの売り上げはいまいちで、


69年あたりから素寒貧になって

レコードを一枚も出せずに

70年の大阪万博に出演した後、ついに解散した。


これから聴いていただく二曲は非常に良い曲なんですが

セールス的には芳しくなかった


ハ・ハ・ハ/ザ・リンド & リンダース(1968/8)

ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース(1967/3)



ハ・ハ・ハ/ザ・リンド & リンダース(1968/8)



原曲は諸説ありますが、

ニューオリンズR&Bの

ヒューイ・ピアノ・スミスのナンバーが

原曲だろうという事でありますが、


68年にシカゴの

白人五人組R&Bグループ、

マウズがシングル・リリースした

曲をカヴァーしたもの。

日本語を無理なくのせて気持ちよく聴けます。


ドゥー・ザ・クラップ/ザ・リンド & リンダース(1967/3)


ニューリズム「クラップ」で踊ろう!

と言うコピーで

リーダーの加藤ヒロシが作った

ダンス・ナンバー。

二枚目のシングル

「燃えろサーキット」のB面

スパイダーズの影響が強く見れます。



まぼろしのシェラザード/アイドルス



1968リリースの

「太陽よ燃えろ」のB面ですね

「まぼろしのシェラザード」


このバンドとしては

最もGS色の濃い

作品でミステリアスで

チープなオルガンや

単音のギターが味わい深い名曲。




アイドルズは

もともと

ジャイアンツという

1965年の八月に

「若いダンスパーティ」でデビュー

していたグループですね


この当時にしては

ビートルズスタイルを意識した

グループだった。


東京ビートルズとか

クレイジー・ビートルズとか

類似バンドはあるん

ですけれどもね、

これは大抵、

サポートメンバーが

ついているのが普通で、


完全なビートルズスタイルの

バンドというのはまだ珍しかった。


なんですけれども、

九月に出した

シングル「恋愛射撃隊」が

全く売れなくて

アイドルズと

名前を変えたグループ。


サウンド的には

GS+ハワイアンという

いかにも苦し紛れに

思いついたようなものが

売りだったが

聴いていただけばわかると

思いますが

もちろん

「ハワイアンでも何でも無かった」

と語っているのは

ドラムの丘マサミ


結局翌年の69年には

解散してますね、




結局GSブームの波に

乗り切れなかった感があります。



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ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ

ウォーキン・ザ・バルコニー/4・9・1

お前のすべてを/ザ・モップス

恋はふりむかない/リンガース

恋のシンガリング/ストーンズ

ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース

ふたりのシーズン/ブルー・シャルム



ノック・オン・ウッド/ザ・ボルテージ



R&Bバンドを標榜していた

日本のGSの大半が

実は、ストーンズ、ゼム

といった白人R&Bをカヴァー

していたに過ぎない中で

黒人のソウル音楽しか

レパートリーにしなかった

数少ない本格派が

このバンド


67年3月に結成され

同年夏には黒人兵の

多い沖縄の基地のクラブに

レギュラー出演し

修行を積んだ


デヴュー前に

脱退してしまう

串田アキラ在籍も

このころ



68年8月にリリースされた

アルバム『R&Bビック・ヒット』

に収録されているのがこの曲


65年のエディ・フロイドの

ヒット曲のカヴァー


このアルバムの

レコーディングの

際には


(ソウルミュージック

R&Bミュージックなど

ブラック・ミュージックを

日本に紹介した第一人者)

桜井ユタカ氏



が付きっきりで

アドバイスをしたという

からその気合いの

入り方に

尋常ならざるものを

感じます。




ウォーキン・ザ・バルコニー/4・9・1


後年、何人もの

大物芸能人を

育て上げ辣腕マネージャー

として名を馳せる

上条秀男が1966年に

結成したグループ


4・9・1という

変わったグループ名は

その頃あった

外国映画をヒントに

つけたという


メンバーチェンジが激しく

印象に残りづらかった

グループだが



本作は

後のジョー山中である

城アキラが在籍していた頃

小ヒット作品で


三枚目のシングルのA面


ニュー・リズム「ウォーキン」を

フューチャーして


このころ

上げ潮だったGSブームの

おこぼれに授かってか、

はたまた

単純なわかりやすい

メロディが功を奏したか

マイナー・ヒットに繋がった


ジョー山中が自身の

自叙伝に

「4・9・1にいた頃は

”とにかく叫んでりゃ良い”

と言われてた」


書いているように


曲中のシャウトは

ジョー山中である



お前のすべてを/モップス(1968.8



日本最初のサイケデリック・グループ」モップス


ほかのバンドとの

区別化を図るために

サイケデリック・ミュージックを

標榜して登場した日本最初のバンド、

モップスですが


三枚目のシングルのA面、

「お前のすべてを」

いくらサイケデリックとはいえ

これをA面で売ろうという

レコード会社は

正気とは思えませんね

本気だったのか

投げやりだったのだろうか?



この三枚目のシングルまでは

ファズギターを駆使した

サイケデリック路線が

続いたんですが


69年に入る頃には

それまでのイメージを払拭


よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に転じることになる。


69年末には東芝に移籍

してますが

海外のガレージ・マニアが

評価しているモップスは

このビクター時代だけ

ビクター時代の

モップスは

歌詞の問題で

オフィシャルCD化できない

「ブラインドバード」

をはじめ、ガレージ・サイケの

オンパレードですから




恋はふりむかない/リンガース(1969/5


唯一のシングルで

和製R&Bの逸品

はりのある歌声に

いい感じのファズギター

が絡み合って気持ちいい曲です


元々は新潟のクラブで活躍していた

ムードコーラスのグループで

「新潟ブルース」

「信濃川慕情」といった

オリジナルが地元では

ヒットしていた。


それが何故か

GSブームに便乗しようと

69年5月にクラウンから

「恋はふりむかない」でデヴュー


ムードコーラス出身とは思えない

ファズを駆使したR&Bだった。


が、ブームはすでに下火であったことに

気がつき、デヴューの4ヶ月後には

元の名前である「山岸秀樹とサムナイツ」

と改名。元のムードコーラスに戻って


「こころがわり」


で再デヴューしたという

冗談みたいなグループですが



恋のシンガリング /ストーンズ(1969/6



69年に「寺内タケシとブルージーンズ」に

参加するベーシスト石橋志郎と

ボーカルのルイ高橋らによる

幻のグループ


徳間の倉庫で保管されていた

未発表テープより


この曲は69年春に録音されていながら

発売されず、ブルージーンズで再録され

シングル「太陽に叫ぼう」のB面

「パパンパ・パン・パン」として発売された。



ブルース・フォー・ウェス/ザ・スパイダース


明治百年とスパイダース結成七周年を

記念して発表された

1968年10月リリースのアルバム

「明治百年すぱいだーす七年」から


ジャズ・ギタリストの故ウェス・モンゴメリー

に捧げたインストゥメンタル作品


大野克夫作のこの曲は

知り合いのジャズ・ミュージシャンを

動員して作ったと思われる


”モッド・ジャズ”ナンバー




ふたりのシーズン/ブルー・シャルム


作曲家、馬飼野康二(マカイノコウジ)

が在籍していたことで

知られるグループ



1968年結成

六本木のクラブで

演奏していたところを

西郷輝彦に

見出され


CBS・ソニーと契約

69年1月に

「抱きしめたくて」

でデヴューした


お聞きいただいたのは

1969年8月立て続けに

二枚リリースした分の

三枚目のシングルのA面


「ふたりのシーズン」

Zombies解散後の

まさかの大ヒット曲

" Time of The Season "

のカヴァー


馬飼野康二(マカイノコウジ)

のハモンド・オルガンが聞ける


(ブルーシャルムはこんかい初めて)


当初は

「ムード歌謡のヤンググループ」

というキャッチフレーズで

全くのムードコーラス

グループとして

売り出されたものだった。


しかし、

その後は本来の路線に

転じ、69年に出した

シングルのA面は

いずれもGS調のものだった


メンバー・チェンジを

重ねながら

GSブームが去った70年代

に入ってからも

しばらく活動を続けたグループ




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■D,侯爵の『RADIO R'lyeh』第参百壱廿壱夜■
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こんやもラジオルルイエ
今宵の永遠に付き合う皆様、どうぞよろしく…


□ 今夜紹介する楽曲 □





スナッキーで踊ろう/海道はじめ

君なき世界/ザ・ビーバーズ

熱くなれない/The Mops

悲しい片想い/ザ・フェニックス

不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード

イン・マイ・ワールド/沢村和子とピーターパン

なんとなくなんとなく/ザ・スパイダース



スナッキーで踊ろう2:38海道はじめ1968


元々は

大御所 船村徹 先生の弟子で

民謡歌手であった

海道はじめの

デヴューシングル

だが

本人は

譜面を見て演歌とは

程遠い歌に面食らったという




スナッキーとは

プリマハムのレトルトウィンナーで


当時商品名が入った曲は

PR盤といって

関係者などに配布されるもので

テレビなどでオンエアすることができなかった


そこで

コロムビアとタイアップするにあたって


「スナッキー」なるニューリズムが

海外で流行しているという

話をでっち上げて

(レコードにはご丁寧にステップまで紹介されている)


本盤としてリリースし、


こいつが全国に

浸透した二ヶ月後に

商品を販売しよう


という

とんでも戦略が取られた


(いわばメディアミックス戦略の先駆け)


ジャケットの

海道はじめがなぜか

首に絞めた

ネクタイを右手に持って


妙なアピールを

していることが

非常に

気になっていたのだが


このネクタイの柄が

商品パッケージになる予定だった

という


サブリミナル効果的

印象刷り込みまで

行なっている

から驚きだ

(海道はじめ氏も知らなかったらしい)


もちろん

こんなものは

売れるわけもなく、


曲も、商品も

セールス的には不発


そのまま

人々の記憶から

静かに消えて行ったかに

見えたこの曲ですが


90年代以降に

コサキンのラジオで

紹介されてから


幻の名盤解放同盟の

尽力によりCD化されて

広く知られる曲となった。



出だしの

異常なほど深いエコーは

舌を口の中で

動かすことによって

聞こえるという

技巧を使っているという


バックコーラスの

スナッキーガールについてですが



小山るみ(さすらいのギター)

女優吉沢京子(あのど根性がえるの京子ちゃんのモデルでもある)


そして、(ここが重要だが)

今まで、

風吹ジュン、

さんと紹介していたが


この1968年の春

この時期にはまだ

風吹ジュンさんは

15歳中学三年生で

京都市内に住んでおり

モデルの仕事なんて

していない


実際は別人で

羽田幸得子(ハタ サエコ)さん


であって、


どうも

ラジオなどで再発掘された折に

「風吹ジュンがいた」

などという話が

どこで間違ったか発表されて

しまって、それが

拡散してしまったというのが

真相らしい。


現在でも海道はじめは

坂越達明として民謡歌手として活躍中




君なき世界/ザ・ビーバーズ




日本で最初の

ツイン・リード・ギターを

完成させたGS。

専門家筋からは非常に

評価の高かった実力派グループ。


1967年11月のシングル『君なき世界』

のA面



この曲も作詞作曲者は

ムッシュかまやつひろし で

やはりクレジットには

醐樹弦(ごきげん?)名義です




インドの音階を駆使した

ラーガ・サウンドを取り入れた

アメリカのローカル・サイケを聴いているような

メランコリックサイケデリックナンバー


ギタリスト石間秀樹

といえば

ラーガ奏法の日本における

第一人者。

69年ビーバーズ解散後は

内田裕也に誘われて

フラワーズで

リード・ギタートして参加して

その後もフラワー・トラベリン・バンドで

アルバムをほぼ全曲の作曲を担当するなど

絶大な影響力をもった人です。






熱くなれない/The Mops(1968/8



モップスの三枚目のシングル

『おまえのすべてを』のB面


熱くなれない/ザ・モップス(1968/8


彼らの

サイケデリック路線も

堂にいってきた頃の傑作



村井邦彦の作曲、星勝を中心とした

バンド自身のアレンジで

GS・アッシド・ロックの

傑作といえる仕上がり

-----------------------------------------------

(三枚のシングルは

阿久悠、村井邦彦のコンビです)

-----------------------------------------------



イントロは


ジェファーソン・エアプレインの


アルバム

『アフター・ベイジング・アット・バクスターズ』

に収録されている


『ザ・バラッド・オブ・ユー・アンド・ミー・アンド・プーニール』


にそっくりなんですが

このあたり


レコードデヴューに際し

67年、秋の

GS戦国時代を

なんとか生き残ろうと策が

ねられた結果、


日本最初のサイケデリック・グループ

として売り出されることになって


ジェファーソン・エアプレインなどの

レコードを聴かされた

モップスは

これなら自分たちの

カラーともマッチすると

乗り気になった。


という記述とも一致いたします。


まあしかし、

この三枚目のシングルまでは

ファズギターを駆使した

サイケデリック路線が

続いたんですが


69年に入る頃には

それまでのイメージを払拭


よりシンプルな

ロック、ブルーズ、R&Bと

言った方向に転じることになる。


69年末には東芝に移籍

してますが

意欲的に挑んだ

ロックンロール・リバイバル

的な音楽は全く理解されなかった


海外のガレージ・マニアが

評価しているモップスは

このビクター時代だけ





□悲しい片想い/ザ・フェニックス


1968年5月10日リリース

セカンドシングル

「グッド・バイ・ベイビー」のB面


ワウワウを活用した

センチメンタル歌謡



はじめてワウワウペダルを導入するなど

そのサウンドエフェクトの多様ぶり

には右に出るものがいなかった

バンド、ザ・フェニックス


寺内タケシの事務所から


バニーズの弟分として


テリーズに続き


1967年に結成され

結成直後、油壺で一ヶ月に及ぶ

長期合宿でお得意の

寺内タケシ式スパルタ教育で

鍛えられ、寺内企画、

「1968年の秘密兵器」

というキャッチフレーズで売り出されたものの


大衆にはまだ

サウンドエフェクト過多の

音楽は突飛すぎたのか

いまいち

ヒット要素にかけていた。





不思議な夢/ザ・ハーフ・ブリード


ありたあきら編曲の

麗しいストリングスをバックに

最初英語で次ぎに日本語で

歌われるソフト・ロックの傑作


69年1月「日本初のソフトロック」を謳い文句に

東芝/エキスプレスからリリースした

デヴューシングル

「不思議な夢」のA面



美麗なストリングスをバックにした

傑作バラード


ヴォーカルの

ポール・リーと

マーク・八幡が


素晴らしい歌声を披露


ザ・ハーフ・ブリードは


ソフトロックグループの白眉で

優秀なバンドだったが

当時ほとんど注目されることはなかった。



イン・マイ・ワールド/沢村和子とピーターパン



遅れてきた境界線上GS


ジャズ歌手の沢村美司子(みつこ)の

妹である沢村和子が1968年に

結成し、翌年1969年に

コロムビアから

『赤い星のボレロ』で

デヴューした

幻の名グループ


この

「イン・マイ・ワールド」は

70年代の傑作日活青春グラフティ

夏 純子 主演

『不良少女魔子』(1971年8月25日封切)


のディスコティークのシーン音源から



ピーターパンは

71年4月にはRCAビクターに移籍し

セカンド・シングルのA面で

この曲をリリースしたのが


ラスト・シングルとなった




なんとなくなんとなく/ザ・スパイダース


スパイダースが

ゲスト出演した

1967年5月20日封切りだった

日活映画『夕陽が泣いている』の

テレビ局での演奏シーン用に収録された音源です



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